ダークマターの話
リアクションありがとうございました。
皆さんは、「暗黒物質」と言う言葉をご存じでしょうか?
天文学で出てくる概念なのですが、最近ではずいぶんと一般に広がった気がします。
SFですらない小説に「ダークマター」と言う言葉が登場するくらいです。一般的な認知度もかなり高いでしょう。
今回は、このダークマターについて、自分なりの理解を書いてみたいと思います。
天文学の歴史は長いものがあります。
紀元前の古代文明の時代から、人々は夜空を見上げ、星を観測し、記録し、分析し、予測すらしてきました。
星を観測することで得られる知識は多いです。
まず、一年の周期は太陽やその他の天体を観測することで得られます。月の満ち欠けから、一ヶ月という時間の長さも生まれました。
暦は天体観測の中から生まれました。
日本でも、平安時代の陰陽師の仕事の一つは、天体観測を行って暦を作ることでした。
また、星を観測することで方向や位置を知ることもできます。
羅針盤が登場するまでは星を見て方角を把握していましたし、正確な時刻と基準となる星の見える方向と高さから緯度や経度も計算できます。
伊能忠敬が日本地図を作成した際にも、地上での測量の他に天測を行うことで正確な位置を割り出していました。
天動説の時代から、複雑な惑星の動きや日食月食の時期などをかなり正確に予測できていました。
数学を発展させた要素の一つが天文学です。
さて、歴史上天文学を変えた出来事がいくつかあります。
一つは、望遠鏡の発明です。
望遠鏡によって、肉眼では見えない天体を見ることができるようになりました。
ガリレオ・ガリレイは木星の周囲を回る衛星を発見しました。
ウイリアム・ハーシェルは土星の外側の軌道を回る天王星を発見しました。
望遠鏡の発明とその性能の向上によって、宇宙には私たちの知らなかった様々な天体が存在することが判明しました。
もう一つ、大きな出来事は、万有引力の法則とニュートン力学です。
万有引力の法則で天体に働く力が判明し、ニュートン力学によって天体の運動を単一の理論で正確に計算できるようになりました。
太陽系の天体の運動に関しては、万有引力の法則とニュートン力学でかなり正確に計算することができます。
そうした計算の結果、予測に基いて発見されたのが海王星です。
望遠鏡の性能が向上し、新しい観測技術も色々と開発されると、太陽系の外、あるいは太陽系を含む天の川銀河の外の天体までも詳細に観測できるようになってきました。
そうして観測された遠くの星の運動をよく調べてみると、不思議なことが見つかりました。
観測された恒星の光から推定した質量と、星の動きを運動方程式に当てはめて計算した質量が食い違うのです。
何分遠くの星のことなので、あまり正確な推定はできません。誤差はつきものなのですが、それが十倍とか桁違いになると何かあると考えたくなります。
決定的になったのが、アンドロメダ銀河の星の回転速度を調べたヴェラ・クーパー・ルービン女史の研究でした。
銀河系の中では、銀河系の中心方向に引っ張る重力と、遠心力が釣り合う速度で星は回転運動を行っています。
渦巻銀河では中央のバジルに多くの恒星が密集し、周囲では星の密度が低くなっています。
だから、単純に考えると質量の多くが集中する中心に近いほど重力が強いので星の回転速度も速くなり、外側に行くほど回転速度が遅くなると思われていました。
しかし、実際の観測結果は、内側でも外側でも大きく速度が変わらなかったのです。
この結果は大きな意味を持ちます。
暗黒物質の説明として、「目に見える質量の十倍の質量がないと、星の動きを説明できない(遠心力が勝って銀河の外に飛び出してしまう)」と言う話を聞いたことのある人も多いでしょう。
けれども、この説明はかなりおおざっぱないのです。
はるか遠くの銀河のことだけに、直接測ることはできません。観測結果から推測するにしても、何千億個もある銀河系の恒星を一個一個丁寧に推測して合計することなんて現実的にできません。
だから、明るい=星が多い=質量が多い。そんな大雑把な推測です。
連星の動き等から比較的正確に求めることのできた恒星の質量と光量を基にした根拠のある推測ですが、どうしても誤差は大きくなります。
