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新居へ

 春久が本格的に引っ越しを考えることになったのは、接近禁止命令が出ているにも関わらず、あの女が懲りずに近づいてきたこと。今回もカイが居てくれて助かったが、昼間留守だったので代わりに宅配便を受け取ったからと、ドアをノックされたのだ。

 マンションは基本宅配ボックスだ。ただ、エントランスは自由に入れるようになっているため、荷物を受け取って奥へと入って行かれれば住人かとも思われてしまう。配送員がきっちりサインを受け取っていたため、宅配ボックスに入れようとしたところを女が「夫宛の荷物だから」と、ひったくるように受け取って中へ入っていったのだと、証言も得られた。

 

 「滅茶苦茶、執着されているじゃないですか。とんでもないですね」

 たまたま巡回中に交番からの無線を聞いて、駆けつけてくれた大塚が、眉を顰めた。

 「いやしかし、丹波さん宛の宅配便なんて、来るんですか? 不規則な在宅時間じゃ、職場に届けて貰うでしょう?」

 大塚の言う通りだ。警察署気付で送れば、受付が受け取って連絡してくれる。場合によっては自席まで届けられていることも。なのでマンションに宅配ボックスも準備されているが、使ったことは無い。職場に送れない大型のキャンプ用品などが有れば、カイに頼んでそちらの家に送らせて貰うし、カイも了承してくれている。

 「心当たりが無いんで、荷物も渡しておく」

 「了解。中を確認して連絡しますので、取捨判断をしてください」

 使用済みの女物の下着は、当然捨てる一択だ。新品だったとしても捨てる一択だが。

 

 「引っ越ししろ」と、課長命令を受けて、家探しになった。今のマンションは職場からの距離、来客用の駐車場、屋根付き駐輪場など、いろいろ気に入っていたのだが。

 

 戸野原は警察官時代に走り回っていたし、逆に警察官を止めてからは子どものことや性格もあるのだろうが地元でもいろいろ世話役的なことをしていることもあり、春久の希望を聞いて、あっという間にいくつかの家を選択肢に揚げてくれた。やはり頼りになる元上司、むしろ兄貴分だ。

 女が取り調べで拘束されている間に、とはいかなかったが、しばらく女には尾行が付くし、家や職場なども特定している。もっとも警察官としての紐付きが離れた上に接近禁止が発令されていたのだ、今度は書類送検とはいかず実刑がつく。そうなると女の今の職場での扱いはどうするか、想像に難くない。損害賠償金、支払い出来ないだろうし、連帯責任で親にも迷惑を掛けるだろう。

 こればかりは仕方が無い。

 

 「第一候補は今の場所からまた少し離れますが、走ってこられる距離で、平屋一戸建てです。築三十五年以上ですけど庭付きで。ガレージを直せば屋根付き駐輪場ができるし、庭で洗車もできそうです。庭に車が三台ほど置ける広さです。築年数が古いので格安です。次に異動になるまでの五年や十年は充分持つだろうと」

 「通い妻のためにも駐車場が広い方が良いな」

 「大型スーパーにも歩いて行ける距離なので」

 通い妻のところは聞き流す。スーパーに歩いて行ける距離だと、強調した。課長も聞き流しは慣れっこで、

 「お前の食生活が広がるな」と。

 確かに、ちょっと出るだけで惣菜が入手できるのはありがたい。

 

 あと、気に入ったのは、リビングダイニングキッチン以外に部屋が二個。普通に考えれば片方寝室で片方書斎だろうが、ほぼ家に居ない春久にそんな贅沢は必要無い。寝室に小さな机があれば充分仕事はできる。なのでもう一部屋が猫部屋……カイの部屋にできる。築年数が古いのでペットオッケーだ。

 「引っ越しの時は早めに言えよ。異動と違って纏まった休みをやれないんだが、融通はつける」

 「ありがとうございます。その時はお願いします」

 風呂やトイレについては自分も使うところだから判断できるのだが、キッチンだけは、メインで使うことになるカイに判断させる。彼がそれでも大丈夫なら、決める。

 特別忙しい時で無ければ仕事を抜けることもできるから、カイの時間があるときに来てくれと頼んでおいた。

 

 ただ、生活安全課の仕事は多岐にわたる。名前の通り生活一般に関わる部署だ。

 平日に県庁の港湾課を手伝って刑事課の面々と一緒に真夜中に輸入品の摘発をしたり、県の端にある街でも風俗街はあるし、一階受付は春久の下の班が担当だから、受理された書類の確認、他にも捜査員たちが昼間駆けずり回って夜に仕上げた書類のチェック、当然自分も走って、その書類を作成もしなくてはならない。

