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ソルトのいる生活

 「ハルさん、出たよ」

 「判った。俺も風呂に入る」

 カイと入れ替わりに風呂に入った。出たとき、カイはソファー近くの床に座って、起きたソルトとじゃれていた。可愛い。ソルトはサバトラ模様だが、腹の部分は白い。全体的にグレーにヒョウ柄なのに、ちらちらと見える腹の部分が白いため、本当にソルトの名前が似合う気がする。焼き魚の飾り塩でしっぽやエラが白くなっているのと同じ感覚だ。

 「ん~~。ソルト、ソルちゃん、可愛い」

 不意にカイが床に仰向けにした猫の腹に顔を埋めた。小さな足でバタバタと顔や頭を蹴飛ばされ叩かれても幸せらしい。春久の頬が緩む。しばらくその様子を見ていたのだが、ようやく目の隅に春久の姿を認めたカイが、焦って体を起こした。カイの束縛から自由になったソルトが急いで逃げる。と言っても、すぐにカイの足にじゃれついているから、カイが嫌なわけではない。

 

 「あ、来週、先月も参加出来なかった分、平日に二日ほどそっちに行くんだ」

 一人と一匹のじゃれ合う姿を見ながら、肝心なことを思い出した。

 「え?」

 「交通部の訓練だ。その後、年末年始の仕事を詰めてから、今度は管区に行く。ソルトは留守番なんだが、少しの間は戸野原さんに預けるしかないな。いくら猫は数日は放置可能でも、まだこんなに幼いからな」

 「いつ?」

 「え?」

 「その訓練と、管区」

 「ああ、そうだったな。お前に連絡しようと、メールを書きかけだ」

 カレンダーをカイの前に置いて、そのまま部屋に入りメールも送る。メールはカイのメモを兼ねた念のため、だ。

 

 「ハルさん、このマンションって、屋上入れる?」

 いきなり問われて、何の事だと顔を見た。

 「いや、無理だな」

 「ええ~。初日の出見たい」

 「初日の出って、キャンプ行くんだろう?」

 「ソルト居るのにハルさん居ないんでしょ?」

 「それはそうなんだが」

 「ソルトには保護者が必要だと思うんだ。ハルさんが仕事が忙しくて、俺が休みの間ぐらいは、面倒見る」

 なんと、ソルトがあの初日の出ツーリングに燃えていたカイに、撤回させたらしい。ということは、合間合間で食事に家に戻れば、カイに会えるということなのか? ソルトに感謝する。猫を飼うことにして良かった。

 

 「食事に家に戻れば、お前のおせち食えそうだな」

 「ええ~。ソルトと二人で過ごすんだよ。ソルトと一緒に近くの海岸にでも行って、車の中から初日の出見ようかな」

 まあ、どうせ日の出の時間帯はいつも、初詣や初日の出でごった返す神社仏閣の見回りだ。

 「結構混むぞ」

 「そうなの?」

 「そうなんだよ。だがまあ、初詣ぐらいは行けると思うが。その間ぐらいは大人しく留守番しているだろう」

 「初詣かぁ。近くの神社ってどこだろう」

 仕事を放っておくわけにはいかないが、仕事の合間でカイに初詣を誘ってみるのも有りか? もちろん、そんなことはおくびにも出さす、ポーカーフェイスを決め込んでおく。

 

 翌日大塚が来たとき、春久はソファーの前で、人に見られても問題のない仕事をしていた。本来家に仕事を持ち帰るのはあまり良くないのだが、役職だけは管理職でもある春久は、休みでもある程度進捗を把握しておかなければならない。――ちなみに、階級としての管理職は警部以上だ――パソコンに来たメールも確認。待機中に呼び出しが掛かるということは、少しでも早い対処が必要になるのに、迅速な行動が出来ないのでは待機の意味が無い。

 「お邪魔します」

 「いらっしゃい」

 大塚を伴って部屋に戻れば、ソルトは春久に駆け寄ってこようとして、すぐに、キッチンに立つカイの足下に戻ってしまった。春久が遊んでくれると思ったのに、別の人が入ってきたからだろう。

 

 「ソルト、危ないから、ハルさんのところに行ってて」

 「ソルト」

 呼びかけながら猫じゃらしを動かせば、急いで春久の元に。大塚は笑ってそれを見ている。

 「大塚さん、お昼?」

 「そうだよ。食べに行く前にちょっと様子をと思ってね。ソルトって名前にしたんだ?」

 「サバトラから鯖の塩焼き連想で、ソルトになったよ。もっとも、カイの対応は激甘だけどね」

 大塚は春久の猫じゃらしを受け取って、ソルトを走り回らせてくれる。だからその間に春久はパソコンの画面を閉じて書類をまとめ、自分の部屋に放り込んだ。

 「じゃあ、大塚さんの分も用意するね」

 「それは悪いから」

 「まあ、カイが居るときでないと無理だからね。ここからは走れば五分で戻れるよ」

 「それは助かりますけど……。猫が慣れたかどうかの確認に来ただけなのになぁ」

 

