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猫がきた

 「こんにちは。丹波さん、今日は待機じゃなかったでしたっけ?」

 部屋に入ってくるなり、大塚が春久に声を掛けてきた。彼も今日は休みだったようで、ラフな格好だ。

 「いや、まだだよ。今夜から待機になる。何も無ければ、明後日朝まで休めるんだけどね」

 「そうなんですね。お疲れ様です」

 「まあ、さっきまでキャンプに行って英気を養ってきたんで、これから年末年始は仕事を詰められるかなと」

 「無理しないでくださいね。丹波さん倒れたら、うちの部署にも影響してくるんですから」

 大塚は笑いながら言いつつ、床にキャリーケースを置いた。中からニャガニャガ声が聞こえている。その蓋をかぱっと開くと三匹もの子猫がいた。

 

 「こいつの兄弟?」

 戸野原弟が、カイの膝に居る猫を撫でつつ、確認している。

 「そういうこと。一匹貰われたら、後二匹は親元で育てるそうだよ。うちも兄弟になるからね」

 「大塚さんのところは?」

 大塚は一匹の猫を抱き上げた。

 「これと同じ茶色のキジトラだよ」

 慣れた手つきで子猫の頭を撫でる大塚。春久はカイを見た。カイは膝の上の戸野原家の猫を弟に渡して立ち上がり、キャリーの中を覗き込んだ。

 

 「気になるの、居るのか?」

 春久もその隣に。ここでカイが飼いたいと言えば、そのままペットショップに行って、戸野原に作って貰ったリストに従って必要なものを買いそろえる。

 「ハルさん、飼えるの? うちは無理だよ」

 カイの言う、うち、とはカイの実家。

 「そうだなぁ。お前次第だ。職場から歩いて五分だから、昼休みに様子を見に戻るぐらいはできるが」

 「それは飼うことにならない」

 カイにしては少し強い言葉。けれどそれは心配しての事だ。

 「一人じゃ無理だな。なのでお前の協力があおげるのであれば、だ」

 カイが春久を見ている。その視線を過剰に意識しない風を装いつつ、春久はカイが手を突っ込んでいるキャリーに手を入れ、まとわりつく子猫を撫でた。

 

 「お前の好きなので良いぞ。後はキャンプやドライブにも連れて行けるように、車に慣れさせないとな」

 カイはじっと子猫たちを見ている。

 と、戸野原がその中の一匹の首の後ろを摘まんで持ち上げた。

 「父さん! その持ち方!」

 戸野原の子どもたちが口々に非難するが、子猫は大人しく、微動だにしない。戸野原はその子猫をカイの方へ差し出す。なのでカイが急いで両手で受け止め、抱き上げた。灰色の猫だ。黒い模様がまるでヒョウ柄にも見える。ああ、カイが幸せそうに目を細めている。

 

 「丹波に似てるか? 似てないよな」

 「は?」「え?」

 春久もカイも、同時に声を出していた。

 戸野原はカイの手の中に居るサバトラの頭を指一本でコリコリと撫でる。猫は口を開けて、小さく鳴く。

 「いや、秋津君がこいつを気に入ったようだから、丹波にでも似ているのかなと」

 戸野原はカイが集中的に撫でていた猫をしっかり見ていて、その猫をカイに抱かせたのだ。

 「戸野原さん」

 春久の抗議に戸野原がニヤッと笑っている。

 春久に似ていると言われたらどうするのか。いや、似ているとは思えないけれど、万が一、だ。

 「飼うのは丹波のところで、普段の世話は丹波がやるが、絶対に足りないところばかりだろうから、秋津君のサポートだな。それでこいつの面倒見られるか?」

 戸野原にとんとんと指先で押された猫は、うにゃ~と小さく一声。それを見守るカイ。これは墜ちたな。顔が、デレデレだ。

 

 「それじゃあ、戸野原さん、もう少しこいつ預かっておいて貰えますか? 買い物を済ませて連れに来ます」

 春久がそう宣言すると、カイが顔を上げて春久を見る。目には本当に飼うのか、飼えるのかといった心配と、猫を春久の家で、とはいえ飼えることになった喜び、両方の感情が宿っている。

 「俺も行く!」

 戸野原の長男が手を挙げてくれた。

 「大物も有るから運ぶの手伝います!」

 「だったら頼むか。買い物を終えたら、彼を連れてきます。その時にその子を連れて帰ります」

 

