13 深い悲しみの果てに
第1部「マントラ・ウォーズ ~超常のレジスタンス~ 能力覚醒編」
第2部「マントラ・ウォーズ 伝説の剣を手に入れろ編」
も是非お読みください。
「や、殺ったのか?僕が倒した?」
アンシュは血だまりの中に倒れて動かないシーラを見つめていた。
「は、ははは……」
そして、安堵の声とも笑い声ともつかない声を漏らしながら、シーラの血に染まった『羅刹黒鯨』を拾い上げた。
「おいっ!見物人が増えてきた。
戻るぞっ!乗れっ!
その身体じゃ、馬を乗りこなせないだろう?」
ガザンは、馬に乗ったままアンシュに近づくと、血の染み込んだ戦闘服の襟首を無造作に掴んで半ば強引に馬上に引き上げた。
「あ、すみません。」
アンシュはガザンのなすがままにガザンの後ろにまたがった。
「捨て身の逆転勝利かな……」
ガザンは、無感情のまま、後ろのアンシュに声をかけた。
「こんな展開になるとは……狙っていた相手も違うし……」
「そうだな。今日に限ってニキルの代わりにシーラが来た。
運が悪い方に傾いた……」
「でも、倒しましたよ。」
「君じゃない。」
「相手が、ですか?」
「ん?」
ガザンはそれ以上答えなかった。
無言のまま、手綱を握って馬を走らせた。
アンシュが乗ってきた馬は、その後に続いて走り出した。
ガザンとアンシュが馬に乗って立ち去った後、人だかりは、遠くからシーラを取り囲んでいた。
その人垣をかき分けるようにして、小柄な老人がシーラに近づいて行った。
「……すまん。ちょっと道を空けてくれ。わしは知り合いじゃ。」
老人は、シーラに近づくと、血だまりも全く気にせずにシーラの身体を抱き抱えた。
「シーラッ!わしだ、孤児院の園長だ。分かるか?」
シーラは、両腕をだらりと伸ばしたまま、園長の問い掛けに反応することは無かった。
「……シーラ。頼むから返事をしてくれ。優しい声を聞かせてくれ。」
「……」
見開かれたシーラの瞳には生気が宿っていなかった。
「おぉ、神よ……神よ……」
園長は、冷たくなっていくシーラの亡き骸を抱きしめながら、人目をはばからずに嗚咽した。
「可哀そうに……どうしてシーラがこんな目に……こんな仕打ちを……酷すぎる……」
そう言いながら、園長は震える手でシーラのまぶたを優しく閉じた。
「もう、ゆっくり休んでおくれ。天国はこの世と違って安寧な場所のはずじゃ。
待っておれ。すぐにニキルを呼ぶからな。」
園長は人だかりの中に手助けをしてくれる知り合いがいないか探した。
その人だかりの陰になって、シーラを見つめていた愛馬の瞳は悲しそうに見えた。
園長が辺りを見回していると、背後から声をかけられた。
「園長っ!」
園長が振り向くと、そこにはニキルが悲哀に満ちた面持ちで立っていた。
「シーラ…………」
ニキルはポツリとつぶやいた。
「ニキル……」
園長は次の言葉が出てこなかった。
ニキルの顔を直視出来ず、かと言って、傷ついたシーラを見ると心が痛んだ。
園長はうつむいて目を閉じた。
「……園長、ありがとうございます。シーラを一人っきりにしないでいてくれて……感謝します。」
目を潤ませているニキルは、シーラを園長から優しく引き取った。
「あ、ああ。」
シーラを抱いていた園長の上半身は血に染まっていた。
ニキルは、シーラを抱きかかえて、その顔をじっと見つめていた。
シーラの顔はアンシュとの戦闘の後でも傷一つなく綺麗なままだった。
「いつものまま。眠っているようだ。顔を見ていると、今にも目を覚ましそうだな。」
そう言うと、シーラの頬を優しく撫でた。
シーラの頬はニキルの想像以上に冷たくなっていた。
「……園長。」
ニキルは傍らにいる園長に訊いた。
「うん?」
「シーラは今日、たまたま私の代わりに子供園に行く予定でした。