それでも二倍や三倍ではなく一桁違うとなれば何かがあるだろうと研究が続けられたのですが、その「何か」は隠れた質量ではなく、光の強さから推定する質量を十倍にするような現象でも構いません。
しかし、銀河の内側と外側の星の動きを比べる場合、バジル部分の質量が何倍だろうと内側の星の方が速くなければおかしいのです。
銀河の内側の星と外側の星の速度が同じくらいになるためには、内側の星よりも外側、つまりバジルの外の星の密度が低い領域にも大きな質量がだいたい均等に広がっている必要があります。
バジルの外側は星の輝きが少ないことは間違いありません。それは見ればわかります。
つまり、星の輝いていない部分に重力源となる質量が大量に存在していることになります。
輝く恒星ではなく光を発していない暗い質量という意味と、正体不明の未知の質量という意味を込めて、暗黒物質、ダークマターと呼ばれています。
ダークマターの候補として、様々なものが考えられました。
まず最初に考えられたのが、暗い天体です。
例えば、太陽よりも小さい赤色矮星などは割とありふれた恒星だと考えられていますが、温度が低くあまり明るくありません。
自ら光を発する恒星であっても、遠くて暗い天体を観測することは難しいものがあります。
望遠鏡の倍率を上げても、元が暗いとノイズに紛れてはっきりと映りません。
また、核融合反応を起こしていない天体も存在します。
燃料を使い果たして核融合反応が止まった白色矮星(余熱で光っています)、核融合が起こるほどの質量が集まらなかった天体である褐色矮星など、全く光らないわけではなくても暗い天体は存在します。
なお、ブラックホールは意外と明るい星だったりします。
ブラックホール自体は光を発しないのですが、その周囲の物質は別です。
ブラックホールの強力な重力に捕らわれた物質は、しかし、すぐにはブラックホール内部に落ち込むことはできず、周囲を高速で回転する降着円盤と呼ばれるものを形成します。
降着円盤内の物質は互いにぶつかり合い、摩擦で熱を発します。重力が強い分膠着円盤の回転速度は速く、摩擦熱も大きなものになります。
結果として、降着円盤はとんでもなく高温になり、盛大に電磁波を発するようになります。
だから、ブラックホールはそのイメージに反して明るく輝く星なのです。本体でなく、その周囲が。
ただ、周囲に吸い込むような物質がほとんどなく、降着円盤のできていないようなブラックホールならば光を発することはありません。
そうした、ほとんど活動していないブラックホールもダークマターの候補に挙がりました。
しかし、望遠鏡の性能がさらに向上し、様々な観測手法が開発されると、色々とあったダークマターの候補がどんどん除外されて行きました。
大口径の望遠鏡で弱い光でも観測されるようになったり、可視光以外の電磁波を利用した観測が行われるようになると、暗い天体も見つけられるようになりました。
光を全く放出しないブラックホールでも、そこに存在するのならば背後の星の光を隠すので間接的に観測することができます。
観測を続けた結果、暗い天体はダークマターの候補から外れました。
赤色矮星やらブラックホールやら、暗い天体の全てを調べたわけではありませんが、それらがダークマターの正体だとすれば、どのくらいの数、どの程度の密度で銀河の中に存在すればよいのか計算できます。
ところが、実際に観測された数は予測よりもはるかに少なかったため、ダークマターの正体と呼べるだけの質量は存在しないという判断です。
天体としてまとまっているのではなく、星間物質としてガスや塵の形で広範囲に分布していると考えた場合も、観測は可能です。
ガスや塵でも物質があれば光を遮ります。特に、光っている恒星の何倍もの質量があるのなら、密度は薄くても銀河の外から見れば分厚い雲のように重なって見えるはずです。
また、原子や分子はその種類に応じて特定の波長の光を吸収する性質があります。
光の強さを波長毎に調べるスペクトル解析を行えば、どのような物質が存在するか分かるのです。
存在するならば十分に観測できるだけの技術があってなお観測できないのならば、そのようなものは存在しないということです。
観測技術が進んで、それでもダークマターの正体となる物質を見つけられないことから、ダークマターは私たちの良く知る通常の物質ではないのではないかと考えられるようになりました。
