23 隠れたアウンタール家への支援
王立学園の放課後、私と殿下は王立学園内を散策いたします。秋も深まり、木々の葉が赤く染まっているのが美しいのです。
早々に赤く染まり、そして散って地面に落ちた葉っぱの絨毯。
普段であれば、落ち葉などは王立学園で働く使用人たちが早々に掃除をして、落ち葉など一つも落ちていないような環境を提供してくださっています。ですが、秋は別です。
赤く染まった葉っぱの絨毯は、それは風景としても美しく、乱雑に散った葉っぱとは異なり、愛すべき風物詩となるのです。
「ピアニー、僕の手を。滑ってしまうといけないから」
赤い葉っぱの絨毯を私たちは歩きます。殿下は、そっと私の手を取りました。昨夜降った冷たい雨が、まだ葉っぱの絨毯を濡らしていて、滑りやすくなっています。折り重なった葉っぱの間に雨水が入り、潤滑剤のような役割をしているのでしょう。
「ありがとうございます、殿下」
見上げた木々は優しい紅色に染まり、地面に落ちた葉も赤く染まっています。どこかの茂みで鈴虫が鳴いています。
「あそこにいるのはカトレア様ですね」
「他に誰もいないようだね」
楓の木の下のテーブルには、紅茶のセットが置いてあります。そして、カトレアは熱心に本を読みながら羽ペンを動かしています。ですがカトレアは、顔を少しだけ顰めています。まるでお腹が痛いのを我慢しているかのような顔です。
「カトレア様、こんにちは。お邪魔しても良いかしら?」と私はテーブルに近づき、挨拶をします。
「殿下、ご機嫌麗しゅう。ピアニー様も。もちろんです。今、紅茶の準備を致しますね」とカトレアは顔を上げました。
紅茶カップは相変わらずの平凡なものですが、殿下もそれを気にした様子はないので、私は何もいいません。
「ありがとう、カトレア」と私はカトレアの淹れてくれた紅茶を飲み、ふっと思います。
「カトレア……この紅茶。前のと同じ茶葉を使っているわよね?」
私が前に飲んだ時より、香りが豊かになっています。香りの層が増えたと申しますか、香りが上品に複雑になっています。
辛さで例えるなら、赤唐辛子だけの辛さだけだったのが、山椒などの痺れえる辛さが加わって、ただ汗が出るだけの辛さだけではなくなった、といったところでしょうか。ホットな辛さにスパイシーな辛さが加わったような……。
「はい! ピアニー様のアドバイスを受けて、水を変えました。ハデロギア地下水脈の水を使うようにしました。カモミール卿の話では生育している植物から考えると、ハデロギア地方とアウンタール領は水質が似ている可能性が高いということでしたので、試してみたら大当たりでした」
カトレアは嬉しそうです。ですが、嬉しくなる気持ちはとても分かります。カトレアのお姉さま、ルピナス様という方が一生懸命、試行錯誤をして栽培に成功した紅茶です。
「この紅茶は、良いね」
「ありがとうございます」
殿下の率直であるけれど、実感を伴った言葉。カトレアは感無量なようです。
「この紅茶なら、屋敷でも飲みたいわ。注文ってできるのかしら?」と私は尋ねます。
「良かったら差し上げますが……」
「いえ、それは悪いわ。正当な対価を払わないのは、貴族として劣る行為ですし。それに、量で言えば壺3個は欲しいわ」と私は言います。ドラセナなど、メイドたちへの労い品として渡しても良いでしょう。シュピルアール家でのお茶会で使っても良いのですが、そうしてしまうと今まで当家に納品していた商人たちがヘソを曲げてしまいます。シュピルアール家に対しては何もしないでしょうが、アウンタール家に対して嫌がらせをする可能性があります。ピアニー・シュピルアールの個人的な趣向として紅茶葉を注文する、という程度の方が良いでしょう。
「壺3個ですか……申し訳ありません。そんな量はありません。領地に帰って……あっ、でも学園を休むわけにはいかないですし……」
アウンタール領と王都は、移動時間にして3週間かかります。もしかして、カトレアは自分で領地に帰ってまた持ってくるつもりなのでしょうか。まるで商人のようです。
「商人に買付させるのが、一般的な方法だけどね」と殿下はさり気なくカトレアに方向性を示しています。お優しい殿下です。
「商人ですか……ですが私には伝手がありませんので」
「それならば私が口添えをいたしましょうか? 明後日、メイディッシュ商会が、私の注文していたブレスレットを納品しに来るから、そのときに言っておきましょう。もちろん、郵送費を含めた分の紅茶代金をお支払します」
王都では最近、大きな金剛石を使ったブレスレットよりも、小粒の金剛石を使ったブレスレットが流行しています。シュピルアール侯爵家として、流行に後れることは許されません。ちなみに、流行を作ったのは、スタリール家のネモフィラです。
「感謝致します」
「こちらこそ、美味しい紅茶の為にお金を出し惜しみしては、貴族の名が泣きますので」と私は答えます。
メイディッシュ商会の当主は利に聡いです。王都の流行をいち早く見つけては、その流行を貴族たちに売っています。スタリール侯爵家が買えば、シュピルアール侯爵家も買います。また、同様にシュピルアール侯爵家が買えば、スタリール侯爵家も買います。また、侯爵家が買えば、伯爵家でも追随する家が多いでしょう。そのあたりを心得ているメイディッシュ商会ですから、私が紅茶の壺を3個買ったと言うことを知れば、必ずもっと仕入れます。紅茶3壺が無くなった頃を見計らって売り込みにやって来るでしょう。その為に、きっとメイディッシュ商会でも3壺、4壺と仕入れるはずです。また、メイディッシュ商会でもその紅茶を吟味し、売れると判断すれば、多く仕入れるでしょう。
ピアニー・シュピルアールがわざわざ口添えするほどの紅茶。メイディッシュ商会が興味を持たないはずがありません。
あとはカトレアの姉、ルピナスさんの紅茶の品質次第でしょうか。良い取引がありますように。これくらいの後押しを私がしても、許されるのではないでしょうか。




