1、目覚め
世界には持つものと持たざる者がいる。これはその二つを内包した王の物語。
小国の王子として生まれた赤子がいた。腕は細く顔は青白く生命力のないその赤子は生まれてすぐ養子に出される。しかしこの赤子こそ、のちに王国を再興し寄生王として世に伝わる伝説の始まりであった。
注意 魔法の登場しないローファンタジーです。暴力や重苦しい描写を含みます。
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愛しい我が子を、殺そうと思うことは矛盾だろうか
「この子は、、、殺そう、、、。」
王は、その貧弱な赤ん坊を見た瞬間そう呟いた。手足はまるで爪楊枝のように細く、体はまるで海に打ち上げられ10日は経過したようにやせ細り、肋骨は不気味に左右非対称に盛り上がっている。顔は生まれたばかりの赤ん坊にしては、まるで生気がない。大声を上げて泣くこともせず死体のような静けさで体がだらりと垂れ下がっている。
生まれたばかりの清新さがまるで無い。
「でもあなたの子供です!いきなり何てことをいうんですか!それにほらこの子さっきから私の手を掴んで離そうとしない。確かに今世は乱れています。でもそれがこの子の命を奪う理由になってはいけないわ。」
王妃が目に涙を浮かべながら言った。
「儂は、なんてことを口に出してしまったのだ、、何ということを。すまぬアレーヌ許しておくれ。じゃが近頃は、戦も多く世は乱れ地は荒れあまりに多くの血も流れた。そんな世に生まれ、王子として生きていくのはあまりにつらく苦しい。」
「確かに今世は乱れています。でもそれがこの子の命を奪う理由になってはいけないわ。養子に出してください!」
「では養子に出そう。ウィドックス家ならちょうどいい。あそこの家は代々名犬を輩出する調教師の家系。この子もうまく育ててくれるだろう。」
「この子は、犬ではありません!」
「そう怒るな。ズグリは気のいい男だ。奴は信用できる。」
「ごめんね坊や。ごめんね。こんな世の中でごめんなさい。丈夫に生んであげられなくてごめんなさい。」
こうして生まれたばかりの赤ん坊は養子に出されることになった。
英雄や聖者はその誕生すら伝説になる。流星群が降り注ぎまるで星が誕生を祝福しているかのような夜に誕生した聖者。森の動物たちが貧しい一軒の家を囲みその眼差しの中で誕生した英雄。生まれた直後、すべての花が咲き乱れる中で産声を上げた絶世の美女。
しかし、この今にも風が吹けば消し飛んでしまいそうなか弱い命が誕生した夜は、あり得ないほど平凡な夜だった。
だがこの男児が、のちに国を築き”寄生王”として後世に語り継がれることになるのだから、運命とは矛盾していて、皮肉でそして面白いものである。
生まれて3日後、ウィドックス家の当主ズグリ・ウィドックスは王宮に呼び出された。もちろん内密に事は行われた。世間では王の生まれた11人目の子供は死産ということになっている。
城内の小さな部屋で夜、密会は行われた。
「なんの御用でございましょう、陛下。」
「うむ。ズグリ、実はな儂の子のことじゃ。世間では、3日前に死産と発表した子供じゃが生きておる。」
「なんと、、。」
ズグリは、目を見開き驚いた。
王は手招きし扉を開けた。その部屋に大きなゆりかごがあった。その中に小さな赤子が、目を大きく開けて横たわっていた。
ズグリの主観ではその赤ん坊は、生まれたばかりにしては生気がなくしかし大きな瞳はどこか海の底のような深みを感じさせた。
「この子が王のお子でございますか。」
「うむ。」
「痩せておりますな。」
「うむ。」
「それでいて呼吸もかなり不規則。加えて生気がまるでない。」
「うむ。」
「正直に申し上げて長くは生きられぬでしょ、、、。」
暗闇でわかりずらく最初は気が付かなかったがズグリは見てしまったのだ。王の皺だらけの頬を伝う光を。蝋燭がわずかに発する光が、まるで雲の多い夜少し顔をのぞかせる月のように反射していた。
「、、、頼むズグリ、、頼む。無理な頼みなのはわかっておる。儂も同じ立場なら断る。」
