第十七話 暗号で殺せ
王都を救った翌日から、文字が読めなくなった。
レクスの目が悪くなったわけではない。
看板も依頼書も読める。
読めなくなったのは、白紙会の文字だけだ。
最初の一件は、南門の倉庫で起きた。
押収した白紙会の魔道具を運んでいた衛兵が、箱を開けた。
中から三本の矢が飛び出した。
一人が腕を負傷。
箱には能力表示があった。
《12・41・08・33》
意味を持たない数字の列。
二件目は記録院。
白紙会から押収した羽根ペンが勝手に動き、原簿の名を消そうとした。
表示は《27・03・19・44》。
三件目では、法務院の証拠庫が燃えた。
火を出した魔石には《05・31》。
どれも数字。
レクスには消せなかった。
「白紙会が文字を数字へ置き換えた」
ギルドの会議室で、シグナが三枚の写しを並べる。
「一文字ずつ番号を振った暗号よ。対応表があれば戻せる」
「対応表は見つかったか」
ロマンが聞く。
「いいえ。数字は四十四まで。魔道具ごとに数字列も違う」
「翻訳できれば、レクスが消せる?」
ティルダが尋ねた。
「古代レム語のときと同じ。訳を聞くだけでは足りないわ。レクス自身が、なぜ数字と文字が対応するか理解しないと」
レクスは《05・31》を見た。
証拠庫の魔石。
結果だけを見れば、火を出す能力だ。
《発火》か。
《着火》か。
《炎上》か。
二文字の候補はいくつもある。
推測で数字を消すことはできない。
「白紙会は観察を終えたと言っていました」
レクスは話す。
「今度は、使わせない段階です」
会議室の扉が開いた。
受付嬢が入ってくる。
「王城から緊急依頼です。中央市場に、白紙会の魔道具が現れました」
「被害は?」
「まだありません。ですが、市場全体が封鎖されています」
四人は走った。
中央市場には、昼の客が残っている。
透明な壁が四方を囲み、百人以上が外へ出られない。
広場の中央に、六本脚の機械が立っていた。
鉄の胴体。
脚の先には車輪。
背中に短い筒が二十本並んでいる。
胴には、削りかけの王都警備隊章が残っていた。
「暴動を鎮めるための警備機械よ」
シグナは削りかけの警備隊章を指した。
「本来は敵だけを拘束し、民間人を守るよう作られている」
一本ずつが周囲の人へ向いていた。
白い外套の男が二人、機械の後ろにいる。
「文字喰らいを確認」
一人が言った。
「試験を開始する」
機械に数字が浮かぶ。
《18・07・42・29・03・36》
レクスには意味が分からない。
筒から矢が放たれた。
ロマンが盾を広げる。
三本を弾く。
残りは市場の客へ飛んだ。
ティルダが子供を抱えて転がる。
シグナが店の天幕を引き落とし、矢の向きをそらした。
「全員を狙ってる!」
ティルダが叫ぶ。
機械は白紙会の男にも筒を向けた。
男たちは白い札を掲げる。
矢が直前で曲がり、別の客へ飛ぶ。
「札を持つ者だけ除外している」
レクスは能力表示を見る。
《18・07・42・29・03・36》
六文字。
機械の動きから意味を絞る。
敵も味方も関係なく攻撃する。
ただし、除外札を持つ者は狙わない。
「《無差別攻撃》?」
レクスが言う。
「六文字ではないわ」
シグナが矢を避けながら答える。
「表示は六つ。敵味方を含む規則かもしれない」
「《敵味方無差別》」
六文字。
意味は合う。
だが、どの数字がどの字なのか分からない。
「対応を探す!」
シグナはこれまでの三件の写しを広げた。
市場の石段へ伏せ、数字を比べる。
「火を出した魔石は《05・31》。二文字。発火だと仮定するなら、発が05、火が31」
「仮定では使えません!」
「分かってる!」
二度目の射撃。
ロマンの盾へ矢が集中する。
機械は防いだ者を優先目標に変えた。
盾の端が欠ける。
「いつまで持ちますか!」
「お前が解くまでだ!」
「答えになっていません!」
「なら早く答えにしろ!」
ティルダが白紙会の男へ回り込む。
男は剣を抜いた。
ティルダは戦わず、手にした除外札を狙う。
一枚を短剣で弾いた。
機械の筒が男へ向く。
