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年末に向かって

 年末年始を目前に控えて、事件が無くてもいつも以上に忙しい。一階の受付への相談も増える。後は年末の挨拶も。バタバタと指示を出し、春久も走り回る。

 「大塚さん、こちらの書類、お願いします」

 「(大塚)班長は昼に出てるんです。急ぎなら呼び戻しますが」

 交通課に顔を出せば、大塚は留守だと返事が戻ってきた。それで時計を見た。昼が過ぎていた。

 「でしたら、自分も食事して、後ほど顔を出します」

 「判りました。お伝えしておきます」

 

 自分の執務室に戻る。まだ係長たちも残っている。

 「先に食事に行ってきます。終わったらすぐに交通課に再度行くので、こっちに帰るのはもうしばらく遅くなりますが」

 昼の留守番メンバーに入れないでくれと断りを入れた。

 「了解です」

 「彼女さんとクリスマスイブ、ゆっくり過ごせなかったんでしょう? あんな遅い時間まで残っているから」

 「うちの猫は勝手に餌を食べてくれるから、安心して放置しているよ」

 冷やかしにはさらっと返した。これが課長相手だとそうはいかないのだが。

 「猫?」

 「ソルトと言うんだ。うちに来て一週間。帰ると出迎えてべったりくっついてくるよ」

 「彼女さんじゃないんですか?」

 「掌に載るような、もうすぐ生まれて四ヶ月の雌猫だ」

 「写真は?」

 もちろん、カイの写っていない写真を見せた。

 「灰色ですか?」

 「サバトラ。人懐っこいよ」

 「美猫ですね。今はまだ可愛い、が、合うかな」

 「ということで、餌の用意してくるよ。後を頼みます」

 「行ってらっしゃい」

 

 飛んで帰ると、カイがソルトと一緒に出迎えてくれた。

 「お帰り」

 「ただいま。ソルトは大人しくしていたか?」

 「走り回っていたよ。ご飯も水もしっかりとって、うんちもたっぷりしたよね」

 「だったら良いんだ。カイが居てくれてありがたい」

 「来週は土曜日からかなぁ。仕事納めした後、一応掃除して来年に向けての準備もしないと。大晦日なら、いつもツーリングに出ているし。年末にやることやっておけば、三日まで居られる。ハルさん、管区に行く時はどうするの?」

 「長期間だから、今回は戸野原さんに預かって貰うよ。二晩ぐらい留守番できるようになっていてくれるともっと安心できるようになるんだがな」

 話しながら部屋に戻れば、ソルトは二人の足の下を行ったり来たり。

 「危ないよ」と言われても、体をすりつけることを止めない。

 

 昼食はカツカレーだった。ネクタイを外し、白いシャツに飛びつかないよう腕まくりして、床に置いたクッションに座る。皿との距離を近づけカレーがはねるのを防ぐ為だ。サラダに掛かっているのはカイの手作りドレッシング。こんなところもマメなのだ。ソルトが腿に両足を載せ、にゃあにゃあ、自分にもくれとねだっている。

 「ソルトはまだダメだよ。消化出来ないと困るからね。ソルトのご飯は入れてるよ」

 「だそうだ。うちではカイの言葉は絶対だからな」

 箸を置き、人差し指の第二関節で頭をゴリゴリ撫でてやれば、目を閉じて気持ち良さそうだ。

 「次に来るのが大晦日だから、一通りおせちとかの買い物もしてくる予定だけど。ハルさん、年末年始は詰めると言っても、たまには戻ってくるでしょう? ソルトが居るし」

 「そうだな。大晦日の夜中は執務室になりそうだが。事件が無ければ、一日三回、飯に戻る予定にしている。大量に詰めてくれているしな」

 一週間分と言わず、冷蔵庫の中は満タンだ。春久は財布から万札を二枚、取りだしてカイの前に置いた。

 「今週の分は世話になる。なので来週分は俺が食費を持つ。少し豪華にしたいだろう? 余るようならケーキでも買って良いぞ。釣りは今回の分の足しにしてくれ」

 「判った」

 カイは素直に受け取ってくれた。毎回支払いを言うと、自分も食べる、料理はストレス解消だからと断られる。ただ、ほぼほぼ春久の食事になっているから、三回のうち二回は払う感じ。そこは、長年の付き合いのさじ加減だ。気づいたら日用品も買ってくれるから、それを見越して多めの支払いだ。

