第6話 義両親の前で
深夜のインターホンが鳴り響く。
突然の訪問にもかかわらず、義父母は私を招き入れてくれた。
「ユイさん……その煤汚れ、どうしたんだ。それにこんな時間に」
リビングのソファに座るなり、義父のマサルさんが眉をひそめた。
義母のキヨミさんが心配そうに温かいお茶を出してくれる。
私は、喉の奥に詰まった塊を吐き出すように、事実だけを並べた。
出張から早く帰ったこと。
自宅が火事になっていたこと。
ハルが一人で留守番をしていて、救急搬送されたこと。
そして――リョウジが「家にいる」と嘘をついていること。
「……火事、だと」
義父の顔色が変わった。
義母は口元を手で覆い、「ハルちゃん……!」と悲鳴のような声を漏らす。
「ハルは命に別状はありません。でも、もし近所の方が通報してくれていなかったら……」
「リョウジは何をしているんだ。あいつは今日、休みを取っているはずだろう」
「電話では『家にいる、ハルと寝ている』と言っていました。でも、家は全焼しています。現場に彼の姿はありませんでした」
私の言葉に、義父のこめかみに青筋が浮かんだ。
厳格で、曲がったことが大嫌いな義父だ。
息子の不祥事、それも孫の命に関わる嘘など、許せるはずがない。
「……あの大馬鹿者が」
義父は低い唸り声を上げると、受話器を掴んだ。
リョウジへの電話だ。
『親父? どうしたの急に』
スピーカー越しに、先ほどと同じ間の抜けた声が聞こえる。
「今すぐ帰ってこい。大事な話がある」
『えー、もう遅いし……』
「いいから来いッ!! 十分以内に来なければ勘当だと思え!」
怒号とともに電話が切られた。
リビングに重苦しい沈黙が落ちる。
私は冷え切ったお茶を一口だけ飲んだ。
不思議と涙は出なかった。ただ、心臓が早鐘を打っている。
◇
十五分後。
玄関が開く音がした。
「なんだよ親父、大声出してさー。俺だって疲れてるんだから……」
リビングに入ってきたリョウジは、酒臭い息を吐きながら、けだるそうに髪を掻いていた。
しかし、ソファに座る私を見た瞬間、その動きが凍りついた。
「……え、ユイ? なんでここに? 出張じゃ……」
「リョウジ」
義父が、地を調うような低い声で名を呼んだ。
「お前、今までどこにいた」
「え? いや、だから家だよ。ちょっとコンビニ行ってて、そこへ親父から電話が……」
「家だと?」
バンッ!!
義父がテーブルを叩きつけた音に、リョウジがビクリと震える。
「マンションは火事になったぞ」
「……はい?」
「お前の家だ! 夕方から燃えて、全焼したんだ! お前が『家にいる』と言っていたその時間にだ!」
リョウジの顔から、サーッと血の気が引いていくのが見えた。
口をパクパクと開閉させ、私と義父を交互に見る。
「か、火事? 嘘だろ……?」
「嘘じゃないわ」
私は彼を睨みつけた。
「ハルは救急車で運ばれた。一酸化炭素中毒よ。あんたが一人で放置したせいで、死ぬところだった」
「あ……いや……」
「なんで嘘ついたの? なんでハルを置いて出かけたの?」
私の問い詰めに対し、リョウジの目が泳ぐ。
言い訳を探して、脳みそをフル回転させているのが分かった。
そして、ひねり出された言葉は、あまりにもお粗末なものだった。
「だ、だって……ハルももう五歳だろ? いつまでも親がべったりじゃ良くないと思って……そう、自主性! 子供の自主性を育てるために、少し一人にさせてみたんだよ!」
「はあ?」
義母が呆れた声を上げた。
「それに! 俺だってストレス溜まってんだよ! 仕事も忙しいし、ユイは出張でいないし! ちょっとくらい息抜きしたっていいだろ! ほんの数時間の出来心だったんだ!」
リョウジは顔を真っ赤にして叫んだ。
自分が被害者であるかのように。
子育て論とストレスを盾にして、自分の過失を正当化しようとしていた。
ああ、だめだ。
こいつは、何もわかっていない。
私は静かに立ち上がった。
「自主性? ストレス解消? ……それで、ハルが死んでも同じことが言えるの?」
「だ、だから死んでないんだろ! 結果オーライじゃんか!」
パァンッ!
乾いた音が響いた。
私が叩くよりも早く、義父の拳がリョウジの頬を殴り飛ばしていた。
床に転がるリョウジ。
「ふざけるなッ! 自分の子供を危険に晒して、何が結果オーライだ! 恥を知れ!」
「あなた……最低よ」
義母も冷ややかな目で見下ろしている。
誰も、もうリョウジの言葉には耳を貸さない。
彼の言い訳は、ただ空しく響くだけだった。