ズグリは言葉に詰まった。王の顔があまりに懇願に満ちていたからである。
「わがルオーニ王国は今から6代前の初代スルバン・ルオーニスが建国しその後3代にわたって栄華を極め版図も最大となった。しかし散財好きの祖父の代から王国は没落し、父の代にはその版図は全盛期の5分の1ほどになってしまった。そのわずかばかりの領土も私の代で半分になってしまった。民は私を何と呼んでおるか知っておるかズグリ。無能王だ。こんな情けない話があるか。最近は国外の情勢もよくない。大陸最強と言われる北の王が最近南に大規模な侵攻を計画していると聞く。」
王は悲しげに呟いた。
「王よ。そう悲観なされますな。」
「それに11人生まれた子供達のうち6人は度重なる戦と流行り病で死んでしまった。自分の息子が敵に捕まり儂の見ている前で焼き殺されたこともあった。もうあんな思いはしたくない。しかし私は、これからも地獄を見続けるだろう。だからせめてその子だけには血なまぐさい地獄は見てもらいたくないのだ。内臓の焼ける戦場にこの子を連れ出したくないのだ。この子には王という因果から解き放ち普通のごく普通の、家に帰れば妻と子供がいて皆で食卓を囲み1日に起こったことを語りあうそんな生活をしてほしいのだよ、、、だからお願いだよズグリ、この子に普通の暮らしをさせてあげておくれ、もしこの子を引き取ってくれるなら金貨10枚それに毛皮もいくつかつけよう。」
物静かだが力強い言葉で王が言った。
「(しかしこの王様も甘ちゃんだな。そんなんだから無能王なんて酒場で馬鹿にされるんだよ。普通なら俺に命令すればいい。なぜわざわざ俺のようなものに金貨までつけたりするんだ。そんなんだから舐められるんだよ!全くどこまで間抜けなのかねこの王様はよ。しかしこれは思わぬ幸運だったな。このガキ見たところ今にも死んじまいそうだぜ。まあ死ぬのを待たなくても殺しちまえばいい。すぐにやると怪しまれるからな、1か月後ぐらいに病気で死んだことにして死体は犬の餌にしちまえばいい。こんな簡単なことで金貨10枚か、クウぅーこりゃーぼろいな。しかもこの間抜け王なら、殺したことがばれちまっても許してくれそうだしな。)」
ズグリは笑いをこらえるのに必死だった。少し気を緩めると口角が上がってしまいそれをこらえるため頬に意識を集中せねばならぬほどだった。
「どうじゃズグリ。引き受けてくれるかな。」
王はもうほとんど神に祈るような表情でズグリに問うた。
「王、、、わたくし感激いたしました。ご子息を思う気持ち。その愛でまさに海を満たさんばかりでございます。謹んでお受けいたします。」
「ありがとう、、、ありがとうズグリ、、、私は素晴らしい忠臣を持った。これ以上幸福なことがあろうか。本当にありがとう、、、、、、」
こうして密会は終わった。
さてこの赤子は普通なら1か月後、ズグリに殺される運命にある。だがそうはならなかった。王から赤子を受け取り馬車で帰る途中のことである。それは一瞬の出来事だった。
王からの金貨をもらったズグリはその金貨を酒に使うか女に使うかと、思案しているところだった。
「しかしめんどくせえなー、この死にぞこないのガキの面倒を俺様が1か月もみなけりゃーならんとは。いや!いっそこの先の川で投げ捨てちまうか、もう金貨はもらっちまったしお前は用済みだもんなはっはっ、それにしてもねえこいつ全然泣かねえな、ほら泣てみろよ!泣いてみろ!!!!!!!!」
かなり乱暴に赤子を振り回してみたが泣く素振りすら見せない。不気味に静まり返ったままである。そんなことを繰り返すうちにズグリは、もう完全に赤子に興味を失い先ほどまで3割ほど冗談で考えていた川に投げ飛ばすという案を実行することに決めた。
さて30分ほどたっただろうか、まさにおあつらえ向きも向きの橋が現れた。まるでここで投げ飛ばしてくださいよと、運命が言わんばかりである。高さもあり水量も多く周囲に人影は全くない。
「おっ!なんて幸運な日なんだ!俺は女神さまに愛されてるみてーだな!おーいこのあたりで止めろ!」
「ヘイ!」
