第48話 BGMを切れ
【灰冠のアルカディア】の大型アップデートが始まった。
俺は配信開始の準備を終え、新しく追加されたエリアへキャラクターを移動させる。
今回の目玉は、新しい災厄の一体、【独唱の魔女 アリア】だ。
事前に公開されていた紹介映像では、歌によって人間の意識を奪う魔女だと説明されていた。見た目も綺麗で、これまでのボスとは少し雰囲気が違う。
「さて、今回のボスはどんな感じかな」
画面の横では、視聴者のコメントが流れている。
『アリアきた』
『今回のボス楽しみ』
『音楽がすごいらしいぞ』
『もう戦った人いる?』
「音楽?」
コメントを拾う。
「そういえば、今回のボスって専用曲があるんだっけ。外部の作曲家に頼んだとか何とか」
『鳴海楽だぞ』
『《青瀬》作った人』
『あの一人オーケストラの?』
『マジで?』
「ああ、鳴海楽か。知ってる知ってる」
もちろん名前は知っている。
動画で見たこともあるし、《青瀬》も聞いた。高校生が一人でオーケストラの全パートを演奏したという、あのとんでもない作品だ。
作曲家としても優秀なのは分かる。
ただ、ゲームの曲となると話は少し違う。
いくらいい曲でも、戦闘の邪魔になっては困る。
「じゃあ、音楽も楽しみにしながら行こうか」
そう言って、ボスエリアへ入った。
広い空間の奥に、アリアが立っている。
淡い色の衣装をまとった少女のような姿だが、よく見ると身体の形が少しおかしい。
アリアが顔を上げる。
そして、歌が始まった。
「……おお」
思わず声が漏れた。
最初に聞こえたのは、静かな独唱だった。
人間の声だということは分かるのに、男性なのか女性なのか、はっきりとは判断できない。柔らかく、澄んでいて、それでいて普通の人間が歌っているようには聞こえない。
そこへ、もう一つ声が重なる。
最初の声が進もうとした先へ、別の声が入り込む。その声が旋律を引き継ぐかと思えば、今度は最初の声が戻ってきた。
背後から弦楽器が広がり、低い音が歌を支える。
「これ、すごいな……」
『やば』
『歌うっま』
『何人で歌ってるんだ?』
『全部鳴海楽の声らしいぞ』
『嘘だろ』
「全部一人? いや、どうなってんだこれ」
歌声は増えているのに、中心にある旋律は一つだった。
何人かで歌っているようにも聞こえるし、一人の声が幾重にも重なっているようにも聞こえる。
しかも、演奏がまた素晴らしい。
歌の邪魔をしないのに、歌だけでは足りないものを次々と補っていく。どこを聞いても綺麗で、次に何が鳴るのか気になって仕方がない。
そこで、アリアが攻撃した。
「あっ!」
慌てて回避する。
しかし、間に合わなかった。
キャラクターが大きなダメージを受ける。
「しまった。完全に聞いてた」
『草』
『ボス見ろw』
『音楽に負けてる』
『アリア仕事してるな』
「いやいや、初見だから。今のは仕方ないでしょ」
そう言いながら体勢を立て直す。
攻撃パターン自体は、それほど理不尽ではない。
予兆も分かりやすいし、回避できる時間もある。これまでの高難度ボスと比べても、特別おかしな攻撃ではなさそうだった。
次の攻撃を避け、反撃を入れる。
よし。
このままなら行ける。
そう思ったところで、歌の旋律が変わった。
さっきまでの音が終わりそうになり、別の声が入ってくる。
その声がどこへ進むのか気になった。
ほんの一瞬、画面から意識が逸れる。
その間に攻撃が来た。
「うわっ!」
回避が遅れ、続けて攻撃を受ける。
立て直そうとしたところへ、さらに別の攻撃が重なった。
キャラクターが倒れ、敗北の表示が出る。
「……え?」
『初見終了』
『曲が良すぎる』
『ちゃんと戦えw』
『これが独唱の魔女か』
俺は画面を見つめた。
音楽を聞いていたせいで負けた。
それは間違いない。
でも、別に操作を忘れたわけではない。
攻撃が来ることも分かっていた。
ただ、歌の続きが気になってしまった。
「……もう一回だな」
俺は再挑戦を選んだ。
今度はちゃんと画面に集中する。