通常の物質以外のダークマターの候補としては、「万有引力の法則が超遠距離では成り立たなくなるのではないか」と言うものもありました。
万有引力の法則では重力は距離の二乗に反比例、つまりの距離が離れるほど重力はガンガン弱くなります。
太陽系内の天体に対しては、この法則は完全に成り立っています。
しかし、万有引力の法則は経験則です。観測された範囲内では成り立つ法則が、何処まで同じ法則同じ式で通用するのかは分かりません。
実は、素粒子レベルのミクロな領域では、重力は距離の二乗よりもずっと急激に弱くなるのではないかと考える人もいます。
だから、太陽系くらいの範囲では距離の二乗で弱まる重力が、銀河系やそれ以上の大きな範囲ではもっとゆっくりと弱まるのではないかと考えるのです。
距離の二乗よりも弱まり方が緩ければ、万有引力の法則て考えた場合よりも銀河外周部に働く重力は強くなります。
これならば、見えない質量が存在しなくても銀河系の星の動きを説明できるだろうと考えたのです。
しかし、太陽系の惑星の運動も、銀河系の星の動きもダークマター無しでまとめて説明できる重力理論が完成したとは聞きません。
万有引力の法則を拡張した形になる一般相対性理論でも超遠距離で重力が弱まらないような話はありません。
そして何より、重力レンズの効果を利用して宇宙のダークマターの分布を調べるなどと言うことが行われています。
重力レンズの現象が現れているということは、そこに重力源となる質量が存在するということです。
見えない質量は存在するのです。
こうして、ダークマターの候補から、超遠距離で重力の強さが変わるという考えが除外されました。
まあ、万有引力の法則が超遠距離で成り立たなくなる可能性自体は消えていないので、そうした考えは将来別の形で復活するかもしれませんが。
さて、様々な候補が消えた後に有力になったのが、光(電磁気力)に反応しない素粒子です。
例えば、一時期ダークマターの有力候補だった中性微子なんてものがあります。
ニュートリノは原子核のベータ崩壊に関連する弱い力(弱い相互作用)と重力にしか反応しません。
電気的に中性で核力(強い相互作用)なんかにも反応しないので、電子や原子核を無視して物質をほとんど素通りします。
地球を何事もなかったように通り過ぎてしまうほど物質と反応しないので、直接見ることはできないし、間接的に検知することも大変な粒子です。
しかし、核反応で生成されるので、太陽やその他の恒星からもガンガン放出されていて、宇宙には大量のニュートリノが存在します。
だからのニュートリノが一定以上の質量を持っていたら、ダークマターの正体になり得ると考えられていました。
結果として、ニュートリノには質量がありましたが、ダークマターとして必要とされる質量には全く足りませんでした。
ニュートリノが見えない質量の一部であることは間違いありません。
けれども、ダークマターの主要な成分は別に存在します。
それが何なのかは現在のところ分かっていません。
有力な候補として考えられているのが、ニュートリノのように派手な反応をしない未発見の素粒子です。
標準模型と呼ばれる重力以外の三種類の力(電磁気力、強い相互作用、弱い相互作用)を説明するモデルでは17種類の素粒子が存在すると考えています。
しかし、この標準模型は完全無欠でこれさえあれば他には何もいらない究極の理論、とかではありません。
標準模型の形は大きく変えないまま拡張することで、「こんな粒子が存在するかもしれない」と考える余地があります。
それはあくまで仮説上の粒子ですが、理論に基づく予想なのである程度その性質が予想できます。存在したらの話ですが。
ニュートラリーノ、アクシオン、ミラーマター、ダークフォトン。
様々なダークマター候補となる素粒子が考えられ、実際に検出しようと研究が行われていますが、今のとこ発見されていません。
光や私たちの知る通常の物質とほとんど反応しない素粒子を見つけようとしているのです。簡単なことではありません。
ニュートリノの観測を行っているスーパーカミオカンデでは、五万トンの超純水を入れたタンクの内側に光電子倍増管と呼ばれる高感度の光センサーを1万3千本ほど敷き詰めた装置を、ノイズの影響を受けにくい地下1000mの場所に設置しています。
