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文字喰らいの冒険者  作者: 藤崎聖子


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第六話 敵になった無敵

 遺跡荒らしを引き渡した三日後、レクスたちは同じ地下へ戻った。


 今度は四人とも、正式な調査員証を持っている。


 レクス。


 シグナ。


 ロマン。


 そして、ティルダ。


「どうして私まで登録されてるの?」


 井戸の梯子を下りながら、ティルダが尋ねた。


「シグナが推薦状を書いたからです」


「難しい文章は読めないって言ったよね」


「だから、読める者が必要だと書いたわ」


 下からシグナの声が返る。


「罠や嘘を読む者が、と」


「それなら少し格好いい」


「ただし、経歴の半分が確認不能とも書いてある」


「余計な一文を足さないでよ」


「嘘は書いていないわ」


 最後に下りたロマンが、古い大盾を背負い直した。


 前の盾は修理中だ。


 代用品は一回り小さく、表面に無数の傷がある。


「遊びに来たんじゃないぞ」


 一言で会話が止まった。


 今回の目的は、遺跡の中枢部を調べること。


 遺跡荒らしは広間までしか進めていなかった。管理室の奥に、手つかずの区画が残っている。


 石扉を抜ける。


 階段の表示は、前回のままだった。


《関係者以外使用可》


 四人の調査員証が青く光る。


 同時に表示の文字が揺れた。


《関係者使用可》


「戻った?」


 ティルダが目を丸くする。


「レクスが消した『不』が戻ったわけではないわ」


 シグナが管理札を調べた。


「新しい関係者が登録されたことで、管理装置が表示を作り直したのよ。前の文章とは別の情報になっている」


「同じ場所なのに?」


「同じ紙へ書き直したというより、古い紙を捨てて新しい紙を置いた感じでしょうね」


 レクスは表示へ触れた。


 意味は読める。


 だが、前回能力を使ったときの手応えはなかった。


 確かに別の文章だ。


「仕組みのほうで対策できるんですね」


「あなたの一回制限を破ったことにはならない。覚えておきましょう」


 シグナは紙へ書き留めた。


 管理室の奥には、長い回廊があった。


 等間隔に石像が並んでいる。


 すべて人の形だが、顔がない。


 右手に剣。左手に盾。


 胸には古代レム語が一字だけ刻まれている。


「『守』」


 シグナが読んだ。


「この遺跡を守る兵士ね」


「動くの?」


 ティルダが一体の前で手を振る。


「今は休止しているみたい」


「触るなよ」


 ロマンが言った。


「触ってない。見るだけ」


「お前たちの『見るだけ』は信用しない」


 回廊の突き当たりに、丸い部屋があった。


 中央には一体だけ、形の違う石像が立っている。


 他の守護像より二倍近く大きい。


 四本の腕に、それぞれ剣、槍、斧、鎖を持つ。


 胸には文字がない。


 代わりに、足元の台座へ現代語の札が取りつけられていた。


《中央守護像・制御停止中》


「新しい札だね」


 ティルダがしゃがみ込んだ。


「遺跡荒らしがつけたものかも」


 レクスは札の端を見た。


 金属に新しい擦り傷がある。


 取りつけられてから長くはない。


「触らないほうがいい」


 言うのが一瞬遅かった。


 ティルダが札の裏をのぞこうと持ち上げた。


 小さな針が外れた。


 床へ落ちる。


 金属音が一度だけ響いた。


「ごめん」


 台座の中で、何かが回り始めた。


《中央守護像・制御停止中》


 札の「停止中」が赤く点滅する。


 次に文字全体が消えた。


 巨像の目へ青い火が灯る。


「下がれ!」


 ロマンが盾を構えた。


 石の斧が振り下ろされる。


 盾が受けた。


 ロマンの膝が床へつく。


「重すぎる!」


 レクスは横から剣を打ち込んだ。


 刃が石の脇腹に当たる。


 甲高い音。


 傷一つつかない。


 巨像の鎖がうなる。


 レクスの足首へ絡みついた。


 体が浮く。


 壁へ投げられる直前、ティルダの短剣が鎖の継ぎ目へ入った。


 外れた輪の隙間から、レクスは床へ落ちる。


「見るだけって言ったよね、私」


「今、それを言いますか」


「反省はしてる!」


 シグナが台座を調べている。


「能力表示があるはず。どこかに――」


 巨像の槍が迫った。


 ロマンがシグナを抱えて転がる。


 槍は床を割った。


 亀裂の中から青い光が漏れる。


 同じ光が巨像の全身へ流れていた。


「床から力を得ている!」


 シグナが叫ぶ。


「遺跡の中にいる限り、魔力が供給され続けるわ!」


「外へ運べる大きさじゃないぞ!」


 ロマンは斧を避け、巨像の脚へ剣を当てた。


 やはり傷はつかない。


 レクスは台座を回り込んだ。


 正面には制御札。


 裏側に、古代文字の銘板が埋め込まれている。


「シグナ!」


「今行く!」


 彼女は床を這って近づいた。


 銘板を一目見る。


「個体名、カルドム。役割、中央防衛。能力――」


 そこで声が止まった。


「何ですか」


「《無敵》」


 銘板の最後に二文字。


 シグナに教わった古代文字と、その上に浮かんだ現代語が重なる。


《無敵》


「傷がつかないわけだ」


 ティルダが巨像の剣を避ける。


「『無』を消せば《敵》。終わりじゃない?」


「待って」


 レクスは二文字を見た。


 能力名だ。


