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ソルト

 キャンプ道具の時と同じく、マンションの駐車場、カイの車の前に車を停めた。カイがまず、猫を運んでいく。春久はキャットタワーや猫砂などの大物や重い物。カイは直ぐに戻ってきて、猫のための餌箱やら水用の食器類、ついでに小さな草もだ。爪研ぎは奮発して少し良い物を複数個。これはいつでも購入に行けるとは限らないから。カイに食事の用意を頼み、春久は車を職場に停めに向かった。

 

 「丹波警部補。来られていたんですか!」

 車から出て家に戻ろうとしたところ、今出勤したばかりの相手と出会ってしまった。

 「来たというか、帰るところと言うか。そろそろ待機に入る時間なので、家に戻っているところだね」

 「待機! なるほどなるほど。その前に様子見ですか? みんながきちんと仕事をしているかどうかの」

 春久は溜息を吐いた。

 「部下たちは信用している。皆責任を持って仕事をしているんだ。俺は休み中なので、野暮用でここまで来ただけで、このまま帰りますよ」

 春久は聖人君子とはほど遠い。地方所轄と言えど、各所属の警察官、職員、臨時職員なども含めて、百名単位で働いていれば、当然、意見の合わないのもいる。顔を合わせるたびに嫌み攻撃とか。課長に言わせればやっかみで、春久と同じ立場のうちにということらしいので、流す。それよりもカイの待つ家に戻るのが先だ。今日から子猫も居る。名前を付けさせようと思う。

 「それじゃあ、お先に」

 そのまま、振り返らず家まで走った。

 

 「ただいま」

 「お帰り」

 この出迎えの言葉が聞きたかったのだ。

 「ハルさん、トイレやキャットタワーの場所、決めて。すぐに使わない爪研ぎの予備や餌は布団の部屋に入れたけど」

 布団の部屋とは、カイの寝泊まりに使う部屋だ。

 「ああ、そうだな。物置も物が多いから、入らせないようにしないとだな」

 物置とは、すなわちキャンプ道具入れ。これからあれこれ手入れしつつ片付けなくてはならない。その前に、猫の定位置を決めて、猫の居場所はリビングだけと教え、部屋に入れない事が大事だ。カイは窓際に猫用トイレ、テレビのそばにキャットタワーを置いていた。だったらそれで問題無いんだが。キャットタワーの隣に猫のキャリーを、蓋を開けたままにして置き、その横に餌と水場を作っていた。

 様子を見つつ場所を変えることなど簡単だから、ひとまずそれで良しとした。キャットタワーからテレビに降りると困るので、一週間もしないうちにキャットタワーとトイレの位置を取り替えることになるが、それも想定して。

 

 餌を食べている猫の頭を軽く突く。戸野原がそうやっていたなと思い出しつつ。

 「で。名前は決めたのか?」

 「なんで? ハルさんが決めるんでしょ?」

 「お前に決めさせてやる。言っただろう。お前も面倒を見る約束だからな」

 キッチンに立っていたカイは少し唇を膨らませた。それは振りらしく、すぐに笑ったけれど。

 「サバトラだから、塩焼き、かな」

 「カイ」

 「焼き鯖でも良いよ。鯖寿司にでもする?」

 「食べ物ばかりか。本当に良いんだな、塩焼きで」

 春久は子猫を片手ですくい上げ、両手で掴まえた。

 「お前は塩焼き、だそうだ」

 「ちょ! ハルさんごめん!」

 「いや、俺は塩焼きが気に入った。鯖の塩焼き食いたくなるけどな」

 「だからっ! 真面目に考える!」

 春久はソファーに座って猫を抱き上げる。

 「お前は塩焼きな、なんだか、ハマっている気がしてきた。卵焼きでも良いぞ。俺のお気に入り料理だからな。カイの作ってくれる料理は全部好物だけど」

 

 子猫の頭にキスをした。猫は、塩焼きは大人しくキスを受ける。

 「ハルさん!」

 ちらっとキッチンに目をやると、カイの姿が見えない。急いでそこに行けば、カイが真っ赤になってうずくまっている。だから、落ちないようしっかり捉まえたまま、その頭に猫の温もりを分けた。