 春久が家を出れば、カイも、戸野原の長男も付いてきた。大塚もカイの選んだ子猫を残し、残り二匹の猫をキャリーに入れて一緒に家を出、そのまま帰っていった。翌日、春久が待機のままなら、家に顔を出すと約束して。

 

 店の場所は戸野原の息子が知っている。

 必要な物を聞いて、色や形はカイが選ぶ。

 「このキャットタワー良いな。うちにも買って貰おうかな」

 戸野原の長男とカイが並んでキャットタワーを見ている。二人が並ぶと、戸野原の長男の方が体格も良いし、少しだけ身長も高い。買い物をしつつ、高校生活やキャンプの話、それから来年になったらまたキャンプに連れて行って欲しいという要請も。なので弟が兄を慕っているようで、微笑ましい。春久は少しだけ離れてその二人の姿を見ていたが、ふっと、目の隅で動くものに気づいてしまった。

 

 「戸野原君、カイと一緒に居て」

 「え? あ、はい」

 カイが春久を見ている。

 「カイも欲しいものちゃんと選んでおいて。高校生を一人にさせないように」

 二人に言い置いて、春久はそこを離れた。

 

 「ただいま」

 「お邪魔します」

 戸野原の息子とカイを連れて戸野原の家に戻ったのはそれから二時間も過ぎていた。カイの手には猫を連れ帰るための、買ったばかりのキャリーケースが握られている。

 「遅かったな」

 戸野原が玄関まで出迎えに来てくれた。戸野原弟は二匹の猫を抱えている。兄弟猫だけれど、毛並みの違う二匹。片方が戸野原の末っ子になった仔で、もう一方が養子に来る予定の仔だ。

 「お帰り。ケーキ食べよう。大塚さんには父さんが連絡してUターンさせて、ケーキ半分持って帰って貰った」

 弟は楽しそうに笑っていた。春久たちと一緒に辞したのに、呼び戻されたのか。もっとも、戸野原の妻のケーキはプロ級で、カイも好きなのだ。大塚の妻や子どもたちも喜んだだろう。

 

 「丹波さんが万引き犯捕まえてたんだ。怪しい動きをしていた奴を見つけたって。職業病だと言っていたけど、呼ばれて来た警察官が、丹波さんに敬礼していて、格好良かった。俺も大学卒業したら警察官になろうかな」

 ケーキを食べつつそうやって遅くなった理由を説明する長男の言葉に、戸野原はその頭をぽんぽんと叩く。

 最初は事務所に連れて行ったけれど、どうやら常習犯のようで、結局警察に引き渡されることになった。時間が掛かりそうだったから、店側が気遣ってくれ、カイと戸野原の息子も事務所近くに呼んでくれたのだ。

 その時、パトカーから降りてきた若手地域課警察官に、彼らの目の前で春久が敬礼された。休日だったから、春久は自分が警察官だとは一切口外していなかったのだが。敬礼は一瞬の事だったけれど、それで店にもバレた。

 「丹波は格好良いんだよ。部下にも慕われている。日頃からいろいろ勉強していた努力家だからだな」

 言われた春久は照れる。止めたい。けれど、だ。そうやって息子にハッパを掛けているのも判っているのだから、照れてみせるだけにする。

 「言っておくけど、俺が世話になって尊敬もしている先輩の一人だから、戸野原さんが」

 今度は春久の頭が押さえられた。同僚というより、戸野原にとってはいつまでも手間の掛かる部下の一人、だし、春久もその関係を心地良いとさえ思っている。

 そうやって話をしているときにカイの目の前にケーキが置かれた。ちなみに、春久の前にも細いケーキが置かれたのだが、それも一口分だけ残して、カイの皿に置いた。一口残したのは、折角の心づくしを食べないのかと、カイがジト目で見るから。コーヒーもブラックで置いてくれたので、それぐらいは食う。それでカイが納得して、というか満足そうにしてくれているのだから。戸野原の妻にもありがたく礼を言った。

 

 「秋津さん、猫用のトイレシート買いました?」

 弟に聞かれて「あ、車の中」と、急いで返事。車に取りに行くからと鍵を請求されたから、ポケットから取り出そうとした。

 「大丈夫ですよ」

 弟は別の部屋からトイレ用のシートを取ってきて、カイの持ち込んだキャリーケースに敷いてくれた。子猫をそこに入れたものの、ドアは閉めない。子猫はキャリーの中をうろうろして、今度は外に。ケーキを食べ、猫の育て方などを教えてもらっている間、キャリーの中に入れた餌を食べるために子猫は何度か出入りし、カイはそれを見ている。