 これまで触れたのは物品の状態と能力の説明だけ。


 ドレグの称号には手が届かなかった。


 この文字も同じかもしれない。


 指を近づける。


 意味が返ってきた。


 攻撃対象から除外される。


 外部からの損傷を無効化する。


 遺跡の防衛機構に敵と認識されない。


 三つの定義が重なっていた。


「触れる」


「能力名まで届いたの?」


「みたいです」


 シグナの顔に喜びが浮かぶ。


「喜ぶのはあと!」


 ティルダが二人の襟を引いた。


 巨像の斧が頭上を通り過ぎる。


 風圧で髪が乱れた。


 レクスは候補を考える。


「敵」を消せば《無》。


 何もない。


 存在しない。


 能力がなくなるだけならいい。


 だが、巨像そのものが「無」になる可能性もある。


 消えた巨体がどこへ行くのか分からない。


 文字が喉に残る感覚を思い出す。


 もし、この巨像まで自分の中へ入ったら。


 試す気にはなれない。


「『無』を消すと《敵》になる」


 レクスは言った。


「ただ敵になるだけ?」


 ティルダが聞く。


「この能力の定義には、遺跡から敵と認識されないことも含まれています」


 レクスは回廊を見た。


 顔のない守護像が並んでいる。


 胸には《守》の一字。


「『無』がなくなれば、こいつは遺跡の敵になる」


 ロマンが意図を理解した。


「周りの石像に倒させるのか」


「やってみます」


「また賭け?」


「意味は確認しました。半分くらいは」


「半分しかないじゃない!」


 巨像の四本の武器が持ち上がった。


 狙いはレクスだ。


 先ほどから銘板を調べている。危険な相手だと判断された。


 正面から近づけば切り刻まれる。


「ロマン、右へ引きつけてください!」


「三秒だ!」


 ロマンが盾を叩いた。


「石頭! こっちを見ろ!」


 巨像が向きを変える。


 剣と斧がロマンへ向かった。


 槍はティルダが投げた短剣に弾かれる。


 鎖だけがレクスを追う。


 避けない。


 腕へ巻きつく寸前、レクスは鎖をつかんだ。


 引かれる力を利用して前へ飛ぶ。


 巨像の足元へ滑り込んだ。


 銘板へ手をつく。


《無敵》


 最初の一字が黒く染まる。


「『無』を喰う!」


 黒い粒が腕を上る。


 喉へ落ちた瞬間、息が止まった。


 空っぽの穴を飲んだような感覚。


 冷たいのに、胸の奥が焼ける。


 レクスは膝をついた。


 銘板には一文字だけ残る。


《敵》


 巨像の動きが止まった。


「効いた?」


 シグナが言う。


 回廊で石の砕ける音が重なった。


 一体。


 二体。


 十体。


 並んでいた守護像が、一斉に台座から下りる。


 胸の《守》が赤く光っていた。


 顔のない頭が、すべて中央守護像へ向く。


《敵性存在確認》


 回廊の壁に文字が走った。


《全防衛機構・攻撃開始》


「全?」


 レクスが立ち上がる。


 天井が開いた。


 槍が降る。


 床から炎が噴く。


 壁の穴から無数の矢が放たれる。


 すべて中央守護像へ向かっていた。


 十体の守護像が巨体へ群がる。


 剣が石の脚を削る。


 槍が関節へ刺さる。


 今まで傷一つつかなかった表面が砕け始めた。


 中央守護像は四本の武器を振り回す。


 一体を壊す。


 その間に三体が取りつく。


 天井から落ちた槍が肩を貫いた。


 青い魔力が傷口から漏れる。


「伏せろ!」


 ロマンが三人を盾の後ろへ押し込んだ。


 巨像が倒れる。


 床が揺れた。


 四本の腕が砕け、武器が転がる。


 胸の青い火が消えた。


 静かになった部屋で、細かな石片だけが落ち続けていた。


 壁に新しい文字が浮かぶ。


《敵性存在排除完了》


 ティルダが盾の陰から顔を出す。


「文字通りすぎるでしょ」


「《敵》にしたので」


「だからって、遺跡全部で攻撃する?」


「全防衛機構と書いてありました」


「それ、先に出てなかったよね?」


「はい」


「怖っ」


 ロマンがゆっくり立ち上がった。


 代用の盾には、新しいへこみが増えている。


「レクス」


「弁償ですか」


「違う。よくやった」


 褒められると思っていなかった。


 レクスが返事を探していると、ロマンは続けた。


「だが、次から『全』が出そうな場所では先に言え」


「俺にも見えていませんでした」


「なら、逃げ道を先に見ろ」


「はい」


 シグナは壊れた銘板の前にしゃがんだ。


 残った《敵》を紙へ写している。


「能力名への干渉」


 独り言のようにつぶやく。


「物品表示より深い階層。力が強くなったというより、レクスが能力名の定義を理解できるようになったから届いたのかしら」


「一度見ただけで分かるんですか」


「分からないから記録するの」


 シグナは顔を上げた。


「それより、喉は?」


 レクスは首へ触れた。


 飲み込んだ《無》が、まだ残っている。


 何もないことを表す文字なのに、これまでで一番重かった。


「少し苦しいです」


「地上へ戻ったら調べるわ」


「何を?」


「あなたの中に、何が増えているのか」


 レクスは答えなかった。


 増えている。


 シグナも、その言い方をした。


 文字は消えたのではない。


 喰った。


 能力名にそう書いてある。


 考えれば考えるほど、喉の奥の異物感ははっきりしていった。


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