ニュートリノは他の物質とほとんど反応しませんが、極稀に反応して電子とか陽電子とか言った荷電粒子を生成します。
発生した荷電粒子は高速で飛び出していきますが、水中での光速度を越える速度で荷電粒子が飛び出すと、チェレンコフ光と呼ばれる光を放ちます。
このチェレンコフ光を高感度の光センサーでとらえるのがスーパーカミオカンデで行っていることです。
ニュートリノはそこいらじゅうを大量に飛び回っているのですが、反応が稀すぎて大掛かりな装置と高性能のセンサーが無ければ検出することもできないのです。
未発見の素粒子であっても、ダークマターの候補となるものならば似たような性質を持っているはずです。
そこいらじゅうに存在していても、私たちの持つ技術では簡単には検出できないものです。
それでも大掛かりな装置を作って、理論的に検出できるだろうと予想された実験や観測を行っているのですが、なかなか見つかりません。
候補に挙がったような素粒子は存在しないか、理論の方をもっと修正しなければならないか、と先は長そうです。
なお、未発見の素粒子はあくまで素粒子なので、ダークマターとしての性質が無くても見たり触れたりできるものではありません。
つまり、ダークマターとして未知の物体が宇宙に浮かんでいるというよりも、粒子が放射線のように飛び回っているようなイメージです。
ただし、ダークマター同士は、通常の物質が反応しない未知の相互作用で影響し合う可能性はあります。
ダークマターも素粒子同士が集まって、もっと大きな粒子や複雑な構造を持った物質を作るかもしれません。
私たちの知る通常の物質は、だいたいアップクォークとダウンクォークと電子でできています。
同じように、ダークマターを構成する何種類かの素粒子が未知の相互作用で結合して大きな構造を持った物質的なものを作る可能性もあります。
SF的に考えれば、宇宙には私たちの目にする星々と重なり合うようにして、ダークマターでできた銀河があり、恒星があり、惑星があり、生物が生まれていたりするのかもしれません。
ダークマターでできた物質と通常の物質はほとんど反応しないので、同じ空間に重なり合うように存在していても互いに干渉することはありません。
まあ、重力だけは共通なので、地球と重なるようにダークマターの地球が存在したりすると重力が倍になるので分かると思うのですが。
未知の素粒子が候補の主流になったダークマターですが、実はブラックホールもまだ候補として残っていたりします。
天体としてのブラックホールは数が少ないためにダークマターの候補から外れましたが、量子サイズのマイクロブラックホールが大量に存在する可能性は否定されていません。
ブラックホールと言うと、太陽の30倍以上の質量を持つ恒星が寿命を終えた際の超新星爆発によって生まれる、という話が有名ですが、一般相対性理論では質量を一定密度にまで圧縮すればブラックホールは発生します。
特にブラックホールの質量に対する理論上の下限とかはないのですが、物質をそこまで高密度に圧縮する手段が超新星爆発による爆縮以外に知られていないというのが現状です。
しかし、ビッグバン直後の高温高密度の状態ならば、超新星爆発に頼らずにブラックホールができる可能性があります。
元々高密度なので、ちょっとしたゆらぎとかで密度のむらができるとブラックホールになるだけの密度が割と簡単に生まれたのでしょう。
ビッグバン直後の初期の宇宙で作られたブラックホールを原始ブラックホールと呼びます。
原始ブラックホールは超巨大ブラックホールからマイクロブラックホールまで様々なサイズが考えられます。
特に量子サイズのマイクロブラックホールは、小さすぎて目に見えません。
電荷をもたないブラックホールは電気的に中性で、重力以外の相互作用をほぼ行いません。
その重力にしても、超強力な重力場が働くのは量子サイズの狭い範囲だけで、その範囲外に対してはほとんど影響しません。
原始よりも小さな範囲でしか影響を及ぼさないのなら、ほとんどの物質を通り抜けてしまいます。
つまり、マイクロブラックホールは、ダークマターの候補とされる素粒子と似たような性質を持つことになるのです。
ただ、今のところダークマターとして十分な量のマイクロブラックホールが生成されたとする理論やシミュレーションはないようなので、あまり有力な候補ではありません。