男が慌てて札を拾う。
「札の文字を見て!」
ティルダが叫ぶ。
落ちた札の裏に数字があった。
《07・42》
表には現代語。
《味方》
「対応表だ!」
シグナは札と数列を見比べた。
「07が『味』、42が『方』!」
機械の表示。
《18・07・42・29・03・36》
二番目と三番目が《味方》。
最初は《敵》だ。
後半三文字は《無差別》。
「十八が敵。二十九が無。三が差。三十六が別」
シグナが対応を書き出す。
「《敵味方無差別》で合っている!」
訳は分かった。
だが、レクスにはまだ数字にしか見えない。
なぜ18が「敵」なのか。
なぜ29が「無」なのか。
対応の規則を知らない。
「番号は何を基準にしていますか!」
シグナが札の端を見る。
小さな記号。
古代レム語の辞書で使う分類印だった。
「意味部首順!」
「何ですか、それは」
「古代辞書の並べ方よ。人に関する字、物に関する字、動作、状態、否定の順に番号を振る!」
シグナは地面へ簡単な表を書く。
一から十は、人や関係、その違い。
十一から二十は対立や戦い。
二十一から二十八は動作。
二十九から三十四は状態と否定。
三十五以降は区別や範囲。
「18の字は戦いの分類。相手として戦う者だから『敵』」
「7は関係の分類。親しい側、つまり『味』?」
「そう。42は方向や側を表す『方』」
「29は否定の最初。何もないことを表す『無』」
「3は違いを表す『差』。36は分ける『別』」
数字が意味へ変わっていく。
ただ覚えるのではない。
分類から字を選び、その組み合わせで文章を作る。
白紙会の暗号は、文字を隠しているだけではなかった。
意味を番号へ置き換えた、別の表記法だ。
三度目の射撃準備。
機械の筒が回る。
今度は子供たちへ向いた。
レクスは走った。
数字の表示へ手を伸ばす。
《18・07・42・29・03・36》
敵。
味方。
無。
差。
別。
六つの数字が、頭の中で文字になる。
敵と味方を区別しない。
除外札だけを例外として、すべての生物を攻撃する規則。
意味を理解した。
29へ指を置く。
「『無』を喰う!」
数字が黒く崩れた。
喉へ落ちる。
《18・07・42・03・36》
レクスには、変わった意味が読めた。
《敵味方差別》
敵と味方を区別する。
機械の射撃が止まった。
筒が一度、全員を見回す。
王都の民。
ギルドの冒険者。
白紙会の男。
誰が自分を設置したか。
誰が市場の人々を閉じ込めたか。
誰が起動命令を出したか。
記録を照合する。
《敵性判定:白紙会》
二十本の筒が、白い外套へ向いた。
「停止しろ!」
男が除外札を掲げる。
機械は札を読む。
《味方証明》
次に、設置記録を読む。
《民間人殺傷命令・発令者》
判定は変わらない。
機械の本来の警備規則が戻る。
《敵性対象を拘束》
《非敵性対象への殺傷禁止》
矢が放たれた。
男たちは逃げる。
外套が壁へ縫いつけられた。
鏃は外套だけを貫き、男たちの動きを止めた。
透明な壁が消える。
市場の人々が外へ走った。
ロマンは白紙会の二人を拘束する。
ティルダが除外札を拾った。
「数字でも消せるんだ」
「最初から数字を消したわけではありません」
レクスは表示を見る。
「数字が、どの文字の意味を持つか理解したからです」
シグナは暗号表を折りたたんだ。
「次は番号の並べ方を変えてくるわ」
「また覚えるんですか」
「覚えるだけでは駄目。仕組みを理解する」
「時間がかかります」
「だから白紙会は暗号にしたのよ。戦闘中に考える時間を奪うため」
白い外套の一人が笑った。
「遅い」
ロマンが縄を締める。
「何がだ」
「暗号は第一段階だ。次は、意味そのものを一つに定められなくする」
「どういう意味?」
ティルダが聞く。
男は答えなかった。
その口から、三つの言語が同時に漏れた。
現代語。
古代レム語。
シグナにも分からない第三の言葉。
三つとも同じようで、少しずつ違う意味を持っていた。
男の舌に白い印が浮かぶ。
《三言語呪詛》
次の対策は、すでに始まっていた。