初見の感動で失敗することはあっても、同じ曲を何度も聞けば、そのうち慣れるはずだ。
少なくとも、その時はそう思っていた。
〓〓〓
「……おかしいだろ、これ!」
何度目かの敗北で、俺は思わず声を上げた。
アリアの攻撃パターンは、ほとんど覚えた。
最初は苦戦した攻撃も、今なら予兆を見れば対応できる。回避のタイミングも分かっているし、反撃する場所も把握した。
それなのに、勝てない。
いや、正確には勝てそうなところまで行く。
しかし、途中でどうしても集中が途切れる。
歌が聞こえるからだ。
「何でまだ気になるんだよ、この曲!」
『分かる』
『何回聞いてもいいんだよな』
『ずっと次が気になる』
『俺もそこで死んだ』
曲の展開はもう覚えている。
どこで別の声が入るのか、どこで打楽器が一瞬途切れるのか、どの旋律が戻ってくるのかも知っている。
それでも、聞きたくなる。
最初は、知らない曲だから続きを知りたいのだと思っていた。
だが、違う。
次の音を知っているのに、その音が実際に鳴る瞬間を待ってしまう。
そして、期待した音が鳴ると、その先がまた欲しくなる。
途中で旋律が変化しても、自然すぎて違和感がない。歌が戻ってきても、今度は伴奏が違うため、同じことの繰り返しには聞こえない。
何度聞いても、新しい部分が気になる。
それでいて、曲全体としては少しも散らかっていない。
一つの歌を中心に、すべての音がつながっている。
「これ、何回も聞けば慣れるってやつじゃないのか?」
『慣れない』
『もう一時間聞いてるけど全然飽きない』
『むしろ好きになってる』
『音楽は最高なのに勝てない』
俺も同じだった。
曲そのものは、ものすごく好きになっている。
アリアが歌い始めるだけで嬉しくなるくらいだ。
だが、そのせいで戦闘が難しくなる。
ゲームを操作しながら、同時に音楽を聞き続けてしまう。
普通のゲームでも音楽は聞こえているが、たいていは戦闘に集中すれば自然に背景へ回る。
今回はそれができない。
歌声が次々に意識を引き戻してくる。
しかも、聞くことを強制されているような不快感はない。
俺自身が、続きを聞きたいと思ってしまうのだ。
「これ、アリアの能力そのものじゃん……」
思わず呟く。
コメント欄も似たような話で盛り上がっていた。
『本当に歌で意識奪ってる』
『ゲームの設定を現実に持ち込むな』
『これ作った人おかしいだろ』
『曲が良すぎるのが罠』
その中に、少し変わったコメントが流れた。
『BGM切れば勝てるぞ』
「……は?」
思わず読み直す。
『設定からBGMオフにしてみ』
『攻略スレでも言われてる』
『マジで難易度変わる』
「いや、そんなわけ……」
言いかけて、止まった。
考えてみれば、音楽が原因なら消せばいい。
攻撃パターンが変わるわけではない。
操作が難しくなる特殊な状態異常でもない。
ただ、音楽を聞いてしまうことが問題なのだから、音楽がなければ普通に戦えるはずだ。
「……試してみるか」
設定画面を開く。
BGMの音量を下げる。
効果音はそのままにして、音楽だけを消した。
「何か、ものすごく嫌なんだけど」
『分かるw』
『神曲を消す攻略』
『これが正攻法なのか?』
『アリアかわいそう』
「いや、俺も聞きたいんだよ。でも勝てないんだもん」
設定を保存し、もう一度戦闘へ入る。
アリアが顔を上げる。
いつもなら、ここで歌が始まる。
しかし、何も聞こえなかった。
戦闘の効果音だけが鳴る。
「……静かだな」
少し寂しい。
ただ、攻撃の予兆はよく見えた。
アリアが手を動かす。
回避する。
反撃する。
次の攻撃も避ける。
今度は、意識が余計なところへ向かなかった。
攻撃を確認して、必要な操作を行う。
それだけでいい。
「……あれ?」
『普通に避けてる』
『さっきと別人』
『マジでBGMだったのか』
『草』
戦闘が進む。
アリアの攻撃は相変わらず激しい。
しかし、対応できる。
すでに何度も戦っているので、どこで何が来るのかは知っていた。
今までは、その知識を使うための集中が途中で途切れていた。
