真相開示
大塚が大皿にいろいろ取り分けて、二人の方へとやってきた。
「秋津君マメだね。BBQ慣れているというか、次々焼いてくれる」
そう言って、二人にその皿を差し出してくれた。
「ありがとうな」
「いえいえ。丹波さん、結局ストーカーはどうなったんですか? 新聞ではたいしたこと判らなくて。よもや書類送検で済ませるなんてことないですよね?」
「書類送検で済ませないといろいろ(影響が)伸びるので。裁判所に引っ張られるのは勘弁してほしいですからね」
事件にしてしまうと、検事にまで痛くない腹を調べられたあげく、被害者として法廷に立たされるのだ。
「あ~まあ……あれですね、若くして警部補だとストーカーは通る道ですか?」
「は?」
「交通機動隊の現隊長も、副隊長の時にストーカーに出待ちされたそうですよ。我々がペーペーの頃の話らしいですけど。結婚して指輪してても、だそうです。まあ、相手一般人だったので、住所を知られたりすることが無かったのが幸いだったみたいですけど。同僚にストーカーされては目も当てられません」
戸野原は皿の上の串を一つ取り、それにかぶりついた。
「まあ、早めにカタが付いて良かったと言うことだな。家にまで押しかけられたら、気の休まる事が無いだろう?」
「そうですね。一時はマジに引っ越しまで考えました。妻帯者用の宿舎なら独身寮ほど出入りが厳しくないとは言われたんですが、実際独り者なので」
「あまり表沙汰にしないんだが、警察官のストーカー被害は、昔からあるんだ。特に制服組、制服姿は二割増しとも言われているしな。後はまあ、内部だと事情が丸わかりだからなぁ。住所、階級、結婚の有無。ただ、それを取り締まる側の生活安全課がなぁ」
「俺に電話を取り次ごうとした男は、相手がストーカー予備軍だと知って、真っ青になって改めて謝りにきましたよ。既に叱ったことだし、それ以上はってことで収めましたけど」
被害届は本庁で、交番からもらった資料も参考にしつつ記載した。周りからどうやって書くのかなど、さんざんヤジが入ったが。
同僚から電話を掛けさせ居場所を特定しようとしたこと、自分が連行された交番にまで、臆面も無く突撃してきたことなどは、人事担当や本庁の生活安全部メンバーも引き気味であったほど。
「ここだけの話にしてくれ」と前置き付きで教えられたのは、女の最初の結婚相手は一般人、自分が勝手に見下していた同期が結婚したことに焦りを感じたんだろうと、できちゃった婚を装って寿退社に持ち込んだらしい。それで上手くいけば良かったのだが、早々に離婚していることと、戸籍に子どもが記載された記録が無いことから、妊娠は結婚を迫るための虚偽で、事実が無いならと離婚されたのではないかと、これは推測。
数年在野に身を潜め、遠方に引っ越し、元警察官の看板を背負って臨時職員に収まり、そこで将来有望株の独身男を見つけ、それを捕まえれば今までの分の取り返しも付くと恥も外聞もなく……。
「うわ……」
その場で聞いていた全員、思いっきり引いた。これほど強烈なのは久しぶりに当たったようだ。採用時には上手く猫を被っていたのが、若い、出世頭、上司どころか管区からのお覚えもめでたく将来の期待大、おまけに顔良し体良し……それは春久が言ったことではなく周りに指折り数えられたのだが……では唾を付けるのを焦って、ぼろを出したのだろうと。
「男で自分の価値を付けようって? まあ、ステータスにはなるかぁ。やられた方は堪らないけどな」
以降、被害者の春久は当然ノータッチ。時折捜査資料が送られてきた。事件にするかと聞かれたが、これ以上煩わされたくないので書類送検でとまとめた。
「ストーカー事件の担当部署である生活安全課」の、それも「副課長が被害者」はさすがに警察も外聞が悪い。報道には、地方所轄の警部補がストーカー被害に遭い早々にそれを収めた、なのでストーカー被害で悩んでいる人は最寄りの警察へ、などとキャンペーンめいた形にしてしまった。それで、部外者の戸野原まで知ることになったのだ。