 「名前、どうする?」

 「塩焼き以外で」

 「そうだな。じゃあ、クッキーでどうだ?」

 「え?」

 「食い物で。鯖クッキーになりそうで、それは旨いのか?とも思うが。お前の作ってくれるクッキーは職場でも好評だし、あれで課長や部下たちとのコミュニケーションの一役になってくれている。ジンジャーとかシナモンとかでも良いぞ。お前の作ってくれる料理に絡められれば」

 

 カイは猫を抱き上げて頭から下ろす。しっかりホールドされているのを確認して手を離すと、それから立ち上がった。

 「シュガーにする」

 「甘そうだな」

 「やっぱりゴマ団子だ」

 「戸野原さんたちに、そんな名前にしたと言うのか?」

 「ハルさん」

 カイの手の中にいる小さな命を撫でた。それをジト目で見上げるカイ。可愛すぎだろう。

 カイはまだ名前の決まっていない子猫を、春久に押し付けてきた。

 「料理中は危ないから連れて行って」

 「判った」

 

 素直に返事をして、猫を連れてソファーに座った。なんとなく、だけれど、春久はソファーの右、カイは左が定位置になっている。以前のマンションでは右側がキッチンに近く、客であるカイが左だった。今はソファーの左手側にキッチンが有り、料理を終えたカイがそこに座る。

 「お前の名前、どうするかな」

 「ソルト」

 「は?」

 「塩焼きより良いでしょ」

 どうやら鯖の塩焼きから離れられないようだ。

 「甘くはない名前だけど、お前には甘くなりそうだなぁ」

 言いつつ、組んだ膝に乗せて、頭を撫でてやる。

 「ソルト、だそうだ、お前の名前」

 にゃあと鳴くから床に下ろしてやった。ついでに手を洗ってテーブルを拭く。キッチンから良い匂いがするから、そろそろ夕食の時間だ。猫の事で夕方の時間を潰したから、食事の後でキャンプ道具の手入れをして片付けだ。

 

 

 白いご飯と野菜炒め、相変わらず汁物はインスタントだけれど、それは春久の仕事が不規則すぎて、残った物は後で食べようと思っても、その『後』が三日後になるかもしれないからだ。なので、汁物に関してだけはそうしてくれと、頼んでいる。インスタントは種類も多いので、カイも了承した。ご飯やおかずは冷凍するでも、弁当に詰め込むこともできるので、逆に多めに作ってくれている。

 相変わらずカイの料理は口に合う。猫は食べている人間に刺激されたのか、またもや餌をカリカリ。食後もきちんとトイレでうんちをしてくれたので、一安心。これで、明日から一匹にしたとしても、トイレや食べ物に困ることは無い。

 

 春久が皿洗い。その時、車を置きに行ったときに出会った男のことを思い出した。

 「なーんか、たまにいるよな、意味判らず目の敵にしてくる奴」

 今度は自分の定位置に座って猫を抱き上げていたカイが、キッチンにいる春久を見る。

 「課長は、そう言う奴も流せるようになっておけとは言うんだが」

 「どこも大変だよね」

 皿洗いを終えて食洗機の乾燥機能を回した後、春久はテーブルの前に戻った。大抵、カイがソファーに座っている時には、春久はその向かい、床にクッションを置いて座る。実はソファーでくつろぐカイが見上げられるので、春久にとって一番の癒やしスポットだ。今は子猫と戯れるカイが見られて、可愛さ倍増。

 

 「ハルさんは、年末年始、相変わらず仕事? 休み無し?」

 テレビも付けず、ぼーっとカイと猫を見守っていた春久に、カイがそう問いかけてきた。

 「え、あ、そうだな。まあ、独り者だしなぁ」

 ぽりぽりと頭を掻く。

 「じゃあ、ソルトは、……ソルちゃんは一人でお留守番かぁ」

 子猫の鼻に鼻を寄せる姿も可愛いんだが。

 「ソルちゃん」は、良いな。そこで「うにゃ」と鳴く子猫も可愛い。猫にはめろめろになるというのもうなずける。とは言っても、春久にとっては当然、カイとセットでだが。

 

