第46話 契約と制作
Starward Interactiveから契約条件の書類が届いたのは、大学の授業を終えて帰宅した日の夕方だった。
メールには、制作内容をまとめた資料と契約書の案が添付されている。前に打ち合わせで聞いた内容も整理されていて、何を作ってほしいのかは分かりやすかった。
ただ、音楽以外の部分については確認することが多い。
報酬と支払いの条件、納期、楽曲の使用範囲、著作権の扱い、録音した音源の権利、それからゲーム内や関連商品でのクレジット表記。ほかにも秘密保持や、制作途中で変更が必要になった場合の取り決めなどが書かれていた。
「結構あるな」
書類を読みながら呟く。
内容が難しくて分からないというより、確認する項目そのものが多かった。普段の動画投稿なら、思いついた曲を録って、そのまま公開すれば終わる。
でも今回は、相手が作っているゲームのために曲を書く仕事だ。
何に使うのか、いつまでに必要なのか、どの状態で完成とするのかを決めなければならない。
父さんから以前教わった内容を思い出しながら、一つずつ確認していく。
分からないところは印を付け、先に聞くべきことをまとめた。
報酬には特に問題がなかった。
提示されている金額は十分だし、制作に必要な時間や設備も、今の俺なら用意できる。ただ、完成した曲をどこまで自由に使えるのかについては、もう少し詳しく確認したかった。
契約書には、ゲーム本編だけでなく、宣伝映像や関連する配信などについても記載されている。
後からサウンドトラックを出す場合の扱いも、最初に決めておく必要があるらしい。
俺は確認事項をまとめてから、父さんへ電話した。
「父さん、契約書来た」
「見たか」
「一通り。分からないところもあるけど」
「どこだ」
画面を共有して、気になった項目を見せる。
父さんはしばらく黙って読んでいた。
「この部分は先方に確認しろ。使える範囲をどこまで含めるつもりなのか、文章だけでは少し曖昧だ」
「やっぱり?」
「ああ。それと、納品後の修正についても確認しておけ」
「修正?」
「お前が曲を完成させても、ゲームへ組み込んだ後に調整が必要になるかもしれないだろ。その時に何をどこまで対応するのか、最初に決めておいた方がいい」
「ああ、なるほど」
ゲームの中では、プレイヤーが自由に動く。
完成した音楽をそのまま流せばいいとは限らないし、実際に動かしてみなければ分からない部分もありそうだった。
「ほかは?」
「今のところ大きな問題はなさそうだ。ただ、最終的な条件は全部確認してから判断しろ」
「分かった」
「契約相手としては、お前自身だからな。俺が決めるわけじゃない」
「うん」
父さんは少し間を置いてから聞いた。
「で、曲は作れそうなのか」
「資料見てからだけど、面白そうだよ」
「なら、あとは条件次第だな」
「そうだね」
通話を終え、確認事項をStarward Interactiveの日本語対応チームへ送った。
返事は翌日に届いた。
それぞれの質問について説明があり、必要な箇所は契約書の文言も整理されていた。ゲーム内で使う音源と、将来別の形で販売する場合の扱いも、どう処理するか確認できた。
もう一度父さんにも見せる。
「これならいいと思う」
「お前が納得しているならな」
「うん」
「記録は残しておけよ」
「分かってる」
それで正式に契約を進めることにした。
必要な手続きを済ませ、Starward Interactiveから契約成立の連絡が届く。
これで本当に仕事になった。
別に、急に作曲家になったような気分はしない。
今までも曲は作っていたし、録音もしていた。
違うのは、今回は何を作るのかについて、向こうから条件が指定されていることだ。
そして、その条件が少し面白そうだった。
〓〓〓
正式な契約が成立すると、約束されていた制作資料が共有された。
未公開の情報が含まれるため、取り扱いには注意が必要らしい。俺は指定された方法で資料を受け取り、まず全体を確認した。
最初に開いたのは、【独唱の魔女 アリア】のキャラクターデザインだった。
「へえ」
画面に映っていたのは、人間の少女に近い姿をした存在だった。
長い衣装はドレスにも見えるけれど、普通の服とは少し違う。薄い布のような部分が幾重にも重なり、その間に硬い装飾が混ざっている。
遠目には綺麗な姫のように見える。
