21 作戦の変更
私は、目を覚ましました。悪夢から目を覚まします。夢に悪神が出て来たのです。悪夢と形容して良いはずです。
そして、夢だからと、ただの夢であったと終わらせることができないという点でも、これは悪夢なのでしょう。
『世界に愛される』
ディオニュソスは、なんと忌々しいことをしてくれたのでしょうか。『世界に愛される』という加護。誰だって、それを望むかも知れません。黒部春子として、どうして世界は私に牙を向け、その鋭い爪で私の人生を切り裂くのか、そう思った時もあります。世界がもっと私に優しかったら。
そう、私は望んだこともあります。
ですが、このピアニー・シュピルアールとしての人生の中では、『世界に愛される』というのは悪意以外の何物でもありません。私は、悪役令嬢なのです。『世界に愛される』と勘違いをし、この世は私にとって欠けたところのない満月であると勘違いをするのは良いでしょう。そして、自分中心な行動をとり、令嬢を虐め、そして最後に、その罰を受ける。
自分は世界になど愛されていなかったと最後の最後で悟り、そして断罪を受ける。
本当に世界に愛されていたら、世界が私の行動を、悪意のある行為も含めて、すべて好意的に解釈してしまうのであれば……カトレアを虐げても……それは意味の無いことになってしまうではありませんか。
そもそも……
私がお母様の冬薔薇の蕾を切り落とさなかったとしたら、薔薇は病気であるという事実はなかった?
私が切ったから、病気という事実が生まれた?
世界が改変されている? 私の行動を好意的に解釈するために……。
カトレアを私が田舎者と罵ったから、カトレアが教室で同じように陰口を言われているという事実が生まれた?
過去まで遡って、世界を改変してしまう……。
いえ、過去は決して変わらないはずです。泣いても笑っても、過去は決して変わらない……。
いえ……あの悪神ならもしかしたら可能かも知れません。黒部春子としての記憶を半年間封印するようなことができるのです。
『私を神として信奉する世界。デウス・エクス・マキナの法則が支配する私の愛すべき劇場。世界の全ては私を楽しませるための役者。そして私というただ一人の観客のためだけにある演目。それが私の世界、|Il Teatro Greco』
ディオニュソスはそう言っていました。この世界は本当にお芝居の世界なのかも知れません。もしかしたら、私の思考もすべて、ディオニュソスが操っているのかも知れません。役者には知らされていない台本があり、この世界に生きるすべてのものは、その台本の通りに行動しているだけかも知れない。
もし、そうであるなら……何をやっても無駄なのではないでしょうか? ディオニュソスは、私が足掻き、そして絶望するのを観賞して楽しみたいだけなのではないでしょうか?
あなたの全ての努力は無駄だったと、絶望する私を嘲笑したいだけなのではないでしょうか。
諦める? いえ……。たとえそうであるとしても、諦めるわけにはいきません。簡単に諦めることができるほど、妹の命は軽くありません。私の命よりも重いのです。
別の方法を考えなくてはなりません。ですが、その別の方法は、とても単純です。私も薄々気付いていました。
妹が助かる条件は、殿下と、この国の王子ウィリアム王子と結ばれること。
私が殿下から愛想を尽かされてしまうことも大事です。ですが、もっと大事な事は、カトレアと殿下が恋仲になることです。
順番としては、殿下がカトレアに好意を抱き、そして、私、ピアニーに愛想を尽かすという順番が正しいのかも知れません。
まずは、カトレアと殿下の接点を増やすことが大事です。幸い、殿下とカトレアは同じ教室で学んでいます。毎日顔を合わせているはずです。もしかしたら、教室で何かの接点があるかもしれません。しかし、別の教室で学んでいる私は、教室でのお二人をどうこう出来ません。昼食時や放課後に、私は積極的に二人の接点を作る。
まずはお二人が友人となるように、そして次に友人以上の関係になるように。そして最後は、婚約者となるように。私はそうしなければなりません。
そうしなければならないと私は薄々気付いていました。ですが、そうしなければならないと考えれば考えるほど、私の胸が痛くなるのです。ですが、私は、胸が張り裂けそうになっても、私はそれをしなければなりません。
作戦の変更です。ピアニー・シュピルアールにとっては、残酷な作戦です。私の中のピアニー。あなたがどれだけ殿下を愛してきたか、私もあなたの記憶を持っていますから分かっています。妹のために、あなたの恋心を私は踏みにじるのです。ごめんなさい。




