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寄り道

 課長は「久々の連休だろうに、三日目、というか二日目の夜からみっちり待機込みだが本当に良いのか? 替わって貰うこともできるだろう?」と、心配して声を掛けてくれた。

 「さすがにキャンプ場からとんぼ返りはキツいですけど、二日目の夜からは家に居ますし。合い鍵は渡しているので万が一の時は戸締まり任せられますので」

 「お前の指輪も見慣れてきたんだがなぁ……」

 と、ぽつりと呟かれた。本格的に口説け、と言うことらしい。

 春久の左手薬指の指輪。ダミーだが、春久もそこに有ることに違和感が無くなっている。むしろ風呂に入るときに外していると逆に気になる。一層のこと、プラチナにしてしまえば一々外さなくても良くなる?

 「猫を……飼おうかと思って」

 「は? 猫?」

 何を唐突にと、課長も少しだけ怪訝そうに眉を上げた。

 「俺は犬派なんですが、あいつが猫を好きで。子猫のうちから面倒見させていたら一緒に住み着くかなと」

 課長は一瞬顔を顰め、それから吹き出した。近くに居たメンバーが何事かと振り返った。それでも、笑っている課長とその前で頭を掻いている春久、二人がそうやって話しているのなら悪いことでは無いのだろうと、すぐに自分の仕事に戻った。

 春久もそこで一階の受付から呼び出されたことも有り、仕事時間が終わるまで、受付に座っていた。

 

 「お邪魔します」

 カイはいつもの通り、建物に付随する駐車場に車を停めた後、インターフォンを鳴らしてきたが、春久が「自分で入ってくれ」と応えたため、合い鍵を使ってドアを開けた。

 「ハルさん?」

 忙しいとは何をしているのかと、リビングを覗き込むようにして入ってきた。

 「ああ、悪い。お前の部屋には掃除機を掛けているから、後は好きにしてくれ。買い物は適当にしてきている。キャンプの道具も俺の車に積み込み済みだから、後で車を持ってくるんで、お前の荷物もそっちに積み込んでくれ」

 言いつつ、ベンチブレスを続ける。このところ走り込み等が少なすぎて、体を動かしたくてたまらなかったのだ。この後急いでシャワーを浴びる。体に負荷を掛けている途中だったから、手が離せなかった。もちろん他の客ならそれなりの対応をするが、カイには合い鍵を持たせているという安心感。

 

 「凄い機械だね。買ったの?」

 「いや、レンタル。以前は家から職場まで走ったりも出来たが、近すぎるからな」

 走って一分では、ウォーミングアップにすらならない。職場でやれば良いのだろうが、あそこはたまに順番待ちが発生する。それもあって、職員割引が利くのを幸いに、家に軽いトレーニング用品を揃えたのだ。

 「筋肉作るの?」

 「下半身と体幹の鍛錬だな。管理職(副課長)になって机の前に座っていることも増えたし、走れなくなると困るからな」

 特に管区に呼ばれたとき。未だ、若いんだからと、研修に来た連中と一緒に走らされる。一度、二十代の男に勝ちを譲ったときに、かなり叱られた。なんでも春久が彼らより体力も知識もあることが、研修を受ける連中の目標になるし、睨みを利かせられる要因になっているとの事。勘弁しろよと思うし、だったら他の連中もと思うのだが、口に出来ないところが階級社会の哀しさ。

 

 「悪い、シャワーを浴びてくる」

 「行ってらっしゃい」と、カイの言葉を背中に受け、汗を拭きつつ風呂に。カイが到着する前にシャワーまで済ませておきたかったのだが、仕方が無い。

 

 急いで風呂から上がると、カイはキッチンで何かごそごそやっている。頭を拭きつつ覗き込めば、弁当?

 人の気配に顔を上げたカイが、びくりとしてのけぞった。ああ、近すぎた。

 「悪い。何をしているのかと思ったからな」

 「(キャンプの)夕食のおかず。できる物だけ作っておこうかなと思って。ご飯は炊くでしょう? 卵焼き。食べる?」

 「食う」

 端っこを箸で寄せてくるから、口を開け、箸先の卵焼きにかぶりついた。熱い。口の中でふはふはさせつつ、旨いと、感動する。

 「キャベツの浅漬けも、移動途中で揉んでおく」

 「お前のお陰で俺の食生活が充実するよ」

 カイがにこりと笑う。可愛い。マジに可愛い生き物だ。

 

 

