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食パンピザ

 二日目の授業を終え、カイはすぐに帰っていった。春久は自分の車を駐車場に戻し、授業道具を片付け、弁当箱を二人分、水に浸けた。これはその日の弁当をタッパーに詰めてくれていたからで、カイは持ち帰って洗うと言ってくれたのだが、春久が断った。料理まで作ってくれたのだから洗い物ぐらいする。

 冷蔵庫を開けた。そこにも詰まっているカイの料理。そこから適当に引っ張り出して夕食の支度もしつつ、職場に連絡を入れた。

 「少し待ってください」

 そう断りが入って、替わったのは課長。

 

 「どうだ? 気合いの入れ直し出来たのか?」と。

 「出来ました。深呼吸したので明日からまた走り回ります。今日は待機ですが、この後出ようと思っています。何か連絡事項有りますか?」

 「俺が居るんで出なくて良いぞ。とは言え、呼び出しもあり得るからな。今のうちに英気を養っておいたらどうだ?」

 「充分休ませていただきました。(カイの)料理も有るので」

 「まあ、良い。俺も久しぶりの夜番だからな。なんなら差し入れを持ってきてくれても良いぞ? 料理が有るんだよな?」

 「食います?」

 「冗談だ。それはお前にこそ必要だからな。ああ、だったら雑談でもしに来るか? 眠気覚ましに付き合ってくれ」

 春久は食事を済ませてから出かける旨を伝え、電話を切った。課長が居てくれるのであれば、特に引き継ぎも必要無い。とは言え翌朝から動くためにも、休日中の進捗を確認しておくことも必要だ。

 夕食を食べ終わって、軽く洗い物をする。それから気づいて、冷凍室を開けた。出した物をレンジで温め、それを持って家を出た。

 

 「こんばんは」

 執務室に入ると、いつもより人数が少ない。まだ現場に出ているようだ。

 「お疲れ様です。執務室(こっち)で待機ですか?」

 「それもあるし、差し入れも」

 持っていた袋を少し持ち上げて見せた。

 「何だ? 飯の後で、わざわざ買い物してきたのか?」

 「あ、いえ。あいつが作ってくれていたので、温めてきただけです」

 課長に問われて急いで答えた。袋からはピザが二枚。温めてきたのですぐに食べられる。手伝おうと立ち上がった近くの職員に任せ、春久は自分の席に着いた。思った通り書類が重なっている。まだ「積み上がっていない」ところを見れば、できる物は手分けしてくれたのだろう。

 

 「相変わらずマメだな、お前の通い妻」

 「マメですよ。昨日今日の二日間、弁当まで作ってくれましたし。秋だからと、キノコの炊き込みご飯とかも、美味かったです」

 「それで英気を養えたのなら良い。明日からまた、地道な捜査が再開されるからな」

 「了解です」

 

 課長や春久の手元にも二種類のピザが配られてきた。

 「切ってくださっていたんですね」

 「生地が食パンだから、最初から切れていたよ」

 「そうなんですか?」

 「手伝ったんで、知っていただけだけどね」

 パンを半分に切ってそれを斜めに切ってから、内側を少し押しつぶす。パンが水分でべとべとにならないように、薄くバターを塗るのがコツらしい。耳を外側にして、丸く並べてトマトソースやら具材を載せ、チーズをたっぷり掛けてオーブで焼く。冷めた物をラップして冷凍。食べるときにはレンジで温めるようにと言われていた。なので春久は温めて持ってきただけだ。最初からオーブンで焼けと言われても、多分失敗していた。そこまで見越して、焼いてまでくれていた。

 片方がツナ系で、片方がウインナー系だ。なので、二種類持ってきた。

 「ちょっと普通のピザとは生地の食感が違うんですけど、旨かったですよ」

 「味見済みか? お前の分は要らなかったってことだな」

 「食パン一枚で作ってくれて、冷凍しておいてくれたことも有りますよ。ピザ用に作ったトマトソースが最後にミートソースになって冷凍されていますね」

 

 「お前のそれは、完全に惚気だと自覚しろよ」

 「え?」

 そんなつもりは一切無い。

 「お前のために遠路をマメに通ってくれて、旨い料理を作ってくれて、一緒に遊んでストレス解消の一役を担ってくれている、お前の好みなんだろう。違うか?」

 そうやって言われると違わない。違わないけれど、断定されるのも悔しい。

 「料理上手でおまけに素直で可愛いんだろう。お前のストーカー被害の時も、二回も追っ払ってくれたんだ。タイミング良く、というよりも、それほど頻繁に居るんだ、一緒に暮らしたらどうだ」

 「それは……無理ですね。あいつもフルタイムで仕事をしているし、家庭のこともあるので。良いんですよ、この距離感で」

 距離感が、ではなく、春久の立場から言えば距離感で、なのだ。

 

