25 アレも欲しい、コレも欲しい。散財の限りを尽くす悪役令嬢
「随分と遅かったね」
「申し訳ありません。焼きたてのクッキーをと思っていたら遅くなってしまいました」
殿下とカトレアの所へ私は戻って参りました。私は、新しい紅茶を淹れ、そしてクッキーをテーブルの上に乗せました。
「私は、この問題を解いてから戴きます」と、カトレアは幾何学の問題を解いているところでございます。
「じゃあ、僕は先に戴くことにするよ」と、殿下はすっと手を伸ばしてそのままクッキーを囓られました。
「殿下……。お戯れが過ぎます」と私は殿下の行動を諫めます。
「とても美味しいクッキーだね。それに、ピアニーが持って来たクッキーだから毒味など不要だよ」
「感謝致します……」
通常、殿下が口にされる食事などは、事前に毒味をするのが基本です。この場合、このクッキーを持ってきた私が毒味をして、その後、殿下が口にされるというのがあるべき手順でしょう。
この場で言えば、私が食べ、そしてカトレアが食べ、そして異常が無いようなら殿下が食べる、という流れになります。クッキーが運ばれてきていながら幾何学の問題を優先するというのは、褒められたことではありません。カトレアは毒味のことをあまりご存じないようですね。カトレアが淹れる紅茶も、注意深く観察すれば、殿下は最後に飲まれています。
いきなり殿下がクッキーに手を伸ばして食べられるというのは、いささか唐突です。異例のことかも知れません。
「美味しいですね、このクッキー」
「えぇ。紅茶に良く合います」
砂糖を少しだけ少なくし、牛乳を多目に入れたクッキーです。アウンタール産の紅茶には、この方が合うのではないかと思ったのですが、思った通りでよかったです。
そして、またカトレアの勉強のお手伝いが続きます。私は、紅茶を淹れたりなどして、あまりお二人の会話に入らないようにします。それが一番良いのです。本当であれば、もっと遠くに私はいるべきでしょうが、それはままなりません。
それにしても殿下は流石でございます。三角形から徐々に多角形にしていくというように、徐々に図形を複雑化させています。最初から複雑な図形の幾何を解こうとするから難しいのです。その点を殿下はしっかりと押さえて、カトレアの理解が進みやすいようにされています。殿下は、人に教える才能があるのかも知れません。
いえ、王としての資質に富まれた殿下です。ピアニーが気付いていなかっただけなのかも知れません。ピアニーはシュピルアール侯爵家の令嬢として家庭教師による教育を受けていました。殿下がピアニーに勉学を教える、という機会が無かったからでしょう。殿下は、人に教えたりするのも上手。殿下の新しい魅力をみつけました。見つけても詮無きことではございますが……。
「そして、一見複雑に見えるこの図形も、先ほどの定理を使うと……」
殿下も楽しそうにカトレアに教えています。
「お話の途中ですが殿下……。実は、私、髪飾りのお店にこれから行きたいのですが」と私は殿下の説明を遮ります。
「カトレア様も、この続きは明日ということでよろしいですか?」
遮った理由は簡単です。話の途中、説明の途中であれば、次の約束ができるからです。今日だけでなく明日も、明後日も、殿下とカトレアの接点を私は作るのです。
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「実はこのテッサリア王国の最南端にある島々。その島々に生息しているリスの尻尾は、実はそれぞれ微妙に違っている。長かったり、丸まっていたり、短かったりするんだ。そして、そのどれも大陸のリスとは違っている」と殿下は地理学の教本を広げながらカトレアに楽しそうに説明をしています。カトレアは飲み込みが早いです。殿下も教えていて、手応えがあり、楽しいのでしょう。
「種類の違うリスということではないのですか?」
「いや、そう考えるには問題が存在する。その島に住んでいるリスは、何処から来たか、という問題だ」
「海を渡って? いえ……リスは海を渡れません」
「ここで、地理学的な一つの仮説が生まれたんだ。遙か昔、その島々は大陸と繋がっていたのではないか、という仮説だよ」
「島が移動するのですか? 少しばかり突飛なように思います。むしろ、リスが流木か何かに乗って、島に流れついたと考えた方が自然な気がしますが……」
「もちろん、一日や二日で動いたのではなく、悠久の時をかけて動いたということなんだ。そして、その仮説を裏付けるような証拠がいくつも発見されている」
「そ、そうなんですか?」とカトレアは興味津々で殿下の話を聞いています。
「その証拠の一つが——」
「殿下、今日はそれくらいに致しませんか? 私、これから夜会用の靴を見に行きたいのです。殿下と踊るのですから、殿下がお気に召すような靴を私は欲しいのです」
話がもっとも盛り上がっている所で、私は中断させます。
「気になりますが……また、明日お願い致します」とカトレアが言いました。
「そうだね、じゃあこれで失礼するよ。行こう、ピアニー」と殿下は私のエスコートを始めて下さいました。
髪飾り、指輪、ドレス、イヤリング、扇子、そして今日は靴。毎日、私の買い物に殿下は付き添ってくださいます。
私は、ほとんどデザインが同じ物を、数時間かけて選びます。男性である殿下からしたら、どちらも同じだろう? と思うような物ばかりです。
殿下は心の中ではとても退屈であるとお思いでしょうが、それを一切表に出しません。不満も言わず、私の長い、殿下にとってはとても退屈な買い物が続きます。
ピアニー・シュピルアールと一緒に買い物しているより、カトレア・アウンタールに勉強を教えているほうが楽しい。
そう殿下に思っていただけたら作戦は成功です。
そしてそれがやがて、婚約者であるピアニー・シュピルアールと一緒にいるより、カトレア・アウンタールと一緒にいる方が心地よい、という風に変わり、そして、殿下の愛が移ろいゆくのでしょう。
「殿下、こちらとこちら、どちらがお好みですか?」
この質問を殿下にするのは、王都で一番大きな靴屋に来てから既に30回目です。ほとんど、見分けがつかないよう、既製品とも思えるような靴を私は両手に持っています。
「色合いが少しだけ違うね。僕は、左の方がピアニーに似合うと思うよ」
「そうですか、では、これとこれはどうでしょう」
「それだと……」
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「その……ピアニー。決めきれないのだったら、全部買えばいいんじゃないかな? もしよかったら、このお店の商品全て、僕が買って君にプレゼントするよ?」
流石の殿下も、ついに嫌気がさしてきたようです。
「いえ、私の足は右足と左足と、二つしかありません。こんなに沢山あっても困ってしまいます。それに、買い占めてしまっては、他の方達が夜会に出るときに困ってしまいますわ」と私は笑顔で答え、そして、「では殿下、こちらとこちら、どちらがお好みですか?」と殿下に尋ねます。