でも、よく見ると身体の一部や衣装の形が、人間としては少しおかしかった。
手足の長さや関節の位置が、普通の人間とは微妙に違う。
顔立ちは整っているのに、表情を見ても何を考えているのか分かりにくい。
それなのに、怖いだけの姿でもなかった。
色と形を見ていると、それぞれの音が聞こえてくる。
柔らかい布の色と、硬い装飾の光。
人間に近い顔と、人間から少し外れた身体。
それらが重なって、一つの音になっていた。
「なるほどね」
次に、設定資料を読む。
アリアは歌を使って人間の意識を奪う魔女だ。
ただし、相手を眠らせるだけの能力ではない。
歌を聞いた人間は、その声から意識を離せなくなる。
何か別のことを考えようとしても、次の歌声が気になる。
逃げようとしても、声が聞こえている間は判断が遅れる。
物語の中では、それによって大きな被害が生じているらしい。
俺はその設定を読みながら、少し考えた。
現実の音楽にも、人の注意を引くものはある。
次の音が気になる旋律や、終わりそうで終わらない和音。聞いている人が無意識に続きを待ってしまうような音のつながりだ。
もちろん、普通の音楽だけで人間の意識を完全に奪えるわけではない。
でも、聞き手に続きを期待させることはできる。
それを極端にやったら、アリアらしい音楽になるかもしれない。
次に、開発中の戦闘映像を見る。
アリアは戦闘開始時、ほとんど動いていなかった。
広い空間の奥に立ち、ゆっくりと顔を上げる。
その動きに合わせて、衣装の一部が揺れる。
周囲には細かな光が漂っていた。
やがて、アリアが口を開く。
声が聞こえた。
言葉というより、短い歌声だった。
俺は映像を止め、少し戻してもう一度聞いた。
「これか」
人間の声に近い。
でも、普通の人間が目の前で歌っている感じとは少し違う。
声の入り方が静かで、音の終わりが妙に長く残る。
録音された声に加工が加えられていることも分かった。
別に不自然ではない。
ゲームのキャラクターなのだから、実際の人間と違う声にしていてもいい。
ただ、その声を聞いたことで、さっきまで考えていた音が少し変わった。
見た目の印象だけなら、もう少し硬くて冷たい音を中心にするつもりだった。
でも、声には意外と柔らかい部分がある。
誰かを脅すような歌い方ではない。
むしろ、普通に聞いてしまいそうな声だった。
そっちの方が面白い。
さらに戦闘映像を進める。
最初の段階では、アリア自身の動きは少ない。
歌に合わせて周囲の光が動き、少し遅れて攻撃が発生する。
戦闘が進むと、アリアの動きが大きくなり、攻撃の間隔も変わった。
後半では、歌声と同時にいくつもの攻撃が重なる。
音楽も、それに合わせて変わった方が良さそうだった。
映像を最後まで確認してから、今度は音楽の切り替えについての資料を見る。
戦闘開始。
通常の戦闘。
途中の変化。
終盤。
そして、ボスを倒した瞬間。
それぞれの場面で、ゲーム側から音楽を切り替えるための情報が送られるらしい。
ただし、プレイヤーがどのくらいの時間で戦闘を進めるかは決まっていない。
短時間で倒す人もいれば、長く戦う人もいる。
だから、一つの曲を最初から最後まで流すだけでは対応できない。
「これはちょっと面白いな」
俺は資料を閉じずに、しばらく戦闘映像を見直した。
攻撃の間隔。
アリアの動き。
光の変化。
背景の色。
キャラクターの呼吸に近い動き。
それぞれを音として捉えながら、頭の中で重ねていく。
普通に一曲を作る時とは、考える条件が違う。
でも、音楽としてできることが少なくなるわけではなかった。
むしろ、いろいろ試せそうだった。
〓〓〓
最初に作ったのは、アリアの歌だった。
ピアノの前に座り、頭の中で聞こえていた音を少しずつ形にする。
最初の旋律は、そこまで複雑にしなかった。
短い音が上へ向かい、最後に長く伸びる。
普通なら、そこで落ち着く音へ戻れば終わる。
でも、戻さない。
一つ前の音へ近づけてから、少し違う方向へ進ませる。
すると、続きを聞きたくなる。
もう一度同じ旋律を弾く。
今度は最後の音を変えてみた。
これも悪くない。
ただ、まだ普通の曲だった。
歌で人の意識を奪う魔女という感じではない。
「もうちょっとかな」
旋律そのものを変えるのではなく、その下で鳴る音を変えてみる。
低い音を一つ残したまま、上の旋律だけを進める。
