表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文字喰らいの冒険者  作者: 藤崎聖子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/26

第十二話 死神を作る

 カーニンが指定した三日後。


 南鐘楼には誰も来なかった。


 衛兵が爆薬を撤去し、塔の周囲を封鎖している。


 白紙会も、カーニンも、姿を見せない。


「最初から待ち合わせじゃなかったんだね」


 ティルダが遠くから鐘楼を見た。


「俺たちをあそこへ閉じ込めて、別の計画から遠ざけるための場所だった」


 ロマンが答える。


「でも、その別の計画も記録院で止めました」


 レクスは言った。


「まだよ」


 シグナが焼却名簿の写しを開く。


「白紙会が百二十七人の名を選んだ目的は分かった。でも、原簿の余白に出た黒い線は説明できていない」


「俺にしか見えなかった線」


「あなたの体内にある文字が反応した可能性が高いわ」


 レクスは胸へ触れた。


 十の反応。


 記録院で喰った「副」も加わっている。


 どれも普段は静かだ。


 記録院の原簿を前にしたときだけ、一斉に震えた。


「地下に、まだ何かある」


 ティルダが言った。


「原簿の部屋は見たよ」


「床の下を見ていない」


「何か見つけたのか」


 ロマンが尋ねる。


「白い男を追ったとき、管理人の指輪を落とした場所へ戻った。路地に土がついてた。記録院の地下は石床なのに、黒い土」


 ティルダは靴底から包み紙を出した。


 中に黒い粒がある。


「王都の下にある古い墓地の土。子供のころ、あそこでよく隠れたから知ってる」


「子供が墓地へ隠れるな」


「追いかけられてたの」


「何をした」


「昔の話」


 ティルダは答えなかった。


 古墓地は、今の王都ができる前から存在した。


 地上の入口はすべて封鎖されている。


 記録院の地下を通れば、原簿を運ぶための古い道へつながっているという。


 四人は正式な再調査許可を取り、地下へ入った。


 原簿の台座を動かす。


 下から冷たい風が吹いた。


 石の蓋がある。


 表面に白紙会の印。


「やっぱり」


 ティルダが耳を当てる。


「奥で何か動いてる。気配は二つ」


「カーニンも?」


「声までは聞こえない」


 蓋には鍵がなかった。


 ロマンが持ち上げる。


 地下へ続く穴が開いた。


 石段の先に、白い光がある。


 四人は順に下りた。


 古墓地の壁には、無数の名が刻まれていた。


 王都ができる前に死んだ者たち。


 文字は古いが、シグナには読めた。


「名前だけね。生年も家名もない」


「白紙会は、死者の名を消すつもりだった?」


 レクスは並んだ墓碑を見回した。


「消しても気づく者が少ない。記名抹消の試験には向いているわ」


 通路の奥から、拍手が聞こえた。


「半分正解だ」


 カーニンが立っている。


 灰色の長衣。


 細身の剣。


 その後ろには白い祭壇があった。


 祭壇の上に、焼けた紙片が置かれている。


「古文書の続き」


 シグナが息をのむ。


 切断された縁。


 古文書庫の本から失われたページと同じ大きさだ。


「本物か?」


 ロマンが聞く。


「八百年前の紙だ。シグナなら見分けられる」


 カーニンは紙片へ触れない。


「白紙会は、ここで何をする」


 レクスは通路の奥に立つカーニンをにらんだ。


「君の限界を測る」


「名簿の百二十七人は?」


「会の実験だ。俺は興味がない」


「仲間ではないと言っていましたね」


「利害が重なるだけだ。会は君の力を管理したい。俺は育てたい」


 カーニンが指を鳴らす。


 祭壇の奥で鎖が落ちた。


 白い布に包まれた人影が立ち上がる。


 背丈はロマンほど。


 顔はない。


 布の内側には肉も骨もなく、黒い文字だけが渦巻いている。


「人間ではないわ」


 シグナは人影の中で渦巻く文字を観察した。


「文字で形を保つ人形。記録兵ね」


「白紙会が作った試作品だ」


 人形の頭上に表示が出る。


