第四話 関係者以外使用可
罠の槍は、引っ込まなかった。
左右の壁から突き出たまま、階段を塞いでいる。
先端には黒い液が光っていた。
「毒ね」
シグナが身を乗り出した。
ロマンが襟をつかみ、元の位置へ戻す。
「近づくな」
「見ないと種類が分からないでしょう」
「種類が分かったら刺されても平気なのか」
「対処しやすくなるわ」
「刺されないのが一番だ」
二人が言い合う横で、レクスは表示を読んでいた。
《関係者以外使用不可》
意味は分かる。
関係者ではない者は使えない。
問題は、何を使うのかだ。
階段か。
遺跡か。
それとも、この罠そのものか。
「シグナ。この文字は古代のものですか」
「文字は現代語。でも表示術式は古代式ね。侵入者にも警告を読ませるため、自動で読み手の言語に変換しているのかも」
「なら、元の文章は別にある?」
「ええ。探せば」
三人は入口へ戻った。
石扉の脇。床の端。壁の継ぎ目。
魔灯を近づけ、小さな刻印を調べる。
レクスは壁の傷を一つずつ追った。
ほとんどは石材を切り出した跡だ。
一か所だけ、傷の向きが違う。
指を掛けて引くと、石の一部が薄い蓋のように外れた。
中に金属の札がある。
「管理札だわ」
シグナの目が輝いた。
「触らないで。先に写すから」
「さっき自分は床を踏みましたよね」
「それとこれは別よ」
「何が違うんですか」
「今は罠があると分かっている」
「余計に危ないだろ」
ロマンに言われ、シグナは不満そうに口を閉じた。
札には細い古代文字が十二行刻まれていた。
シグナが一行ずつ訳していく。
「通行設備、東部管理階段。登録された保守員に使用を許可する。未登録者が第一段へ荷重を加えた場合、防衛装置を作動させる……」
「使うのは階段で合っていますね」
「そうね」
「関係者は登録された保守員」
「ええ」
レクスはもう一度、階段の表示へ目を向けた。
意味は理解した。
誰に対する禁止か。
何の使用を禁じるのか。
破ったとき何が起きるのか。
これなら能力を使える。
だが、まだ手を伸ばさなかった。
「一つ気になる」
ロマンが言った。
「何百年も前の遺跡だ。登録された保守員など、もう生きていないだろう」
「だから全員が未登録者として扱われるんでしょう」
シグナが答える。
「なら誰が罠を手入れしている?」
三人は黙った。
槍の先には、乾いていない毒が塗られている。
機構も滑らかに動いた。
放置されていたとは思えない。
階段の下から、石の転がる音がした。
ロマンが盾を構える。
「誰かいる」
返事はない。
「出てこい。姿を見せなければ敵とみなす」
沈黙。
右の壁から、くしゃみが聞こえた。
三人の視線が集まる。
「ほこりが悪いのよ」
女の声だった。
壁の石が回転する。
狭い隙間から、小柄な少女が転がり出た。
短い栗色の髪。体に張りつく黒い革装備。腰には細身の短剣と、用途の分からない道具がいくつも下がっている。
少女は床へ手をつき、すぐに立ち上がった。
「どうも。ギルドの先行調査員です」
ロマンは盾を下ろさない。
「調査員証を見せろ」
「奥に落としました」
「名前は」
「ティルダ・ペンナ。十七歳。清く正しい銅級冒険者」
ティルダは笑った。
笑顔は自然だった。
声も震えていない。
それなのにレクスには、嘘だと分かった。
彼女の左手が、背中へ回っている。
何かを隠している。
「何を持っているんですか」
「何も?」
「左手」
ティルダの笑顔が止まった。
「細かい男は嫌われるよ」
「よく言われます」
ロマンが一歩詰める。
ティルダは諦めたように左手を出した。
銀色の札を握っている。
表面に古代文字が三つ刻まれていた。
「保守員証!」
シグナが叫んだ。
「あなた、どこでそれを?」
「拾った」
「嘘ですね」
レクスが言う。
「今のは何で分かったの?」
「札に新しい革紐がついています。落ちていた物なら、紐だけ付け替える理由がない」
「本当に嫌なところを見るね」
ティルダは札を指先で回した。
「盗んだの。遺跡荒らしから。あいつら、三日前からここへ出入りしてる」
「その遺跡荒らしはどこにいる」
「奥。罠を動かしてるのもそいつら。私は先に入って、何を狙ってるか確かめに来た」
「ギルドの依頼か?」
「違う」
ティルダは即答した。
今度は嘘ではなさそうだった。
「じゃあ、なぜだ」
「あいつらに友達がだまされた。借金のかたに働かされてる。助けるには証拠が要る」
