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文字喰らいの冒険者  作者: 藤崎聖子


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第十話 消せない注意書き

 南鐘楼は、三年前から使われていない。


 王都の南門近く。


 家々より頭一つ高い石造りの塔だ。


 鐘は残っているが、鳴らす者はいない。


 新しい鐘楼が城壁の上に建ち、古い塔は取り壊しを待っていた。


「三日後に人を呼ぶ場所としては、分かりやすすぎる」


 ティルダが屋根の陰から塔を見る。


「周りに見張りはいない。中から人の気配もしない」


「カーニンは、まだ準備していないのかもしれません」


 レクスが言う。


「本当に三日後まで空ならね」


 ティルダは塔の入口を指した。


 扉に鎖が巻かれている。


 錠には王都管理局の封印。


「あれ、閉鎖されたときの古い封印。壊された跡はないよ」


 ロマンが路地の出口を見る。


「正面から入れば衛兵に見つかる」


「私たちも調査員証を持ってる」


「古い鐘楼へ忍び込む許可ではない」


「では、見つからなければいいわ」


 シグナが平然と言った。


「法務院を出たばかりだぞ」


「白紙会が中で何かしているなら、緊急調査よ」


「何もなかった場合は?」


「先走った調査」


「それを不法侵入と言う」


 ティルダが手を上げた。


「屋根から入れるよ。鐘を吊るす窓には封印がない」


 ロマンは三人を見た。


 止めても行くと分かったらしい。


「俺が先だ」


 隣の空き家から屋根へ上がる。


 鐘楼まで板を渡し、一人ずつ窓へ移った。


 レクスが中へ入る。


 巨大な鐘が目の前にあった。


 青銅の表面は緑にくすみ、太い綱が床まで垂れている。


 足元には白い埃。


 誰かが歩いた跡はない。


「来ていない?」


 シグナが魔灯を掲げる。


「少なくとも、この階には」


 ティルダは床の埃を指でなぞった。


「でも、変」


「何がですか」


「埃が均一すぎる。窓の下も、壁際も、同じ厚さ」


 レクスは床を見る。


 自然に積もったなら、風の入る窓際は薄いはずだ。


「撒いたんですね」


「足跡を隠すために」


 四人は動かなかった。


 すでに何歩も歩いている。


 自分たちの足跡だけが、白い床に残っていた。


「罠は完成してる」


 ティルダが小声で言う。


 鐘楼の下から、歯車の音がした。


 一度。


 続いて、壁に赤い文字が浮かぶ。


《侵入者感知後爆発》


「窓にも感知術式があった!」


 シグナが周囲を見る。


《起動済》


 別の表示が現れる。


 その下に数字。


《残り三十》


 二十九。


 二十八。


「出るぞ!」


 ロマンが窓へ走る。


 見えない壁にぶつかった。


 入口も階段も青い膜で塞がれる。


《爆発時まで退出不可》


「わざわざ三日後を待たなくても、来ると分かってたんだ」


 ティルダが短剣で膜を切る。


 刃が弾かれた。


 二十五。


 二十四。


 レクスは爆発命令へ触れた。


《侵入者感知後爆発》


 侵入者を検知したあと、塔に仕掛けた爆薬を起爆する。


 意味は分かる。


 「侵」を消す。


《入者感知後爆発》。意味が崩れる。


 「入」を消す。


《侵者感知後爆発》。侵す者、と読める可能性がある。四人は変わらず対象だ。


 「知」を消す。


《侵入者感後爆発》。感覚した後に爆発、と解釈されかねない。


 「後」を消す。


《侵入者感知爆発》。感知と同時に爆発する。


 最悪だ。


 「爆」を消せば《発》。何を発するか分からない。


 「発」を消せば《爆》。爆ぜる意味が残る。


「命令は崩せません!」


 二十。


 十九。


「退出禁止は?」


 ティルダが叫ぶ。


「『不』を消せば出られる!」


 レクスは《爆発時まで退出不可》を見る。


 不を消す。


 退出可。


 外へ出られる。


 分かりやすい正解だ。


 だが、四人が逃げたあとに塔は爆発する。


 周囲には家がある。


 夜でも住民は眠っている。


「駄目です。塔の外が巻き込まれる」


「なら爆薬を探す!」


 ロマンが床の板を剥がす。


 下に太い導線があった。


 導線は鐘の中心へ伸びている。


 レクスたちは鐘をのぞき込んだ。


 内側に黒い筒が何十本も縛られている。


 中央には赤い魔石。


 爆薬と起爆核だ。


 十五。


 十四。


「導線を切るな!」


 シグナが叫ぶ。


「切断を検知する補助術式がある。即時起爆よ!」


「何か止める文字はないのか!」


 ロマンが魔灯を近づける。


 黒い筒には同じ注意書きが貼られていた。


《火気厳禁》


《高温厳禁》


《衝撃厳禁》


 どれも爆薬を扱う者へ向けた表示だ。


