↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文字喰らいの冒険者  作者: 藤崎聖子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/26

第二十一話 記録神アーカ

 扉の向こうには、空がなかった。


 地面もない。


 白い空間に、文字だけが浮いている。


 人の名。


 町の名。


 生まれた日。


 死んだ日。


 交わした契約。


 覚えた魔法。


 起きた戦争。


 まだ誰も知らない、小さな嘘。


 世界中の記録が、光の帯になって流れていた。


「これが記録神殿」


 シグナは目を離せなかった。


「王立古文書庫の何万倍――いいえ、比べるものではない」


「触るなよ」


 ロマンが言う。


「分かっているわ」


「本当だな?」


「今は」


「帰るまで分かっていろ」


 四人が扉を通ると、背後の書庫が消えた。


 戻る道も白く塗り潰される。


 正面に長い階段が現れた。


 最上段に、誰かが座っている。


 人の形をしていた。


 年齢は分からない。


 白い髪。


 白い服。


 肌まで紙のように白い。


 顔には目も鼻も口もない。


 代わりに、細かな文字が絶えず書かれては消えている。


 頭上に称号が浮かぶ。


《記録神アーカ》


 能力名。


《全文字管理》


「ようこそ、レクス・リテラ」


 口のない顔から声がした。


「シグナ・コーデクス。ティルダ・ペンナ。ロマン・セリフ」


 ロマンが剣へ手をかける。


「俺は家名を名乗った覚えがない」


「知っている。十二年前に捨てた名だ」


 ロマンの顔が変わった。


「何を知っている」


「すべて記録している」


 アーカが片手を上げた。


 白い空間に景色が現れる。


 燃える村。


 若いロマンが兵士の列にいる。


 命令に従って門を守る。


 村の中で仲間が死んでいく。


「やめろ」


「ロマン・セリフ。撤退命令を聞き逃し、部下七名を死なせた。責任を負い、家名を捨てて軍を去った」


「やめろと言った!」


 ロマンが斬りかかる。


 剣はアーカへ届く前に止まった。


《神への攻撃無効》


 文字が刃を押し返す。


 ロマンの体が階段から落ちた。


 レクスとティルダが受け止める。


「なぜ見せる」


 レクスが聞いた。


「固定した世界なら、彼らは死ななかった」


 景色が変わる。


 村は燃えていない。


 ロマンの部下たちが笑っている。


《戦争禁止》


《命令伝達失敗禁止》


《兵士死亡禁止》


 空に規則が並ぶ。


「事実を書き直した?」


「可能性を示した。私が世界を管理すれば、これが現実になる」


 次はティルダ。


 幼い少女が市場でパンを盗んでいる。


 店主に追われ、墓地へ逃げ込む。


 同じ年頃の子供が、借金の代わりに連れていかれる。


「見せなくていい」


 ティルダの声は低い。


 景色が書き換わる。


 子供たちは暖かい家で食事をしている。


《貧困禁止》


《児童労働禁止》


《窃盗発生不可》


「空腹がなければ、君は盗む必要がなかった」


「そうだね」


 ティルダは否定しない。


「悪くない世界だ」


「なら受け入れなさい」


「嫌」


「なぜ」


「私が決めてないから」


 アーカの顔に文字が走った。


《理解不能》


「苦しみのない世界を拒む理由にならない」


「私が盗んだことを正しいとは言わない。でも、あのときパンを半分くれた子がいた。追ってきた店主は、次の日から皿洗いをさせて食べさせてくれた。全部決められた世界なら、その人たちが何を選んだかも消える」