 「十年も女っ気なくて平気だったのも、通い妻が居たからだろう。根性据えたらどうだ?」

 「根性は……いつでも据えてますよ」

 「そうだなぁ。まあ、お前が根性無しだと、さすがに副課長は無理だったな。ただ、家庭関係ではなぁ。まあ良い。俺の立場ではお前がきっちり仕事をしてくれれば良いからな」

 「それは、善処します」

 「期待している」

 それで話は終わり、春久は配られたピザを少し横に避けて、まずは書類に目を通す。飛びついて食べたいけれど、夕食を食べたばかり。かと言って、誰かに譲るのは嫌だ。自分で食べたいのだ。冷めれば温めれば良い。

 

 真夜中、書類に一段落付けて溜息を吐いた。課長も隣で連絡をしたり書類を仕上げたり、上がってきたばかりの書類に目を通したりしている。春久は机の上にある皿に目をやり、それを持って水屋に。レンジで温める。チーズがとろりとして皿の上にまでこぼれ落ちる。熱々になったそれを持って机に戻り、淹れ直したコーヒーと共に齧り付いた。

 ホッとする。とは言え、時間も時間だ。本当はもう少し食べたいと思っても、そこは我慢。課長が「お前は一日起きていたんだろう。明日も朝から仕事だぞ、寝ておけよ」と声を掛けてきたので、少し考え、宿直室よりも家を選んだ。何かあったときでも、宿泊室から戻るのとほぼ時間は変わらない。むしろ眠っている他の人間を蹴飛ばす心配が無い分、早いかも知れない。

 課長に三時間ほどで戻ると伝えて家に戻り、爆睡。カイのそばでリラックス出来たと思っていたが、一日中起きて、頭を使ってとしていた。頭も体も疲れている。

 ただ、言った通り三時間ほどで起きて顔を洗い、整髪料に手を伸ばした。

 

 

 「おはようございます」

 春久が職場に戻れば、顔ぶれが何人か変わっていた。

 「おはよう」

 「張り込みの交代しました。課長が、丹波副課長が戻られたら、そのまま業務に就くようにとのことです。課長も現場を見てこられるそうです」

 「判った。ありがとう」

 日勤のメンバーは、まだ来ていない。春久は持ってきた朝食を冷蔵庫に入れ、自分の席に着いた。たった三時間で書類が重なっている。これらを処理して、現場の状況を確認してと、やることは山積みだ。

 

 「丹波長。課長からお電話です」

 春久は顔を上げ、電話を受けた。

 「はい。丹波です」

 「ちょっとうちの本部突いて許可をもぎ取ってから、早急に隣県の本部に連絡入れ、うちのメンバー、足を踏み込ませる了承を取ってくれ。どうやらそっちにバイク用車庫を借りているらしい。プレハブか何かあるんだろう? そういうシステムが」

 順番を間違えるなとアドバイスをくれつつ、連絡する場所を指示してくれた。

 「ああ、二輪用のレンタル車庫有りますね。バイク屋が貸し出していることが多いですけど」

 「今回共闘取ってないんで、越県されると手足が出ない。うちの本部と隣の本部、詳細がと言い出したら隣の管轄、三カ所だ」

 「了解しました」

 容疑者が隣県に行く素振りなどなかった。だから県内のみの連絡で済ませていたのだ。急ぎ本部に電話、許可を得て、春久から直接、隣県の県警本部にも連絡を入れる。話をして、担当管轄の連絡先と連絡相手を聞き出した。かなり渋られもしたけれど、そんなことを言っていられない。協力体制について簡単な取り決めをし、再度課長に連絡をいれた。

 

 

 現場や隣県との共同捜査現場には、別の係長が出張ってくれ、春久は書類に集中した。なにせ隣の県にまで話が行ったのだ。書類はいつもの倍以上に膨れあがる。課長は、その書類を裁くのも課長になるためのステップだと笑う。春久が作った資料にきちんと目を通してアドバイスをくれるので、大変助かっているのだが。

 それらがいったん落ち着きを見せるかと思った頃、捜査も進展を見せ、刑事課も前面に出てくれて、犯人確保に至った。以降の仕事は刑事課に移った。現場と書類、係長と春久が刑事課に赴き、打ち合わせを済ませて執務室に戻った。

 

 「年内にカタが付く目処が付いた」

 係長の声に、今まで振り回されていた職員たちの野太い歓喜の声が、部屋を占めた。春久も一息を入れ、深く椅子に腰掛け直した。もちろん滞っていた書類があるので手放しでは喜べないのだが、それでも肩の荷が一つ下りたのも事実。

 「約束通り、年末に忘年会出来そうですね」

 春久の言葉に、誰も彼も嬉しそうだ。あちらこちらでハイタッチやハグまで見える。長かった。春久も近づいてきた係長と握手をして、その肩をたたき合った。

 

 後は記者会見を行えば、もう少し大っぴらに話せる。特にカイ。彼にもいろいろ心配を掛けていた。よし、話そう。

 

 ストーカーの被害者の訴えから、傷害事件に発展後、本人との連絡が取れなくなったこと、家族からの捜索依頼。そこからのしらみつぶし捜査でもなんの進展も無く……。ようやく掴んだネタは隣県で……。

