17、私の光私の道
夢も沈んでしまうような深い眠りの海からズルタンは目覚めた。馬車の心地よい振動は彼の心を解きほぐすように体に伝わりズルタンはまたうとうとしてしまった。だが再び眠りに落ちることはなかった。まぶしい朝日が彼の虹彩を刺激したこともそうだが王都がその瞳に映し出されたからである。
「あれが王都ミハックです。」
それはズルタンにとって初めての光景だった。街を囲んでいる大きな壁、行きかう荷馬車、大きな門だが何より彼の興味を引いたものは人々のどこか陰鬱そうな顔つきだった。
衛兵が検問を行ったいたが乗っているのがマキアだとわかると態度が一変しすぐに通された。ズルタンは自分が特権階級なのだということを意識した最初の出来事だった。
「少し市内を見ていきますか」
「うん」
誰も自分をじろじろ見ないということはズルタンにとって新鮮な感覚だった。みんなが他人のように振る舞うのを見て少し驚いたが、だがそのことが彼の心を少し気楽にした。街のすべてが新鮮に見えて心が浮つき駆けだしたが彼の左側から歩いてくる一人の青年に気が付かなかった。
どんっ!
「あっ」
ズルタンは青年とぶつかって転んだ。たいして強くぶつかったわけではなかったが受け身が下手くそすぎて思い切り肋骨を打ち付けた。対してぶつかった青年は転ばなかったが手に持っていた杖が手から離れてしまっていた。
「いててっ」
ズルタンは少し呻き立ち上がって目の前の青年を見た。年は若く見えたが顔は威厳に満ちており落ち着いた雰囲気でその口には自然な微笑が浮かんでいた。髪は腰にまで届くほどの長髪で美しい白銀が風に優雅になびいていた。
「すいません、、、」
ズルタンは力なく謝った。
「いえお気になさらずに!私も不注意でした、そちらこそ大丈夫ですか大きな音がしたのですがお怪我はなさっていないですか」
「大丈夫です、、、」
「すいませんが私は盲目でして杖がないととても困るのですお手数ですが杖を取っていただけませんか」
ズルタンは相手の顔を再び見つめた青年の目は閉じられていて美しく長い銀色のまつげが彼の目を引いた。
「すいません今すぐに」
ズルタンはかっと赤くなって転がっている杖を掴み彼の右手に差し出した。
「ありがとうございますでは!」
そういうと青年は杖をつきながら街の中に消えていった。ズルタンの心には不思議な感動が生まれた。まるで春の風が彼の心を通り抜けたかのような爽やかな気持ちになった。
マキアはその光景を無表情で眺めていた。
「(こいつが俺の人生を左右するというのに!この間抜けさ、、状況を変えるために賭けに出てこいつを迎えにいってみたが俺の運もついに干上がったか)ロス様そろそろ、、、」
「ああ今行く(もう少し街を見たいけどな、、、)」
まさに今ぶつかった青年こそ後に最賢王とうたわれる北の王ルロ・フェニックスその人だとはズルタンは夢にも思わなかった。
彼は侵略する国にはわずかな供回りを連れて視察に行くという性癖を持っていた。
「ルロ様!また勝手に出歩かれて!もっと御身を大事にしてくだされ、もしものことがあれば、、」
「ごめんごめんガモ爺!いやいやミハック名物肉パンが美味しくてついつい、、、いっぱい買ってきたし、、、ガモ爺も食べる」
「食べ物で懐柔しようと無駄ですぞルロ様!今後このようなことはしないと約束したはずです。見張りもつけておりましたのにどのように抜け出されたのですか、、、」
「抜け出すのにはちょっとコツがあってね」
「そのようなことを聞いているのではないのです!」
「アッハッハッハごめんごめん」
ルロは子供の用に無邪気に笑った。ガモはルロの幼少期をふと思い出した。もともとルロは王になる予定ではなかった。3人兄弟の末っ子として生まれたルロは盲目だったこともあり兄たちにいじめられていた。
「やーいルロお前は何も見えないもんな!ほらっ避けてみろよ!」
そういって兄たちは誰も見ていない間に彼に体当たりをするのだった。だが生まれつき優しく美しい心を持つルロは誰にもこのことを相談しなかった、だがある日決定的な出来事が起こった。兄と狩りに出かけたとき兄がふざけて彼を川に突き落としたことだ。ルロはあまりの恐怖に泣き叫んだが兄はその姿を見て助けようともせず大声で腹を抱えて笑うのだった。幸い偶然通りかかったガモに助けられたがあと少し遅ければルロの命はこの世にはなかった。この出来事以来ルロはすべてが嫌になり部屋に引きこもりがちになった。そんな時力になったのがガモだった。
