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文字喰らいの冒険者  作者: 藤崎聖子


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第二十三話 消えた文字の居場所

 白い兵士が一斉に剣を抜いた。


 百の刃。


 文字で作られた兵士に、迷いはない。


《侵入者排除》


 同じ命令が百体の胸に浮かぶ。


 ロマンは棚と棚の間へ下がった。


「広い場所で囲まれるな! 通路へ入れ!」


 盾を前へ出す。


 最初の剣を受ける。


 次の一体を、盾の縁で押し返す。


 背後から三体目。


 カーニンの細身の剣が喉を貫いた。


 白い兵士は血を流さない。


 崩れた文字が床へ落ち、すぐに棚から補われる。


「倒しても戻る!」


 ティルダが兵士の足を払った。


「保管庫の文字が材料になってる!」


 シグナは古代語の防壁を張る。


 透明な板が通路を塞いだ。


 十本の剣が同時に当たる。


 防壁へ亀裂が走る。


「長くは持たないわ!」


 レクスは十七の文字を見た。


 形は分かる。


 どこで喰ったかも覚えている。


 最初の「不」。


 壊れた剣の《使用不可》から喰った。


 あのとき文字は、指先から腕を通り、喉へ落ちた。


 口から飲んだわけではない。


 それでも喉に感覚が残った。


 能力が、削除という処理を「喰う」という形で体へ伝えた。


「カーニン。文字を足すとき、何をしていますか」


 レクスは白い兵士から目を離さずに尋ねた。


「今それを聞くのか?」


「今しかありません!」


 カーニンは兵士の剣を受け流した。


「意味を決める。字の形を作る。対象の文章で成立する位置へ押し込む」


「声に出す必要は?」


「ない。だが、俺は確認のために言う」


「どこから出す?」


「胸から腕へ。最後は指先だ」


 レクスと逆だ。


 指から入り、喉へ落ちた文字。


 外へ出すなら、同じ道を逆に通すのか。


 胸から喉。


 腕。


 指。


 レクスは最初の「不」を選んだ。


 意味を思い出す。


 使用できないことを示した否定。


 剣を使えなくしていた一字。


 胸の中で光る文字を持ち上げる。


 喉まで来た。


 そこで止まる。


 咳が出た。


 文字は戻ってしまう。


「駄目です」


「何が足りない?」


 シグナが聞く。


「分かりません。外へ出そうとすると、喉で止まる」


「喰った文字だから、口から吐くの?」


 ティルダが言う。


「体に入った道は指です。出すなら指だと思いました」


「でも喉に止まるんでしょ」


「はい」


「じゃあ、口から出たがってるんじゃない?」


「文字を吐くなんて、本当にできると思いますか」


「文字を喰う人が、そこを疑う?」


 ティルダの言葉に、レクスは黙った。


 防壁の亀裂が広がる。


 一体の腕が隙間から入った。


 ロマンが剣で切り落とす。


「方法を変えろ!」


「口から出すとして、どうやって対象へ入れる?」


 カーニンが聞く。


「吐いただけでは、床へ落ちる」


「あなたは追加するとき、対象と位置を決めると言いました」


「そうだ」


「俺も同じことをする」


 外へ出すだけではない。


 どの文字を。


 どの文章へ。


 どの位置に返すか。


 意味を成立させて渡す。


 対象を探す。


 白い兵士の胸には《侵入者排除》。


 「不」を足しても、安全な文章にならない。


 武器。


 剣の一つひとつには《使用可》。


 そこへ「不」を返せば《使用不可》。


 だが、一振りを止めるだけ。


 百体には足りない。


 本文だけを見るな。


 百の剣を使わせている規則は、どこにある。


 棚の上に、保管庫の管理表示が並んでいる。


《保管文字使用可》


《防衛兵装使用可》


《侵入時自動生成》


 兵士の剣は、二つ目の規則で使用を許可されている。


 同じ対象へ一文字返せば、百の兵装すべてに反映される。


「対象を見つけました」


 レクスは《防衛兵装使用可》を見る。


 「可」の前に「不」。