 今回は二人だけのキャンプだ。キャンプ場では、下準備で切っておいた野菜を使い、カレーを作ってくれた。味噌汁とキャベツの浅漬け、卵焼き。大満足の夕食だ。その後、椅子を並べて二人で空を見上げる。至福の時だ。いつか、一般人が普通に宇宙に行けるようになったら、隣のカイを連れて行ってやりたい。当然、一緒にということだ。どこかの星でキャンプも良いな。

 そう思っていたら、意識が無かった。

 「ハルさん、ハルさん起きて。風邪引くよ」

 カイに肩を揺すられて、体を起こした。無意識に時計を見ると、あれから三時間は寝ていた! それに気づいて目が覚めた。

 「悪い」

 「そろそろ焚き火も消えるからね。一気に寒くなるよ。片付けは明日で良いんだから、このまま寝袋入って。荷物は全部、真ん中にに入れておくから」

 いつものドームテント。今日は天気が良かったので食事の支度も外でできるからと、それしか立てていない。昼間暖かかったので、焚き火で過ごせるだろうとストーブも持って来なかった。両端にそれぞれのインナーテント、真ん中には共通の荷物。車がすぐ近いこともあり、夜中に使わない物などは車に入れっぱなし。なので今日のテントの中はすかすかだ。足下に気をつける必要も無い。多少寝ぼけた頭でも、安心して歩ける。

 「ほら、寝て」

 カイに押されるように自分のインナーテント、そこに設置している寝袋に入った。そのまま爆睡していた。

 

 朝、テントの外に出て背伸び。年末も近い時期、他にテントも無い。急いで顔を洗った。

 テントの中央部を占めていた荷物から焚き火台を引っ張り出して、焚き火の用意。それから食事の支度。まだカイは眠っているようだ。そっとインナーテントの中を覗こうかと思ったが、ファスナーの音で気づかれるだろう。起こすのも忍びない。火が点いたのを確認して、トイレ兼用で、少しその周りを走る。息が白い。冷たい空気が肺の中に満たされるのが気持ちよくて、深呼吸をした。

 「ハルさん、朝から元気だ……」

 まだ眠そうなカイの声。

 「おはよう」

 振り返って声を掛けた。

 「おはよーごあいまふ」

 あくびと共に返ってきた言葉。それすら可愛いと思ってしまう。春久は完全に自覚した。そばに居て欲しい相手なのだと。

 

 「米は吸水している。そろそろ時間も十分だと思うが」

 「判った。顔洗ってくる。車の中の保冷バッグよろしく」

 冬だ。なので大げさなボックスは必要無いと、バッグで持ってきた。

 他のテントが無いこともあるが、あったとしても車の開閉の音が邪魔にならない時間になっている。開閉に連動するルームランプはオフにして、リアゲートを開けっ放しにした。これも、車が近い利点。どのみちこのまま家に戻ってカイはもう一泊。だったら部屋で乾かせるからと、寝袋などはそのまま車に突っ込んだ。コットやインナーテントはドームテントの外に持ち出して、少しの間風を通す。日が当たるのを待って解体し、車に放り込む予定。荷台に置いていたクーラーバッグを焚き火のそばのテーブルに置き、春久は荷台の整理に取りかかった。これからいろいろと積み込むために。

 洗顔から戻ってきたカイが、テーブルの上でなにやらやっているのを横目で見つつ、力仕事は春久の役目だとばかり、カイに良いところを見せたいのが一番で、後は片付けるだけの物を、片っ端から車に積み込んでいく。

 

 インナーテントも外に出した。コットも片付けた。

 「ハルさん」

 呼ばれて、速攻、自分の椅子に戻った。

 「右と左、どっちが良い?」

 カイは二つのメスティンを春久の前に押し出した。

 「は?」

 にこにこしている。何を企んでいるのか。でもまあ、楽しそうだから良いか、と思う。

 「半分ずつ」

 「ええ~。仕方が無いなぁ」

 カイが手近のメスティンを引っ張るから、春久も真似た。蓋を開けると、醤油の良い匂い。ちらっと見れば、カイの方は色が薄い。

 互いにメスティンの蓋に半分入れて、相手に差し出した。春久の方にあったのは、キノコと鶏肉の炊き込みご飯で、カイの手前はシーフードピラフで醤油やバターの香りが食欲をそそる。

 「最初から分けろ」

 言えばニッと笑っている。しゃもじが手元に有るのを見れば、カイもそのつもりだったのかも知れない。コミュニケーション? 思っていると、カイが春久の方へ多めに入れてきた。春久が分けた蓋からも戻してくる。