和音が落ち着きそうになったところで、別の音を混ぜる。
次の音で収まると思わせて、また少しだけ外す。
不安定なまま進んでいるのに、耳障りではない。
むしろ、その先が気になる。
「うん」
これなら使えそうだった。
ただ、ずっと同じことを続ければ、聞き手も慣れてしまう。
次に何が起きるのか分からないから気になるのであって、毎回同じように外していたら、外れること自体が予想できてしまう。
そこで、一度だけ素直に進める。
今度こそ終わると思わせたところで、別の声を入れる。
その声が答えを出すかと思えば、途中で消える。
最初の旋律が戻ってくる。
でも、今度は下の和音が違う。
同じ歌なのに、さっきとは別の意味に聞こえた。
「これだな」
少し楽しくなってきた。
一度全体を録音してから、声を入れてみることにした。
まず、アリアの設定に合いそうな声を探す。
実際に録音を始める前に、いくつかの声質を試した。
低すぎると、アリアの見た目から離れてしまう。
高くしすぎると、人間の少女らしさが強くなる。
欲しいのは、その間だった。
人間の声だと分かる。
でも、聞いた瞬間に男性か女性かを決めにくい。
息の混ざり方を変え、声の明るさを調整する。
音程が上がっても声の性質が急に変わらないように、身体の使い方も変えてみた。
何度か試すと、欲しかった音に近いものが出た。
「これでいいか」
マイクの位置を調整し、録音を始める。
言葉をはっきり歌わせる必要はない。
アリアの歌は、人間へ何かを説明するためのものではなく、聞いている相手の注意を奪うためのものだからだ。
まずは母音を中心にして、旋律そのものを聞かせる。
短い息から音が始まり、少しずつ声になる。
その声が長く伸びたところで、終わるはずの音を終わらせない。
録音したものを聞き直す。
悪くない。
ただ、一つだけだと少し普通だった。
もう一つ声を重ねる。
今度は少し低い位置から入り、最初の声を追いかけるように歌う。
二つの声が近づいたところで、片方だけを少し遅らせる。
同じ俺の声なのに、別の人間が歌っているように聞こえた。
さらに別の声を重ねる。
今度は息の割合を増やし、旋律の後ろへ薄く入れてみる。
一つずつ聞けば、どれも普通の人間の声だった。
でも、全部を重ねると少し変わった。
一人で歌っているようにも聞こえるし、何人かが同時に歌っているようにも聞こえる。
しかも、それぞれの声が完全に同じ動きをしているわけではない。
誰かが歌い始めると、別の声が続きを引き受ける。
その続きを聞こうとすると、今度は後ろにいた声が前へ出てくる。
一番目立っていた声が静かになり、代わりに小さかった声が大きくなる。
「面白いな、これ」
再生しながら笑ってしまった。
ただ、全部を同じ音量で重ねると、何を聞けばいいのか分からなくなる。
それではアリアらしくない。
聞いている人が、一つの声を追いかけたくなる必要がある。
俺は声ごとの音量と位置を調整し、目立つ声を少しずつ入れ替えた。
一つの旋律を追っていたはずなのに、気づくと別の声を聞いている。
でも、その声も途中で答えを出さない。
さらに別の声が入ってくる。
何度か聞き直し、必要なところを整えた。
録音する声が増えるにつれて、作業にはそれなりの時間がかかった。
音そのものは頭の中で完成していても、一度に一つの身体から出せる声には限界がある。
録りたい声を一つずつ録音して、重ねていくしかない。
途中で喉が疲れてきたので、しばらく休憩することにした。
水を飲み、食事を済ませてから、残っていた部分を確認する。
無理に続けても声の状態が変わるだけだ。
その日は必要なところまで録り、残りは別の日に回した。
翌日、改めて声の状態を確認してから録音を続ける。
昨日作った音と同じものを出すこと自体は難しくない。
ただ、実際にマイクへ向かって歌う作業は、昨日の分を省略できるわけではなかった。
何度か録音を重ね、ようやく欲しかった声が全部揃った。
再生する。
最初は一人の歌声に聞こえる。
少し進むと、後ろから別の声が現れる。
さらに声が増え、独唱なのか合唱なのか分からなくなる。
それなのに、中心にある歌はずっと一つだった。
「いいね」
俺は再生を止めず、最後まで聞いた。
ただし、最後まで行っても、まだ曲は終わらない。
そこが今回の音楽で一番大事なところだった。
〓〓〓