 春久は立ち上がり、ソファーの背側に立つ。カイがソルトに顔を近づけるタイミングで、覆い被さるようにして、猫の頭にキスをした。

 ……

 カイが真っ赤になっている。キスは猫の頭にしたのだが。もちろんそのまま体を引いた。キッチンに行き、コーヒーとお茶を淹れる。お茶はカイの前、コーヒーはその対面、床に置いたクッションの前だ。その間も、カイは硬直したまま。

 「ソルはスペイン語の太陽、だったか?」

 「は、は、ハルさんの料理なんて作らない」

 「カイ~」

 明日、カイが作り置き料理を作ってくれる事になっていて、キャンプからの帰り、大量の食料を買い込み、冷蔵庫はパンパンに詰まっているのだ。

 仕方が無い、立ち上がって、今度はカイの頭にキスを落とした。

 ぴきっと、音がするかと思うほど、カイが固まった。

 「ああ、猫二匹目だったな」

 「ね、猫は料理しない!」

 思わず笑った。先ほど出会った意地の悪い奴のことなど忘れる程、満面の笑みになった。

 急いで咳払い。それで気づいた。カイがへそを曲げて、もう来ないと言い出したら? それは困る! 少しだけ窺うようにカイを見た。

 

 「悪かった。調子に乗った。ソル……ソルト、どっちにするんだ? ソルトで良いか?」

 「ソルト。そうだよね、ソルト。塩焼きだもんね」

 カイの硬直が解けて、カイは再びソルトを撫でまくる。ソルトの顔をグニグニと撫でて、鳴き声にうっとりしてさえいる。

 「だったら、塩焼きか?」

 「違う。ソルト」

 「カイ」

 「何?」

 急に真面目な声で呼んだからか、カイは次の言葉を待ち受けてくれている。

 「悪いが、俺の仕事が詰んでいるときは、土日だけで良いから、たまにソルトを見に来てくれるか? 俺もできる限り家に戻るが、遊んでやれる時間が無いと思う」

 「判った」

 春久は立ち上がり、買ってきた荷物の中から猫じゃらしのおもちゃを取りだし、軽く振った。途端にソルトはカイの手を飛び出し、おもちゃに夢中になる。振り回せばそれを追い掛けて走る。小さな体には似合わないほどの瞬発力、全力疾走。

 「ずるい」

 「ほら」

 おもちゃをカイに差し出せば、カイは受け取って、ソルトと一緒に遊ぶ。ケラケラ笑って、幸せそうだ。

 

 まだ幼いソルトは、途中でネジが切れたように眠った。カイの足下に丸まって。なので春久も同じくカイの足下に行き、子猫を抱き上げた。

 「ほら」

 カイの隣、ソファーの上に寝かせると、カイも一緒に覗き込んでくる。顔が近い。ソルトが来てから、お互いに距離感バグった? 春久にとっては歓迎することだけれど、カイの頭にキスをしたのはやり過ぎたと思う。けれど、多分距離感がおかしくなっているのはカイも気づいていると思う。なので、あのキスはバグった距離感の所為だと思って、流してくれることにしたのだろう。助かったと、胸をなで下ろした。カイが家に来なくなるのは、なんとしてでも避けたかった。

 「明日から、爪研ぎとキャットタワー以外で爪研ぎしないように、教え込まないとな」

 「そうだね」

 「風呂、先に入ってこい。ソルトと一緒に寝ても良いぞ」

 「うん」

 カイは素直に自分の部屋に行き、着替えを持ってそのまま風呂に向かう。その間も、ソルトは寝息を立てて眠っている。猫の寝息なんて聞こえるんだと、不思議な気分。ちなみに、春久にとってソルトはカイの分身のつもり、だ。ソルトの頭にキスをするのは、カイに出来ない分。今回は調子に乗ってつい、カイ本人の頭にもキスをしてしまったのだけれど。

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