けれども、未知の素粒子によるダークマターの探求が行き詰まったら、ブラックホールが脚光を浴びる日が来るかもしれません。
さて、近年宇宙の話題になるとダークマターとセットで語られることが多いのが、ダークエネルギーです。
同じ「ダーク」ですが共通点は正体不明な点だけで、両者は全く別のものです。
ダークエネルギーを考えるとき、その原点となるのはアインシュタインの一般相対性理論でしょう。
一般相対性理論は万有引力の法則を拡張します。
万有引力の法則は物体に働く力を定式化し、天体の運行を説明して見せましたが、質量があるとなぜ引力が働くのかという点に関しては何も説明しません。
一方、一般相対性理論では重力を空間の歪みと考えました。
質量が存在すると周囲の空間が歪み、それが周囲の物体の運動に影響を与えると考えたのです。
例えば、質量が0の光(光子)は万有引力の法則では重力の影響を受けないはずですが、一般相対性理論では空間そのものが歪んでいるので重力の影響で曲がって進むように見えます。
また、水星の近日点の移動に関してニュートン力学では観測結果を説明できませんでしたが、一般相対性理論では太陽の質量によって空間が歪み、水星の公転軌道の長さがずれたためとして計算が合うようになりました。
この一般相対性理論から導き出されたのが、時空の歪みと質量の関係を現したアインシュタイン方程式です。
ブラックホールとか、重力レンズ効果とか、重力波とか、様々な現象がこのアインシュタイン方程式を解くことで予測されました。
しかし、このアインシュタイン方程式から、少しばかり都合の悪い結果が得られました。
アインシュタイン方程式を宇宙全体に適用すると、宇宙が不安定になってしまうのです。
当時の科学者は、宇宙を永遠不変の存在と考えていました。
だから、宇宙を表す数式ならば、部分的には様々な変化があるとしても、全体としては安定して同じ状態を保ち続けるだろうと考えていたのです。
けれども、アインシュタイン方程式から得られた解は、宇宙全体が膨張したり収縮したりする不安定なものになります。
実は、アインシュタイン自身も定常的な宇宙を信じていて、アインシュタイン方程式を自ら修正しました。
修正したアインシュタイン方程式に導入された宇宙項の係数である宇宙定数に適切な値を入れると、宇宙は膨張も収縮もせずに一定の大きさを保つことになります。
しかし、定常的な宇宙のイメージは、1929年に天文学者のエドウィン・ハッブルが宇宙の膨張を観測したことで終わりました。
思想信条よりも理論よりも観測された事実を優先しなければならないのが科学者です。観測事実として間違いのないことならば受け入れるしかありません。
アインシュタインが宇宙項のことを「生涯最大の過ち」と言って後悔したというエピソードは有名です。
(このエピソードに関しては、話を伝えたジョージ・ガモフの創作とする説もあるそうです。)
宇宙が永遠不変ではなく、ダイナミックに変化するものだと認めたら、次に考えることは過去と未来です。
宇宙はどのような変遷をたどって今の姿になったのか。
今後、宇宙はどのように変わっていくのか。
そういったことが気になります。科学者ならばとっても気になるはずです。
ここで、宇宙の過去について考えてみると、現在宇宙は膨張しているのだから昔は宇宙はもっと小さかったはずです。
過去に戻れば戻るほど宇宙は小さくなります。
最終的には無限に小さな一点に全てが凝縮された超高温高密度な状態から宇宙は始まった。それがビッグバン仮説です。
今ではいろいろな証拠も見つかって定説となっているビッグバン理論ですが、最初から支持を得ていたわけではありません。
何しろ、最初の瞬間は大きさ0、密度無限大の物理法則が破綻する特異点から始まることになります。
ビッグバンという名称も、「理論が大爆発しているしている」という揶揄から付けられたのだそうです。
それでも、ビッグバンの証拠である宇宙マイクロ波背景放射も観測され、ビッグバンの後ダークマター込みで現在の宇宙の形が出来上がる理論も構築されています。
ビッグバンの瞬間の密度無限大の特異点については相変わらず理解不能だし、未解明な事柄も多いですが、ビッグバンから始まる宇宙の歴史に関しては多くの科学者が大筋で合意しています。
一方、宇宙の未来についてはどうでしょうか?
