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黒根古島奇譚 DAY21〜DAY31

ついに漂流国家ノマディアをM国が承認をすることとなった。そこで起きた奇跡のような出来事はインターネットでも世界中に中継され、いよいよ世界に核兵器廃絶の大きな声が広がりだした。

DAY21


地球の眼


 ノマディアの宇宙船の眼下に広がる光景は、まさに広大な砂漠に幾重にも連なる同心円の谷と丘が、巨大な眼のように砂漠から宇宙船を見上げている。まるで地球が、お前達に何ができるのか見極めるぞと覗かれているようで、俺はぞっとした。ヒトミは俺とは逆にこれからの交渉を想像してか、唇をキッと結びその眼を見返している。

地球の眼は徐々に濃い影に沈み、夕暮れの金色の光が円環の縁を撫でるたびに、まるでその瞳がゆっくりと瞬きをしたかのように見える。

黒根古島をそのまま載せた宇宙船はゆっくりとの地球の眼の瞳の中心に降りていった。


夕陽はすでにサハラの地平に沈みかけていた。まだ到着が早すぎたのか、見渡しても誰も見えない。”タマ”さんが出発と言ったと思ったら、次の瞬間には砂漠の上空にいた。上から見た”地球の眼”は、直径五十キロにもなる何重もの円環でできている瞳の部分があまりに大きすぎて、人がどのくらいの大きさになるのかの想像すらできない。夕陽の燃えるような金と紫の影を纏っている直径一キロ、高さが五十メートルの巨大な宇宙船でもこのスケールに飲み込まれてしまうようだ。

空気はまだ熱を帯びているが、熱せられた岩肌の向こうにまだ大気の揺らぎを感じる。砂漠特有の冷気がわずかに流れはじめた時、遠くからヘリコプターの音がした。


親父からヘリは約束通り二機で、それ以外の動くものは”地球の眼”の直径五十キロの範囲の地上にも空中にもないという連絡が入った。


ヒトミとシャトネビュロニアン姿の俺は、宇宙船の入口に近い岩の縁に立ち、沈みゆく太陽を背にヘリのシルエットが大きくなってくるのを眺めていた。

俺達の背後で、護衛を務めるAI搭載ドローンが無音で浮かんでいる。

「この眼はいったい今まで何を見てきたのかしら。これから起きることを”地球の眼”が証人になってくれるといいね。」とヒトミはかすれた声で呟いた。


何重もの円環の縁に差す夕陽の最後の光が赤い火のように煌めいた時、ヘリが着陸した。砂漠に静寂が戻ったとき、宇宙船からの二列の金色の光が歓迎式典の絨毯のようにヘリから宇宙船への道を照らし出した。それをあたかも承知していたようにモーリ国大統領は堂々と歩き始めた。


「あなたたちがノマディア代表の方々ですね。ようこそ、地球の眼に。私がモーリ国大統領のモハメド・エル・マーレクです。」そして、上部に黒根古島を載せた金色の宇宙船を見上げて「これがシャトネビュロニアンの宇宙船ですか。素晴らしい。どうやら、あなたが宇宙からいらしたシャトネビュロニアンの”クロ”さんでいらっしゃるようですね。そして、こちらのレディがヒトミさんですね。モハメドと呼んでください。」と手を差し出してきた。

「大統領閣下、お招きいただきましてありがとうございます。大泉官房長官から大統領の様々な功績をお聞きしております。そして、小さな私たちの考えに共感いただき感謝します。

あらためて自己紹介します。私たちは後ろの宇宙船、いや地球で始めての土地を持たない漂流する平和民・ノマディアです。私が代表のヒトミです。そして彼が私のパートナーであるシャトネビュロニアンの”クロ”です。今日は、大統領に私たちを国家として認めていただくために伺いました。」俺達は交互に握手をして、大統領を宇宙船に招き入れた。大統領はシャトネビュロニアン姿の俺を見てもそれほど動揺する様子もなく、穏やかな顔で宇宙船へのタラップを登った。


DAY23


北極海・C国潜水艦掻氷元帥号


「氷下到着。上昇浮上試験開始。」と艦長は緊張気味に命令した手は震えているのを副長は見逃さなかった。

「氷下到着。上昇浮上試験開始。」と副長が冷静に復唱すると操舵係がハンドルを引き上げた。艦長には自分の心臓の音が聞こえるはずのない船尾の推進プロペラが水を掻く音に聞こえて来た。

