黒根古島奇譚:DAY32〜DAY3650
漂流国家ノマディアの声は世界に届いたが、その成果を見る前にオホーツク海で悲劇の連鎖が始まった。地球の運命は、ノマディアは、、完結編。
DAY32
北極海・C国潜水艦掻氷元帥号
掻氷元帥号は氷の北極海からベーリング海峡に繋がるチェチク海までようやくたどり着いた。
「海上浮上、艦安定、一安心。」艦長は久しぶりの外気に潜水艦の損傷確認のため甲板にでて、外の空気を吸い込みながら壊れた艦橋を見た。見上げるほどの高さがあった艦橋の三分の一が氷山との衝突のショックで無くなっていた。艦橋の前部に主要な通信機器が並んでいたがそのすべてが浸水して使えなくなっていた。また、船尾上部に設置された潜水したまま極長波で司令部と連絡ができる曳航アンテナ用のフェアリングも右旋回時に氷山で潰されておりアンテナが使えなくなっている。
通常の通信手段がなくなったため、艦長は非常用の緊急通信ブイで連絡をとることにした。
もちろん、大目玉を食らったのは言うまでもない。司令部からはベーリング海峡付近はAR両国の防衛識別圏内であるため救援用の飛行機はオホーツク海までしか来られないため、自力でそこまでは行けという命令を受けた。GPSもやられたため位置は昔の船乗りがやったような”天測航法”でなんとか北極海からでるしかないが、そのためにはこのように度々浮上もしなければならない。
艦長の一番の問題は、浮上した時にC国潜水艦の恥さらしの姿を北極海という軍事的に微妙な場所で見られること。世界の笑いものになるわけには行かないという思いだけだった。幸い艦橋後部の”天測航法”用の潜望鏡が壊れていなかったので、時々潜望鏡深度で行けばなんとかベーリング海峡を越えられそうだと艦長は思った。しかし、母国に戻ったときの報告を考えるとまた憂鬱になるのだった。
DAY33
漂流国家ノマディア宇宙船内
水晶玉ににこやかな笑顔の大泉官房長官の顔が浮き上がった。
「見ていました。凄い事になっていますよ。日本でもインターネット中継で数千万人が見たと言うことです。お陰で、政府に早く核兵器禁止条約を批准しろとか、同じ日本人が平和のために頑張っているのに政府は何をやってんだとか。日本も早く国交を結べとか。大変ですが、やりがいがあります。
これから南米のUG国へ行くのですよね。あちらの大統領からノマディアとすぐにでもお会いしたいとメッセージをいただいておりますよ。彼は素晴らしい大統領です。思ったより早く物事は動きそうですね。UG国の次は日本国が独立承認をするように関係各省庁で調整しています。どうやら、またお会い出来そうですね。東京では騒ぎが大きくなりすぎるので、阿蘇山カルデラか、北海道で候補地を探していますので、あとから連絡します。では。」官房長官は柄にもなくはしゃいでいるように見えた。しかし、これが官房長官と話した最後の会話となった。
DAY34
北極海・C国潜水艦掻氷元帥号
掻氷元帥号はこの海に慣れているA国やR国が普段は使用しない航路をとってベーリング海を抜けようとしていた。まもなく北太平洋に出る目印のボゴスロフ島近海を通過している時に、突然ドンドンドンと連続音がした。掻氷元帥号を追っていた後方の四隻の内の潜水深度が深かったA国とR国潜水艦の二隻の真下で以前から活動の活発化が懸念されていたボゴスロフ海底火山群が突然、連続して水蒸気爆発したのだ。
掻氷元帥号にも衝撃波が襲ったが、深度が浅かったためか艦は不意打ちにも関わらず大破にはいたらなかった。
「聴音、何音、危険?。」「近辺爆発、敵船攻撃?」艦橋は大混乱となった。
「超大型爆発、機器混乱、信用不可」とソナーが伝える。
追跡していたAR国の四隻のうちの二隻は水蒸気爆発の直撃で耐圧殻が破れて沈没した爆発音もそれに混ざった。
「敵船位置確認。至急艦尾魚雷準備」「雑音多数、敵船位置確認不可」
掻氷元帥号艦内では何が起きているのかを誰も把握できずパニックになった。艦長はこれを後方の敵潜水艦の攻撃と判断し「敵船攻撃、防御反撃、後方魚雷大量発射、全速離脱。」と命令した。
この混乱で水蒸気爆発や潜水艦爆発の音波波形をC国同様に混乱していたA国、R国潜水艦も敵攻撃と判断した。