それがなくなっただけで、戦闘がずいぶん楽になった。
終盤へ入る。
残り体力を確認し、攻撃を避けながら最後の反撃を入れた。
アリアが倒れる。
撃破の表示が出た。
「……勝った」
『おめ』
『本当に勝ちやがった』
『BGMオフ最強』
『音楽が最大の敵だった』
俺はしばらく画面を見ていた。
勝った。
間違いなく勝った。
でも、何か物足りない。
アリアが倒れた時、本来なら歌も終わるはずだった。
あの、ずっと続きを聞きたかった曲だ。
最後にどんな音が鳴るのか、まだ聞いていない。
「……やっぱり、BGM切って倒すのはもったいないな」
思わずそう言うと、コメント欄が一斉に流れた。
『それな』
『勝ちたいけど曲も聞きたい』
『結局もう一回やるしかない』
『何のためにBGM切ったんだw』
「勝つためだよ!」
笑いながら答える。
でも、俺も少し考えていた。
次は音楽を付けたまま、もう一度挑戦してみようか。
あれだけ負けたのに、まだそう思ってしまう。
それくらい、《終幕まで聴いて》はいい曲だった。
〓〓〓
アリアが話題になり始めたのは、アップデート公開から間もなくだった。
最初は、配信者たちが何度もアリアに敗北する映像だった。
音楽を褒めていた配信者が、突然攻撃を受ける。
歌に聞き入っていた人が、回避操作を忘れる。
ようやく攻撃パターンを覚えたと思ったら、別の場所でまた失敗する。
そうした映像が切り抜かれ、次々と拡散していった。
俺の配信も、その中の一つになっていた。
『音楽が良すぎてボスに勝てない配信者』
そんな題名が付いている。
自分で見返してみると、確かにひどかった。
「この曲すげえ」と言った直後に攻撃を受け、「今度はちゃんと画面を見る」と言って、また同じように失敗している。
最後にはBGMを切って勝っていた。
「……まあ、間違ってないけど」
少し笑ってしまった。
しかし、もっと面白かったのは、俺以外にも同じことをしている人が大勢いたことだ。
アリアの歌が始まった瞬間、操作を忘れてしまう人。
曲を聞きながら普通に戦っているつもりなのに、回避が少しずつ遅れていく人。
何度も挑戦し、攻撃パターンを完全に覚えたはずなのに、やっぱり歌へ意識を引かれてしまう人。
中には、音楽を流したまま見事に攻略している人もいた。
そうした人たちは操作技術が非常に高かったり、戦闘中の注意の配分が驚くほど上手かったりした。
ただ、それは誰にでもできることではない。
大半のプレイヤーにとって、アリアの歌は明らかな負担になっていた。
音楽を聞きたい。
でも、攻撃も避けなければならない。
両方を同時にこなそうとすると、どちらかがおろそかになる。
そして、多くの人は無意識に音楽の方へ意識を向けてしまう。
「本当に、どうなってるんだろうな……」
俺は別の配信者の映像を見ながら呟いた。
その人は、アリアと何度も戦っていた。
攻撃パターンも理解している。
それでも歌に意識を引かれ、最後の一撃を避け損ねていた。
コメント欄には、すでに見慣れた助言が流れている。
『BGM切れ』
とうとう、それが攻略法として定着し始めていた。
数日後には、攻略サイトにも記載されていた。
【独唱の魔女 アリア】の攻略ページ。
攻撃の種類。
回避するタイミング。
戦闘中の注意事項。
そして、その下にこんな説明が追加されていた。
『どうしても勝てない場合は、設定からBGMをオフにすることを推奨』
真面目な攻略情報だった。
曲が原因で注意が逸れる場合、音楽を消すことで操作への集中を取り戻しやすくなる、という説明まで付いている。
「ゲームの攻略サイトでBGM切れって……」
改めて見ると、かなりおかしい。
普通は、敵の攻撃を避ける方法や、装備の組み合わせを説明するものだ。
でも、今回は音楽を消すことが有効な攻略法として扱われている。
しかも、理由が納得できてしまう。
攻略Wikiのコメント欄では、プレイヤーたちがいろいろな意見を交わしていた。
『BGMオフで一発クリアした』