 景色が消えた。


 シグナの父親が現れる。


 裁判を受けていない。


 コーデクス家は残り、シグナは貴族令嬢のまま研究を続けている。


《記録改ざん事件・未発生》


「これは、あなたが仕組んだ事件でしょう」


 シグナがアーカをにらむ。


「君の父は、私の存在を公表しようとした。人々が世界記録を疑えば、争いが増える」


「だから罪を着せた」


「一人の名誉と世界の安定を比較した」


「それを正義だと思っているの?」


「正義ではない。管理だ」


 アーカは悪びれなかった。


 最後にレクスの景色が現れる。


 村の小さな家。


 父と母がいる。


 レクスは冒険者にならず、帳簿をつけて暮らしている。


 壁には《文字喰らい》の表示がない。


「俺は能力を持っていない」


「持つ必要がない。誤りは私がすべて除く」


「なぜ俺に、この能力を与えたんですか」


 アーカの顔に、初めて一つの文字が止まった。


《試》


「世界が私の管理を拒んだとき、誤った文字だけを取り除く者が必要だった」


「俺は、あなたの道具?」


「そのために設計した」


「八百年前の古文書にも、字喰らいが出てきました」


「原型を作ったのは私だ。世界が管理を拒むたび、同じ役割を別の器へ宿してきた」


「俺を選んだのも、あなたですか」


「器を選ぶのは世界記録だ。今代は、お前を選んだ」


「記録院の原簿に出た、黒い線は?」


「私が観察のために開いた接続痕だ。管理の外へ文字を抱えた器にしか見えない」


 レクスの中の文字が、あのとき一斉に震えた理由も分かった。


「白紙会が使う、四角と一本線の印もあなたのものですか」


「古い記録印を、会が簡略化した。禁架の本に残っていた円と三本線が原形だ。会は、私の規則を人の社会で試す執行部でもある」


 レクスは自分の能力名を見る。


《文字喰らい》


 生まれたときから持っていた。


 冒険者登録まで名前を知らなかっただけだ。


「なぜ、一文字しか消せない」


「一度に大きく変えれば、世界が壊れる。意味を理解しなければ使えないのも、安全装置だ」


「同じ対象に一度だけなのは?」


「一つの記録を何度も変えれば、元の意味が失われる」


「喰った文字は、どこに行く」


 アーカはすぐに答えなかった。


 ティルダがその顔を見る。


「隠してる」


「質問には答えて」


 レクスが言う。


「お前は消してなどいない」


 アーカは、そこで言葉を止めた。


「なら、何を――」


「今のお前に必要な答えではない」


「俺が決めます」


「決めることが、苦しみを生む」


 アーカが立ち上がる。


 周囲に無数の文章が現れた。


《戦争禁止》


《犯罪禁止》


《飢餓禁止》


《病死禁止》


《虚偽禁止》


《反抗禁止》


《規則変更禁止》


 文字が空を埋める。


「すべての人間へ、正しい生き方を与える。選択は不要になる」


「間違わない代わりに、選べない」


「選択に価値はない。正しい結果にだけ価値がある」


「だったら、俺たちをここへ呼ぶ必要もなかった」


 レクスは言った。


「何?」


「最初から世界を書き換えればよかった。俺が能力をどう使うか観察した。シグナに契約を入れた。カーニンとの戦いまで観察に使った。歴史まで変えた」


 一歩、階段を上る。


「あなたは、自分が正しいか確かめたかった」


 アーカの顔から文字が消えた。


「正しいと決まっているなら、試す必要はない」


 ティルダが笑う。


「当たってる。この神様、今初めて怖がった」


 アーカの手が動いた。


 白い壁が四人を囲む。


「対話を終了する」


 ロマンが盾を構える。


 シグナが古代語の防御文を唱える。


 ティルダが白壁の継ぎ目を探す。


 レクスは、アーカの能力名へ手を伸ばした。


《全文字管理》


 遠い。


 正史より深い。


 世界中の文字とつながっている。


 意味は感じられる。


 すべての文字を記録し、変更し、固定する。


「まだ届かない」


「届く必要はない」


 アーカが一行を書く。


 世界全体へ向けた命令。


《文字削除禁止》


 レクスの能力表示が赤くなる。


《使用不可》


 冒険者登録の日、壊れた剣に浮かんでいた文字。


 壊れた剣に浮かんでいたのと同じ表示。


「『不』を消せば――」


 ティルダが言いかける。


 レクスは《文字削除禁止》へ触れた。


 何も起きない。


 削除そのものを禁じられている。


 禁止文から「不」を消すためにも、文字を削除する必要がある。


 能力は動かない。


《文字喰らい・使用不可》


 白い壁が狭まる。


 ロマンの盾が押される。


 シグナの防御文が一字ずつ消える。


 ティルダの短剣が折れた。


「これで、お前はただの人間だ」


 アーカが告げる。


 別の光が階段脇に現れた。


 カーニン・グロッサ。


 傷だらけだった。


 灰色の長衣は裂け、右手には焼けた古文書の一ページを握っている。


「遅かったか」


「カーニン?」


「死神を白紙会へ返したら、俺まで処分されかけた。利害が合わなくなったらしい」


 軽口を言うが、立っているのもやっとだ。


「その紙は」


 シグナが尋ねる。


「君たちが探していた続きだ」


 カーニンは紙を白い壁の隙間から投げた。


 レクスが受け取る。


 八百年前の古代文字。


 シグナが読む。


「文字喰らいは、文字を滅ぼす者ではない」


 その続き。


「喰らいし字は、その身を――」


 紙の下半分が焼け落ちている。


 一番必要な部分がない。


「この頁を古文書から切らせたのも、あなたですか」


 シグナがアーカを見た。


「当時の執行者に命じた。器が、喰った文字の保存先を知る必要はない」


 アーカが手を伸ばす。


 古文書のページが白い炎に包まれた。


 レクスの手の中で灰になる。


「不要な記録だ」


 白い壁が完全に閉じる。


 四人とカーニンは、文字のない暗闇へ落とされた。


 能力は使えない。


 古文書も消えた。


 出口もない。


 ただ、レクスの胸の中には、これまで喰った文字が残っていた。


 削除を禁止されても、その存在までは消えていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。