11.突然の転入生
学園に9月に入学して6ヶ月が過ぎました。
4月の穏やかない日々です。
そんな中、王立学園が少しだけザワつきました。
「転入生ですの? どこかの国の王族でしょうか?」と私は殿下のお話を聞いて首を傾げます。王族が留学をして来るということはこの学園にも稀にあることらしいのですが、転入はとても珍しいのです。
過去の事例を紐解いてみれば、10年以上前、王国の南、サウロニア連邦の王位継承第2位の王子様が転入という形で学園に入学して来たということございます。ですがそれは異例の事態であったと聞いています。簡単に申し上げますと、跡継ぎ争いに負けて、亡命をしてきたというような事例です。亡命では体裁が悪いので、留学という形を取ったということでした。ですが結局、外交の末、その王子は本国へと帰られました。王国が王子の身柄を引き渡した、という形ですね。
王国に、実質的には亡命であって、建前上、留学であるのなら問題は無かったのですが、サウロニア連邦の亡命政権を樹立されてしまっては王国としても困ってしまいます。引き渡したのは、仕方がないことでございます。
そんな、厄介事の前例がある転入。
「それが、アウンタール子爵のご令嬢が転入生してくるということらしい」
「アウンタールでございますか? それはとても遠い所からですわね」
アウンタール子爵……三代前に叙任された貴族です。開拓団のリーダーをしていた方が、開拓の功績を認められて、そのままその土地の領主となったということでしたわね。痩せた土地。寒波の厳しい風土。こう言っては失礼ですが、開拓に成功したからと言っても、誰もそこの土地を治めたいとは思わないような、魅力の薄い所であったと聞きます。そんな土地を貰っても、統治に手間とお金ばかりかかるので、貴族の誰も欲しがらなかった領地。
苦肉の策として、開拓団のリーダーを領主に叙任したということでしょう。
そんなアウンタール子爵のご令嬢が転入される……。
三代前まで平民であったとはいえ、爵位を持たれていることは間違いありません。子女を王立学園に通わせるのも道理です。
ただ、なぜ転入なのでございましょうか。 不思議な話があるものです。
「北部で、騎馬遊牧民が暴れていて、そのゴタゴタで遅れてしまったようだ。もともとは、9月から入学する予定だったのが遅れ、冬が終わるのを待っていたそうだ」
「そうでございましたの……」
北で蛮族が不穏な動きをしているという噂は本当であったのですね。
「それで、アウンタール子爵令嬢が僕に挨拶をしたいとのことなのだけど、同席するかい?」
「私も同席でございますか? いえ……殿下にご挨拶するのは臣下として当然の礼でございます。ただ、私も同席というのは如何なものかと。それに、アウンタール子爵家と、シュピルアール家は、あまり繋がりがありませんわ。スタリール侯爵家の、ネモフィラの方が領地的にも近いのでは?」
「そういった貴族の寄親、寄子というような話ではなく、新しい学友が加わるということだよ。学園の勝手が分からなかったり、半年間の学びの遅れを取り戻すのは大変ではないかと心配をしているんだ。アウンタール領には、満足な家庭教師もいないだろうしね」
「殿下はお優しいですわ。そういうことでしたら喜んで同席させていただきますわ」
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「初めまして、アウンタール子爵が娘カトレアでございます。殿下におかれましては、ご健康であられること、衷心よりお慶び申し上げます」
殿下への挨拶にやって来たカトレア様。栗色の髪、栗色の瞳。とても美しい方でございます。アウンタール領にこんな美しい方がいらっしゃるとは。海の底に隠されていた真珠のようでございます。
ただ、なんでしょう。この不思議な感覚……。私は、何処かカトレア様とお会いしたことがあるのでしょうか。
ふっと、カトレア様と目が合いました。そして、私の体に電流のようなものが走ります。そして、私は思い出しました。
私は……シュピルアール侯爵の一人娘、ピアニーであると同時に、黒部春子。
そして、目の前にいるこの子は、黒部秋子。私の大切な妹……。
私は、妹を助けるために、この世界にやってきた。私はカトレアをこの学園で苛める悪役令嬢とならなければならない。
私の婚約者、殿下から嫌われるようなことをしなければならない。
どうして、私はこんな大切なことを忘れていたの?
『そう……。あなたならそう言うと思っていたわ。それじゃあ、あなたに二つのプレゼントを贈ることにしましょう。1つ目は、半年のモラトリアムをあなたにあげる。妹のことは半年間忘れて、私の世界、|Il Teatro Grecoを楽しみなさい。不自由のない侯爵令嬢としての日々を満喫してね。
そして、もう一つのプレゼント……。それは、私の加護。ピアニー・シュピルアール。あなたは世界に愛される。海も山も空も、花も木も小鳥も、獣も人も、全てが貴方を愛するわ! あなたは世界から愛されるでしょう』
あの神様の言葉を私は思い出しました。
まさか……。あの神様の仕業で私は半年間、自分が黒部春子であることを忘れていた……。なんて酷い……。私を幸せの絶頂から、私をどん底に叩き落とすために……。
そしてこれから私は、妹を救う為に、妹に辛く当たらなくてはならない。
「ピアニー、大丈夫かい? 顔色が悪いようなだけど?」
隣に座っていた殿下が私の顔を心配そうにのぞきこんでいます。
「だ、大丈夫ですわ。太陽を直視してしまって、少しだけ目がクラクラしましたの」
私は……この愛しい殿下も失わなければならない。ごめんなさい……ピアニー・シュピルアール。私、黒部春子はあなた自身。だから、私には分かる。あなたが心の底から殿下を愛していることが。
そしてあなたがどれほど優しく、素敵な人間であるかも知っています。
だけど、ごめんなさい。私は、妹を助けたいのです。私は、悪役にならなければならないのです。
さよなら、殿下。さよらな、素敵な毎日。