 「ハルさんの分だからね」

 「判った」

 結局、合わせて二合の米の内、三分の二は春久が食べた。シェラカップに分けてくれたタマゴスープが味を引き締めてくれる。旨い。こんなのを毎日食べられるなら、どんなに仕事がキツくても、痩せることは無いに違いない。

 「今日、家に道具を放り込んだら出かけるから、付き合ってくれ」

 「判った」

 カイの快諾を貰って、後片付けの時間だ。カイが食事の支度をしてくれている間に殆ど片付けていたし、メスティンなどは家に戻って洗えば良いと、バケツに突っ込んだ。二人がかりで、乾いたドームテントを片付ければ、終わり。撤収の手続きだけして、すぐに家に向かう。途中二人の意見が一致して、ラーメンの昼食にした。他にも食料なども買い出しして、家に着いたのは昼を二時間ほど上回っていた。

 

 家に戻れば、洗う物、春久の物は部屋に、そのまま積み替えられる物はカイの車に載せた。さすが二人でやれば早い。細々としたのはカイがやってくれるし、春久は力に任せて大物を運ぶ。なんならこのまま、カイを抱き上げて部屋に連れて行っても大丈夫だ。それぐらいの筋力は有る。とはいえこんなところでやると、口を利いてくれなくなる。なので自重も大事だ。

 春久の車の中が空っぽになれば、カイを助手席に乗せる。続いて向かうのは、カイは初めての場所。近くまでなら二回ほど訪れているのだが、覚えているだろうか。

 

 

 「こんにちは」

 「いらっしゃい」

 「こんにちは!」

 カイが急いで挨拶する。相手は戸野原。

 「秋津の兄ちゃん、入って。母さんがケーキ焼いてる」

 そうやって歓迎してくれるから、春久が促せばカイは素直に家に入った。

 「大塚君に連絡して良いのか?」

 「お願いします。カイの反応見て、買い物予定です」

 

 カイは戸野原の息子たちに案内されて部屋に入り、ソファーに座った。

 「秋津の兄ちゃん、これ、うちの子」

 戸野原兄弟の弟が連れてきたもの、猫だ。まだ小さい。

 「アレルギー無い?」

 「大丈夫」

 カイの膝に乗せられた猫は固まって動かない。けれど、カイの手は優しく猫の喉や体を撫でる。目が細められて本当に好きなんだなと思う。

 

 「父さんが連れてきたんだ。急いで猫のトイレや爪研ぎ買ってさ」

 兄弟とカイが話をしている間、春久も戸野原と向き合った。

 「本当に大丈夫か? お前、今一番予定が不安定な時期だろう。課長にでもなれば、机の前が定席になるだろうが」

 家に居着けない春久が本当に猫を飼えるのかと、心配してくれている。

 「そうですね。俺一人じゃ無理ですね。犬と違って散歩が要らないのと、餌は多めに置いておけば好きなときに好きなように食うってことだけが救いですかね。後は、あっちがどう思うか、で」

 言いつつちらっとカイに目をやる。

 「まあ、いざとなったらうちで預かってやるけど、あくまでもお前が飼える、と、判断したときの緊急時だけだぞ」

 現状、つい先日は殆ど家に居られない生活だった。猫を飼って、餌や水を与えてやることは出来ても、一匹で放置することになる。一日ならともかく、数日家を空けるとなったときに預かって貰える先が有ると思えるだけで心強い。

 「そう言ってくださるだけでありがたいです。俺としては、猫を理由に毎週末うちに来てくれれば、と思ってますけどね」

 最後はこっそりと、戸野原だけに聞こえるように口にした。

 

 「同居は?」

 「それができるなら……。俺が本庁エリアに戻れば、仕事にも通えるだろうから、とは思うんですが」

 「ああそうか。通勤が有るか」

 いろいろ省略している部分もあるが、戸野原には通じている。カイの通勤に差し障るから、ずっと居てくれとは言えないのだと。

 「そうです。養うなんて言ったら殴られそうで。可愛いですよね」

 途端に春久は戸野原に頭を押さえられた。春久も自分の言葉に思わず苦笑してしまった。まさかそんなことを口にするとは、自分でも思っていなかったのだ。

 丁度その時来客が有り、戸野原が立ち上がった。春久も立ち上がり、カイのそばに。カイは戸野原兄弟と一緒になって、猫の仕草の可愛さに、悶絶している。


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