AR両国潜水艦ともにC国の魚雷攻撃はなんとか避けられたが、C国の魚雷をA国はR国、R国はA国の魚雷と勘違いしてしまった。完全な全面戦争状態となった。
そのため、決定的な誤報がA国、R国へそして同盟国に届くことになった。
さらに悲劇は続く。掻氷元帥号には指揮系統が破壊された場合に備えて開発中のAI戦況判断・自動報復システムが装備されていた。指揮官が無力化された場合に、AIが指揮官の代わり状況分析を行い核攻撃継続か中止かを判断するシステムだ。まだ試用段階で実戦経験がほとんどない未熟なシステムがこの海底火山の爆発を本物の核攻撃と認識したばかりか、指揮官も無力化されたと判断した。そして、さらに大きなミスは、本来なら試用システムに繋いではいけない自動報復ミサイル発射システムに繋がっていたことだった。
「AI装置核攻撃認識、装置不全。司令部連絡途絶。核攻撃自動報復システム稼働開始。停止不可。困惑困惑。助力要請、AI艦操縦司令。停止不可。AI破壊必須。」艦長はシステム担当と必死に自動報復システムを止めようとするが止まらない。ハンマーやドリルなどではAIシステムは壊されないよう頑丈に作られていて壊せない。艦を破壊してしまわねば、AIの暴走を止められないが、そうなると全員が死ぬ。艦長が決断を躊躇している間に、艦のコントロールが操縦士の手動操縦からAIによる自動操縦に移行してしまった。艦はAIの操縦で急浮上を始めた。乗組員はなすすべもなく、ただAIのしていることを映し出すモニターを眺めるしかなかった。そして浮上するとミサイル格納庫の扉が開き始めた。一瞬の静寂の後、ミサイル五十発が轟音の中、青い空に飛び出した。真上は東アジアや日本からA国やE州連合国への民間航空航路であった。その時、飛行機からミサイルが飛翔していく姿を見た機長たちにとってはつらい一日の始まりであった。
IS国首都
超高層マンションは夕陽をすべて反射して、通勤客が家路に急ぐ街路に炎のような光の柱を立てている。次の瞬間、最上階から光と高熱の玉が広がり、急速にキノコ雲が上空に向けて伸びていった。復讐の連鎖が始まった。
DAY35
地球の眼の上空
砂漠上空に静止している宇宙船の中はずっと静寂に包まれていた。一日前の出来事に何もできなかった無力感が誰にも覆っていた。希望を持ってこの国に来たはずなのに。下に見える砂漠が夕焼けに染まっているが、もうすぐ色のない核の冬が襲ってくるだろう。”地球の眼”もなぜか虚ろに見えてくる。宇宙船はゆっくりと上昇を始めた。
他の地域にいたシャトネビュロニアンたちも都市にはいなかったため核の直撃は免れた。異常を感じてイエネコの転送救出装置を稼働させることはできたが、転送先が自分たちの宇宙船であったため大量のネコを収容できなかった。本来なら地球軌道上で宇宙船を合体させてワープ船として高出力でシャトネビュロニアンの星に送る予定が狂ったのだ。救えたのは全被爆地都市から五十万匹程度となった。親父はイエネコ属をすべて救うというシャトネビュロニアンの本来の目的を果たせなかったことを悔やんでトラさんたちと“ハモニャン”を使って今後を検討している。ヒトミは部屋に閉じこもったままで出てこない。
しかし、このまま手をこまねいているわけには行かない。核の冬の原因である空中浮遊物質を少しでも多く地球外に送る方法と直撃を免れ被害の少なかったM国を含めたアフリカ、南米、太平洋諸国やなどにエネルギー供給源・水生成装置として常温核融合炉と低温低日照に耐えられるテラ・フォーミング植物を配布することにした。これには核ミサイル直撃に会わなかったM国とUR国の大統領が積極的に各国に連絡を取ってくれて理解を得ることができた。さらに核爆発のあった地域でも生き残っている人の捜索・救助もしなければならない。
生物絶滅という最悪の事態は避けられたが生き残りの戦いはこれからだ。ここからはヒト属だとかネコ属とか言っていられない。俺が引っ張っていかねば。
DAY3650
M国、地球の眼の周りに広がる緑のオアシス