《不死》


「倒してみろ」


 カーニンが笑う。


「あまりにも分かりやすいだろう?」


 レクスは《不死》を見た。


 二文字。


 誰でも思いつく。


 「不」を消せば《死》。


 だが、カーニンはそれを待っている。


 分かりやすい答えを、わざわざ目の前へ出した。


「消すな」


 ロマンがレクスの前へ腕を出した。


「罠だ」


「分かっています」


 記録兵が動いた。


 腕から黒い刃が伸びる。


 ロマンの盾へ打ち込む。


 重い音。


 ティルダが背後へ回り、短剣を布へ突き立てた。


 手応えがない。


 刃は文字の渦を抜けて反対側へ出る。


「中身がない!」


「記録だけで動いている」


 シグナが祭壇の文字を読む。


「《不死の記録兵は、命令が続く限り活動する》」


「命令は?」


「《侵入者を排除せよ》。一字では安全に崩せない!」


 「侵」を消せば、入った者を排除する。


 「入」を消せば、侵す者を排除する。


 「排」を消せば、除けという命令が残る。


 「除」を消せば、排する意味が残る。


 鐘楼と同じだ。


 白紙会は、レクスが命令文を消せないよう作っている。


 ロマンが何度斬っても、布は元へ戻る。


 ティルダが足を払っても、倒れたまま腕が伸びる。


 シグナは祭壇の周りを探す。


「動力源がない。周囲の死者の記録から力を引いている!」


 墓地の壁で、名が一つずつ薄くなっていた。


 死者の記録を食べて動いている。


「止めないと、名前が全部消える」


 ティルダが叫ぶ。


 レクスは候補を探した。


 記録兵の腕。


 祭壇。


 命令文。


 注意書き。


 どこにも安全な一字がない。


 カーニンは少し離れた場所で見ている。


 攻撃に加わらない。


 レクスが答えを出すのを待っている。


「目的は俺に『不』を消させることですね」


「そう思うなら、別の答えを探せ」


「別の答えも塞いだ」


「今の君には、な」


 記録兵の刃がロマンの盾を裂いた。


 肩へ入る。


 血が飛んだ。


「ロマン!」


「まだ動く!」


 ロマンは盾を捨て、記録兵へ体当たりした。


 両腕で抱え込む。


「早く決めろ!」


 壁の名が消えていく。


 一つ。


 十。


 二十。


 死者を覚えていた家族も、同時に記憶を失うかもしれない。


 時間はない。


 罠だと分かっている。


 それでも他の答えが見つからない。


 レクスは《不死》へ手を伸ばした。


「待って」


 ティルダが言った。


「カーニン、喜んでる。これを待ってた」


「分かっています」


「なら――」


「このままでも全員死ぬ」


 レクスは二文字の意味を読む。


 生命を持たない。


 死の状態にならない。


 破壊されても活動を続ける。


 「不」を消せば、死の状態が確定する。


 記録兵は人間ではない。


 中に誰かがいるわけでもない。


 消す。


「『不』を喰う!」


 一字が黒く崩れた。


 喉へ落ちる。


《死》


 記録兵の動きが止まった。


 腕の刃が消える。


 白い布が床へ落ちた。


 中に渦巻いていた文字も光を失う。


 壁の名が薄くなる現象が止まった。


「終わった?」


 シグナが祭壇を見る。


 カーニンは笑っていた。


「正解だ、レクス」


 彼の指先に一文字が生まれる。


「だから、俺も正解を返す」


 赤い文字。


 神。


 レクスの背筋が冷えた。


 カーニンと初めて会った夜に聞いた言葉を思い出す。


 死という一字に、何かを足せばいい。


「止めろ!」


 レクスが走る。


 カーニンの指が《死》へ向く。


「『神』を加える」


 一文字が飛んだ。


《死》


 その前に重なる。


《死神》


 墓地の空気が凍った。


 床に落ちた白い布が膨らむ。


 中から黒い腕が伸びた。


 先ほどの記録兵とは違う。


 骨のように細く、指先まで形がある。


 巨大な影が立ち上がる。


 天井へ届くほどの黒い外套。


 顔のあるべき場所には、何もない。


 右手に長い鎌が生まれた。


