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5-1

 翌日の夕方、近藤刑事が解剖報告書を取りに、法医学教室に来た。


「朝から銀行で第三製薬からの出金を徹底的に追いましたが、収穫はありませんでした」 近藤が疲労をにじませた顔で言った。

「それは残念でしたね」 彼の顔を見た康浩も、落胆してしまう。

「念のため、大島一郎も任意で取り調べました」

「結果は、どうでした?」


「彼は警察が事情聴取に来たと、大変驚いて動揺している様子でした。しかし横領事件に関しては、初めて聞いた。知らぬ存ぜぬの一点張りでした。何か知っている気配もありましたが、こちらも証拠がありませんから強くは押せませんでした」 近藤は吐息をついた。


「ただ彼は、和膳で佐山と会食したことは認めました。仕事の話をしただけで特別なことはないと言っています。店の従業員にも改めて聞き込みをしましたが、二人は普通に歓談していただけのようです」と近藤が続けた。


「……バーでは、どうでしたか?」 スヨンが尋ねた。

「ここでも二人は、静かに酒を飲んでいただけでした」


「……大島氏と佐山氏は、バーへ何をしに行ったんでしょう?」 ふとスヨンが視線を宙に浮かせた。

「単に酒を飲みにいっただけだろうと……。ああ、バーテンダーが、佐山は時々出入り口と時計を気にしていたと言っていましたっけ」 近藤は手帳を見ながら、付け加えるように言った。


「出入り口と時計?」

「でも結局は、誰も訪ねて来なかったそうです」


「……佐山氏の携帯の着信履歴とかメールに、何か残っていませんでしたか?」 スヨンが食い下がった。彼女の脳裏に、何かが引っかかているようだ。


「ああ、佐山の携帯ね。調べたけど、これと言って怪しいものはなかったと記憶しています……」 近藤は自分の手帳を開いてページをめくった。


「ありました。二十一時三十五分に奥さんから二十秒ほどの通話を着信している。ほかには何もなかったです」 近藤が手帳を閉じると、康浩の書いた書類を大事そうに古びたカバンに入れた。


 スヨンは黙って右手を頬に当てた。そして、くるりとデスクに向き直ると、佐山のバインダーを広げて遺体の写真を見始めた。死体が放つラスト・メッセージを、必死に手繰り寄せようとしているようだ。


「さて、私はこれからホステスの池上良子にあたってみます」 そう言うと近藤刑事は、カバンを抱えて立ち上がった。

「え?」 康浩が池上という名を思い出せないでいると、


「佐山と関係があった女ですよ。刑事は足で稼がないとね」と近藤が笑った。

「ああ。お気をつけて」 康浩は、近藤をねぎらって送り出した。


 近藤刑事が帰った後、康浩は仕上げた解剖報告書を梅田教授に院内メールで送る作業をした。教授は出張中で、不在の間は康浩がここの責任者だ。そんなときに起きた難事件が恨めしい。重圧感も半端でない。


 ふとスヨンのほうに目をやると、眼鏡をかけた彼女は、自分のデスクで佐山の資料をじっと見直していた。


「意識を集中して見ていると、真実は少しずつ見えてくる」


 スヨンの姿を見ていて、アメリカでの彼女の恩師が言った言葉を思い出させた。彼女はそれを忠実に実行して、何としてでも真実にたどり着こうとしているように見えた。しかし同時に、越えられない壁があって苦悩しているようにも思えた。


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