10.豊穣感謝祭
学園での穏やかな日々。学園での6ヵ月の日々が過ぎました。
今日は、殿下と演劇の観賞をするお約束をしています。春の到来を主神ディオニュソス様に感謝をするために、王国の人々はこぞってこの季節に演劇を鑑賞するのです。
それは、主神ディオニュソス様は、お酒と芸術を愛される神様であるからです。この時期の王都は、どこもワインの香りが漂っています。秋に実った葡萄がワインになっているのです。
神殿にワインを奉納し、それをまた受け取り、皆でそのワインを飲みます。王都の公園では、殿方たちが昼も夜も、宴会を開き、ワインを飲んで語り合っています。
また、夜は演劇を鑑賞するというのが王国の人々の過ごし方です。
「ピアニー様、お早くお決めくださいまし。殿下が首を長くしてお待ちですよ」と、ドラセナが私をとっても急かします。やっとどちらにしようか、二つにまで絞れたのですが、どちらも甲乙つけがたく、迷ってしまいます。
「ドラセナ、どちらが良いでしょう? 決められそうにないわ」
「どちらの仮面も素敵ですわ。早い話、どちらでもお似合いですわ」
まぁ、それでは迷う意味がないというものですわ。
「ロバートはどう思う?」と、私の騎士であるロバートに話を振ります。
「私にはどちらも同じに見えますね」
まぁ、なんてつれないロバートなの。ロバートが付けている仮面も、ただ白い陶器に、目と口が掘り抜かれただけの何の工夫もない仮面です。
「もう、分かったわ。こちらにするわ」と私は、アゲハ蝶を象った仮面を付けます。紫色のワンピースとの組み合わせが良いと思うのです。
「さぁ、お急ぎください。間もなく開場時間でございますよ。場所を急がせなければ」とドラセナは私の背中を押して、私を部屋から出しますの。
「貴賓席で観るのだから、開演時間に間に合えば良いじゃない」
「そういうわけには参りません。ディオニュソス様が先に座っていらっしゃったらどうなさるおつもりですか?」
「まぁ、ドラセナ。あなたって意外と信仰深いのね」
「ピアニー様。そのようなことを申しては神官様に怒られてしまいますよ。王国建国の際に、ディオニュソス様が顕現され、今の王家に伝わっている黄金の剣を授けたのでございます。その黄金の剣により……」
「はいはい。ドラセナ。王国建国史は、もう子供の頃から何度も聞かされているわ」
ディオニュソス様は、演劇がお好きな方。時折、演劇を観るために地上に降りられるという言い伝えが残されています。
ですから、ディオニュソス様が劇場に紛れ込んでも良いようにと、演劇を観賞する際には、私たちは誰か分からぬように仮面を付けるのです。そうすることによって、ディオニュソス様も安心して演劇を観ることができるというわけなのです。
「もうすぐ、幕が上がるよ、ピアニー」
貴賓席は劇場の二階で、王族や侯爵など専用の席です。後は、外交特使など、国賓待遇の方々が演劇鑑賞をされる際に使われる席です。そして、今日の演目は、気鋭の劇作家の最新作、公演初日でございます。
「楽しみですね。去年の劇も素晴らしかったです。そうだ……ロバート。あら?」
貴賓席の外の廊下には、警備の者が控えています。ですから、演劇を観ている間は私の警護は不要です。ロバートにも、私の警護は気にせずに演劇鑑賞をしていてくださいとお伝えしようと思ったのですが、どこに行ったのでしょう。
「ピアニー。どうしたの?」
「ロバートの姿が見えないの。どこに行ったのかしら?」
「きっと、気を利かせてくれたのだよ。手を握って良いかな?」と隣の席に座っている殿下が言います。殿下も仮面をしているので、殿下の横顔を劇の最中に拝見できないのがとても残念です。
「もちろんですわ、殿下」と差し出された左手の上に、私の右手をそっと添えます。素敵な演劇、素敵な夜、素敵な豊穣感謝祭を過ごします。




