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クールダウン

 春久が風呂から上がったとき、カイはテーブルで勉強していた。真面目だ。

 「面接授業、決めたのか? 俺は行けないが、この家はお前が自由に使って良いんだから、土日の遠方でも行けるだろう? むしろ泊まりで来て、ソルトと遊んでやってくれるとありがたい」

 「判った。ありがとう。ハルさんと今日、予定をすり合わせようかと思っていたんだけど、(無理だと言われたから)適当に決めて出しておく。それから夏頃には落ち着く? 一回ぐらいキャンプ行く余裕出来そう? 戸野原さんや大塚さんも、ハルさんが行かないなら遠慮しそうだし」

 それは確かにそうかもしれない。そもそもカイが、春久というクッションが無いと、行かない気もする。戸野原の息子達が居れば、気後れはしないだろうが。悩ましい。

 おまけにこれは、春久の指輪提案やらキス宣言を受けても、これまで通り付き合ってくれるという返事に他ならない。だったら春久がそのために尽力しないはずが無い。

 「夏には待機無しで二連休取れるように、交渉しておくよ、新しい課長が来たら」

 「判った」

 

 ソルトは自分の寝床であるキャットタワーの上にあがってノンビリしている。それを確認して春久はキッチンに。水を飲むついでに洗い物をと思っていたら、キッチンは綺麗になっていた。

 「悪い。洗い物させた」

 「ついでだから大丈夫」

 春久はタンブラーを洗って伏せ、テーブルに行くと、そこで勉強をしているカイの頭にキスをした。

 

 ぴきっと音がするほどカイが固まった。それに気づかない振りで、今度はキャットタワーのソルトに。ソルトからはキスの御礼にパンチが来た。

 「ソルトお前、カイからキスをされてもパンチなのか? ん?」

 頭をぐりぐり撫でれば、にゃあと返事をする。

 「うちの娘は……。二人とも俺の癒やしなんだから、大人しくキスぐらい受けろ。頭にしかしていないだろうが」

 当然、ソルトではなくカイに言い聞かせている。ちらっと見れば、カイは赤くなって俯いたまま。これ以上やって爆発されても困る。

 「悪い。仕事をするんで部屋のドアを閉め切るが、何かあったらノックしてくれ」と、何でも無いことのように話題を振った。

 「あ、うん」

 「お前も早めに寝ろよ。明日も待機だが、買い物ぐらいは付き合えるからな。朝から買い物に行って思う存分料理してくれ。寝るのはお前の部屋な」

 「うん。判った」

 そこであっさりと引き下がる。昼までやっていた仕事の、連絡が入っていないだろうかと、気になっているのも事実。

 

 朝、顔を洗いに行こうとリビングを通ったが、そこにカイの寝ていた気配は無い。ソルトも居ない。玄関近くのカイの部屋を見れば、ドアが少し開いている。ソルトの出入りのためだろう。

 春久が動いているのが判ったのか、部屋からソルトがそろっと出てきた。廊下で背伸び。そのまま自分の餌皿に向かい、程なくしてカリカリと音がしてきた。

 「一時間ぐらい走ってくる」そうメモを残し、業務用電話とプライベート電話、両方を持って家を出た。

 ソルトが玄関まで見送りに来てくれたのは、やはり癒やされる。

 

 待機中、遠くに行くことは出来ないので、家の周りを回る。となると、職場の周辺をも回ることになり、勢い、出勤途中のメンバーとも顔を合わせる。

 「あれ、丹波副課長、出勤ですか? 緊急?」

 「あ、いや。家の周りを走っているだけだよ。ここのところ、ずっと机の前ばっかりだったので、体が鈍りそうで」

 「慣れました? 課長代行」

 「無理だよ。課長の役割なんて荷が重い。力不足だと実感するよ。明日まで待機だけで済むことを願っているよ」

 「お疲れ様です」

 そうやって挨拶を交わしつつ皆、庁舎に吸い込まれていく。

 