歌の形が決まると、次は戦闘に合わせた構造を作った。
Starward Interactiveから届いた資料には、戦闘中に音楽を切り替えるタイミングや、ゲーム側で扱える音源の形式が書かれている。
俺は指定された条件を確認し、音楽をいくつかの部分に分けて考えた。
戦闘が始まる時には、まずアリアの声を聞かせる。
最初から大きな音を鳴らす必要はない。
むしろ、静かな方がいい。
広い空間の中で、一人の声だけが聞こえてくる。
何を歌っているのか気になったところで、低い音が加わる。
それから少しずつ楽器が増えていく。
通常の戦闘へ移ったら、歌の旋律を中心にして音楽を進める。
弦楽器が下で動き、低い打楽器が拍を支える。
ただし、一定の間隔で鳴るだけにはしない。
聞き手が次の拍を予想したところで、一瞬だけ音を抜く。
次の瞬間に打楽器が戻ると、そこで強く意識が向く。
その上では、歌がずっと続いている。
攻撃が激しくなる部分では、楽器を増やした。
ただ音量を大きくするのではなく、それまで後ろにあった音を前へ出していく。
低い弦が動きを増やし、管楽器が短い音で応じる。
歌はその中でも消えない。
むしろ、周囲の音が増えるほど、歌だけが少し違う場所にいるように聞こえた。
この状態で戦闘が長引いても、音楽がおかしくならないようにする必要があった。
俺は繰り返しの区間をいくつか作り、つなぎ目を確認する。
同じ場所へ戻っても、旋律が急に切れたようには聞こえない。
その代わり、歌が終わりそうで終わらない状態は続く。
普通に一曲として聞けば、いつまでたっても落ち着かない。
でも、アリアがまだ戦っているのなら、それでいい。
戦闘が続いているのに、曲だけ先に終わるのも変だ。
「じゃあ、終わるのはここか」
資料に書かれていた、ボス撃破時の演出を確認する。
アリアが倒されると、戦闘は終了する。
その瞬間に、ゲーム側から音楽を切り替えるための信号が送られる。
俺はそこへ、短い終止部分を作ることにした。
それまで何度も解決しそうになっていた旋律が、最後にもう一度現れる。
今度は逃げない。
別の声も途中で割り込まない。
ずっと待たせていた音へ、ようやく進む。
和音もそこで落ち着く。
曲が終わった。
「うん、これでいい」
もう一度、戦闘の途中から再生する。
歌が始まる。
旋律が進み、終わりそうになったところで別の声が入る。
和音が変わり、続きを待たせる。
何度か繰り返してから、任意の場所で終止部分へ切り替える。
自然につながった。
別の場所でも試してみる。
こっちも問題ない。
途中の区間がどこで終わっても、最後の音楽へ移れるようにしてある。
ゲームの中では、プレイヤーがどのタイミングでアリアを倒すか分からない。
それでも、ボスを倒した時にだけ音楽が完全に終わる。
その形ができた。
ただ、実際のゲームへ組み込むのは制作側の仕事だ。
俺が作った音源だけでは、ゲーム内でどう聞こえるかまでは決まらない。
そこで、各区間の音源を分けて書き出し、切り替える位置や注意点を資料へまとめる。
それぞれの音がどの場面で必要なのか。
どこで繰り返してもいいのか。
どの部分は途中で切らない方がいいのか。
そうした情報があれば、向こうも扱いやすいはずだった。
最後に、全体を通して聞く。
今度はゲームの映像も一緒に再生した。
アリアが歌い始める。
声が空間へ広がる。
プレイヤーが動き、攻撃を避ける。
その間も、歌はずっと何かを待っているように続いていた。
戦闘が激しくなると、別の声が増える。
何かが始まりそうで、なかなか始まらない。
今度こそ終わりそうになっても、まだ終わらない。
聞いているうちに、次の音が気になってくる。
自分で作った曲だから、どこで何が鳴るのかは全部分かっている。
それでも、音として聞けば面白かった。
「これならアリアっぽいかな」
俺は映像を止め、音源を保存した。
制作自体はこれで完成だった。
あとは実際にゲームへ入れてもらい、必要なら調整すればいい。
〓〓〓
納品前に、Starward Interactiveへ確認用の音源を送った。
担当者から返事が届いたのは、その翌日だった。
『確認いたしました。非常に興味深い仕上がりです。特に歌唱部分について、社内でも確認を進めています』
そんな内容だった。
続けて、いくつか質問が書かれている。