相変わらず”地球の眼”の直径五十キロにもなる何重もの円環に沈む夕陽は、未だ僅かに浮かぶ灰色の粒子のせいか十年前に見た金色がかった紫がくすんで見えていた。
「ちょうど十年経ったのね。でもこの十年でよく地球は生き返ったわね。」
「ああ、あの時は、あまりに突然で、助けられなかった人やネコが多すぎた。親父はそれをずっと悔いていたな。」
「システムの誤作動とか人の命令間違えであっても核戦争が起きる危険性が分かっていたのに人類は放置していた。十年前の核戦争がどうして始まったのかは、なにもかも無くなってしまってもう分からないけど。
自分たちがなぜ死ななきゃならなかったのか、そして誰に殺されたのかも分からないまま死んだ人がほとんどだったでしょうね。理屈のある世界に生きてきたと思っていたら、実際の自分の死を認知すらできない不条理が起こったわけね。」とヒトミが夕陽に目をやった。
「俺達は核戦争は半年先だと思いこんでいた。それは言い訳にならないけど。でも、半年先だったら救えたのかと言ったら、どうだったのか。最悪の場合は、シャトネビュロニアンに強制的に核爆弾の無効化と軍隊の解散をするようにしたと思うけど。
でも、そんなことしても単なる時間の先延ばしで、核はまた作られるし。何も変わらなかったかも。こちらが善意のつもりでも、あの状況では、オオカミ少年としか思われなかった。分ってくれる人は少なかっただろうなって。宇宙猫の命令なんか聞けるものかって、また混乱が起きていたでろうね。半年で世界を変えようなんて、無理だったのかな。」と俺が言うとヒトミが遠くの夕陽を見ながら俺の肩に持たれてきた。
「俺たちがノマディアとして動き出した途端に一番の最悪の事態になるなんてね。しかし、その結果、この地球から核兵器も強力な軍隊もバカな権力者たちも消えたなんて。それもたいした皮肉だと親父たちは言っていた。
残酷な言い方だけど、人類はこうしなければ、平和を求めながら武器を作るという自分たちの矛盾した体制を変えられなかったということなのかな。つまり、これが人類の選択だということ。何十億人もの人が積み上げて作ったはずの世界が選んだ結果が核戦争だったと。
十年後の今、その他の懸念だった人種、民族、宗教、国の体制などの対立、そして貧富の差もほとんどない世界になっている。今は、小さな国々がお互いをリスペクトして、意見を交わして、お金ではなく平和という財産を大きくするために協力している。
平和は、人が生きていくための最低の条件だってみんな理解している。一人が決めるのではなく、多数の優秀な指導者たちが同じ方向性で話し合っている。
争いのもととなる貨幣制度もなくなり、地域コモンズ(エネルギー・食糧・住居・知識を共有資源=コモンズとして全員で管理)への貢献が価値となるようになって人々の考え方も大きく変わった。核の冬の影響はまだまだあるけど、それを乗り越えようと知恵を使って工夫しているからね。」
「そうね、でも猫命樹草や核融合炉が無かったら核の冬を残った人たちはこせなかったかもね。それは良かったのかな。」
「良かったに決まっているよ。今はみんなが原爆被爆地長崎の人が考える理想の地球市民だ。へんな権力者はいないし、それを防ぐ知恵も地球市民にはある。まだ、放射能で近づけない地域もいっぱいあるけど、生きていける場所で楽しく暮らせるのだから。」目の前の畑でじゃれ合っていたネコたちが俺たちの足元に飛び込んできた。ヒトミがネコを抱き上げて立ち上がった。
俺達の前には、猫命樹草の畑と林がかつての砂漠全域に果てしなく広がっている。その所々には野菜や果物栽培のハウスが、常温核融合炉の作る電気で動く散水機と日照時間を補う照明灯に浮かび上がっている。
それよりずっと手前の小学校のグラウンドでは、子どもたちがサッカーの試合をしているようだ。いくつもの小さなシルエットが重なり合いながら右へ左へ動いている。
「島主、ヒトミさーん、チビちゃん、点入れたあるよー。早く来るよー。お腹も空いたあるさ。ご飯もあるよー。」とキンとソンが叫んでいる。ノマディアの仲間も揃っているようだ。
「さあ、息子と娘たちの活躍を見に行こうか。」俺達は手をつないで、子どもたちの声が聞こえる方に歩みだした。
完