こちらもアインシュタイン方程式を解けば予想することができますが、大雑把なイメージならばニュートン力学の範疇でも想像することができます。
宇宙全体を考えるとき、考慮しなければならない『力』は重力のみです。
物理学では『力』は四種類存在すると考えられています。
重力、電磁気力、強い力(強い相互作用)、弱い力(弱い相互作用)。
このうち、強い力は原子核内部で陽子や中性子を結合している力(もっと言うと、クオークを結合して陽子や中性子を作る力)。
弱い力は放射性元素がベータ崩壊する際に作用する力(クオークの種類を変える反応を引き起こす力)です。
どちらも、作用しているのは素粒子レベルのミクロの世界での話です。
原子よりもずっと大きな領域になると、これらの力はほとんど出番がありません。
電磁気力はもっと大きな領域で活躍する力です。
私たちが日常的に利用している力は、電磁気力に由来します。
例えば、原子や分子が結合したり分離したりする化学反応は電磁気力によって引き起こされています。
地球上の生物は化学反応によって活動しているので、生物は電磁気力によって動いていると言っても良いです。
また、地球を太陽風から守る地磁気も電磁気力ですし、太陽の黒点とかフレアとかいった活動も電磁気力が関わっています。
天体レベルで電磁気力の影響があるのです。
電磁気力は重力と同様に距離の二乗に反比例する力です。だから、一見すると重力と同じくらい大きな領域で働きそうに思えます。
しかし、極端に大きな領域になると、電磁気力は相殺されて見えなくなります。
例えば、地球の北極はS極、南極はN極の磁石になっています。だから方位磁石のN極はS極に引かれて北を向きます。
しかし、宇宙に飛び出て地球が点にしか見えなくなる場所までやってきたら、地球のS極もN極も同じ一点に存在するようにしか見えません。
つまり、地磁気がどれほど強くなったとしても、遠く離れてしまったらそれだけで方位磁石は反応できなくなるのです。
電荷の場合でも同様で、プラスの電荷とマイナスの電荷が同じ位置に見えるくらい遠く離れてしまったら、電荷は存在しないのと同じです。
しかし、重力は違います。
重力には反する力がありません。全て引力だけで、斥力がないのです。
どれだけ距離が離れようと、トータルの質量が増えた分だけ重力は加算されます。
だから、ミクロの世界では無視できるほど弱いのに、マクロの世界では唯一の支配者となるほどに強力な力となります。
天体レベルならば電磁気力の影響も考慮の余地があるでしょうが、銀河系とか銀河団とか、大きな構造を考えて行くほどに、重力だけ考えればOKになります。
引力しかない重力が宇宙に対してどう作用するかと言えば、「あらゆる質量を互いに引き合わせて一点に集めようとする」です。
現在膨張している宇宙に対して、重力の作用を考えてみれば、考えられる未来は二通りです。
一つは、宇宙の膨張が重力に負けていずれ収縮を始める。
一つは、膨張する宇宙が重力を振り切って永遠に膨張を続ける。
どちらになるかは重力の強さ、つまり宇宙の質量(密度)によって決まります。
ビッグバンによる宇宙膨張の勢いを、重力によって止めきれるのか?