 「ただいま」

 玄関を開けると、飛んでくるのはソルト。上がり框で座って、春久が靴を片付けるのを待っている。廊下に上がってソルトの頭を撫でると、ソルトも動き出す。カイは? カイの靴は有る。

 リビングまで戻ると、カイはキッチンに居た。

 「ただいま」

 「びっくりした。お帰り。丁度ご飯暖まったところ」

 「昨日の雑炊?」

 「そ。溶き卵入れてふわっと蒸したところ。洗い物もしていたから、気づかなくてごめんね」

 「いいよ。居てくれただけで充分。さっと汗を流してくる。真冬でもさすがに走ると暑い」

 「そうなの? できるの早かった?」

 「あ……食ってから入ることにする」

 春久が戻ってくるのに合わせて、食事を作ってくれていたのだ、温かい内に食べたい。居てくれただけで、の部分には反応されなかった。一応、口説き文句なのだが。

 

 念のためタオルで汗を拭いて、テーブルの前に座った。カイは茶碗で春久には丼、中は湯気が立っている。おじやにふんわりタマゴ。キャベツの浅漬けが箸休め、それと一緒に切り身の焼き魚。

 ソルトが五月蠅いぐらい要求してくる。

 「ソルト。さっきあげたよね」

 「何をやったんだ?」

 「煮干し。ダシを取った残り。塩分減るし、柔らかくなるし、骨も取らなくて良いから丁度良いし」

 「ソルト。お前の分は終わりだ」

 言い切ったけれど、実際良い匂いさせているんだから、ソルトも我慢出来ないよなと、少しばかり同情もする。

 

 カイは立ち上がり、皿に煮干しを少し入れて、春久の隣に置いた。皿を置く音に、ソルトは立ち上がり、手でテーブルの上を探る。

 「ちょ、お前、食べ物には反応早い」

 皿を取り上げ、ソルトの餌皿の隣にしゃがむと、ソルトは走ってきた。

 「ほら」

 一尾つまみ上げると、それに食いつく。春久の手から離れた煮干しをガツガツと食べ、ぺろりと口の周りを舌で舐め、次をくれと催促する。

 「ハルさん、皿の中をひっくり返して見せるまで、絶対に諦めないからね、ソルトは」

 「判った」

 煮干しを握り込んで皿をひっくり返すと、ソルトは理解したのか、餌皿から離れて行く。カイのところに行き、体をこすりつける。

 春久は手の中に握っていた煮干しを餌の上に置いて立ち上がった。キッチンで手を洗い、自分の席に座る。後ほど気づいてむさぼり食うだろう。

 

 「飯終わったら、買い物に行くだろう? お前、いつまで居られる? お前が居られる間に作れる分ぐらいしか、買えないからな」

 「日用品も、一緒に買えるよ。車で行くよね」

 「ああ、ひとまず有るものをチェックする」

 洗剤やらペーパー類の日常使用するもの。日頃は店の開いている時間に帰れなかったり、走るついでに手軽に料理できる惣菜などがメインだったから、それらは後回しになっていた。

 春久が前日の残り湯をバサバサと浴びるのを待って、二人で出かけた。洗ってくれと洗面所に来たソルトには、夜にと声を掛けておいた。

 

 いつも二人で買い物に出ていたから、手慣れたもの。日常品の選別はカイに任せ、春久は大きなものを棚からカゴに運ぶ。米は五キロを二つ。多いかと思ったけれど、カイがむすびをどっさり、それもこれから毎週作ってくれるのだ。冬場でソルトが居るからエアコンを付けているけれど、米がおかしくなるような室温でもない。キャンプ用品を入れている部屋ならエアコンを入れないので、そこでも良いかもしれない。

 

