惣菜パン
テント設営が終われば、今度は食事の用意。テントで囲った広場中央付近で三組まとまって料理タイムだ。戸野原の息子たちだけでなく、大塚の子どもたちもできる事を手伝っている。
「非日常だと進んでお手伝いしてくれるから助かるわ。子どもたちも、日頃大人しい子の方が生活力発揮するのよね」
大塚の妻が、勤務先の小学校でのイベントを思い出しながら口にする。
「剣道クラブでもたまにデイキャンプやったりしてたんだよ。役員替わってやらなくなったんだ。大塚君が手伝ってくれるなら提案するし、音頭取るぞ?」
「良いですねぇ。土日なら俺が仕事でも、妻が出られるので。子どもたちも今日の事で味をしめそうだし」
「ああ、それは言えるな。喜ぶ子と苦手にする子の二通りに分かれるんだが、大塚君のところは大喜びするだろうな」
子どもを持つ親の会話だ。剣道と言えば、春久も長らく合気道に行ってない。以前垣内に誘って貰っていたが、さすがに不規則すぎて。顔を出してみれば垣内とも会えるかも知れない。
「ハルさん、大物終わったら座ってて良いよ。焚き火の用意だけよろしくね」
戸野原は大きなバーベキューコンロで、炭火を使う。大塚は、妻が薪や炭の火加減が出来ないからと、ガスコンロを持ち込んできた。テーブルの用意が無かったので、今回はカイのテーブルを一つレンタル済みだ。大塚は、次の時までに揃えると言って頭を掻いていた。そうすると春久が用意するのは、カイの料理用の焔となるだろう。
「何を作るんだ? 熾火を作れば良いのか?」
「まずはご飯を炊くから、強火で良いよ。熾火になるころにダッチオーブン載せる。今日は、ダッチオーブンで作る惣菜パン。材料の支度してくるから、火をよろしく。お米は吸水しているから、時間見て持ってくる」
「判った」
料理のことになると、てきぱきと指示が飛んでくる。
袋を持たされ、中にいろいろ入れられ「柔らかく揉んで。力入れるとビニール破れるからね」と注意されて、椅子に座ったまま火加減を見つつ、袋を揉む。
「丹波さん、ピザですか?」
戸野原長男が、春久の手元を見て聞くから「パンらしい」と、応えれば、興味深そうに近づいてきた。
「ハルさん、きちんと混ざった?」
「多分」
「秋津さん。パンですか?」
「うん。ピザの応用の簡易パン。初めてのチャレンジ。今回上手くいけば、次の時に一緒にやろうか」
「是非とも! お願いします!」
「ハルさん、それは一次発酵させるから、こっちのテーブルに置いといて。その間に、ご飯炊いて。飯盒とメスティンと。飯盒はおむすび用の炊き込みご飯だから、火加減気をつけて。調味料入っているから焦げやすいからね」
「判った」
大勢で行うキャンプの醍醐味と言えばたっぷりの肉、豪快なバーベキューと言うことで、主食はシンプルに白い飯。この場合、主食は肉かも知れないが。翌朝分も一気に炊飯しておいて、そちらは冷めても食べやすいようにむすびにするようだ。
戸野原のところも四人分の米を炊くのに、見慣れた飯盒とメスティン、なんと、大塚のところは土鍋が出てきている。汁物か鍋でも作るのかと思ったら、大塚夫妻は手慣れた様子で米を炊いている。普段から炊飯器は使わないのだろうか。今度カイに聞いてみるべきか? カイなら土鍋で炊くご飯も好きそうなのだが。一人用の土鍋で作ってくれた鍋焼きうどんは美味しかった。寒くなったらまたあれを作って欲しい。
今回、メインのバーべキューの肉と野菜は戸野原が準備してくれることになり、それは事前にキャンプ場の使用料込みで集金済みだ。それ以外は各自完結。もちろん互いのものを味見と称して分け合うだろうことは明白で、逆に言えば皆、各々がどんなものを作るのか興味津々でもある。特に大塚の妻は、キャンプという冷蔵庫も無い少々不自由な中で何ができるのか、記録用にメモまで用意しているのだと、大塚が笑いながら伝えてきた。勉強熱心な教師が居て、彼女の教え子たちは恵まれている。どんな先達と出会うかは、その後の人生に大きな影響を与える。
「あれですね。丹波さん、尻に敷かれている旦那に見えるんですけど」
大塚がこっそりと戸野原に。こっそりのつもり、というべきか? みんながテント群の中央に設けた広場に集まっているのだ。絶対に聞こえる。春久は咳払い。大塚はごまかし笑いで、戸野原は苦笑している。
「ま、秋津君が料理担当だからな。バランスが取れて丁度良いんだ。うちの息子も野外料理は秋津君に教えて貰っている。いつか山に登るときのために」
「そうですよねぇ。男とか女とか関係なく、料理できるのは強みです」
そういうことにしておく。
「戸野原さん、後でこれも一緒に焼いて貰っていいです?」
