38 交渉とファンサ
38 交渉とファンサ 投稿します。
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「いやいや、遅くなり申し訳ございませんでした。して、私はどなた様にご挨拶すれば?」
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心と友子、美桜と雅は意気込んで弁天池の小さなお宮に向かって進んで行った。なんとそこには弁天様本人が、お宮前の弁天橋の前で、腕組みして待っていた。
「もう!待ちかねたではないか!」
「え?弁天様なんでわっちらが来る事をご存知でありんすか?」
「神様通信だ!神々同士である程度は意思疎通が出来るのだ。
既に吉原の稲荷様から、色々聞いている。どうだ、便利であろう」
弁天様は自慢げに話している。
「はぁ〜それは便利ですねぇ。ところでなんであたし達をわざわざお出迎えしてくださったのですか?」
友子が弁天様に聞く。
「そ、それはだな!あれ?まだ来ておらんのか?」
弁天様は誰かを探している様子。
「何でしょう?伺ったのは私達だけでありんすよ?」
心が不思議そうな顔をすると、
「ああ、そうか……まぁ入るがよい」
弁天様は、ものすごい残念そうな顔をしながら皆を案内した。
皆が弁天様の後に付いて弁天橋を渡ると、お宮が大きな光に包まれている。
「ついて参れ」
弁天様の言う通り、光の中を進んで行くと、赤い柱の小さな部屋の中だった。
「わぁ〜!この間行った印度みたいな素敵なお部屋ね〜弁天様!」
「雅もこのお部屋とても好きなのよ〜弁天様!」
そこはアジアンチックな部屋だった。籐の椅子と机。床の絨毯と、籐のソファには沢山のクッションが並んでいる。
「私は印度に縁がある神だから、この様な感じが落ち着くんだよ。美桜と雅は気に入ったかい?嬉しいね。さあ、まずは座って座って」
弁天様はかなり気さく……というより機嫌がいいように見える。
少し、落ち着かない感じもした。
(何だろう?弁天様が心ここにあらずな感じだ。このままじゃ、交渉がうまくいかないよ……)
友子がそう思い心を見ると、心も不安そうに友子を見ている。
(どうしよう!)
二人がそう思っていた時、
「お?ひょっとして着いたかな?」
弁天様の顔が明るくなり、後光がまばゆい位になった。
「おっと、光はいらん。皆、かの方を橋の向こうまで迎えに行っておくれ。決して私が神とは言わず、高貴なお方とでも言うて、連れてくるんだよ!」
「はい」
皆は訳が分からないが、言われた通り、弁天橋まで出てみると……
「いやいや、遅くなり申し訳ございませんでした。して、私はどなた様にご挨拶すれば?」
「団五郎様!」
そこには習志野屋の浦安団五郎が立っていた。
「昨日急に、平松の宮様、孔様から連名の手紙を頂きまして。弁天橋で皆様と待ち合わせて、ある高貴なお方に挨拶してきてほしいと言われまして」
「宮爺、孔ちゃん、グッジョブ!」
心と友子は思わず同時に言った。
「団五郎様、よくおいでくださいました。ご挨拶なさるお方は高貴なお方で、団五郎様を心から贔屓にしている方です。団五郎様がいると私共お願いも通りやすいかと……」
団五郎様はじっと皆の顔を見た。
「分かりました。きっと日の本に関わる大事なのでしょう。一度皆様に救われたこの団五郎、一世一代の芝居をしてご覧に入れます!」
力になることを決心した団五郎も麗しい。さすが流し目団五郎である。
あらためて、部屋に入ると弁天様はいつの間にか、宮家の姫の様な格好をしていた。
「初めまして。習志野屋の浦安団五郎です。お名前は何とお呼びすれば?美しい方」
団五郎が早速挨拶をする。
(おお!流石でありんす。挨拶まで腰を抜かしそうな勢い!)