 「ソルトの土産は?」

 「ペット用品のところで探すよ。人間のは味が濃いから」

 二人で買い物に出ようとする前、ソルトは餌の上に置いた煮干しに気づいて、ものすごい勢いで飛びついていた。出かけるときに見送りに来るのも忘れるぐらい夢中になって。

 「だったら」

 と、煮干しを一袋入れたから、カイは笑っている。

 「あ……今日は夕方には居ないんだったな。昼、ついでに食べていくか? 寿司ならお前好きだろう? 万一呼び出されたら職場に横付けで送ってくれ」

 「お刺身、柵で買って、家で作ってあげるよ。ソルトには火を入れてからだけどね。後、胸肉。茹でておけばソルト喜ぶよね」

 子猫の喜ぶ姿を思い描きながらそうやって購入していくカイは、本当の子どもが居れば良い父親になっただろうなと思う。けれど、春久もカイを手放したくない。カイ自身が好きな相手を見つけて結婚したいと言い出さない限り。

 

 「本当に色々作れるな」

 「ハルさんのところで料理作らせてくれるから、調べたよ。父親に見つからないように、自分のバイクに料理の本を入れてる。車だと親が使うことも有るからね。後、猫の飼い方の本も買ったよ。キャンプに連れて行ける猫と行けない猫が居るらしいってことも。ソルトがどっちかは、これから調べるけど、一泊二日なら留守番してもらえるかな」

 社交性があれば、トイレなどを工夫すれば、連れて行ける。散歩紐ことリードと、猫の体を繋ぐハーネスは、猫用のしっかりしたものを選んでいるので、これから数ヶ月掛けて、散歩や車に乗るのを嫌がらないかを調べるらしい。ただ、ハーネスは五ヶ月のソルトにはまだ少し大きい。しばらくは家の中でちょくちょく付けて慣れさせ、メインはキャリーバッグだ。戸野原のところに連れて行くときに車に乗るのを嫌がる様子は、幸い今のところ無いのだが。

 

 「ただいま」

 「ただいま」

 カイと二人、順番に玄関に入れば、ソルトが玄関で座って待っている。カイは靴をそのままにして先に玄関から上がり、手に持った荷物を家の中に持ち込んでくれる。ソルトがそれに着いていった。なので春久は自分が持っていた荷物を廊下に残して、車に戻った。荷物は結構有るので、カイの車の鍵は春久が預かっている。

 数度往復した後で、キャンプ用のキャリーを使えば、買い物カート山盛りにしていた程度なら一度で済んだのだと気づいたけれど、エレベーターを使っての往復だ、たいしたことじゃない。

 「これで全部だ」

 「ありがとう」

 カイはソルトと一緒に出迎えてくれ、春久の持っていた荷物を受け取ってくれた。春久は鍵を掛け、靴を片付けて部屋に戻る。カイのバッグの上に車の鍵を置くと、ソルトがそれを手で動かす。危ない。そのまま落とされて無くされては困る。カイに断ってバッグを開け、指定のポケットに片付けた。

 

 春久が荷物を収納していくのにソルトが付きまとうから「危ないからカイのところに行け」と言う。

 「ソルト。おいで。まだ有るよ、煮干し」

 それでも動かなかったのが、冷蔵庫のドアを開ける音に、いきなり走って行く。食い意地が張りすぎだ。けれど、それは同意を得られなかった。「小さいんだから何回にも分けて食べているだけだよ」と、カイはソルトを擁護するのだ。

 餌皿の横に新しく置かれたおやつ用の皿。そこに入れて貰った煮干しをガツガツ食べるソルト。それをたまに見つつ、いくつものボウルや鍋に米を仕掛けていくカイ。

 「主食のお米関係は冷凍できるようにしておくけど。おかずは冷蔵だから早めに食べてね」

 「判った。手伝える事があれば言ってくれ。それからお前の部屋、入るぞ。掃除機を掛けておく」

 「お願いします。俺の荷物も部屋に置いといて」

 「判った」

 

