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5-4

「キッチンのコーヒーメーカーに、まだコーヒーが残っています」 近藤刑事が、死体のあるリビングに隣接するキッチンの方を見て言った。康浩とスヨン、西原は立ち上がるとキッチンに行った。


「これも後で薬物検査をしなくちゃ」 しっかり手袋をつけた西原はコーヒーメーカーの蓋を開け、中に残ったコーヒー豆とポットのコーヒーを見た。


 その横ではスヨンが鋭い視線を注いでから、背後の壁にある備え付けの食器棚を見て回り始めた。大島一郎は一人暮らしらしく、食器棚の中の食器は多くなくゆったりとディスプレイされていた。


 キッチン周りを一通り見終えたスヨンが、再びリビングの死体まで戻ると、突然四つ這いになって床を見回り始めた。黒いウールのスカートからは美しい両脚が膝上まで見えていたが、彼女はそんなことは気に留めず意識を集中させている。


 毒入りカップが置かれたリビングテーブルと死体の間を、猟犬のように獲物を求めて床を這いながら往復すると、それから立ち上がった。

「どうした?」と康浩が訊くと、

「いえ、少し気になることがありました」と彼女は答えた。


「書斎に、遺書らしきものがありました」 康浩たちの後ろで近藤がそう言ったので、スヨンと西原たちと共に玄関の脇にある書斎へ移動した。


 そこは六畳ほどの部屋で、右手の壁には背の高い書棚が並び、左手の窓際にある両袖の木製デスクの右端にはパソコンとプリンターがあった。立派なデスクの真ん中に一枚の白い紙があった。


『すべては私が悪かった。すみません』 一行の文章に、実に簡単に、そう書かれていた。


「内側から完全に施錠された密室。そして遺書。見て頂いた状況から、自殺と考えました」 近藤が言った。

「そうですね」と、康浩は答えた。


「ですが万全を期して、大島一郎の死因を確定したいと思っています」と近藤が言った。

「それで解剖が必要なのですね」 康浩が確認すると、近藤が「そうです」とうなずいた。


 大島一郎の遺書を、じっと見ていたスヨンが「この自殺は、偽装です」と、はっきりした声で言った。

「何?」 近藤が声を上げた。


「遺書はここで書かれてデスクに置かれたように見せかけてあります」 スヨンが言った。

「見せかけ?」 近藤が首をかしげた。


「はい。ここにあるプリンターはインクジェット式ですが、この遺書に書かれている文字はトナーで印刷されています」 スヨンが答えた。

「え?」と声を上げた西原が、遺書をつまみあげて、しげしげと透かし見た。


「確かに、スヨンさんが言うとおりです。この紙は、このプリンターで印字されたのではありません」 西原が言った。その横で近藤が、「そんな……」と絶句した。


「持ち帰って、プリンターの機種を割り出してみます」 西原が近藤に振り返って言うと、苦虫をかみつぶしたよな表情の彼はうなずいた。

「そして、大島氏が死ぬときには、もう一人の人間がこの部屋にいました」 スヨンが淡々と続けた。


「もう、一人?」

「はい。大島氏は、その人にコーヒーをふるまいました」


 振る舞うという日本語は正しいのだが、あまり使われない。スヨンの話す日本語は、教科書的な正当な単語が入り混じる。場合によっては普通の日本人よりも正しい日本語を話している気がする。


 そして今の彼女は、得体のしれない透視術を持った霊能力者のように見えてきて、ちょっと薄気味が悪くなってきた。


「コーヒーメーカーに残った豆の量が、一人分にしては多すぎます」 スヨンは冷静に論理を展開した。


「……確かにリビングに出ていたカップは一つだった。でも大島が一人で、何杯か飲むつもりだったのではないのかな?」 康浩は、なぜか少しだけスヨンに反論を試みていた。非科学的な霊能力を否定したかったのかもしれない。


「あのカップはウエッジウッド社製のペアカップです。必ず二つ一組で売られています」 スヨンが言った。

「……」 康浩は黙った。最早反論の余地はなかった。


「もう一つあるはずのカップが、食器棚にもどこにもないんです」 スヨンが続けた。

「どういうこと?」


「大島氏は誰かと一緒にコーヒーを飲んだ。そしてその人物が、もう一つのカップを持って行ったと考えます」 スヨンが答えた。



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