「百米、八十米、六十、上部障害無、続行五十、四十、三十、上部障害無、続行、二十、、」とソナーが言った時に大きな振動が艦を襲い、警報が艦内に鳴り響く。薄い氷のはずだったのに、どうやらソナーが探知できなかった氷山の下部に艦橋が激突したようだ。

「右旋回、急潜航。」と艦長が命令を出した瞬間、今度は後部から衝撃音が聞こえた。

「損傷報告要請」「後部部魚雷室水漏大」「艦橋上部破損、浸水危険」各部からの報告に「艦橋封鎖、後部魚雷室封鎖、深度二十米以上不可。海上浮上必須。深度四十米降下。捜索氷無海域。原子炉安全確認早急。」艦長の声は震えていた。


チュ国潜水艦の様子をソナーで探っていたAR両国潜水艦たちは氷割り浮上失敗を確認すると、ゆっくりと掻氷元帥号のあとを追い始めた。どうやら損傷状況を確認したいようだ。


DAY31


地球の眼のメッセージ


今日が我々が本物かどうか大統領に証明する約束の十日目となった。親父たちが改良してくれたテラフォーミング植物・猫命樹草を砂漠に植えるプロジェクトは、五日かけてノマディアの指示通りに直径百キロのエリアにヘリや小型宇宙船、砂漠の民”ベトウィン族”のラクダ部隊も協力してくれ植え付けは終わった。そして、そこから五日間で砂漠に宇宙からも見えるメッセージが浮き出た。

首都の国会前広場には特大の映像モニターが設置され集まった何万人もの群衆の前で大統領が国民のみならず全世界に向けて演説を始めた。

「十日前に私は宇宙からの来訪者シャトネビュロニアンとその友好人類であるノマディアの人々と砂漠にある”地球の眼”で接触することとなった。彼らは地球の危機を私に語ってくれた。その時の映像を見てもらおう。直径一キロの実に壮大な乗り物だ。そして乗り物の上には、一つの島がそのまま載っている。

これを見てもどこかのSF映画の技術で作ったフェイク画像だと言う人もいるだろう。いや、大統領のこの私が言うことを信じてほしい。彼らは本物だ。

それを証明するために彼らは砂漠をたったの十日間で草や木で覆われた緑の絨毯にすると言った。それも直径百キロの砂漠に、植物でメッセージを書くと言った。その約束の日が今日だ。その砂漠の映像がこれだ。我が親愛なる、そして皆も知っているベドウィンの族長が今からその奇跡を見せてくれる。シェイク・ジャーリル・アル=サハラウィ、お話ください。」


大統領に促されて”地球の眼”からの映像に切り替わり、この国で有名な族長がモニターからこう語った。

「スブハーナッラー…!(何と言う神の御業だ…!)これがたったの十日間で砂漠に育った植物だ。私は奇跡の場所に立っている。わしらも植えるのを手伝ったがまさか、前後左右見渡しても緑に囲まれていることになろうとは。この植物は腹を満たしてくれるだけなく、家畜の飼料にもなるし、そして一番は茎に水も蓄えてくれるものだ。神は偉大なり。すべての砂漠はオアシスに変わる。」カメラからの映像は徐々に高度を上げ、緑の全貌を映し出し始めた。


「まだ、皆さんは信じられないだろうが、本物の奇跡がたった十日間で起きたのだ。この水のない砂漠に緑の帯が百キロに渡って続いている。”地球の眼”に起きた奇跡なのだ。アルハムドゥリッラー(神よ感謝します)… そして、シャトネビュロニアンよ、あなた方に兄弟としての感謝を捧げる。

私の考える国家とは、領土や兵器や民族や権力ではなく、人々それぞれの意思と信頼によって育まれる人同士の連帯の証だと思います。我が国もまだまだ道の途中ですが、ノマディアとの関係を通じて新たな平和ビジョンを国民、そして周辺諸国に伝えられると思っている。

私の考えを実践できる素晴らしい機会を与えてくれたことにノマディアに感謝します。」と大統領が言うと、上空に金色の宇宙船が現れた。

人々は宇宙船を指差し、「アッラーフ アクバル!(神は偉大なり!)」大声が響き渡る中、宇宙船から光が大統領の立つバルコニーに放たれた。そして、十人の人類と一人のシャトネビュロニアンが大統領の横に現れた。


ノマディア独立承認される


群衆は目の前の出来事を見て、さらに大きな声で叫んだ。「アッラーフ アクバル!」それを聞いて大統領は、「アッラーフ アクバル!神が彼らをここに平和を創るために遣わせたのです。私は、そして私たちの国は、世界平和を実現するための国家としてノマディアの国家独立を承認しましょう。そして一緒に世界へ核廃絶を訴えましょう。」と熱狂する群衆の前でヒトミの手をとって高く挙げて、群衆に応えるように促した。