 「ああ悪い、次に来るときまでで良いんで、動物病院調べておいてくれ。そこまで手が回っていないんだ」

 「判った」

 「ソルト。カイはもうすぐ帰るぞ。今のうちにしっかり遊んで貰え」

 春久の足を両前足で揉むように押さえていたソルトは、にゃあと鳴いて何故か、カイではなく餌に。またもやむしゃむしゃ食べ始めた。

 「ハルさんがご飯って言ったとでも思ったかな」

 「はは。そうかもな」

 「あ、炊き込みご飯、二人分のオムライス作るには足りなかったから、作って冷蔵室に入れておいた。夕食予定のシチューがカレーになってお昼になったけど」

 「ああ、全く問題無い。帰ってきたら有りがたく食わせて貰う」

 

 名残惜しいが仕方が無い。洗面台で歯磨きついでに身だしなみを整え、万が一にもカレーが飛んでいないことを確認してネクタイを締めなおした。

 「行ってくる。気をつけて帰れよ」

 「行ってらっしゃい。出る前と到着時にメール入れる」

 春久が玄関を出ると、内側から鍵を掛ける音。家に人が居るという安心。

 予想通り、夕食の時間などに戻れなかった。そう言えば、ソルトの餌は? 思わずカイに「ソルトの餌は満タンにしているか?」とメールを送ってしまった。ショートカットで片道一分、普段の道を走れば五分、歩いて十分なのだ、トイレにでも行ったつもりで戻れば良いのだろうが、打ち合わせ中ではそうもいかない。コーヒー休憩の時に取り急いだ。

 「明日昼ぐらいまで持つようにしておく。ソルトのトイレ掃除終わったら俺も帰るよ」

 カイはまだ家に居てくれた。夕方過ぎているのに大丈夫か? 夕食を食べて帰る? 真冬の今、外は真っ暗なんだが。心配しても仕方がない。自分で判断できる大人だ。

 

 「無事に帰宅しました。お仕事頑張ってね。残ったカレーは冷凍室に小分けにして入れてます」

 そんなメールが届いたのが、それから三時間ほどしてから。春久が仕事を終えて家に戻り、少し経ってからだ。

 「そんなに遅くまで居て、大丈夫だったのか?」

 「ソルトと昼寝してた」

 それなら、判る。カイはソルトと寝るのがお気に入りのようだし、夜も春久の不規則な勤務に付き合って睡眠時間が短かったはずなのだ。

 

 連勤ではあるが、翌日は昼過ぎに出て、夜も早く戻れる。一日自宅待機が入る。それでその翌日から完全に年末年始進行だ。

 「明日はゆっくりするよ。昼間五時間だけ仕事に行くが。その後は待機なんで爆睡する予定だ。ソルトが寂しくないように、お前と同じようにソファーでソルトと添い寝するかな」

 「反対。俺の特権」

 思わず噴き出した。ソルトが来て一週間、たったそれだけの間にカイ今まで知らなかった姿も見られた。それをますます可愛いと思ってしまう春久は、かなりの重傷だ。甘ったれな弟と、もっと甘えてくる娘が居るような気分だ。

 

 ソルトの餌皿は山盛りだし、水も綺麗になっている。ソルトは猫なのに水が好きで、春久たちが風呂に入ると後からやってきて、洗ってやれば大人しく泡だらけになる。蛇口から水が出ていれば水の下に頭を突っ込み、直接飲んだりしているほど。油断するとシンクに置かれた洗い物用桶から水を飲んでいたこともある。溺れると危険なので、洗い物が終われば桶をひっくり返しておく。