《防衛兵装使用不可》


 意味は成立する。


 神殿の防衛兵が使う武器を、使用できない状態にする。


 場所を決めた。


 文字の意味も決めた。


 あとは外へ出す。


 レクスは胸の「不」を喉へ上げた。


 硬いものが引っかかる。


 飲み込んできたときと逆へ押す。


 息ができない。


 吐き気がこみ上げる。


「出ろ」


 声と一緒に、黒い粒が口から飛んだ。


 粒は空中で一文字へ戻る。


 不。


 レクスが初めて喰った文字。


 十七文字の中から、一つが消える。


 消滅ではない。


 外へ出た。


「返す!」


 文字が管理表示へ飛ぶ。


《防衛兵装使用可》


 「可」の前へ入った。


《防衛兵装使用不可》


 百の兵士が同時に止まる。


 手の中の剣が灰色へ変わった。


 一本ずつ床へ落ちる。


 槍も弓も、すべて《使用不可》。


 文字の兵士は素手で前進を続けた。


 ロマンが盾を振る。


 一列目がまとめて倒れる。


「武器がなければ、ただの紙だ!」


 カーニンが兵士の列へ踏み込む。


 細身の剣が胸の命令を切る。


 ティルダは棚へ駆け上がり、上から保管庫の制御紐を切った。


 新しい兵士の生成が止まる。


 シグナの防壁が押し返す。


 白い兵士は次々に崩れた。


 最後の一体をロマンが盾で潰す。


 保管庫に静けさが戻った。


 レクスは床に両手をついた。


 喉が痛い。


 吐いたあとの苦みが残っている。


「本当に吐いた」


 ティルダが隣へしゃがむ。


「汚いものを見る顔をしないでください」


「してない。ちょっとしてたけど」


「していたんですね」


 シグナは管理表示とレクスを交互に見る。


「能力表示は?」


 レクスが確認する。


《文字喰らい》


《使用不可》


 変わっていない。


《文字削除禁止》は残っている。


「削除能力は使えないままです」


「なら、今のは削除ではない」


 シグナが言う。


「すでに喰っていた文字を、別の文章へ返した」


「《一文字追加》とも違う」


 カーニンが管理表示へ触れる。


「俺は新しい文字を作る。君は元から存在した文字を移した。文字が持っていた意味と履歴まで一緒に」


 《使用不可》へ入った「不」は、壊れた剣に使われていたものだ。


 物品を使用不能にする意味を持っていた。


 だから防衛兵装にも強くなじんだ。


「どの文字でも、どこへでも返せるわけではない」


 レクスは残った十六文字を見る。


「喰ったときの意味に近い場所へ返す必要がある」


「制限は?」


 ロマンが聞く。


「一度に一文字だけ。たぶん、削除と同じです」


「たぶん?」


「初めて使いました」


「試す場所を選べ」


「選んでいる時間がありませんでした」


「お前は毎回それを言うな」


 神殿の鐘が変わった。


《未知の文字操作を確認》


《管理対象外》


 アーカの声が響く。


「その機能は存在しない」


「存在しました」


「捕食した文字は、器の死後に保管庫へ回収される。生きた器から外へ出る経路は設計していない」


「設計しなかっただけです。できないとは、どこにも書いていない」


 レクスは立ち上がる。


「あなたが《文字喰らい》を作った。でも、喰った文字がどこへ行くかまで理解していなかった」


「私はすべての文字を管理する」


「俺の中の文字は、あなたの保管庫にない」


 白い棚が揺れた。


 アーカの声に、初めて明らかな怒りが混じる。


「返しなさい」


「世界から借りていた文字です。返す相手は俺が決めます」


 保管庫の奥に階段が現れた。


 最上層へ続いている。


 アーカは逃げ道を開いたのではない。


 レクスを直接止めるため、神殿の中心へ道をつないだ。


「待っている」


 白い声が言う。


 レクスは胸の十六文字を確かめた。


 「不」は、まだ二つある。


 一つは管理階段から。


 一つは記録兵の《不死》から。


 同じ形でも、持っている意味が違う。


 どちらを、どこへ返すか。


 次の一字は、神へ向ける。


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