 「丹波。鼻の下伸びてるからな」

 戸野原に小声で注意され、急いで咳払い。その音に気づかれる前にコーヒーを飲んでごまかした。

 

 小さなコップに水を入れて貰った子猫は、餌を食べ水を飲みとし、とうとうキャリーケースの中で用を足していた。それを見て

 「これで自分の臭いが付いたかな」

 「早く自分の家だと思えるようになると良いな。今度一緒にキャンプ行くとき、連れて行けば、兄弟と会えて喜ぶかも」

 「まあ、猫は家に着くというんで、キャンプに連れて行けるように、外出にも慣れさせるよう頑張るよ」

 春久が兄弟と話をしている間、カイは猫を撫でて、手を掴まえてと、うちの仔になると決まった子猫としっかりスキンシップを取っていた。

 「トイレに猫砂入れる前に今使ったトイレシート敷いておくと、トイレ認識早いですよ。トイレシートにも慣れさせておくと、キャリーケースにもすぐに入ってくれるはず」

 「病院にも連れて行かなくちゃならないのに、キャリーを嫌がるようになると面倒だからな。普段から入るように、置きっ放しだ、うちは」

 「あ、病院」

 「まあ、三ヶ月の予防接種なんかはしてくれているが、時々の健康診断も必要だからな」

 「そうですね。緊急時のためにも早めに獣医探しておきます」

 「後はペット保険はかけておけよ。人間のように健康保険が有るわけじゃ無いんでな」

 「了解です」

 戸野原に聞いたことはメモしておく。翌日は月曜だ。待機のままなら、ネットであれこれ調べることはできる。家から離れられないだけで。

 

 春久は時計を見た。そろそろ待機に入る。

 「今日はありがとうございました。家に居ないとなので、これで失礼します」

 「あら、一緒に食事でも」

 戸野原の妻がそうやって誘ってくれたが

 「丹波は仕事だ。秋津君なら大丈夫だろうが、丹波の夕食を作ってくれるつもりだろうから、また今度一緒に食いに来てくれ」

 と、戸野原がそれを止めてくれた。カイの夕食、そして朝食は期待している。食材は購入し、既に部屋に持ち帰っている。

 「またキャンプでご一緒してください。うちの猫も連れて行けるようになれば良いんですけど。カイ、名前考えておけよ」

 

 猫の水を入れていた入れ物に、猫の餌を入れて貰い、それを餌に猫をキャリーに入れることに成功した。子猫は大人しい。

 「うちのは臆病だからなぁ。ま、家族で出かけるのに放っておくわけにはいかないんで、慣らすか」

 戸野原は猫を弟に渡し、春久やカイと一緒に車に来てくれる。

 「丹波の強引さで猫を飼うことになって、秋津君も丹波と猫、両方の面倒を見ないとだから大変だろうが」

 「いえ。猫好きなので」

 「はは。そうだな。年明けしたらキャンプに行こう。うちの息子たちも冬キャンプも楽しめるようになったし。大塚君は子どもが小さいから、冬場はデイキャンプ部分のみの参加だな」

 「こちらこそ、よろしくお願いします」

 餌が傾いて零れないようにと、カイが抱えるように持つキャリーケースの中で、猫の鳴き声が聞こえる。早く行こうと急かしているようだ。

 「いろいろありがとうございました。また連絡します」

 「明日大塚君がそっちに行くんだろう。折角だからキャンプの話でもしてやってくれ。奥さんもだが、大塚君もキャンプにハマっているそうだ。うちの息子たちとキャンプ道具のことを調べるのも楽しそうだからな。まあ、待機のままでいられることを、俺も願っているよ」

 「はは。了解です。まあ、明日はカイが居るので、話も弾むと思いますよ」

 それで戸野原に挨拶をして、車に乗り込んだ。カイは助手席でキャリーケースを膝に置いてから、シートベルトを引っ張っている。

 「それじゃあ」

 戸野原の見送りを受けて、家に向かった。


ようやく、本物の猫登場です。

ここまでは、カイが「なかなか近づいてこない猫」でしたけどね。

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