ロマンは少女を見つめた。
「それを信じろと?」
「信じなくていい。でも、奥に人がいるのは本当。下の広間に五人。見張りが二人。捕まってる子が三人」
ティルダは迷わず答えた。
細かな人数まで決まっている。
作った話なら、もっと曖昧にするはずだ。
「どうやって罠を抜けたんですか」
レクスが尋ねた。
「その札を持って階段を歩いた。保守員として登録されるから、槍は出ない」
「壁の中にいたのは?」
「戻ろうとしたら、奥の連中に札を無効化された。階段へ出たら串刺し。保守通路に隠れて、どうしようか考えてた」
レクスは階段を見た。
《関係者以外使用不可》
表示は変わっていない。
ティルダの札が無効なら、今は四人とも関係者ではない。
「罠を止める方法は?」
「管理室なら。でも、管理室はこの階段の下」
「罠を止めるために、罠を通る必要がある」
「そういうこと」
シグナが管理札を指で追った。
「防衛装置そのものを壊すのは危険ね。違反を検出すると、第二防衛へ移ると書いてある」
「第二防衛は?」
「水路への注水」
ロマンが天井を見た。
「ここを水で埋める気か」
「古代人は侵入者を帰す気がなかったみたい」
正面から壊せば水没する。
札は使えない。
別の入口は、ティルダが出てきた細い保守通路だけ。大人の体では奥へ進めないという。
残るのは表示だ。
《関係者以外使用不可》
レクスは候補を考えた。
「外」を消す。
《関係者以使用不可》
意味が崩れる。
「者」を消す。
《関係以外使用不可》
関係以外。何を指すのか不明だ。
「使」を消す。
《関係者以外用不可》
用いることができない、という意味に読めなくもない。危険は残る。
「可」を消す。
《関係者以外使用不》
成立しない。
やはり、目につくのは一つだった。
「『不』を消せば、《関係者以外使用可》になる」
「侵入者に階段の使用を許可する文章ね」
シグナがうなずく。
「でも、関係者は?」
ティルダが聞いた。
「『関係者以外』にだけ許可が出るなら、関係者は使えないんじゃない?」
「今の俺たちは全員、関係者ではありません」
「あ」
「あなたの札も無効にされた。だから条件に合う」
ティルダは階段の奥を見た。
「警備側からしたら最悪だね」
「俺もそう思います」
レクスは表示へ手を伸ばした。
九文字の意味が流れ込む。
登録されていない者による、東部管理階段の利用を禁ずる。
管理札の説明と一致する。
理解できた。
「『不』を喰う」
一文字が黒くなる。
粒へ崩れ、指先へ吸い込まれた。
喉の奥へ落ちる。
前の三文字とは違う、冷たい感触だった。
表示が変わる。
《関係者以外使用可》
突き出ていた槍が壁へ戻った。
床を赤く照らしていた光も消える。
ロマンが盾の縁で第一段を押した。
何も起きない。
次に片足を乗せる。
槍は出なかった。
「通れる」
ティルダが息を吐いた。
「本当に、文字どおりになるんだ」
「だから怖いんです」
レクスは答えた。
「間違えた意味も、そのまま現実になる」
ロマンが先頭に立った。
その後ろをレクス、シグナ、ティルダの順で進む。
「待って」
二段下りたところでティルダが声を落とした。
「下の見張りは、侵入者が罠にかかる音を待ってる。静かに行っても、表示が変われば管理室で気づく」
「さっき言え」
ロマンが振り向く。
「聞かれなかったから」
「お前を先頭にするぞ」
「ごめんなさい」
ティルダは即座に謝った。
ロマンはこめかみを押さえた。
「レクス」
「はい」
「妙なのを拾う才能まであるのか、お前には」
「拾ったのは俺じゃありません」
「でも組むんでしょう?」
シグナが当然のように言う。
ティルダが目を丸くした。
「私も?」
「奥の構造を知っていて、狭い場所へ入れて、嘘つきの考えも読める。必要だわ」
「私、文章は苦手だけど」
「文字は私が読む。嘘はあなたが読む。レクスが消す。ロマンが私たちを死なせない」
「最後だけ負担が大きすぎないか」
ロマンが言った。
階段の下から鐘が鳴った。
一度。
二度。
侵入を知らせる音だ。
ティルダが短剣を抜く。
「話の続きは、生きて帰ってからね」
足音が近づいてくる。
ロマンは盾を構えた。
シグナは管理札の写しを抱える。
レクスは剣を抜いた。
四人で最初に挑む相手は、魔物ではない。
文字の罠を使って人を閉じ込める、人間だった。