 なので二人の都合が合うまで、引っ越しの話はしばらく棚上げになっていた。

 

 「悪い。二時間ほど出てきます」

 時計を見ながら立ち上がった。

 「どちらに?」

 「連れが来たので、家を見に。それで納得したら引っ越しです」

 「おお、とうとうですね」

 「行ってらっしゃい。遠方から来てるんですよね? 二時間と言わず、待機に切り替えていただいても」

 「さすがにそれは。ってことで、後ほど戻ってきます」

 「了解です」

 

 カイが職場の駐車場まで来てくれている。土曜日なので職員用駐車場もガラガラだ。裏口から外に出て、ぐるりと回って駐車場に向かった。

 「悪い。頼んでおいて俺の方がなかなか手が空かなくて」

 「大丈夫だよ。ハルさん忙しいの判っているからね」

 「お前が料理しやすいようなら決めようと思っているんだが」

 「俺よりハルさんでしょう? ハルさんが毎日生活するんだから。俺はたまに邪魔をするだけだから、何とでもなるのに」

 「それでもお前の方が詳しいだろう。なので気づいたところがあれば教えて欲しい。俺もこれからまだ数年暮らすことになるからな」

 「今の部屋、駄目そう?」

 「接近禁止命令が出ていて、だからな。周りの方が気にしている。新しい家にはお前の部屋を作ってやる。というか、殆ど家に居ない俺に二部屋も要らないんでお前の部屋だ。お前と猫部屋だ。どんな猫が良いか、考えておけ」

 「判った」

 助手席に座ってシートベルトをしカイに家の場所を教える。大きなスーパーのそばだと言えば、少しばかり楽しそうだ。

 

 いくつかクレームというか、注意がつけられた。

 今までカウンターキッチンだったのが、昔ながらの壁に向かって料理をする。シンク周りは狭く、出来た料理はすぐにダイニングのテーブルに運ばなくては置く場所が無い。だから、そこに住むことになればまず、ダイニングのテーブルが必要になる。今までのテーブルはリビングに置ける。ソファーは? カイの部屋に入れて最初からベッドとして使う? 今まではダイニングリビングで広かったのだが、今度はダイニングとリビングが別になっていて、各々の部屋が狭い。

 今の部屋に合わせて買い足したソファだ。悩ましい。

 


 「もう少し職場に近いところのマンションもいくつか有る。駐車場のことを考えれば第二候補になりそうなところも有るんだが、ワンルームだ。独り者には広いが、見せられない書類を持ち帰る立場では、人を呼ぶのが難しいな」

 「遠いとハルさん歩いて行けなくなって困るんだよね」

 「走れば間に合う。間取り的に良いなと思ったところは来客用駐車場が無いんだ。だから泊まりが難しい。で、お前が泊まりに来てくれないと俺が困る」

 「ハルさんは」

 「後は、俺が警部補だから、独り者でも家族用の宿舎にも入れる。ただ、お前が出入りするのは一々管理人を通さないとならないので面倒になる。エントランスオートロックのところなら、大丈夫か? そっちを探してみるか?」

 「ハルさんの住むところなんだから、ハルさんが暮らしやすいのが一番だよ。月に一度来るかどうかの俺の事は放置してくれて良い」

 「良いわけないだろう。俺はお前が来てくれる生活が気に入っているし、お前のお陰で仕事のストレスを解消出来ているんだ。うちの課長たちですら、お前が俺に良い影響を与えていると言ってくれてる。なので俺の引っ越しにお前の意見は最重要項目だ」

 「ハルさんは……」

 再び、今度は呆れたように首を竦めつつ、笑っている。カイの自信になって、もっと人との距離が近づいてくれると良いのだが……。無理か? ストーカー女とか、コンパで腕に胸を押し付けるような女が居る限り。

 

 「ともかく。お前の料理が俺を助けてくれていることは課長たちが認識している。俺はそれだけでなく、お前と一緒に行動することがストレス解消になることを常日頃から実感している。なので、お前が気軽に泊まりに来られる場所を作りたい」

 あわよくばそのまま同居まで持っていきたいぐらいなのだ。カイの父親の反対? そんなもの、いつか蹴散らす。

 ただ、そのためにはまず、カイの攻略だ。警戒心を持たず、逆に自分の避難場所だと認識してくれるように。

 

 結局その物件は取りやめた。春久としてはかなり有力視していただけに少しだけ残念だ。けれど、カイが飛びつかないのであれば却下。せめてキッチン周りはカイの使い易いようにしてやりたい。もちろん春久がその恩恵を受けるのだから。

 それから数日、課長に相談した結果、ワンルームは頭から消し、もう一つの、来客用駐車場の無い物件に絞った。

 