 墓地に刻まれた死者の名が、一斉に青く燃える。


《死者支配》


《生命刈取》


《死霊召喚》


 能力表示が次々に現れる。


「レクス、消して!」


 シグナが叫ぶ。


 レクスは《死神》へ手を伸ばした。


 意味は分かる。


 「神」を消せば《死》へ戻る。


 だが、文字が指を拒んだ。


 同じ対象には一度しか使えない。


 もともと《不死》だった記録兵。


 対象は変わっていない。


 名前が変わっても、世界は同じ存在として扱っている。


「使えない」


 レクスの声が震えた。


「もう、この対象から一文字消した」


「それを確認したかった」


 カーニンが言う。


「追加されたあとも、一回は戻らない。君の削除は済んだままだ」


 死神が鎌を振る。


 ロマンが前へ出た。


 盾はない。


 剣で受ける。


 刃が一撃で折れた。


 鎌の先が胸をかすめる。


 鎧の上から黒い線が走った。


《生命残量・半減》


 ロマンが膝をつく。


「一発で……これか」


 ティルダが煙玉を投げる。


 死神の顔を黒煙が覆う。


 鎌は迷わずティルダへ向いた。


 目で見ているのではない。


 生きている者を感じ取っている。


 レクスは体当たりでティルダを押した。


 鎌が背中を通る。


 痛みはなかった。


 体の内側から熱が消える。


《生命残量・半減》


 一度で半分。


 二度受ければ死ぬ。


「退くぞ!」


 ロマンが叫ぶ。


「古文書のページは!」


 シグナが祭壇を見る。


 カーニンが紙片を取った。


「欲しければ、次は俺に勝て」


 細身の剣で壁の一字を示す。


《閉鎖》


 指先に「解」が生まれた。


《閉鎖解除》


 墓地の奥に出口が開く。


「なぜ逃げ道を作る」


 レクスが聞く。


「ここで死ねば、君は強くならない」


「死神はどうする!」


「白紙会に返す。あれは会の所有物だ」


「制御できるのか」


「たぶん」


 カーニンは初めて、少し困った顔をした。


「俺も《死神》まで育つとは思わなかった」


「はあ!?」


 ティルダが怒鳴る。


 死神の鎌が再び上がった。


 カーニンは祭壇へ一枚の札を投げる。


《一時停止》


 死神の動きが一瞬止まった。


「十秒だ。走れ」


 罠かもしれない。


 だが、残れば全滅する。


 ロマンがレクスの腕を引く。


 ティルダが反対側から支える。


 シグナは祭壇を見つめたまま動かない。


「シグナ!」


 レクスが呼ぶ。


 彼女は紙片を諦め、走った。


 四人は開いた通路へ飛び込む。


 背後で《一時停止》の文字が消えた。


 死神が動く。


 鎌が出口へ振り下ろされる。


 ロマンが壁の支柱を蹴った。


 古い石が崩れる。


 通路の半分を塞いだ。


 鎌が石を切り裂く。


 完全には止まらない。


 ただ、数秒は稼げる。


 階段を上る。


 原簿の部屋へ戻る。


 管理人が石蓋を閉じた。


 下から衝撃。


 蓋に亀裂が入る。


「外へ!」


 記録院を出たところで、地下から青い光が噴き上がった。


 窓が割れる。


 建物全体が揺れた。


 それでも死神は追ってこなかった。


 白紙会かカーニンが止めたのか。


 分からない。


 四人は路地へ座り込んだ。


 ロマンの胸には黒い傷。


 レクスも立てない。


 シグナの手は震えている。


 ティルダだけが記録院の入口をにらんでいた。


「負けた」


 レクスは言った。


 誰も否定しない。


 正しい文字を見つけた。


 意味も理解した。


 「不」を消し、《不死》を《死》にした。


 能力は成功した。


 だから負けた。


 カーニンは最初から、その正解を待っていた。


 喉の奥には、喰った「不」が残っている。


 レクスはそれを吐き出そうとした。


 何度も咳をした。


 何も出ない。


 消した文字を戻す方法は分からない。


 今のレクスには、自分が作った《死》を《死神》から救うことすらできなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