10、ズルタン、初恋④ 楠の木の下で
ズルタンは、目を覚ました。どうやら日差しの、あまりの心地よさにしばらく寝てしまっていたようだ。日が高々と上り、おそらく昼頃になっていた。隣を見ると、エテルニータは、まだ眠っていた。
「おいおいどんだけ寝不足なんだ、このお嬢さん、眠り姫かよ。」
ズルタンは、小声で軽口を叩いた。起こすかどうか迷ったが、やはり寝かせてあげることにした。あまりに心地よさそうに彼女が寝ていたからだ。
「それにしても今日は、なんていい天気なんだろう、、、」
本当に天気のいい日だった。雲は一つもなく、青空が空一面に広がっていた。ズルタンは、ぼんやりと今まであったことを思い出した。兄と星空を見たこと、森へ遊びに行ったこと、犬の世話をしているときのこと、人さらい達から女の子を助けたこと、をぼんやり思い浮かべた。瞬間、体に悪寒が走った。
「そっか、、、俺あとちょとで死んでたんだ、、」
ズルタンは、それまで死を意識することは、あまりなかった。いつかクルー・ジストーが少年を犬に食べさせた景色を見ていた時でさえ、彼はどこか他人事だったのだ、しかし直接的な暴力により死にかけたせいで、ズルタンの心に死ぬとはこんなにも恐ろしいものなのかという、意識が突然稲妻のように巻き起こった。もしあの時、犬に食べられているのが自分だったら、、、ズルタンの心を恐怖が支配しかけたその時だった、、エテルニータの目を覚ました。
「う~ん、、よく寝た~、、、、、」
エテルニータは、ぐっと両手を伸ばした。その姿は、無防備そのもでどこか愛嬌があった、その愛らしい姿に、ズルタンの先ほどの思考はどこかに行ってしまった。
「おはよう!エテルニータ!」
普段の陰鬱な、表情から想像できないほど快活な笑顔で、ズルタンは少しいたずらっぽく言った。
「ひゃ、、もしかして私、、寝てました、、、、」
エテルニータが、あり得ないほど赤面しているのが、その長い髪の毛の上からでも分かった、しかし表情まではよく見えなかった。
「うん、、でも僕も寝ていたよ。」
「あわ、、あわ、、私なんて失礼を、、すいません!ズルタン様!助けて頂いたお礼もまだなのに、、あのあの夜は本当にありがとうございました!それなのに私寝てしまって、、」
「全然気にしないよ!それにズルタンでいいよ、様なんかつけないで気楽にいこうよ!昼食にしよう!おなか減ってきちゃった!」
出会いとは、不思議なものである。もし二人が、時間通りにきちんとあっていたら、人見知りの二人のことだ、気まずい空気になっていたことであろう、しかしエテルニータの、こともあろうに熟睡してしまうという、普通に考えたなら失態だが、なぜだか、しかしこの事態が二人の距離をぐっと近づけた。おそらくだが、一緒に、楠の木の下で寝た、あの瞬間、あの何気ない時間が何か不思議な作用を引きを越したのかもしれない。とにかくそれは理屈ではない何かなのだ。
エテルニータが持ってきた、敷布を木の下に敷いて、二人は昼食を食べ始めた。
「、、あの、サンドイッチ作ってきたの、、、好きかなズルタン、、」
「大好物だよ!もしかしてエテルニータの手作りなの?」
「、、うん、お口に合うかもだけど、、」
「奇麗なサンドイッチだね、エテルニータ、すごいや!」
ズルタンは、サンドイッチを口にほおばった。そのサンドイッチは、本当に美味しかった。
「めちゃ美味しいよこれ!」
「、、本当、、えへっ」
エテルニータ、声はどこか可愛らしく、ズルタンの心臓は跳ね上がった。
「ズルタン、、あーん、、」
エテルニータが突然サンドイッチを手にもって差し出してきた。
ズルタンは、「なんだこれ!これじゃまるでバカップルみたいじゃないか!エテルニータも、意外と大胆なんだな、、」と内心思いつつ、満面の笑みで差し出された、サンドイッチを食べた。ズルタンは、さっきから心臓がどきどきしすぎてどうにかなってしまいそうだった。エテルニータは、それ以上に心臓が飛び跳ねていて、声の震えを誤魔化すのに必死であり、しかも今なぜ自分はこんな大胆な、ことをやっているのだろうと、叫ぶ自分の声を抑えるのにも必死だった
最初は、どこかぎこちなかったエテルニータもズルタンと話すうちに、笑い声が漏れるようになってきた。話すうちエテルニータは、自分の内にあった壁のようなものが溶けていくのを感じた。それは、普段の無口な母親にすらあまり口を利かぬ少女には、初めての体験だった。
「へえー~じゃあその服もエテルニータが、作ったものなんだ!すごいね!」
会話は、自然に、普段の仕事のことになった。エテルニータは、どうやら裁縫が得意らしく、服を作ってそれを生業にしているとのことだった。
「そうなの!私この国で一番の裁縫師になるのが夢なんだ!でも私あまり人と話すの得意じゃなくて、、、」
「僕と喋れてるじゃないか!エテルニータならこの国どころか世界で一番の裁縫師になれるよ!」
「ありがとうズルタン!そういってもらえると嬉しい!」
エテルニータは、満面の笑みで答えた。
「エテルニータはすごいな!裁縫も上手で夢があって、それでいてサンドイッチも上手に作れるんだものな、、僕なんか、夢もないし、やることと言えば犬のお世話ばかりでさ、、、いつもフォルトゥーナ兄さんに負けるんだ、、兄さんは夢があって、優しくて、まっすぐでさ、おまけに家庭教師までやって、お金のない家庭には無償で授業なんかしてさ、しかも資金援助まで、、、おまけに工芸品も得意でさ、みんなに作り方を教えてもいるんだ、、おまけに愛想もいいし、みんなに好かれてるし、今回の事件だってみんなフォルトゥーナ、フォルトゥーナさ、、、」
ズルタンは、少し寂しそうに悔しそうに、そしてほんのちょぴり妬ましそうに言った。
その瞬間、ズルタンのほっぺにエテルニータの柔らかい唇が、押し当てられた。
ズルタンは真っ赤になって「えっ」と呟いた。
「ズルタン!お兄さんと比べちゃだめ!そりゃフォルトゥーナさんはすごいかもしれないけど私は知っている!貴方が、私をあの暗闇の中を助けに来てくれたってことを!それだけでいいの!それだけで私がどんなにうれしかったか!ズルタン、もっと自分に自信を持ってよ!卑屈にならないで!」
その瞬間だった、強風が吹きエテルニータの長い髪を巻き上げた。
ズルタンは、驚いた!
エテルニータの、顔はまるでお人形みたいに小顔でとてつもない美少女だったこともそうだが、何よりもその美しい大きなブルーの瞳に吸い寄せられた。ズルタンの、胸は弾けとんだ!
「エテルニータ、君が好きだ!これから君とピクニックに行きたい、これからも君と会いたいよ!」
「私もよ、ズルタン!」
二人は互いにしばらく見つめ合ったあとキスをした。
涼しい吹き抜ける、楠の木の下で、、、