 爆発命令ではない。


 ただの注意書き。


 十二。


 十一。


「火気から『気』を消す?」


 ティルダが言う。


「《火厳禁》。火を厳しく禁じる。起爆の火も止められるかも」


「魔石式は火を使わないわ!」


 シグナが答える。


 高温になるのは爆発したあとだ。


 止めるには遅い。


 残るのは衝撃。


 爆薬は、急激な力を生む。


 空気を押す。


 塔を壊す。


 爆発そのものが巨大な衝撃だ。


《衝撃厳禁》


 強い衝撃を与えてはいけない。


 「厳」を消せば。


《衝撃禁》


 強いか弱いかに関係なく、衝撃そのものを禁じる。


 爆薬に貼られた意味を持つ情報。


 世界は、その禁止を爆薬へ反映する。


 はずだ。


 八。


「注意書きを変えます!」


 レクスは鐘の内側へ腕を伸ばした。


 筒は奥にある。


 指が届かない。


 ロマンがレクスの腰を持ち上げる。


「早くしろ!」


 七。


 レクスの上半身が鐘へ入る。


 指先が注意書きへ触れた。


 爆薬を安全に保管するための警告。


 強い衝撃を受ければ、意図せず爆発する危険がある。


 内容を理解する。


 六。


「『厳』を喰う!」


 文字が黒くなる。


 五。


 粒が指へ吸い込まれる。


《衝撃禁》


 四。


 注意書きが赤く光った。


 同じ束に巻かれたすべての爆薬へ、文字が複写される。


 《衝撃禁》


 三。


 起爆核が明滅する。


 二。


 赤い魔力が導線を走った。


 一。


 レクスは鐘の中で目を閉じた。


 数字が消える。


 光が爆薬へ入った。


 音はしなかった。


 火も出ない。


 爆薬の筒が内側から膨らむ。


 その形のまま止まった。


 爆発しようとする力が、外へ伝わらない。


 筒の表面すら震えていなかった。


 赤い魔石だけが激しく点滅している。


《起爆失敗》


《禁止情報との衝突を確認》


 壁に表示が出た。


《衝撃発生不可》


 ロマンがレクスを鐘から引き出す。


 床へ下ろされた瞬間、レクスは息を吐いた。


「止まった?」


 ティルダが筒を見上げる。


「止まりました」


「注意書きで?」


「注意書きも、爆薬に刻まれた意味です」


 シグナは《衝撃禁》を見つめた。


「危険だから強い衝撃を与えるな、という警告を、衝撃そのものの禁止へ変えた。爆発は衝撃を生むから成立しない」


「世界って、注意書きまで守るんだ」


「守らせたのはレクスよ」


 ロマンが爆薬へ手を近づける。


「触るな」


 今度は三人が同時に言った。


 ロマンの手が止まった。


「調べようとしただけだ」


「それ、いつも私が怒られる言い方」


 ティルダが笑う。


 退出を塞いでいた青い膜が消えた。


 爆発に失敗したため、拘束術式も停止したらしい。


「住民へ知らせて、衛兵を呼びましょう」


 レクスが窓へ向かう。


「待って」


 シグナは鐘の裏を照らした。


 爆薬の陰に、小さな白い板が貼られている。


 白紙会の印。


 その下に一行。


《予定外来訪時、証拠抹消》


「私たちを殺す罠ではなかった?」


 ティルダが読む。


「証拠を消すための罠。私たちは巻き込まれただけ」


 白い板の裏には紙片が挟まっていた。


 古文書庫から切り取られたものではない。


 新しい紙だ。


 王都の地図が描かれている。


 北西の一角に、白い印。


 横に日時が書かれていた。


 三日後。


 カーニンが指定した日と同じだ。


「南鐘楼は待ち合わせ場所じゃなかった」


 レクスは地図を見る。


「俺たちが三日後にここへ来ている間、白紙会は別の場所で動くつもりだった」


「カーニンは知ってたのかな」


 ティルダが聞く。


「招待状を届けた本人です」


「知っていて、あえて見つけられる封筒を置いた可能性もあるわ」


 シグナが地図をたたむ。


「私たちが早く来ると読んでいた?」


 ロマンは爆薬を見上げた。


「考えるのはあとだ。今度こそ衛兵を呼ぶ。これは俺たちだけで触る量ではない」


 四人は鐘楼を出た。


 少し離れた通りから見上げる。


 塔は立っている。


 周囲の家も無事だ。


 レクスの喉には、喰った「厳」が残っていた。


 厳しく禁じるためにあった文字。


 それを消した結果、禁止は弱まるどころか強くなった。


 文字の数が減れば、意味まで小さくなるとは限らない。


 白紙会も、それを知っている。


 だから爆発命令には、どの一字を消しても安全にならない文を選んだ。


 敵はもう、レクスの能力を前提に罠を作っている。


 それでも今回は、注意書きまでは隠していなかった。


「次は、そこも塞いでくる」


 レクスの言葉に、誰も反論しなかった。


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