『音楽ありでも勝てるけど集中力がいる』
『曲を覚えたら大丈夫だと思ったのに全然駄目』
『何回聞いても飽きないのが一番おかしい』
『音楽を消せば勝てる。でも消したくない』
最後の意見には、思わず頷いてしまった。
本当に、そのとおりだった。
《終幕まで聴いて》は、聞くこと自体が楽しい。
歌声も、旋律も、伴奏も、何度でも聞きたくなる。
音楽の完成度が高すぎるから、攻略のために消すことが嫌になる。
だから、倒せないと分かっていても、音楽を流したまま挑戦する人がいる。
中には、アリアを倒した後も、曲を聞くためだけに再戦している人までいた。
俺も、その気持ちは分かった。
戦闘中に聞くと大変なのに、また聞きたい。
あんな曲は初めてだった。
〓〓〓
《終幕まで聴いて》の評判は、やがてゲームの外へも広がっていった。
最初は、アリアの戦闘映像だった。
次に、曲だけを聞きたいという声が増えた。
公式の紹介映像を繰り返して見る人や、配信の中で歌だけを聞き直す人も現れた。
話題になっている理由が「ゲーム中に聞くと操作へ集中できなくなる曲」というものだったので、ゲームを遊んでいない人まで興味を持ち始めたらしい。
『そんなにすごい曲なの?』
『ゲーム知らないけど聞いてみたい』
『鳴海楽って《青瀬》の人だよね』
『今度はゲーム音楽作ったのか』
そうした反応を、俺も何度か見かけた。
しかも、実際に曲を聞いた人の感想が、また少し変わっていた。
ゲームを遊んでいない人には、操作へ集中できなくなるという問題はない。
ただ、一つの優れた音楽として聞くことができる。
その結果、今度は純粋に曲の完成度が評価され始めた。
『普通に神曲じゃん』
『声がどうなってるのか分からない』
『何人で歌ってるのかと思ったら一人なの?』
『曲の展開が気持ちよすぎる』
『終わり方まで含めてすごい』
ゲームの攻略とは関係なく、《終幕まで聴いて》を好きになる人が増えていた。
特に、楽が自分の声を何層も重ねた歌唱部分は、何度も話題になった。
一人の人間が歌っているはずなのに、独唱にも合唱にも聞こえる。
それぞれの声が違う動きをしているのに、全体では一つの歌として成立している。
しかも、その歌を支える演奏が、少しも余計なことをしていない。
必要なところで必要な音が鳴り、聞き手の期待を自然に次へつないでいく。
音楽として聞いても、文句の付けようがなかった。
「……本当にすごい人だな、鳴海楽」
俺はそう呟きながら、公式の楽曲紹介映像を再生した。
すでに何度も聞いている。
次に何が鳴るかも知っている。
それでも、やっぱり聞きたくなる。
ゲームの中では厄介だった性質が、音楽だけを聞く時には、ただひたすら心地よかった。
〓〓〓
【灰冠のアルカディア】のサウンドトラックが発売された後、私は販売状況を確認していた。
Starward Interactiveの関連商品を扱う部署では、ゲーム内で使用された音楽についても、配信や販売の状況を定期的に確認している。
今回のサウンドトラックには、既存の人気曲に加えて、大型アップデートで追加された楽曲も収録されていた。
発売前から注目度は高かった。
特に《終幕まで聴いて》については、単体で購入したいという要望が多く寄せられていたため、ある程度の売上は期待していた。
しかし、実際の数字は予想を超えていた。
「……これ、集計は合っていますか?」
隣の担当者へ尋ねる。
「確認しました。間違いありません」
「でも、ほかの曲と差がありすぎませんか」
「そうなんですよね」
表示されているのは、楽曲ごとの販売状況だった。
サウンドトラック全体の売上も好調だが、その中で《終幕まで聴いて》だけが突出している。
アルバムをまとめて購入する人もいる。
しかし、それとは別に、この曲だけを単品で購入する人が非常に多かった。
ゲームを遊んでいる人だけでは説明しきれない数字になっている。
「ゲーム外からの流入もかなりありますね」
担当者が資料を切り替える。
音楽配信サービスでの反応。