 隣県のバイク用ガレージに証拠がごろごろ隠されていた。それを元に任意同行……。容疑者の足取りをいくら追っても何の痕跡も見つからなかったのも道理、なんと、ネットで知り合ったという共犯者がいた。その共犯者に、被害者を傷つける意思がなかったことだけが幸いした。

 

 「丹波さんいらっしゃいます?」

 大塚が顔を出してきた。

 「少しだけ」

 そうやって廊下に引っ張り出されたから、何事かと身構えてしまう。

 「済みません。俺の権限(交通課班長)では詳細確認できなくて」

 周りを見回してそうやって小声で。

 「秋津君。事故に巻き込まれたかも知れません」

 「は?」

 カイが? 一体何で? カイは確実に安全運転をする。車の流れに乗って、たまにスピード出しすぎるのは目を瞑る。けれど、決して無謀な運転はしない。

 「いや、気のせいだと良いんですけど、先ほどの会議中の資料、事故情報で、ちらっと秋津君の名前を見たような気がしただけなので。彼の名字も珍しいので、目に止まったというか。個人情報の絡みもあって、俺の立場じゃ再度見せてくれとも言えず、丹波さん課長権限で詳細確認できるかもだろうし、なんなら彼本人に連絡を取れるだろうからと思って。何も無ければ良いんですけどね」

 「ああ、ありがとうございます。そうですね」

 ちらっと時計を見た。

 「一応向こうも仕事時間なので、後ほど電話を入れてみます。何か判れば大塚さんにも連絡入れます」

 「無事だと判れば良いので、よろしくお願いします」

 カイの連絡先は大塚や戸野原にも知らせていない。春久だけが知っているのだ。

 

 大塚には平静を装って礼を伝えたが、実のところ気が気では無い。廊下に居るついでに、カイに「連絡して良くなったら、メールを入れてくれ。こちらの就業時間過ぎれば折り返す」と、メッセージを送った。

 仕事が終わって、家に戻る。それでもカイからの連絡は無い。もしかして大塚の言う通り事故に巻き込まれて? 春久は係長兼副課長なので、残念ながら課長と同じ権限は使えない。つまり、意図的に渡された物でも無い限り、交通課の情報など見られない。

 課長に言えば詳細を知ることはできるかもしれないが、それは最後の手段にしたい。カイのことを通い妻と気に掛けてくれている課長に知らせて迷惑や心配を掛けるのは、本意では無いからだ。

 

 二十一時を過ぎたとき、待ち兼ねていたメールが入った。すぐに電話を掛ける。

 「びっくりした。どうしたの? 何かあった?」

 カイの穏やかな笑いさえ含んだ声。その声を耳にしてホッと安堵の溜息を吐いたのだ。

 「お前、事故に巻き込まれたのか? 昨日今日?」

 日付を確認していなかったので、つい、最後が疑問型になってしまったが。

 「え? うん、あ、いや」

 「どっちなんだ?」

 「ん~」

 カイは少しだけ考えるように声を発していたけれど

 「少し前のことだし、巻き込まれた、じゃなくて、目撃して、傷病者救助の手伝いをした? 後、当て逃げだったから、証言?」

 と、口ごもった理由を説明した。巻き込まれたわけではない。なので春久の質問に対してば否定になるのだろうが、実際事故には関わっている。なので肯定すべき? そんな短い葛藤がその口調に表れていたのだと知った。そして大塚が目にしたのは、事故解決への協力者として、特記事項に記載されたカイの名前だったのかと、納得。

 

 「はぁ~。そうか、だったら良いんだ」

 カイの声は聞こえない。けれど、小首を傾げて春久の次の言葉を待っている気がする。

 「詳細までは知らされていなかったんだが、事故の報告書にお前の名前がちらっと見えた……」

 らしい、とは言わなかった。そうするとカイの名前を知っている相手から、つまり大塚からの報告だと判ってしまうし、そこから大塚にも心配を掛けたと気にするだろうから。

 「まあ、秋津の名前は珍しいんで、気づいただけだ。大丈夫だろうとは思ったが、万一が有るからな。お前の無事な声が聞けたんで充分だ」

 「心配してくれてありがとう。ハルさんは? 相変わらず忙しい?」

 「あ、いや。ようやく区切りが付いた。年末年始は動けなくなるから、今のうちにクリスマス会開くか? 今なら冬キャンプも有りだ」

 「二泊できるなら一日キャンプで一日料理する。キャンプ用の調理道具買ったんだ」

 「良いぞ。判った。お前に特に異存が無ければ、土日、金曜と月曜どちらかと絡めて休みを取る。希望はあるか?」

 「土日絡めてくれるなら、どっちでも大丈夫だよ」

 「判った。その時に今回どうして長引いたのか、お前にも詳細を話せなかった理由を説明するよ。いろいろ心配も掛けたし」

 「うん。あ、でも、無理は禁物だからね」

 これがカイの優しさだ。

 「大丈夫だよ。話せることしか話さないしな」

 それでカイは笑う。ああ、早く会いたい。


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