 カイの部屋。隅にある三段ボックスにカイのバッグを置いて、掃除機を掛ける。布団も畳まれ、綺麗に片付いている。

 カイの部屋に続き自分の部屋にも掃除機を掛け、忘れていたとばかりに洗濯機を回す。

 洗濯物は室内干しだ。上から吊す物干し竿ならベランダに置けるが、いつ飛び出すか判らない仕事だから、干しっぱなしになってしまうことも考えて、この部屋に引っ越すにあたり室内窓際に布団干しを置いた。下着類は自分の部屋に干すが、タオルなどは共有するので、リビングのその布団干しを利用する。ソルト用のタオルは手洗い手絞りだから乾きづらいが、それも定位置に干されている。ついでに断って、いくつかのワイシャツやスーツをクリーニングに持っていった。

 ちなみにその布団干しにはテントなども引っ掛けておくことがある。ただ、ソルトがテントを引っ掻かないとも限らないので、今後どうするかは一考を要する。

 


 昼は、まだ温かいシャリに薄く切られた魚の握り。米の暖かさで魚がほんのり温かいのが、口の中で脂となって蕩ける。手巻き寿司用も作ってくれていて、海苔に自分でシャリと魚や野菜を一緒に巻き込む。それも旨い。

 「お刺身残っているから、夜はそれを食べてね。酢飯が残ったらそれも。海苔はそこに有るのが全てだから」

 次に「レタスで巻いて食べるのも有りだよ」

 それから「ソルトはいつもカリカリ食べているから、煮干しもそのままでも大丈夫みたいだね。でも、塩分が気になるからあげすぎないでね」

 最後に「ご飯は後でむすびにするけど、調理台の上に置いておくから、冷めてから冷凍してね」

 矢継ぎ早にそうやって言うから「了解」と、ひとまとめで返事をしてしまった。

 

 いつもの通り大量の料理をしてくれ、暗くなる前にと、カイは帰っていく。ソルトは玄関まで、春久が車まで見送る。

 「気をつけて帰れ。ケーキは土曜の朝、買い物に行く予定だ。高級なチョコは通販だな」

 「ハルさんは」

 「家に着いたら一報を入れてくれ。俺の仕事の具合ですぐに返事ができるかどうかは、不明なんだが。できるようなら、ソルトの写真を送るよ」

 「判った。楽しみにしている」

 それで、車が出て行くのを見送った。

 

 一人と一匹になると、部屋が広いと思う。ソルトが来る前は、そんなこと、みじんも思わなかったのに。ソルトを理由に、カイが居るのが自然になったと思っておく。

 春久は自分の教科書と仕事用パソコンを部屋からリビングに持ち出した。カイが居れば出来ないことだが、その時は逆に、ソルトの相手はカイに任せておける。今は一匹にしておくのが忍びなくて、リビングのテーブルでパソコンのチェックをしつつ、勉強をする。夕食前には筋トレもしなくては。

 春久が勉強をしている間、ソルトはキャットタワーの上で寝ている。たまに、自分でタワーの上からおもちゃを落としてそれを追い掛け、咥えてまたタワーの上に持っていく。

 何度かそんなことを繰り返しているうちに、静かになったなと思えば、眠っている。前足を前に伸ばして、そこに顎を載せる寝顔。ころりと動かすと、腹を見せて両手両足を伸ばしたまま熟睡? 安心しきっているようだ。トイレに立ち上がったついでにキスをしようとすると、パンチを食らったけれど。

 到着メールには、先ほど腹を上に向けて寝ている姿の写真を送った。多分、スマホの向こうで悶絶している。


 翌日からも業務の合間にこまめに家に戻ってソルトと顔を合わせ、撫でてやるようにしていた。春久の帰りを出迎えてくれるし、見送りもしてくれる。食事のために冷蔵庫を開けると、必ず足下にやってきて、自分の分もと強請ってくる。食べ終わった後はおもちゃで遊ぶか、キャットタワーから四角く切り取られた空を見たり――残念ながらキャットタワーの位置からは、空しか見えない。今度昼に家に居られるとき、ソルトにハーネスとリードを付けてベランダに出してみようかと思う。

 ただ、季節的には一番寒い時。外散歩デビューは、もう少し先になりそうだ。 


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