どうして、こんなことになってしまったのか……」
ニキルはシーラの右手から『伐折羅白虎』を取り上げた。
「シーラは若そうな近衛兵と戦っていた。」
「その近衛兵、何という名か分かりますか?」
「すまん、分からんかった。
わしがここに着いたのが遅かったせいかも知れん……」
「そうですか。外見は……どんな風貌でしたか?」
「……そうだな。まだ青年のようで、体つきはどっちかっていうと細身の方だった。
体格がいいようには見えなかった。
持っていた武器の鉾が不釣り合いに大きく見えた……」
「武器は鉾ですか……
他に何か特徴はありましたか?」
「特徴?……特徴か……チラッとしか見なかったが、アゴに大きなホクロがあったな。」
「アゴにホクロですか……」
「すまん、そんな程度で。」
「いえ、十分ですよ。参考になります。」
「それと、もう1人兵士がいた。」
「もう1人?シーラは2人と戦っていたんですか?」
「いや、もう1人は後からやって来た。迎えに来たような感じだった。
そいつは、ホクロの奴から、確か……ガザンと呼ばれておった。」
「ガザン?」
「ああ、確かにガザンと呼ばれておった。」
「あいつが一枚噛んでいるのか……
行動を読まれて、この大通りで遭遇した……
待ち伏せていたのかも知れない。」
ニキルは、苦渋の表情で歯ぎしりすると、『伐折羅白虎』を握りしめた。
「それでは、園長。」
「何だい?」
「これからシーラを弔うので、ここで失礼します。」
「わしに出来ることは?」
「そのお気持ちだけで。
また、日を改めて、シーラに会いに来てください。」
「分かった。そうさせてもらうよ。」
「じゃあ、失礼します。
本当にありがとうございました。」
ニキルは、丁寧に園長に頭を下げると、シーラを抱きながらシーラの愛馬に乗った。
そして、両手を合わせると、十指を組んで印を結びマントラを唱えた。
「オンハバハバタサバッ!」
マントラを唱えた瞬間、辺りは眩い青色の閃光に包まれて、ニキルとシーラの姿は愛馬と共にその場から消えた。
残った園長は、シーラの血だまりに目を落としたまま、涙を一筋流して立ちすくんでいた。
◇
ニキルは、何度か瞬間移動を繰り返すと、自宅には戻らずにラーマの麒麟本部に向かった。
ニキルが本部にたどり着くと、シーラの訃報に接した本部内は、隊員たちの悲嘆、落胆、そして憤怒の感情が溢れ返り、しばらく騒然としていた。
シーラの遺体が安置されると、本部内の空気がようやく落ち着いてきた。
少しヒンヤリとする安置室の台の上に横たわっているシーラの周りには、アグリム以下、ニキル、インジゴ、マナサ、そしてアシュウィンの面々が揃っていた。
暫くは、誰ひとり口を開く者はいなかった。じっと、シーラの変わり果てた姿を見守っていた。
シーラを母親のように慕っていたマナサは、その死を受け入れることが出来なかった。
堪えようとすればする程、次から次へと涙が溢れてきた。
その時、アグリムがポツリと言った。
「シーラ、無念じゃったろう……これからは、ゆっくりと休んでおくれ。
今まで、ありがとう。」
「母さん……まさか、こんなことになるなんて……」
インジゴは拳を握り締めた。
「俺はあいつらを許さんっ!絶対にっ!」
「インジゴ、あまり感情的になるな。冷静にな。」
アシュウィンがインジゴに応じた。
「……ふん。アシュウィンには言われたくないな。」
「でも、擁護する訳じゃないけど、アシュウィンの言うことは正しいわ。
インジゴの思いは凄く分かるけど、それだからこそ、慎重に事を進める必要があるから。」
マナサは、涙をぬぐいながらそう言うと、アシュウィンを擁護した。
「そんなことは言われなくても分かっている。
父に聞いたが、今回の件にはガザンが噛んでいるそうじゃないか?
