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12.突然のお茶会

「殿下御自ら案内をしていただき、光栄でございます」とカトレアは丁寧にお礼の仕草をしました。少しばかりぎこちなく、洗練された仕草とは言えませんが、礼に失するというほどのことではありません。


「学友として当然のことですよ、カトレア嬢」と殿下がカトレアに微笑むと、右手の人差し指で右目の目尻を掻きました。妹が照れているときにする仕草です。照れたときに、右手の人差し指で右目の耳尻を掻く癖というのは、控えめにいっても珍しいと思います。

 

 外見は黒部秋子と、カトレア・アウンタールの外見は似ても似つかない。そもそも黄色人種と白人と、人種が違っているのでしょう。それは私でも同じことです。


 ただ、見れば見る程、会話をすればするほど、カトレア・アウンタールは私の妹、黒部秋子であると確信してしまう。否定できないほどに、私の体の奥底から、心の奥底から、頭の奥底から、間違いない、という結論が押し寄せてきます。


「あら? 殿下にピアニー。ごきげんよう。それに?」


 食堂を案内して教室に向かおうと移動していたら、テラスでお茶をしているネモフィラとポーリアが私達に声を掛けてきます。

 ポーリアは、ネモフィラの家、スタリール侯爵家の寄子です。スタリール侯爵家の庇護下にある貴族。簡単に言ってしまえば、スタリール家の派閥に属している貴族です。


 ですが、私はしめた、と思います。なぜならポーリアは、アウンタール家と同じ子爵家。それに、カトレアと同じクラスです。

 カトレアは殿下と同じ教室で学ばれるそうですが、さすがに殿下に子爵家の娘と日頃から会話をするなどしたら波風が立ってしまいます。

 ですが、ポーリアとカトレアが知り合ったら、カトレアは孤立することはないでしょう。それに、私はこれから、カトレアに、黒部秋子に、私の妹に酷い仕打ちをしていかなければなりません。

 私の派閥、シュピルアール家の派閥に属する貴族たちは、私がカトレアを虐げるのであれば、それに同調するでしょう。

 ですが、スタリール家の庇護下にあるポーリアであれば、私のカトレアいじめに同調する必要はありません。


「お初にお目にかかります。アウンタール子爵が娘、カトレアでございます」とカトレアは座っていたネモフィラとポーリアに挨拶をしました。


「あら、あなたが噂の転入生でいらしたのね」とネモフィラとポーリアは立ち上がり、カトレアに対して挨拶をします。

 

 そこで明らかになるのが、礼法の「差」でしょうか。やはり、カトレアの所作は洗練されているとは言えず、完璧な作法であいさつしたネモフィラ、そしてポーリアと比べると、カトレアのそれは粗暴な印象すら持ちます。

 

 ネモフィラもポーリアも、おそらく殿下も、内心では、『やはり辺境の田舎貴族の娘ですね』というような印象をカトレアに持っていると思います。もちろん、三人ともそんな素振りは見せないですが、それは貴族として、王族としての当然のことです。


「挨拶が終わったところでちょうどよかったわ。私達もご一緒させていただけないかしら?」と私はネモフィラに尋ねます。


 ネモフィラは私に尋ねられ、首をわずかに傾げました。だって、私のこの申し出は、失礼な行為です。紅茶の席に割り込んで良いのは、より身分の高い者の特権です。

 スタリール侯爵家のネモフィラのお茶の席に割り込んで良いのは、実質的には王族だけです。シュピルアール侯爵家の私であっても、同じ侯爵家で身分は同等ですから、それは許されることではありません。

 

「じつは、喉がカラカラなんだ」と殿下が笑みを浮かべながら口を開かれました。


 やはり殿下は優しい方です。侯爵家の私が、侯爵家のお茶の席に割り込むという無礼を、実は殿下の意向だった、という形にして丸く収めてくださいました。

 殿下からの申し出であれば、侯爵家より身分の高い方の申し出ですので、お茶の席に割り込むことは問題ありません。


「まぁ、そうでございましたの? では、侍女にカップを用意させますわ。用意するカップは、二つかしら?」とネモフィラは少しだけ目を細めています。


 殿下と侯爵家の私。この場合では、殿下とその婚約者である私ということでしょうか。私たちのお茶の席への割り込みは許しても、子爵の娘であるカトレアのお茶の席への割り込みは許さないということでしょう。

 殿下、カトレア、そして私と三人でいるのですから、用意されるべき紅茶のカップは三つのはずです。

 どうやら私の浅慮だったようです。ネモフィラという人を見誤っていました。いえ、スタリール侯爵家令嬢ネモフィラとしての貴族の矜持を見誤っていたということでしょうか。

 いえ、そんな融通の利かないネモフィラではありません。


 同じ子爵家のポーリアがいるので、厳格な対応をしているのでしょう。子爵家であるカトレアがお茶の席に割り込むのを許したら、同じ子爵家のポーリアに対して示しがつきません。寄子、配下の貴族の前ですので厳格な対応をしている。


 しかしながら困りました。無理を通したら、ネモフィラの面子を傷つけてしまいます。それに、無理を通したら、怒りの矛先がカトレアに向かう可能性があります。カトレアは幸せになってほしいです。

 私が一時的にカトレアを虐げるとしても、それは妹の将来の幸せのため。殿下と幸せにくらしてもらうため。

 スタリール侯爵家から不興を買っては具合が悪いです。


「二つで十分だよ」と殿下が口を開きます。


「殿下……」と私は呟きます。それでは、カトレアにこの場から立ち去れと殿下が言っているようなものです。それでは私は困るのです。


「……。スタリール侯爵家令嬢ネモフィラ。君に相談したいことがあるのだけど、新しく学友となったアウンタール子爵家令嬢の歓迎の催しをしたいのだけれど、良いお茶の席はあるだろうか?」


 そういって、殿下は私とネモフィラに微笑みかけます。

 

「歓迎の席ですか。それならば、この場を歓迎の席にしてはいかがですか?」


「それはありがたい」


「カトレアさん、突然の招待、かつ略式で恐縮なのだけど、お茶会にあなたをご招待していたいのだけれど、受けれいただけますか?」とネモフィラは、カトレアに向かって丁寧なお辞儀をします。


「え、えぇ。よろこんで」とカトレアは少し戸惑っている様子です。私たちの会話のやり取りの意味を分かりかねているようです。


「ありがとうございます。では、ポーリア。侍女に、ウィリアム王子とその婚約者のピアニーのカップを二つ。それと、私が招待したカトレア様のカップを用意するように伝えて」


「畏まりました」とすっとポーリアは後ろに下がり、侍女に申し伝えに行きます。


 殿下、感謝致します。カトレアは、ネモフィラにお茶の席に招待をされたという形にしてしまえば、ネモフィラの面子を傷つけることはありません。

 殿下の意図をネモフィラも即座に理解したようです。臨機応変に対応できる素晴らしい二人ですね。私も、覚悟を決めなくてはならないかも知れません。


「それではみなさん、お座りになって」と、このお茶の席のホストたるネモフィラが席に座ることを促します。


「感謝する」

「光栄ですわ」と私が答え、「し、失礼します」とやや緊張気味なカトレアです。


 私がこれからすべきこと。それは、殿下とカトレアの仲人のようなことをする……ごめんなさい、ピアニー。あなたの婚約者を他の女性と懇意にさせようとする私自身をどうか許して。

 そして……ネモフィラとポーリアには、カトレアの良き友人になって欲しい。


 最後に一番大事なこと。それは、あの神様の指示通りにしなければならないということ。


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