「ノマディア、ノマディア、ノマディア」という群衆の声が渦のように広場に広がっていく。


「アッラーフ アクバル!M国の皆さん、そして、インターネットで中継を見ている世界のみなさん。私は地球の平和を望む漂流国家ノマディアの代表であるヒトミと言います。私の横にいるのがノマディアの仲間です。私たちはみなさんにお伝えしたいことがあって日本からここへ来ました。さて、私の言葉がちゃんと皆さんの言葉になって心に伝わるとよいのですが。聞こえていますか?私の言葉は分かりますか?」とヒトミが言うと、群衆は手を振り「友よ。友よ。心に聞こえる。」と熱狂的に応えた。

「まず、皆さんの住んでいるこの国は素晴らしい国です。みなさん幸せでしょ。この国で戦争が起きると思っている人はいますか?」「無い無い。友よ。それは無い。」群衆は笑顔で手を振った。「では、他の国では戦争が起きると思っていますか?」それまで笑顔でいた群衆は顔をしかめ声もあげずにお互いに顔を見合っている。


「そう、今でもどこかで憎しみが渦を巻いています。そして銃弾と爆弾とミサイルが飛び交い、人々が亡くなっています。それに比べるとこの国は幸せだと思いますか?」群衆からは同じように顔を見合わせお互いの心を読まれないように息を止めたようにも思えた。


「今の皆さんの沈黙は、辛い目にあっている人々を皆さんが思いやったからだと思うのです。皆さんが私たちと同じように他人のことに思いやる人々だと分かってとても嬉しいです。私たちノマディアの仲間は、一ヶ月前に遠い宇宙から地球の猫を救いに来た宇宙の人、シャトネビュロニアンと日本国の黒根古島という小さな島で知り合ったの。ほんのちょっとの前の出来事ですが、宇宙の人と知り合えるなんて凄いことでしょ。」と宇宙船を見上げてヒトミは感慨深げに言った。

「彼らの星は、食べ物が豊富にあって、気候も良いところ。とても条件のいいところです。逆にそこでしか暮らさない。だから、彼らは寝て、遊んで、食べて寝てという生活が日常だと。だから食べ物や住むところで争うこともなく、のんびりと楽しく暮らしているのよ。羨ましいわね。

実は地球のイエネコにシャトネビュロニアンの血が星を隔てて、不思議なことにイエネコに隔星遺伝していることを彼らは発見したの。どういうことかと言うと、イエネコは遊びでネズミを捕っていたけど、それが穀物被害や伝染病感染から人を守るという役割になって、イエネコは人と一緒に生活の場で暮らすようになりました。そこで元々シャトネビュロニアンが持っていた特殊な共感伝達能力をヒトに合わせて進化させたの。人の気持ちに共感してそれを表現することで人を癒やすという能力です。

皆さん、思い当たりませんか。ネコの声が可愛いって思うのは、人の赤ちゃんの声と同じ高さに合わせて鳴き声が進化したからなの。さらに人が愛おしくなる甘える仕草を身につけたの。それほどイエネコは人と一緒に暮らすことに適応したのだけど、その進化のお陰で、シャトネビュロニアンと同様に、今では寝て、人と遊んで、食べて寝てという生き方が地球でもできるようになったのです。でもね、今、イエネコに絶滅という大変な危機が訪れようとしているの。」とヒトミは群衆を見渡しながらため息をついた。群衆も危機という言葉に反応したようで、ざわざわとしてきた。


「その危機とはイエネコと一緒に住んでいる人類、私たちの危機なのです。今このときも体制や民族や宗教で対立している国々が戦争をしています。その殆どの国は実は核兵器を保有しています。大国といわれるA国やRやC国はもちろん大量に保有しています。全世界を何度でも破壊できる数です。もし全面核戦争となったら、世界の主要都市は壊滅し人類八十億人のうち、四億人が即死し、それに続く十年以上の核の冬で食物が育たなくなり、五十億人が餓死や病死する。たとえ、生き残れても厳しい生活になるでしょう。核は遠い国の戦争ではなく、あなたのそばの戦争になる。」群衆は低いうなり声で非難の声を上げた。