ガザンという奴は、やはり信用できないな。都合のいいことばかり言いやがって……
谷で出会った時に倒しておくべきだった。
弟のお前は何か掴んでいなかったのか?」
インジゴの感情は高ぶったままだった。
「何も情報はなかった。何か掴んでいれば、みんなと情報を共有しているよ。」
アシュウィンは努めて冷静に言った。
「使えんなっ!」
インジゴは吐き捨てるように言った。
「何だよっ!」
アシュウィンはさすがにイラッとした。
「何だっ?」
インジゴは引かない。
「2人ともやめるんじゃっ!シーラの前だぞっ!」
アグリムは2人をたしなめた。
「大師の言う通りだ。場所をわきまえろ。」
シーラを前にして沈痛な面持ちをしていたニキルが言った。
アシュウィンとインジゴはシーラを見て口をつぐんだ。
険悪になりかけた空気の中、アグリムが冷静に言った。
「今後のことを打ち合わせる必要がある。場所を変えよう。シーラの前でする話ではない。」
アグリムたちは安置室を後にした。
「ニキル、今回の件にはガザンが噛んでいるそうじゃが、シーラはガザンに倒されたのか?」
会議室に移動したアグリムがニキルに確認した。
「いえ、実際にシーラが戦った相手はガザンではないようです。」
「では、誰じゃ?」
「あの時、知人がちょうど目撃していました。シーラと戦った近衛兵の名前は分からないが、アゴに目立つホクロがあった青年だと。」
それを聞いたマナサが突然顔を上げた。
「あっ!」
アグリムたちが一斉にマナサを見た。
「何か思い当たることでもあるのかな?」
アグリムがマナサに水を向けた。
「アゴにホクロのある青年ですよね?」
マナサはニキルに確認した。
「そうだ。そう言っていた。知っているのか?」
「はい、多分……
チャンドラ隊長が戦死されたムンベイの戦いの時、第2師団にいた新人の歩兵だと思うんです。」
「シーラは新人の歩兵に負けたというのか?」
ニキルは信じられないような表情でマナサを見つめた。
「その新人はマントラを使えるのか?」
「いえ、使えなかったと思います。」
「マナサ。
すまんが、君の思い違いではないのか?
シーラがマントラを使えない新兵に負ける訳がない。」
「……その新人の歩兵、戦闘術もあまり身に付いていなかったようなので、今回の近衛兵とは別人でしょうか?
……確か、新人の歩兵はアンシュと名乗っていたように思います。」
マナサは記憶を手繰り寄せるように言った。
「ホクロの近衛兵の名前までは確認が取れていない。」
「あの戦いの後、マントラの能力が発現したのかも……」
マナサはあの時のアンシュのことを思い出しながら言った。
「ああ、その可能性も否定できないな。
使っている武器が鉾らしいから、バラジの『羅刹黒鯨』を引き継いだ者かも知れん。
第2師団所属の兵士だとすれば合点がいく。ただ、新兵だというのが気になるな。」
ニキルとマナサのやり取りを聞いていたアグリムが口を開いた。
「まあ、いずれにしても、そのアゴにホクロのある兵士は単身でシーラを襲った。
シーラは我々ラーマの麒麟の副官だ。その名は近衛兵団にも知れ渡っておる。
そのシーラを我々が把握していない者が単身で襲うとは、ガザンが裏で糸を引いている可能性が高いな。
糸を引いていないまでも、ガザンの影響が大きいようだ。」
「はい。そう思います。」
ニキルはアグリムにうなずいた。
「しかし、ガザンは組織の内部から近衛兵団を潰そうとしておるんじゃろ?」
アグリムはアシュウィンに水を向けた。
「うん。究極のマントラが記されているアルジュナの古文書をバシット卿から奪おうとしている。」
アシュウィンは答えた。
「それに関係しておるのか?ガザンの行動は……」
アグリムは思案顔になった。
「理由はどうあれ、母の仇は討つ。
ガザンが関係しているというならば、ガザンも例外ではない。」
インジゴはふつふつと怒りがこみ上げてきた。
「ホクロのそいつは、今どこにいるんだ?」
「中央基地かな?」
アシュウィンが言った。
「……分からない。ガザンと一緒かしら。」
マナサが答えた。
「ガザンは知っての通り神出鬼没だから、何とも言えんな。
アゴにホクロにある奴もガザンと行動を共にしているのであれば、居場所を突き止めることはそう簡単じゃないのかも知れない……」
ニキルはため息をついた。
「大師、千里眼で捕捉できませんか?」
「ああ、心得ておる。これから試みようと思う。わしは一度部屋に戻るぞ。
シーラの葬儀の準備方、頼んだぞ。」
「分かりました。お任せください。」
ニキルたちは頭を下げた。
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