 「大塚さん、春キャンプなら、参加できる?」

 まだ遠慮しそうなので、話を変えた。キャンプの話なら、大塚も簡単に食いついてくる。

 「大塚さんのところは、春秋キャンプなら誘えるかなと思っているんだけど。子どもが小さいときに真夏や真冬は、少しキツいだろうし、それなりに道具も揃えなくてはならなくなるからね」

 「大歓迎です。助かります。うちも今度車を買い換えるときは、ワゴンかSUVにしようかって話も出ていて」

 今は軽自動車なので、普通車かつ、キャンプ道具を増やしても運べるようにしたいらしい。奥さんも大塚本人も公務員ということもあり、比較的職場に近いところに官舎が選べる。基本徒歩か自転車通勤なので、子供がまだ小さい今は、軽一台で不自由は無いらしい。

 それを言えば春久もなのだが、春久の場合はドライブやらツーリングが趣味なので、ストレス発散のためにも、趣味に金を使っていた。カイと出会ってからは、キャンプ道具だったが、これからはそこに、猫の物も増える。

 

 カイは三人分の昼を、テーブルに載せてくれる。運ぶぐらいは、春久が率先して手伝う。お茶を入れるのも春久だ。

 「肉じゃがですか。うわぁ。懐かしいな」

 「え?」

 「うちはほら、子どもが小さいのもあって、子どもの好きな物ばかりで。ハンバーグとか、ウインナーとか。こんな仕事なので、里帰りとかもなかなか出来ず。母親の料理にも、なかなかありつけなくて」

 大塚はぱくぱく食べている。

 「俺も入り浸って良いですか?」

 笑いながら言うから、春久も笑いながら「奥さんに怒鳴り込まれる」と言えば、カイが唇を膨らせている。カイは家族を大事にする。だから妻や子どもを蔑ろにするような言い方をすると、たとえ冗談でも膨れてしまう。大塚はそのことも知っているから、

 「もちろんちゃんと家庭第一で。丹波さんとの打ち合わせにこっそりと」と、流した。

 

 戸野原が仲良くしているだけあって、大塚は愛妻家だし、子煩悩だ。カイだって理解している。尖らせていた唇は収めていた。

 「ははは。そうだなぁ。いつでもと言いたいが、カイが居る事の方が珍しいからな」

 「おっと、そうでした。まあ、冗談抜きで、今度、キャンプの時にこんな料理を教えてもらって良いかな? たまには俺もこんな飯を食いたいんですよ」

 「俺もカイに胃袋掴まれたから、その気持は判る」

 卵焼きはダシがしっかり効いている。

 「うちは甘い卵焼きだから、こういうのも有りですね。今度作って貰おう」

 「こら、ソルト! テーブルに上がっちゃだめ!」

 テーブルに飛び乗ったソルトは、カイによってすぐに下ろされた。

 「ソファーは良い。テーブルはダメ」

 「ははは。秋津君の子育てだな、うちも妻が同じようにやっていた」

 子猫と顔を合わせ、ダメだと指一本で念押しするカイを見つつ、大塚はそうやって笑っている。春久も微笑ましいと思う。

 「ソルト。お前はそっちで餌を食べろ。水も替えてやっただろう」

 春久がそう言って猫を抱き上げ、餌の前に置けば、ソルトは大人しくカリカリ言わせている。カイは首を竦め、すぐに食事に戻った。

 

 大塚は三十分ほど居て、春久の許可を得てソルトの生活環境の写真を撮り、ソルトの母猫宅に見せておくと言って帰っていった。大塚や戸野原の家でも同じように子猫の環境の写真を撮り、きちんと猫を育てられることを証明しているそうだ。相手も、里子に出した子猫が安全安心な環境で育てられることを、知りたがっている、それは猫を譲った側の責任だからと。春久にそれを断る理由も無いので、ソルトのキャットタワーを中心にした一角のみ、写真を許可したのだ。

 その後もカイは、食事を作ったり片付いたキャンプ道具を自分の車に載せたり、なによりソルトと遊んだりして、夕方、帰っていった。いつもの通り、冷蔵庫の中はできあがった料理で満タンで。

 

 カイが帰った後、ソルトは春久の足にすり寄ってくる。きっとカイが居なくて寂しいのだろう。いつもカイと一緒に過ごすダイニングキッチンのテーブルで仕事をしていると、ソルトも春久の膝の上で、撫でてやれば幸せそうにのどを鳴らす。