 なので万一水を数日取り替えられなかったとしても、どこかで新鮮な水を確保しているだろうと思っているが。後日カイが、ペットボトルを逆さにしておけば無くなった分だけ水が出てくる自動給水器を購入してきたので、安全な方法で解決した。

 「うちの娘は食べ過ぎだろう? 見るたびに食ってる気がする」

 そうやって餌皿に顔を突っ込んでいる写真と一緒に送れば

 「まだ胃が小さいから頻繁に食べているだけだよ。一回の食べる量は少ないし」

 と、ちゃんと返事が。娘がソルトを指し示すことにも納得している。

 

 春久も冷蔵室を開けてオムライスとサラダを取りだし、オムライスを簡単に温め、引き出しを開けて中を探り、オニオンスープを選んでコップに入れてお湯を足した。カイのくれたタンブラーに炭酸水をいれれば、立派な夕食の出来上がりだ。

 春久が座れば、ソルトは急いで駆け寄ってくる。振り切れるほどしっぽを振っているのは、春久の前の食事を一緒に食べたい、とのおねだりだ。お前は犬か?と聞きたくなる。けれど、サラダにはタマネギも入っている。食べさせるわけにはいかないので

 「お前の食事は別にあるだろう」と言いつつ頭を撫でてやる。

 「さんざん甘やかせたか? 俺の食事を狙ってくるんだが?」

 「冷凍室と冷蔵庫に胸肉の蒸したもの入れてるから、おやつにあげて。いつもだとそれしか食べなくなるからね。おやつだよ」

 そんなのあったか?と扉を開ければ、ジッパー袋に「ソルト用」と書かれ、鶏肉を蒸して解したものが入っているのが見えた。

 「にゃあ、にゃあにゃあ」と、春久の足を登ろうとするソルト。察して必死でおやつを催促してくる。

 「こら。明日だ、明日」

 そう注意してもズボンに爪を立てるから、急いで抱き上げた。冷蔵庫を閉め、席に戻って食事を始めると、抱えたままのソルトが自分にも食べさせろとばかりに春久の頬を両足で押さえるから、床に下ろしてやった。途端に春久のあぐらを組んだ足の上に登ってくる。これは、カイが教えたのか?

 「うちの娘は食い意地張ってるし、甘ったれだな」

 食事はくれないものと諦めたのか、春久のあぐらの中で丸くなっているソルトの写真付き。ごろりと転がって腹を上に向けたからそれも一緒に送った。

 「可愛すぎ~」

 カイの悶絶まで聞こえてきそうだ。

 

 カイが正月も来ると伝えたら、なんと戸野原が、正月休みの一家団欒にカイも誘ってくれた。大晦日の夜からソルトを連れて戸野原家に集合。そうやって飼い主共々常日頃から一緒に出かけて安心させておけば、一週間の出張中も落ち着いて過ごせるだろうからと。それとともに、折角来てくれるのに大晦日、一人で過ごすことになるカイの面倒も見てくれるようで、春久も安心だ。

 戸野原が、「初日の出を見るのに丁度良い山の上があるんだ、一緒に行こう」と言ってくれたから、カイも喜んでいる。初日の出には猫たちも連れて行くそうだ。

 叶うなら春久も一緒に行きたいが、さすがにそれは無理。彼女すら居ない独り者、係長以上の管理職、それが重なって毎年年末年始は春久が責任者だ。課長は年末は実家に、正月一日にいつものぜんざいを持ってきてくれ、その後三日までまた実家で、犬を心ゆくまで可愛がるはずだ。

 「丹波、少し良いか?」

 御用納めの日、課長に呼ばれた。二人で会議室に入る。

 「お前の娘の写真有るのか?」

 「有りますよ」

 娘、でソルトを思うのは春久とカイだけではない。課長も既にカイ、ソルトを家族だと認識している。春久の心の平穏を支えていると言う意味で。

 差し出したプライベート携帯の中のソルトを見て、課長はそのまま返してくれた。同じフォルダにソルトを抱き上げているカイの写真も有るのだが、それはチェックされず、ホッと胸をなで下ろした。心の中で。


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