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第5話 嘘の居場所


「……リョウジ、今どこにいるの?」


私は震える声を必死に抑え込み、努めて冷静に問いかけた。


受話器の向こうからは、相変わらず楽しげな喧騒が漏れ聞こえてくる。


『どこって、家だよ。家に決まってんだろ』


リョウジは、息を吐くように嘘をついた。


あまりにも自然な口調。

普段からこうやって嘘をつき慣れているのだと、直感で理解できてしまうほどに。


「家……? 本当に?」


『ああ。今日は疲れたからさ、もう寝るところだよ』


「ハルは? ハルはどうしてるの?」


『ハルなら隣で寝てるよ。遊び疲れてぐっすりだ』


ブチリ、と頭の中で何かが切れる音がした。


隣で寝ている?


ハルは今、救急車で運護されて、病院のベッドの上だ。

煙を吸って、一人で苦しんで、生死の境をさまよっていたんだ。


目の前で、消防士たちが黒焦げになった家具を運び出している。

放水で水浸しになったエントランス。

焼け落ちた我が家。


なのに、この男は。


「家にいる」と言う。

存在しない家の中に。


傷ついた息子を放置して、「隣で寝ている」と笑う。


「……そう。ちゃんと見ててくれてるんだ」


『当たり前だろ。俺に任せろって言ったじゃん。ユイこそ、仕事ちゃんとやってんのかー?』


上機嫌な声。おそらく酒が入っている。


女の笑い声がまた聞こえた。

「もう、リョウジくんったら」という甘えた声も。


私は、燃え尽きたマンションを見上げながら、冷たく告げた。


「わかったわ。じゃあ、ゆっくり休んで」


『おう。お土産期待してるからな。おやすみ』


プツッ。


通話が切れた。


スマホを握りしめる手に、爪が食い込む。

怒りで視界が赤く染まりそうだった。


今すぐ「家なんて燃えてるじゃない!」と叫び、罵倒してやりたかった。


けれど、私はそれを飲み込んだ。


今、真実を伝えれば、彼は慌てて現場に来るだろう。

商して、「ちょっと目を離した隙に」とか「パニックになって逃げてしまった」とか、見え透いた言い訳を並べ立てるに決まっている。


そんな逃げ道は作らせない。


こいつは、ハルを殺しかけた。

その罪を、一番重い形で突きつけてやる。


「警察の方、すみません」


私は顔を上げ、先ほどの警察官に向き直った。

涙はもう引っ込んでいた。


「夫とは連絡がつきませんでしたが、居場所の心当たりがあります。……義理の両親の家に行きます」


「えっ、あ、はい。我々からもご実家の方へ連絡を入れますが……」


「いえ、私が直接行きます。夫の両親にも、現状を説明しなければなりませんから」


私は踵を返した。


リョウジの実家は、ここからタクシーで二十分ほどの距離だ。


彼が不倫相手と別れた後、あるいは事態が発覚して逃げ込む場所として、そこ以外に考えられない。

もしそこにいなくても、義両親を味方につけておけば、リョウジは逃げ場を失う。


待っててね、ハル。


ママが、パパをちゃんと終わらせてくるから。


私は通りがかりのタクシーを拾い、行き先を告げた。


その声は、自分でも驚くほど低く、冷え切っていた。

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