「どこかで間違えて核が使われたら、その報復であっという間にミサイルは地球を駆け巡り地球を滅ぼすでしょう。その間たったの半日。すべてが終わります。本当に間違えたでは済まないのです。ほとんど人は何が悪くて誰に殺されたのかも分からないかもしれません。敵も味方もありません。全員が被害者になるのです。戦争に良い悪いはないと思うけど、これは最悪の戦争というより地球絶滅戦争。それを人が人にやるのです。」人々は絶望的な気分になったのか、声一つ起きない。


「私たちが、そしてM国そしてインターネットで見ているみなさん。みんなで一緒に変えましょう。自分のことしか考えられない臆病者の指導者にはできません。みんなが声を上げて、インターネット、集会やデモで、日常の会話で核廃絶を訴えましょう。今、核兵器禁止条約に世界の半数以上の国と地域が加盟・署名・支持しています。もちろんM国は加盟していますが、さらに声をあげてください。そして大国・非加盟の国々のみんなも、政府に働きかけてください。私たちは、これから一つ一つの国を訪ねて訴えます。すでに皆さんは地球の仲間です。一緒に声を上げ続けてください。」と言って水晶玉から“地球の眼”を上空に映し出した。それを見た群衆から声が上がった。


「もう一度、“地球の眼”の核廃絶というメッセージを見て。この文字を浮き上がらせている緑の絨毯はシャトネビュロニアンの猫命樹草が作ったの。この特別な植物はどんな砂漠でも育つし、水を茎にためてくれるから渇きもなくなるの。この国の砂漠から”飢えと渇き”という言葉がなくなるの。それと無限のエネルギーを提供する常温核融合炉も。それは石油やガスもなしでクリーンな電力を、沿岸部では海水から淡水プラントが水をM国のみなさんに提供できます。みなさんへの贈り物です。大統領、これなら食料も電気も水道もタダになりますよね。」とヒトミが言うと大統領は苦笑いしながら頷くと群衆は笑いながら拍手で大統領を讃えた。


「人類はこの二百年で様々な分野で進化してきました。進化は人類の能力を拡張して新しい地平線を見せてくれると思っていました。でも、その進化の殆どは、貧富の差と戦争の危険性を拡大して現在の危機を産み出しているようになっています。

本当の発明・文明進化とは、シャトネビュロニアンの贈り物のようにエネルギーと食べ物の心配がない社会を作る力になることではないかしら?そうなれば、イエネコと同じように楽しく生活できるのですよね。ただし、自分だけ楽しいのではなく、人も一緒に楽しめる心の豊かな社会にする努力はしなければなりませんけど。

お金・欲望から始まる権力では決して私たちは幸せにはなれない。お金と権力の塊みたいな人たちに、直接的にも間接的にも殺される生き方は嫌よ。自分の命はできる限り自分で全うしたいわ。


平和で楽しい世界をみんなと実現したいから、みんなにお願いします。まずは一番危険なもの無くす。核廃絶を一緒にやろうよって。そして、核のない世界の次はみんなが平等で人種、宗教、民族、国家体制を越えた楽しい世界を作りたい。みんなの子どもたちが毎日笑っていられる世界を。」とヒトミは一気に喋りまくった。そして、俺の手を引っ張ってこう言い出した。


「最後に私のことを聞いて下さい。」とヒトミは彼女のお腹に俺の手をあててこういった。

「実は私のお腹にはまだまだ小さな子どもたちがいます。どうも三つ子みたいです。この子どもたちの父親は。シャトネビュロニアン、宇宙の人の”クロ”、地球人名は”上地鉄平”という日本人でもあったこの人です。

わたしは、地球人として始めて宇宙の人の子どもを産む女となります。え、宇宙の人の子どもを産むなんて大丈夫なのかと思っているでしょ。そう、この宇宙の人である”クロ”猫さんとの混血児がどんな子どもになるのか。実は少し怖かったりしたころもあった。でも、私は彼が地球人の時から、そして今、宇宙の人と告白されても彼を愛しているから、まさか私が宇宙の人を愛するなんて思ってみなかったけど。私は子どもたちがどんな姿であれ、私の子どもであり、彼の子どもでもあることは変わらないから大丈夫。

今は三人、いや三匹かもしれない子どもの名前を考えたりしているのが幸せなの。もしよければ、みなさんが名付け親になってくれますか?なってくれるの? そう、ありがとう。


産まれてくる子どもたちが、この地球でみなさんの子どもと一緒に育ってほしい。一緒に遊んでね。シャトネビュロニアン訛で言うわね。

みんな一緒に遊ぶのニャ。みんな楽しくニャ。いつまでもニャ。ニャ、ニャ、ニャ」

「ニャ、ニャ、ニャ、、」群衆の歓声は砂漠の街の星空に上がっていった。


つづく

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