心がそう思いながら弁天様を見ると、
「天子とお呼びください」
弁天様は小さな声で、答える。
(天、天子〜!)友子は吹き出しそうになるのを我慢する。
「おや、可愛らしい声で私まで届きませんね……」
そう言って、団五郎は弁天様に近づき、そして笑顔でこう言った。
「これで、天子様の可愛いお声も聞こえます」
「は、はい……」
弁天様は顔を真っ赤にしてうつむいている。
「おや?天子様は市川座によくおいでくださってますよね?いつも大きなうちわを持って。そのお姿がいつも光り輝くようで目に留まっていましたよ」
(いや、もう何なら本当に光り輝いているでやんすが……)
心もつい吹き出しそうになる。
「ご贔屓にして頂き、真にありがとうございます」
ここで団五郎は弁天様の両手を握り、目を見ながら挨拶をする。
「ふぁい。こちらこそです」
ズッキュン。弁天様は完全にハートを狙い撃ちにされた。
「あ、ちょっと待っててくださいね」
団五郎は一旦手を離して先程心たちから預かった供物を手に取る。
その間も、弁天様に流し目を送りファンサに一片の隙もない。
(出たです〜。流し目団五郎です〜)
美桜ちゃんでさえ、分かってしまう団五郎の凄さ。
「はい。心花魁と友子様達から預かった、お渡し物です。あ!これは凄い。天子様、一緒に見てみましょう」
いつの間にか団五郎は弁天様の横に座り、仲良く供物を見ている。
(素早い。歌舞伎座じゃなくて、歌舞伎町ならNo.1ホストだね)
皆はもう感心しきりだった。
宮爺が、新たに前世から仕入れた七色に変化するペンライト。
もう一つは浦安団五郎と大きく刺繍された手ぬぐいとショッキングピンクのハッピだった。
ハッピの前側には、
「今日も麗しい流し目団五郎」
「日本一」
後側には大きく「団五郎命」と刺繍してある。
「あれは心が刺繍したの?」
「いや、今回は一日だったから、刺繍職人軍団にも手伝ってもらったでやんす」
「ああ、えりの襦袢の時の!さすが綺麗!速い!だね」
そう話していると、
「私達も近くで見る〜」美桜と雅が鳥の姿で二人の肩に乗ってきた。
「こら!美桜、雅!」友子が連れ戻そうとすると、
「さすが、天子様は御心も綺麗なのですね。小鳥まで寄ってきて……」
「まぁ、団五郎様ったら。ほほほ」
弁天様もしっかり団五郎様にもたれかかっている。
(もう、何があっても大丈夫でありんすね)
心は感心していた。その時、
(そうだ。お願いをするのは今だ)
そう思い、友子の顔を見た。
……が、二人は同時に真顔から笑顔に変わった。
「やっぱり……このままがいいでありんす」
「うん。楽しみにしていた団五郎様とのファンサの時だし。話はその後で」
(心ゆくまで楽しんでもらおう)
二人はそう思ったのだ。
「良かったですね。弁、いや天子様」
友子が弁天様に、声をかけた。
「本当に。良かったでありんす」
二人は団五郎のファンサが終わるまで、ゆっくり待つことにした。
長〜い、団五郎のファンサが終わった。その後、弁天様からの申し出で、皆で松江が、持たせてくれた供物を食べる事になった。
重箱を開けると、一段目は綺麗な錦糸卵の乗ったちらし寿司、二段目は大きな厚焼き玉子が入っている。
玉子は弁天様の大好物なのだ。
三段目は串に刺したみたらし団子と、海苔を巻いた磯辺焼きだった。
厚焼き玉子と団子にはどれも「団五郎」の焼き印がしてあった。
「どれも、素晴らしいですね天子様。皆で一緒に食べましょう」
団五郎と一緒にご飯という、ある意味究極のファンサを受けて弁天様は身も心もお腹いっぱいであった。
心が食後のお茶を淹れていると、
「そなたらは、私にお願いがあったのだろう?」
弁天様が聞いてきた。
「はい。でもわっちらは、せっかく団五郎様との席なのであとにしようかと」
心が言うと友子も美桜と雅も頷く。
「いや、もういいんだ。団五郎様にも十分良くしてもらった」
弁天様は後光をもとに戻した。
「天子様、あなたは!やはり弁天様なのですね」
「そうだよ。団五郎様もうすうすは分かってたようだね。ありがとう」
団五郎は深々とひざまずく。
「心、友子、美桜、雅、それと団五郎。私は別に団五郎が来なくても、素晴らしい供物が無くても、味方になる気でいたよ」
「弁天様……」
「心、吉原には今までもお前のように、才能のある花魁達もいた。私は良くその者達に加護を授けた。皆芸事に精進し素晴らしい花魁になった。しかし病に倒れる者も多かった。私は神としてそれが悲しかったのだよ。
しかし、心は吉原の環境を良くしてくれた。皆も日の本の為に頑張っている。そんな者達の力にならずして神とは言えんだろう。大稲荷様と大国主命もきっと分かってくれるよ。頑張れ」
弁天様は笑顔でこう言った。
「弁天様ありがとうございます。
わっちや皆の事をそんな風に思って下さっていたなんて……とても嬉しゅうございます」
心も皆も涙が止まらなかった。
「それと、団五郎。今日は天子としてファンサを受け幸せであった。
礼を言うよ。実は既に芸事の加護は授けてある。これからも精進してくれ。
私も天子として贔屓にするぞ」
弁天様が少し赤くなってこう言った。
「はい。天子様、是非またお越し下さい」
団五郎も笑顔で言った。
「さあ!稲荷様の所に行った者と同じく、神の道を使うんだ。団五郎はそのまま真っ直ぐ進むと市川座だ。では、皆またな」
「ありがとうございます。弁天様!行ってまいります」
心、友子、美桜、雅は神の道で伏見稲荷大社へ向かった。
空に美しい月が、弁天池を照らしていた。
「応援するよ。頑張れ」
弁天様は呟いた。
次回の投稿は9/4(金) 20時〜21時です。
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