幸い戸野原と大塚の会話が聞こえなかったのか、テントから出てきたカイは、保冷バッグから出してきたタッパーを戸野原の妻に渡している。
「何? 鶏肉?」
言ってくれればバーベキューの食材に入れておいたのにと言いつつ、戸野原の妻は受け取った。
「そうです。もも肉をスパイスに漬け込んでます。皮側からパリッと焼いて貰えれば。ハルさんの好物です。四枚分入ってますので、焼けたら切り分けてください。後、こっちは料理してきた奴です。酢の物だから、安心かと思って」
春久は椅子に座ったままカイを見上げた。
「お前、昨日何を作っていたんだ?」
「鶏肉にスパイス揉み込んだのと、アジの南蛮漬けだけだよ。家の冷蔵庫にも入れてるから、これはこっちで食べる分」
途端に戸野原が咽せている。肩が大きく震えて。
「戸野原さん」
戸野原は笑いかけて咽せたようで、咳き込んだ後、奥さんの手から冷たいお茶を貰って、一気にあおった。春久を見ればまた笑いがこみ上げてくるようで、口元を押さえてひとしきり笑った後
「秋津君に頭が上がらないなぁ」と。
「それは今更ですけど」
「ぐっ」大塚まで吹き出した。
「あ~。うちの女子職員に今の言葉聞かせてやりたいですね。くくく。本当に、丹波さん活躍の陰には秋津君の支えがありってことですね」
「指輪の相手なので」
大塚は再び吹き出し、戸野原も自分の口を押さえている。戸野原の奥さんも笑っているし、判っていないのは大塚の妻とカイぐらい。この場合、子どもたちは含まない。
「何?」
「何でも無い。というか、お前のお陰でやつれずに済んでいるんだろう、と言われているだけだよ」
「そう?」
カイはそれ以上は何も言わない。先ほど春久が揉んでいた袋を取り上げ、少しだけ自分でももみほぐしていたかと思うと、春久の隣に座り込んで、テーブルの上で何かやっている。
「どうした? やろうか?」
「大丈夫。ガス抜きと成型だから。中に入れるの何が良い? 適当に惣菜持ってきてるからそれで大丈夫?」
「任せる。お前の料理に、外れは無いと判っているからな」
「オッケー」
戸野原と大塚が生暖かい目で見ている気がするけれど、これは春久にとって大事な時間なのだ。気にしていては、貴重な時間が無為に消費されてしまう。
戸野原は父親らしく「肉だけじゃ無くて野菜もしっかり食えよ」と注意している。大塚は、子どもたちに肉や野菜を切り分けてやっている。カイが作ったダッチオーブンで作る惣菜パンも、子どもたちが我先にと取り合って、大人たちの口に入らなかった。
「次の時はカズ君も手伝ってくれるから、多めに作る」
いや、二人のキャンプで作ってくれて良いんだが。
「父さん、うちもダッチオーブン買おう」
「買うのは良いが、お前が山に持っていくのは無理があるぞ?」
「それはそれ。秋津さんのメニュー、いろいろ覚えたい」
「判った。家でも作るなら、だ」
「やる」
本当に素直だ。
キャンプは楽しかったようで、大塚の子どもたちは次はいつやるのかと、母にねだっていた。戸野原の息子たちはてきぱきと片付けを手伝っていて、カイが手伝うより先に、彼らの方が動いていた。
カイのアドバイスももらって、特にダッチオーブンの手入れについては、長男が熱心に聞いていた。昨今ネットで情報は知れるだろうけれど、やはり生の声は大事だ。
初めての頃は見ているだけだった戸野原の息子たちが、戦力に育ってくれたお陰で、片付けは早かった。
「もう一つテント増やして自分の持ち物にしてやるのもありだな」
「山に行くなら、山用テントの方が良いと思いますよ」
「そうだなぁ。自分で選ばせるか。あまり高くない奴で」
やはり戸野原は子煩悩だ。
春久の家に戻ってきたカイは、またもやパタンとソファーに倒れ込んだ。
「終わったぁ」
小さな子どもたちも居たし、春久と二人だけでは無いのだ、いろいろ気も張っていただろう。
「一眠りするか?」
「荷物を積み直す。明日ハルさん早いからね」
「あれだぞ、鍵は渡しておくから、適当に起きてゆっくり帰れば良い」
「ハルさんが出かけるときには、帰るよ」
もぞっと体を起こした。車の鍵を貸してくれと言うから、春久も手伝うために一緒に降りていく。大きなドームテントなどは部屋に持ち帰って二人で広げる方が楽だから、まずはカイの荷物を積み替えて、それから使った荷物を持ち上がる。いつもではないけれど、春久も車を使うこともある。その時にナイフなどを乗せっぱなしでは、目も当てられない。
荷物の積み替え、一通り部屋で再度陰干しなどの支度が終わった。途中カイが買い物に行ってくれ、夕食の後でまた、料理を作ってくれると言う。
「無理しなくて良いんだぞ?」
と言っても、楽しいから良いんだと。ああ、癒やされる。