楽曲紹介ページへのアクセス。
関連動画の再生状況。
どれを見ても、《終幕まで聴いて》への関心が際立っていた。
「鳴海さんの名前で探している人も多いみたいです」
「《青瀬》の影響でしょうか」
「それもあるでしょうね。ただ、今回はゲームを知らない音楽ファンにもかなり広がっているようです」
私はもう一度、数字を見る。
ゲーム音楽の販売としては、かなり異例の規模だった。
しかも、一時的に話題になっただけではない。
購入数は発売直後から大きく伸び、その後も勢いが続いている。
「これ、サウンドトラックの代表曲になりましたね」
「そうですね。もともと重要ボスの専用曲でしたけど、ここまで突出するとは思いませんでした」
「ゲーム内での評判も、まだ続いていますし」
アリアの戦闘に関する投稿は、今でも多い。
特に面白いのは、攻略情報と音楽の感想が一緒に語られていることだった。
『勝ちたいならBGMを切れ』
『でも曲は絶対に聞け』
一見すると矛盾している。
しかし、実際にアリアと戦った人間なら、その意味が分かるらしい。
音楽を聞きたいからこそ、ゲームの攻略が難しくなる。
それほど魅力的な音楽だから、ゲームを離れても聞き続けたい。
その結果、楽曲単体の販売が伸びている。
「考えてみれば、すごいことですよね」
私は言った。
「何がですか?」
「普通は、ゲームの人気が音楽の販売につながりますよね。でも今回は、音楽そのものがゲームを知らない人まで集めているんです」
「確かに」
「しかも、攻略では音楽を消すことが推奨されているのに、音楽の売上が増えている」
担当者が笑った。
「普通なら、あまり聞かれない曲になりそうですけどね」
「そうですね」
私も少し笑ってしまった。
もちろん、音楽が素晴らしいだけでゲームのすべてが成功するわけではない。
【灰冠のアルカディア】は、もともと多くの人に遊ばれている作品だ。
アリアのキャラクターデザインや戦闘演出も、開発チームが時間をかけて作っている。
それでも、今回の楽曲が作品へ与えた影響は大きかった。
アリアは、歌によって人間の意識を奪う魔女。
その設定に合わせて依頼した音楽が、実際にプレイヤーの注意を引いてしまった。
そして、ゲームの外でも多くの人を魅了している。
音楽が作品の一部として機能するだけでなく、それ自体が一つの大きな商品になっていた。
私は販売状況をまとめ、報告書へ記載した。
《終幕まで聴いて》の単品販売が、ゲーム音楽として異例の記録となったこと。
ゲームを遊んでいない層にも広がっていること。
今後も継続的な販売が期待できること。
必要な項目を整理してから、資料を保存する。
「それにしても、鳴海楽さんってすごいですね」
隣の担当者が言った。
「そうですね」
「まだ大学生なんですよね?」
「そのはずです」
「これだけの曲を作る人が、まだ学生って……」
担当者は少し呆れたように笑った。
私は画面に表示されている曲名を見た。
《終幕まで聴いて》。
最初は、ゲームの重要ボスに合わせて制作された一曲だった。
それが今では、多くの人に独立した音楽作品として聞かれている。
ゲームを遊んだことがない人も、この曲を購入している。
そして、何度も聞き直している。
私は報告書を送信し、次の業務へ移ろうとした。
その時、近くの席から音楽が聞こえた。
聞き覚えのある歌声だった。
「……それ、アリアの曲ですか?」
声をかけると、同僚が振り返った。
「あ、すみません。音が漏れてました?」
「いえ、大丈夫です」
「作業中にちょっと聞いてたんですけど、これ、本当に飽きないですよね」
画面には、《終幕まで聴いて》の再生画面が表示されていた。
「何回聞いたか分からないんですけど、また聞きたくなっちゃって」
同僚は少し笑った。
私も笑い返す。
「分かります」
そのまま自分の席へ戻ろうとして、少し足が止まった。
歌が、次の旋律へ進もうとしていたからだ。
私はその続きを聞き終えてから、ようやく自分の仕事へ戻った。




