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第8話 壊れた家族の精算


翌日、私は会社に有給延長の連絡を入れると、すぐに弁護士事務所の門を叩いた。


紹介されたのは、離婚問題に強いという敏腕弁護士だ。


「……なるほど。状況は把握しました」


すべての経緯を聞き、私が提出したスマホの録音データと、義父が書いてくれた陳述書を確認すると、弁護士は眼鏡の奥の目を光らせた。


「ご主人の有責は明白です。不貞行為に加え、保護責任者遺棄に近い形での重過失による火災。これ以上ないほど、奥様に有利な条件で話を進められます」


「お願いします。取れるものは、すべて取ってください」


「もちろんです。徹底的にやりましょう」


私は淡々と依頼した。


もう、リョウジに対する愛情など欠片も残っていない。


今の彼に対して抱く感情は、ただ一つ。


――ハルとの新しい生活を始めるための「資金源」。


それだけだった。



数日後、ファミレスの個室。


テーブルを挟んで、私と弁護士、そしてリョウジが座っていた。


リョウジは無精髭を生やし、数日でげっそりと痩せこけていた。

実家を追い出され、ビジネスホテルを転々としていたらしい。


「ユイ、あのさ……離婚はわかるけど、条件が厳しすぎないか?」


リョウジが震える手で書類を見ながら抗議する。


「慰謝料三百万円に、ハルが大学を卒業するまでの養育費。それに財産分与で預金はほぼ全額ユイのものって……俺、生活できないよ」


「自業自得よ」


私は冷たく切り捨てた。


「火事の後始末、誰がやってると思ってるの? 焼け跡の撤去費用、近隣への補償、仮住まいの手配。全部私がやったのよ。あなたは逃げ回っていただけじゃない」


「そ、それは……」


「文句があるなら裁判でも何でもすればいいわ。その代わり、ネグレクトと放火の件、警察にもっと詳しく話すことになるけど?」


弁護士がすかさず補足する。


「重過失による失火に加え、不貞行為の証拠もあります。裁判になれば、これ以上の請求額になる可能性が高いですよ。社会的信用も地に落ちるでしょう」


リョウジは「うぐ……」と唸り、黙り込んだ。


会社にだけはバレたくない。

その保身の心が、彼の首を絞めている。


「……わかったよ。サインすればいいんだろ」


彼は諦めたようにペンを取り、離婚届と、公正証書の作成委任状にサインをした。


これで、養育費の支払いが滞れば、即座に彼の給料を差し押さえることができる。


「あと、ミカ……西園寺さんへの請求はどうなってるんだ?」


サインを終えたリョウジが、恐る恐る聞いてきた。


「ああ、そっちも手配済みよ」


「手配って?」


「内容証明郵便を送ったわ。彼女の自宅にね」


「じ、自宅!? 旦那にバレるじゃんか!」


「当然でしょ。ダブル不倫なんだから、向こうの家庭も壊れて当然よ」


私はバッグから、もう一つの書類を取り出した。


「それに、彼女には『プレゼント』も贈っておいたから」


「プレゼント……?」


「あなたの『声』よ」


私がニッコリと笑うと、リョウジの顔が凍りついた。


『向こうが誘ってきたんだよ! 俺は被害者なんだ!』


あの夜、義実家で彼が保身のために叫んだ、ミカへの責任転嫁。


あの録音データを、慰謝料請求書と一緒に送りつけてやったのだ。


「愛し合ってたんじゃないの? でも、あなたが彼女を『誘惑してきた加害者』扱いしたって知ったら……西園寺さん、どんな顔をするかしらね」


「お、お前……悪魔かよ……」


リョウジが絶望的な顔で私を見る。


悪魔で結構。

ハルを殺しかけた人間に、慈悲なんてかけるつもりはない。


「これで終わりよ、高坂さん。さようなら」


私は書類を回収すると、コーヒー代も置かずに席を立った。


背後でリョウジが何か喚いていたが、振り返らなかった。


店の外に出ると、空は抜けるような青空だった。


重たい荷物をすべて下ろしたような、清々しい気分。


私の「家族の精算」は終わった。


あとは、彼らが勝手に地獄へ落ちていくだけだ。

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