「もう嫌だよガモ!何もかも嫌なんだすべてが暗闇なんだよなんで神様は僕に光を与えてくれないんだ!もう何もかもが嫌なんだもうほっておいてくれ!」
「ルロ様確かにあなた様には人より違うところがございます。確かにあなた様の目は光を見ることはできません、、、だが何も光だけがこの世の全てではないのです。ルロ様にしか見えないもの感じるものもありましょう。それをお極めになればよいのです。不祥このガモめがお手伝いさせて頂きます」
ガモはそれから毎日本をルロに読んで聞かせた。古今東西の文学、哲学、歴史、芸術、数学、兵法などを日が暮れるまで読み聞かせた。
「ルロ様この世で一番大切なことは何だと思いますか」
「わからない、、、お金とかかな」
「いいえ一番大切なのは信頼です、例えば今あなた様にお兄様が一緒に狩りに行こうと誘ったとしたらどうしますか」
「絶対に行かない!」
ルロは怒気を込めて大声で叫んだ。
「では私とは」
「そりゃ行くけど、、、」
「私とお兄様の違いは信頼があるかないかです、信頼がなければ人は動きません。ルロ様のお兄様は自ら自分に対する信頼を失わせる行為を行ったのですこれほどの愚行はありません。もしお兄様がルロ様に優しく接していたならばルロ様はお兄様を信頼していらっしゃたでしょうしそこから友情、尊敬なども生まれましょうしかしお兄様はあろうことかその真逆の行為をなさいました」
「、、、、、」
「人というものは生まれつき性質がある程度決まっております、私には私のルロ様にはルロ様のお兄様にはお兄様の気質というものがございます。人を川に突き落とすいじわるな気質もあればそのことを人に告げぬ心優しい気質もございますそして人を裏切る気質裏切らない気質もございますつまりこの世には信頼できる人間信頼できない人間の二種類がいます。これからルロ様は人に信頼されそして信頼できる人間を見極めることを生涯にわたり極めて頂きたいと思います、これさえ極めればこの地にルロ様の王国を顕現させることも容易にございます」
「ではどうすればよいのだ、、」
「こちらに」
ガモは手を引っ張り強引にルロを外に連れ出しそのまま市場に連れて行った。
「ルロ様とにかくこれから多くの人と触れ合うことでございます。お一人で城までお戻りくださいませでは私はこれで、、」
「まて!ガモ!僕は目が見えないんだよ僕を置いていかないでくれよ!」
ガモはルロに杖すら手渡さず彼を置き去りにした。ルロは一人途方に暮れて泣いていた。
「ガモ嘘つき野郎め!何が信頼だ!」
「あらあらそこのお若いかたどうなさいましたの」
老婆らしき優しい声が聞こえた。
「あの、、実は目が見えなくてそれで困っているんです」
「まあではわたくしがお手伝いしましょうおつかまりください」
こうしてルロは城に帰ることができたガモはその姿を後ろから見守っているのだった。
老婆に手を預けながらルロは理解した。ガモは俺に人を見極める力をつけさせたいんだと、これは信頼できる人間を見分ける訓練なのだと。それから毎日ガモはルロを市場へ連れて行った。毎日毎日来る日も来る日も。
彼にはいろいろな人が声をかけてきた、意地悪をしてやろうという人間、金をとろうと近づいてくる人間、本当に親切な人間ある時は森においていかれある時は金を盗られある時は服を脱がされある時は水をかけられただがルロはくじけなかった。そんな生活が5年ほど続いたときある感覚がルロに目覚めた。人のオーラのようなものが見え始めたのだ。どうやらルロにしか理解できないイメージが彼の頭に浮かぶようになったのだった。それ以降彼は信頼できる人間をほとんど完璧に識別できるようになったのだった。
その後彼の兄たちは二人で壮絶な王位継承戦争を行い最終的には二人の兄は臣下に裏切られる形で死に自然ルロがフェニックス王国の王になったのだった。その時ルロ15歳。かれが即位した当初周囲から失望の声が聞こえた。目も見えぬ王にいったい何ができるのかこの国に未来など見えないではないかと。加えて王位継承戦争により国内の地という地は荒れ果てておりしかもどさくさに紛れいくつかの小国が乱立する地獄にあってルロはわずか一年足らずでそれらを平定した。もはや周囲に彼を悪く言うものはもう存在しなかった。彼は臣下に信頼され臣下も彼を信頼した。他国に侵攻するときはその国の王と臣下と民の間の信頼を崩す内部工作を仕掛けるのだった。
ルロはその見えない目で遠くの彼にしか見えない景色を見つめていた。
賢王ルロに死角なし。