この問題に対して、推定した宇宙の質量からアインシュタイン方程式を解いて予測するだけでなく、実際に膨張の勢いが直接観測してみようという試みが行われました。
宇宙はとんでもなく広いので、遠くの星からは光が届くだけでも時間がかかります。
100光年先の天体からは100年。
1万光年先の天体からは1万年。
100万光年先の天体からは100万年。
光が届くまでにそれだけの時間がかかります。
逆に言えば、1億光年離れた天体を観測すれば、1億年前の宇宙を観測したことになります。
だから、近くの天体の運動と遠くの天体の運動をそれぞれ観測して、それぞれで宇宙の膨張速度を産出すれば、過去と現在の宇宙の膨張速度を算出して比較することができます。
実際にそれを行った結果、とんでもない事実が判明しました。
宇宙の膨張速度が加速していたのです。
これは、観測した当人にとっても予想外の結果だったことでしょう。
重力には引力しかありません。宇宙を収縮させる作用はあっても、膨張させる方向には働きません。
現在のところ、宇宙を膨張させた原因として分かっているのは、ビッグバンの超高温高圧だけです。
そもそもビッグバンの瞬間はいまだに謎で、ビッグバンを引き起こしたエネルギーはいったいどういったもので何処からやってきたのかは全く持って不明です。
ただ、その正体不明のエネルギーもビッグバンの瞬間、せいぜいがビッグバン直後の非常に短い時間にしか作用しなかったと考えられています。
結局のところ、宇宙全体を膨張させるような作用を人類は知りません。
けれども、実際に宇宙の膨張速度が増加している以上、宇宙を押し広げる何らかの力が働いていると考えるしかありません。
重力に逆らって宇宙を押し広げようとする謎のエネルギー。これを、ダークマターになぞらえてダークエネルギーと命名されました。
ダークエネルギーの正体は不明です。
ただ、宇宙の加速膨張だけでなく、宇宙マイクロ波背景放射の観測結果とか、宇宙の初期にあったバリオン音響振動と呼ぶれる現象の観測結果からもダークエネルギーが存在すると上手く説明できる結果が得られているそうです。
また、宇宙の時空の曲率を観測すると、ほとんど平坦(曲率0)になります。
宇宙全体が平坦になるためには、観測できる通常の質量にダークマターを加えても必用な質量(=エネルギー)の三割程度にしかならず、残る七割をダークエネルギーが占めれば計算が合います。
一つの観測結果だけでなく、複数の種類の異なる観測結果や現象を説明できると信憑性が増します。
ダークマターもダークエネルギーもたぶん存在するのでしょう。
ダークエネルギーの存在が考えられるようになって、宇宙の未来、その最終的な姿が三種類になりました。
一つは、ビッグクランチ。
重力が膨張の勢いを抑え込み、無限小の一点にまで収縮し続けるビッグバンの逆の現象です。
一つは、ビッグフリーズ。
膨張は勢いを弱め続けながらも止まらず、無限に広がりながら熱的死を迎える凍り付く宇宙。
最後の一つは、ビッグリップ。
宇宙を膨張させる力が増大し続け、天体だけでなくあらゆる物質を原子にまでばらばら分解して飛散させ、何もなくなる宇宙。
新たな理論や現象が発見されればまた別の可能性が出てくるかもしれませんが、アインシュタイン方程式から導かれるのはこの三パターンです。
ダークエネルギーの存在によって新たに可能性が出てきたのが、ビッグリップです。
宇宙の膨張が止まらない点ではビッグフリーズと同じですが、ビッグフリーズでは重力でまとまった天体はそのままで他の天体との距離が開いて行くのに対して、ビッグリップではあらゆる物質が原子レベルでバラバラに引き裂かれます。
宇宙の加速膨張が観測されたことで、ビッグクランチの可能性が減ったように思えますが、ダークエネルギーが宇宙を押し広げる役割を終えて質量に転化したりすると、膨張から収縮に転じる可能性は残っていたりします。
結局、ダークエネルギーの正体と性質が分からないことにははっきりしたことは言えません。