大塚は、同じ所轄、それも課長がオープンにするとしたので、耳に入る。一般職員には「業務上知り得た個人情報を悪用したことによる懲戒処分」レベルの通達なのだが、大塚のように下を持つメンバーはもう少し詳細に、個人情報を使ってストーカーまがいの犯罪が起きかけたこと。早急な対応でひとまず大事には至らなかったことなどが伝えられたはずだ。個人情報を扱う可能性の有る職員の教育・情報管理の徹底が言い渡されている。
「まがい、なんですね」
「合計三回、押しかけられましたね。一度目は居留守。二度目はカイ、秋津が対応してくれ、三度目は課長と一緒に部屋に戻ったときに、物陰から現れました。いずれも課長が交番への窓口になってくれたので、その時も俺は一切、相手とは話をしていないんですよね。うちの課長の剛胆さに助けられました」
留守の時の押しかけは数に入っていない。
課長には本当に世話になっている。春久が早く一人前の管理職として成長するのが、恩返しなのだろうけれど、いろいろ経験値が足りないのを痛感している。もっとも、今回のような被害者としての経験値は望んでないのだが。
「それでも、直接被害は家に戻れなかったことぐらいで、脅迫があったわけでもないしで。交番に三回も引っ張られたことと、付きまといによる迷惑防止条例に即して書類送検、前科が付くので懲戒解雇が妥当としました」
「とんだ災難でしたね」
「今日はカイが、気分転換にと計画してくれたんですよ。課長も、管轄内での移動なら、待機入っても良いなと念押し付きですが、あっさりと許可をくれました。待機なのでアルコール無しですが、それは車ということもあり。戸野原さんには万一のときはカイをうちまで送ってくれと言ってますし」
カイに家の予備キーを渡しているので、春久が一足先に抜けたときは、それを使ってマンションに入り、置きっ放しにしている荷物を持って家に戻る。そうでないときは、二人で家に戻って、使われなかった鍵はいつものところに置かれるだけだ。
「呼んでいただいてありがたいです。うちの妻もデイキャンプは何をするんだろうと、準備は何が必要かと身構えていたところも有るんですが、テント代わりにタープ張って、普通にバーベキューで。子どもたちも走り回れるしで、これならうちも日常的に取り入れられそうです」
「うちはタープ張るのも、息子たちの練習になるしな」
戸野原の次男も無事高校生になった。彼は剣道部に入ったようだ。それでも休みにはこうやって家族総出のイベントに付き合うし、子どもたちとのふれあいも苦にすることなく、母親たちに替わって積極的に見守ってくれる。垣内たちとのキャンプでも、小さな子どもたちに目を配ってくれていた。実際大人数でのキャンプでは、戸野原の子どもたちに助けられている部分も多い。
「大塚さんの子どもたち、こちらに慣れました?」
「そうですね。最初は引っ越しで友達と離れるのを嫌がっていたんですが、こっちに戸野原のお兄ちゃんたちも居るし、剣道もやれると説得しました。引っ越ししてきたら、大人より慣れるの早いです。事件や事故も少ないし、夜中に呼び出されることが減って、かえって喜ばれてます」
「それは良かった。警察官が忙しいのはろくな事じゃ無い」
「今のところ、待機呼び出し二回だけです。おまけにこんなイベントが頻繁にできると知ったから、今度は離れないと言い出しそうですけど」
「少なくとも子どもたちが中学になるぐらいまではこっちだろう?」
戸野原が指摘するのは、もちろん大塚が異動してきたばかりというのもあるが、災害時特別班として春久の下に付くことになったから。特殊班だから、なかなか解体されることも無い。となれば、初期メンバーなんてヘタすればいつまでも引っ張られる。
「何事も無く、このまま数年後には大塚君を初めとするメンバーに引き継げることを願ってますよ」