 

 「ただいま戻りました」

 「お帰りなさい。部屋の契約出来ました?」

 「出来ました。署のすぐ近くです。歩いて十分。課長に、来客時には俺の車を職員用駐車場に置いて構わないとの許可を頂いて」

 ちなみに、警察署の駐車場をショートカットすれば走って一分で到着する。言わないが。

 「え? そうなんですか?」

 「そうです」

 カイに伝えていた通り、その物件は、ダイニングリビングで広い。カウンターキッチンも今までと同じだから、あのソファーベッドやテーブルを始め、今までのものがそのまま使える。そしてありがたいことに、方角は替わるが、家具の場所を大体同じように置ける。寝室は一つだったのが三つになった。そこは痩せても枯れても家族用のマンションだ。

 

 屋根付き駐輪場が有り、バイク用と自転車用で分かれている。なのでネックは駐車場だけだったのだ。近くに賃貸駐車場が有れば月に一度や二度、そちらを使うことも有りなのだが、少々遠い。きっと、警察署の近くは駐車場にするよりもマンションにして治安の良さを売りにする方が良いのだろう。なのでそれらの住人を見込んでの月極駐車場は有るのだが、時間駐車場が無いのだ。ダメ元で課長に交渉した。カイが来るときだけ、駐車場の隅を借りることは可能かと。

 「三LDKで駐車場一個は、有りえんだろう」

 「なので、空きがあったようです。近くに月極駐車場はあるんですが、他に比べても高いようですね」

 「来客はどうせ土日がメインだろう? 警察の駐車場も平日は混むからな。土日なら好きに使えば良いだろう。あれならお前の名前で駐車場枠を押さえておくが?」

 「そんなに使わないので。それに普段はバイクで来るので、その駐輪場はあります。年に数日だけです」

 そうやって相談が成立し、金曜の夜を含め、窓口が開いていない日、時間に車で来たときは問答無用で職員用駐車場を借りられる。ただし預けるのは職員である春久の車、そのための登録はしておく。平日昼間の場合は、来客用駐車場の隅にカイの車をそれとなく停めておけと、そちらは口外法度として暗黙の了解となった。

 

 「十分かぁ。丹波長、常時待機ってことですね」

 「そうなりますか」

 「緊急時には、家に本部が立ち上がるかもですね」

 それは、正直勘弁して貰いたい。けれど、緊急時にそうなるとすれば、災害等で本当に切羽詰まった状態ということ。課長があっさり駐車場の許可を出したのは、そのことを念頭に置いていたのかも知れない。

 

 前回の引っ越しと違って、今回は職場のメンバーが手伝ってくれた。課長が

 「通い妻が居ないと後で物を動かすのは二度手間だろう」と、暗にカイを紹介しろと言い出したが

 「大丈夫です。極力今のレイアウトに合わせることにしていますので」と。紹介など、絶対に阻止する。

 春久の返事に課長が苦笑いしていたのは、見ない振り。お互い見ない振りが多いけれど、これが上手くいくコツでもあるのだろう。

 

 戸野原も「引っ越しが終わったら教えてくれ。荷物を入れた後で動かすものがあれば手伝うぞ。それにしても、一番職場に近い場所を選ぶとはな」と、笑っていた。

 大塚は「三部屋もあるんですね。一つはキャンプ道具入れですか? で、もう一部屋は秋津君の部屋ですね」と。戸野原も言わなかったけれど、同じ事を思っているだろう。

 引っ越し連絡は垣内にも送っておいた。クリスマスになれば、また、新しい家でクリスマスパーティでも開こうとの一文を加えて。

 

 新しい部屋は前の部屋に比べて二部屋多い分、家賃は高い。けれど、前の部屋と同じく官舎扱いで、春久が正式に副課長と係長を兼務することもあり、職場負担分が増えて、むしろ安く住めることとなった。


 

 春久の部屋は一番日当たりの良いところ。誰も使わないのにそこを空けておく手は無い。大家には許可を得て部屋に鍵を取り付けた。隣の部屋には、押し入れに片付けていたキャンプ道具を入れ、そのまた隣の北の端の部屋には今のところ来客用の布団だけ。中央の部屋は、緊急時には来客用の寝室にもなるだろう。カイの部屋は今布団を入れている部屋固定だ。風呂とトイレが別になっているのもありがたい。家族用だと当然か。一人用だと一緒になっていることも多々有る。今回選択しなかったワンルームも、そうだった。

 立地や部屋レイアウト的には終の住処にしても良いぐらいなのだ、駐車場の問題が無ければ。けれどそもそも、春久も異動からは逃れられない。



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