ダークエネルギーの正体として、今のところ有望な候補は二種類あるそうです。
一つは、宇宙定数です。
アインシュタイン方程式に導入された宇宙項は、宇宙の膨張が確認された時点で役割を終えたかに思えました。
しかし、宇宙の膨張は宇宙項を否定するものではなく、また数学的には宇宙項があった方が汎用的な数式になります(宇宙定数が0となる特殊な場合が、宇宙項無しのアインシュタイン方程式となります)。
宇宙項は、係数である宇宙定数が正の場合は斥力として働きます。
この斥力で重力による引力を相殺することで膨張も収縮もしない定常的な宇宙を考えたわけですが、重力を上回る斥力が働けば宇宙を膨張させる力となります。
この宇宙定数の示す斥力がダークエネルギーだと考えたのです。
この場合、一般相対性理論でダークエネルギーを説明できるので、新しい理論や未発見の素粒子などを想定する必要がありません。
一般相対性理論から導かれるダークエネルギーは真空のエネルギーであり、宇宙そのものが本質的に膨張しようとする性質を持っているということになります。
また、宇宙定数は定数なので、時間経過とか宇宙の膨張具合とかでは変化しません。
ダークエネルギーは宇宙空間に一定密度で存在することになるので、宇宙が膨張すればするほどダークエネルギーの総量はどんどん増えるという不思議なことが起こります。
もう一つの候補は、クインテッセンスと呼ばれています。
この宇宙に存在する基本的な四つの力(重力、電磁気力、強い力、弱い力)以外の第五の力と考えられています。
時間経過で変化しない宇宙定数と異なり、クインテッセンスは時間経過や状況によってダイナミックに変化すると考えられています。
今のところ、クインテッセンスが存在する証拠はありませんが、否定する材料もないといった状況です。
今後、宇宙の膨張具合がより詳細に判明することで、どちらの候補がより有力かが決まっていくでしょう。
ダークマターとかダークエネルギーとか言葉としてはだいぶ浸透した気がしますが、正しく理解している人は少ないでしょう。
専門家でないと理解できない難しい話が山ほど出てきますし、その専門家にとっても未知の存在です。
例えば、「ダークマターで作った見えない剣で斬りかかる」という話を考えたとしましょう。
現実には、そんな剣を作れたとしても、おそらくそれは物質をすり抜けます。斬り付けた相手を手応えもなくすり抜けるどころか、剣を持つことすらできません。
ギャグにしかなりません。
肉眼で見えないだけでなく、通常の観測手段にほとんど引っかからないのが今想定しているダークマターです。
普通の物質に影響を与えられるのならば簡単に観測できるはずです。
目に見えない正体不明の物質、という説明だけでイメージするとたぶん誤解します。
ダークエネルギーで動く宇宙船とかならばSFとしてありでしょう。
ただ、ダークエネルギーが取り出して利用できるような種類のエネルギーかというと疑問が残ります。
宇宙とか空間とかの基本的な性質をエネルギー源として利用できるか? みたいなことを考えるとかなり訳が分からなくなります。
ついでに、ビッグリップの直前でもなければ、ダークエネルギーは宇宙全体に広く薄く分布しているはずです。
通常の物質よりも何十倍も存在すると言っても、斥力として働く性質上、ダークエネルギーが狭い範囲に集中して存在することはありません。
宇宙空間からダークエネルギーを汲み上げることができたとしても、人が扱える程度の狭い範囲からでは微々たる量しか得られない可能性も高いです。
遠くの天体に紐でもかけて、紐の引っ張られる力を動力にすれば宇宙の膨張する力(ダークエネルギー)を距離に応じた量だけかき集めたことになるのでしょうが現実的ではありません。
少なくともどこかの怪しげな広告に「ダークエネルギーを利用した充電不要の○○」みたいなものが載っていたら、まずインチキだと思いましょう。