「いやいや。丹波さんと俺は年一つしか変わりませんからね。メンバー交代の際には俺も引きますよ。もっとも、うちの上が言うには、丹波さんを引っ張ったのは十年は盤石な班を作りたいのもあったらしいですよ」
「警察官の十年ですか……」
不確かだ。離職すること、そして最悪の場合殉職することも含めて。ただまあ、その最悪は排除したい。カイが泣く。そんなこと想像するまでもなく。大けがでも泣くだろう。だから尚のこと、身を守る術を身につけなくてはならない。
「丹波、お前そろそろ身を固めないか?」
戸野原の声に、春久はその顔を見た。春久が結婚願望が無いこと、それから、その手の話には閉口していることも知っている筈だが。
「ルームシェアでも何でも良い。お前の仕事も、ストレス溜まるからなぁ。秋津君がお前のそばに居てくれると、一番安心なんだ」
カイと……。
「無理ですよ。あいつは仕事を持っている。それにあいつ自身、そんな気は一切無いと思いますよ」
「お前は嫌じゃないんだな?」
戸野原に鋭いところを突かれた。嫌ではないが……。同居となれば話は別だろう。特にカイの距離感では、無理だ。
「あいつは大事な友人です。その友人と距離は間違えたくない。なので、お断りです」
そうだ。カイの笑顔を守りたい。それが春久の一番の願いだ。
「おとーさん! おかーさんがお皿持ってきてって!」
大塚の子どもが駆け寄って、大塚の足にまとわりつく。大塚によく似ている。小学生らしい元気さで、長年少年課に居た戸野原も、生活安全課で走り回る春久にとっても、微笑ましい光景。
「まだあるだろう、大きい皿」
大塚が、やれやれといった風に腰を上げる。
「大塚君、ここは奥さんたちの手前も、自分が焼いたり世話をしたらどうだ? 奥さんのことだから、今度は自分たちだけでやりたいと言い出すぞ」
「了解です。秋津君に替わって貰おうかな」
大塚は戸野原の言いたいことを察して、子どもたちを連れて火の方へと向かった。そこで串を焼いているカイに声を掛け、少し話をしていた。焼き係を替わると言われたのだろう。カイは小さな皿を持って、二人の方へとやってきた。
「何? ちゃんと食べてる?」
「丹波が食わないから、食わせてやってくれ」
「ハルさん。きちんと食べなきゃダメだよ。これ、手羽先。戸野原さんの奥さんがタレに漬けてたのを持ってきてくれた奴。タレが甘いから焦げ目もしっかり付いて美味しそうだよね」
「判った。食う」
戸野原が先ほど食べていたのと同じ串、豚肉牛肉、ホタテ、エビ、それらの間に野菜のしっかり挟まれた焼き串を取り上げた。
「食わないわけじゃなくて、だな。話をしていたから手が伸びてないだけで」
「丹波の、ストーカーの結末を聞いていただけだよ。丹波もしっかり吐きだして、気分一新、これからの梅雨を乗り切って、夏には山の上でキャンプだろう?」
「ですね。去年と同じところが良いかなぁ」
「俺はどこでも良い」
「丹波」
「訂正。昨年と同じところが良い。大塚さんには初めてだろうし、子どもが走り回るだろうから、それも含めてある程度慣れたところが安心だろう?」
「判った」
戸野原に、「どこでも」は提案してくれている相手に失礼だろうと、無言で圧をかけられ、急いで言い直した。
「うちは(子ども)二人とも高校生になったからな。自分で支度から片付けまでさせるつもりなんで、慣れたところだと、戸惑いも少ないはずなんだ。現地に有る物も判っているしな」
「ハルさん、日程組んでくれる?」
「全員の日程すり合わせて予約も入れておくよ。その代わり料理についてはお前に一任していいか? というか、戸野原さんの奥さんと大塚さんの奥さんとお前の三人で。俺に伝えてくれれば連絡の間には入るが」
「判った」
それをにこにこと聞いている戸野原は、結局カイにはルームシェアの話はしなかった。いつものたわいない話、バイクやキャンプのこと、今の仕事の調子はどうだとか、そんな世間話に終始した。