最初の歌声と、その後ろに重なる声は、それぞれ別の歌手が担当しているのかという質問だった。
「全部俺だけど」
前の打ち合わせでも歌唱を自分で担当できることは伝えていた。
ただ、実際の音源を聞くと、何人かで歌っているように聞こえたらしい。
俺は、すべて自分の声を録音して重ねていることを返信した。
ついでに、声質の違いは発声と録音時の調整によるもので、別人の声や特殊な音声生成を使っているわけではないことも説明する。
しばらくして、もう一度メールが届いた。
今回は、短いオンライン打ち合わせをお願いしたいという内容だった。
何か問題があったのかと思ったけれど、確認したいのは主に音源の扱い方らしい。
指定された時間に接続すると、前に話した担当者たちがいた。
「鳴海さん、まずは素晴らしい楽曲をありがとうございます」
「どういたしまして」
「今回、確認させていただきたいのは、戦闘中の音楽の切り替えについてです」
「はい」
担当者が画面を共有する。
そこには、俺が送った音源を並べた制作画面が表示されていた。
「こちらで確認したところ、どの区間も完全には終止していませんよね」
「はい。戦闘中なので」
「そして、この最後の音源だけが、明確に終わる形になっています」
「そうですね」
「これは意図的なものですか?」
「はい。アリアを倒すまで、曲が終わらないようにしました」
担当者が少し考える。
「つまり、戦闘の進行によって区間が変わっても、曲そのものはずっと解決しない状態が続くということでしょうか」
「そうです」
「なるほど……」
画面の向こうで、もう一人の担当者が何かを確認している。
「技術的には対応できそうです。ボス撃破時の信号で、最後の部分へ移行させればいいわけですね」
「はい。つなぐ位置は資料に書いてあります」
「確認しています」
担当者は頷いた。
「ただ、かなり特徴的な構造ですね」
「アリアの歌って、聞いた人がずっと続きを聞きたくなる感じなんですよね?」
「設定上は、そうした方向性です」
「だから、途中で終わらない方がいいかなって」
「なるほど」
担当者の表情が少し変わった。
画面越しなので、対面ほど細かいことは分からない。
それでも、話の意図が伝わったことは分かった。
「アリアが倒されて初めて、歌から解放されるという表現にもなりますね」
「そういうことです」
「素晴らしいです。こちらで実装を進めてみます」
それから、音源の形式や切り替え位置について、細かな確認を行った。
必要なところはその場で答え、追加で分けた方が使いやすい音があれば、後から送ることにした。
打ち合わせが終わりかけたところで、担当者が聞く。
「ところで、鳴海さん。今回の楽曲タイトルについて、まだ伺っていませんでした」
「ああ、そうでしたね」
タイトル。
確かに、まだ決めていなかった。
ゲームの中で使うだけなら、管理用の名前があれば十分だと思っていた。
でも、正式な曲名が必要らしい。
少し考える。
アリアの歌は、戦闘が終わるまで終わらない。
曲も最後まで行かないと終わらない。
「《終幕まで聴いて》でいいですか?」
担当者が少し黙った。
「……《終幕まで聴いて》、ですか」
「はい」
「非常に作品に合ったタイトルだと思います」
「そうですか?」
「はい。アリアの性質も、今回の楽曲の構造も表現されています」
「最後まで行かないと終わらない曲なので」
そう説明すると、担当者が少し笑った。
「なるほど。そういう意味でもあるんですね」
「はい」
それで曲名が決まった。
打ち合わせを終えた後、必要な音源と資料を最終的に整理する。
《終幕まで聴いて》。
ファイル名と提出資料に曲名を入れ、指定された場所へ納品した。
しばらくして、Starward Interactiveから受領の連絡が届く。
これで、俺が作る部分は一通り終わった。
次は向こうがゲームへ組み込む番だ。
俺はパソコンを閉じ、音楽室の椅子から立ち上がった。
録音している間、ずっと同じ曲を聞いていたので、さすがに別の音が欲しくなっていた。
ギターを手に取り、適当に弦を鳴らす。
さっきまで作っていた曲とは、まったく違う明るい音が出た。
「こっちもいいな」
そのまま少し弾いてみる。
次の音はすぐに思いついた。
ゲームの仕事は面白かった。
でも、終わったのなら、また別の音で遊べばいい。
俺は椅子へ座り直し、ギターの続きを弾き始めた。