馭者が答えた。
ズグリの声は多いに弾みまるで俺が世界一幸福だと言わんばかりであった。
「俺様もさすがに子供を殺すのは気が引けるなっへへ、まあ俺も人の子だ。だから哀れに思ってお前にキスだけはしてやるよ。お前は親の愛を感じる前にまあ天国の扉を開いちまう。だからせめて俺のキスで世界一幸福な男のキスで!お前を天国に送ってやろう!」
その姿からは想像できないほどそのキスは穏やかであった。
「ふぅ、祝福も終った、いや待てよお前はこれから天国でも天使にキスしてもらうんだもんな、やっぱりお前は幸福だよ。」
満足そうにズグリは呟いた。
「それじゃさよならだ。3・2・1っと。」
ズグリは赤子を投げ飛ばそうと腕に力を入れリズムに合わせ、腕をゆすり勢いをつけ川に投げ入れようとした。
その瞬間信じられないことが起こった。
この世界は、信じられないことが意外と起こったりする。異国の地で顔見知りの人間と偶然ぱったりと会ったり、絶対助からない状態から奇跡的に生還したり、治らないと思っていた病が奇跡的に治ったり、あるいは竜を見たり自分の未来を見たりする。
ここで今赤ん坊に起こったことは、それらの出来事と比べると大したことはないかもしれない。しかし確かに不思議なことが起こったのだ。
赤子は投げ飛ばされる直前にズグリの腕を満身の力で掴んだ。実は赤子の腕力は意外と強く自分の体重を支えられるほどなのだ。しかしこの赤子の腕はまるでマッチ棒のように細く頼りないものだ。だからズグリも全く予想もしていなかったし、実際起こった後も今起きたことは夢でありもしかすると生まれて初めて赤ん坊を殺すことに自分が意外にもショックを受けて、そのせいで幻覚を見たのかと疑ってみたりもした。しかし1分ほどして落ち着いて自分の心を見渡してみても罪悪感どころか幸福で満ち満ちている自分に驚いたほどだった。そしてさらに落ち着いてみると自分の腕にがっしりしがみついているあの赤子を見たとき、それは実際に起こったことだとズグリは理解した。
「畜生離せ!離しやがれ!」
ズグリは満身の力を使い振り払おうとした。しかし離れない、まるでズグリの皮膚と同化してすっかりくっついてしまったみたいだった。
その時またしても不思議なことが起こったのだ。目が合ったのだこの不思議な赤子と!目が合い不思議なことに目が離せなくなってしまった。
腕から引き離せない、目も離せない。
「(畜生!どうなってやがるこいつもしかして悪魔か!いや違う!この力はこいつの生きたいと思う強烈な思いだ!こいつが生まれながらにして持っている天賦の生命力だ!それになんだこの目は、まるで海、深い海だ。これは俺が船旅をした時に、甲板から見たあの捉えどころのない深黒い青まさにそれだ!)」
瞬間、時間が止まった。いや実際に時間が止まったのではない。ズグリの主観的な時間が止まっているだけであって世界の時間は今も流れ続けているし、人々は今も普通に生活を継続している。しかしこの名もない川の名もない橋の上で今生きているこの男の魂の時間は完全に止まった。時間はまるで濃密な空気のように重くなり青はますます青く黒くなりその中では何もかも動いていないように見えるが少しだけ動いている。あり得ないほど濃密な時の中をズグリの考えた思考が回る。こんな体験はもちろん初めてのことだった。
時間にして2秒ほどだったがすべてが逡巡しすべてが回り終えたとき、ズグリは赤子をなぜだか深く抱きしめた。さっきまで投げ捨てようとしていた自分に腹を立てているのでもないし罰しているわけでもない。むしろあの判断をした自分は正しいと今この瞬間も思っている。しかしなぜかズグリは赤子を抱きしめた。それは彼自身認識できていない罪悪感の花が少し彼の心に咲いていたからだった。そして彼はこの子をひとまず家へ送ろう、それからすべて決めれば良いと思った。
辺りは虫の声が涼しげに鳴り微風が草を揺らしていた。月が出てそしてフクロウがホーホーと鳴いた。世界は何も変わっていないように見える。ただ今ここで何かが起こった。今はそれだけしか言えないーーー