 キャンプの間出来なかった筋トレをして、風呂に入ろうとすると、ソルトも付いてくる。なので猫用シャンプーで洗ってやると、意外と大人しかった。爪は、大塚がやり方の見本として全部切ってくれたから、多少暴れても痛くはない。自分の首にタオルを掛けて、一足先にソルトを拭き上げてやれば、終わるのを待ってキャットタワーに走って行き、その柱部分で爪研ぎをしているかと思うと、一番低い棚に飛び上がった。それより上にはまだ行けないようだ。トイレの掃除をしている間に、カイから家に着いたとメールも入ってきた。最後に、キャットタワーでごろごろしているソルトの写真を送ってやって、春久の三連休も終わりだ。

 

 

 「おはようございます。寒いですね。天気予報、雪って話でしたよ」

 入ってきた一人が、コートを脱ぎながら誰にと言うこともなく話し掛けていた。パトカーはスノータイヤ履かせているから、雪が降ろうと巡回は有る。

 「外に出る奴は足下充分に気をつけろよ」

 「了解です」

 春久はいつものカイ特製クッキーを出して、自分の分を作業デスクの上に置き、残りを部屋の隅に有るテーブルに置いた。書類をやっているとつい、水分を取るのを忘れる。特に冬場。なので一掴みのクッキーを机に置けば、それを食べるときに自然、水分を取る。間食になる分は、体を動かす。

 昼休み、時計を見つつ「済みません。飯に行ってきます」と課長に声を掛け、机の前から立ち上がった。

 「どうした? 通い妻居るのか? えらく急いでいるが」

 「いや。そっちは居ませんが、待っているのは居ますので」

 「浮気か?」

 「公認ですよ」

 「はぁ?」

 「ご覧になります?」

 カイに送るために前日撮ったソルトの写真を見せると、課長は「なんだ? こんなの構う暇有るのか?」と聞いてきた。

 「むしろ功労者ですよ。年末年始、恒例の初日の出ツーリングを取り止めて、面倒を見に来てくれるそうなので」

 誰が、などとは言わない。課長と二人、誰のことか判りきっているから。初日の出ツーリングを中止してまで来てくれることになったことなど、考えれば考えるほどにやける。けれど、だ。それを顔に出さないように軽く咳払いして。

 「とりあえず一昨日引き取ってきたばかりで様子を見に行く必要もあるので、昼を兼ねて戻ってきます」

 「ゆっくりしてきて良いぞ」

 「様子を見たら早めに戻ってきます」

 そう断って執務室を出た。

 

 「ただいま」

 玄関を開けても、物音一つしない。ソルトは子猫なだけあって、かなり活発に走り回る。それからいきなり、本当にスイッチが切れたかのように寝る。寝ているのか? と部屋に入るとソルトが走ってきた。

 春久の足に絡みつく。

 「一匹(ひとり)で寂しかったのか?」

 リビングの一角では、トイレの周りに砂が飛び散っていた。忠告通り大きめのシートを敷いていたので、床やカーペットは無事だったが。トイレを綺麗にして、砂を継ぎ足してやった。春久がぱたぱたと動いているのに安心したのか、ソルトは餌を食べ水を飲みとしている。一通り片付けてから、春久も食事だ。もちろん冷蔵庫に詰まっているカイの手作り。レンジで温めてほかほかを食べれば、しみじみ、料理を作ってくれる人が居ることのありがたさを感じる。

 もう少し……カイの職場近くに異動すれば、一緒に暮らそうと言えるだろうか? けれど、カイは家族を大事にする。きっと両親との同居を解消することはないだろう。

 

 春久が食事をしている間に、餌に満足したソルトがキャットタワーの足で爪研ぎをし、相変わらず一段目までだけれど頑張って登り、ソファーにジャンプしてきた。ソファーに直接飛び上がる事が出来ないからこそ学んだのだろう。

 そこからテーブルに上がったのは、叱って下ろした。カイ一人に怒らせるのは本意では無い。二人が同じように注意しておけば、ソルトも駄目なことだと認識するのも早いだろう。

 ソルトはまたキャットタワーからソファーに飛び乗り、テーブルに登るのを春久に阻止された。それを三度ほど繰り返して、ソファーからテーブルに移るのは、いったん止めた。居ない時にまたやりそうな気はするけれど、春久に下ろされることが面倒になって控えたようだ。代わりに、ソファーに座っている春久の腿の部分をグニグニと押す。時折爪先がズボンに引っかかるが、爪は大塚によって綺麗に切られていたから、ズボンの生地を傷めるようなこともなく、安心して自由にさせた。

 

 食事を終えて、少しだけ猫じゃらしで遊んでやる。その場面を動画で撮って、カイに送る。

 「週末は大掃除する!」

 は? 大掃除? なので来られないということか?

 「ハルさん仕事だよね? だったら自分の部屋の鍵掛けておいて!」

 なんと、春久の家の大掃除だったらしい。ソルトに向かって「土日はカイが遊んでくれるそうだ。三日ほど我慢しろよ」と頭を撫でつつ声を掛けた。


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