↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳴海楽は努力しない  作者: 悪癖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/56

第44話 作曲科の鳴海楽

教室へ入ると、すでに何人かの学生が席に着いていた。


窓際で資料を読んでいる人もいれば、近くの席同士で話している人もいる。俺が入ってきたことに気づいて顔を上げた学生がいたけれど、特に声をかけられることはなかった。


空いている席を見つけて座り、鞄から筆記用具と大学から指定された資料を取り出す。


隣の席にいた男子学生が、こちらをちらりと見た。


「あの、鳴海楽さんですか?」


「そうだよ」


「あ、やっぱり。動画、見てます」


「ありがとう」


彼は少し嬉しそうに笑った。


「《青瀬》、すごかったです。あれ、本当に全部一人で録ったんですよね?」


「うん。大変だったけど」


「ですよね。作曲もですけど、あの楽器の数を一人で演奏するって、どう考えても普通じゃないですから」


「時間かかったよ。身体が慣れるまで待たないといけない楽器もあったし」


「そこなんですか……」


何が気になったのか、彼は少し考え込んでしまった。


ちょうどその時、教員が教室へ入ってきたので、会話はそこで終わった。


授業が始まる。


最初に説明されたのは、これから扱う内容と、課題の提出方法だった。音楽についての授業でも、日程や提出期限は普通にあるらしい。


その後、配られた譜面を使って説明が始まった。


短い旋律と、それを支える和音が書かれている。


先生がピアノで弾くと、旋律が進んでいく途中で、和音の一部だけが少し遅れて動いた。


それまでの響きが残り、次の和音と一瞬ぶつかってから収まる。


「今の部分で何が起きているか、説明できますか」


何人かが手を挙げた。


指名された学生が、和声上の働きを説明する。


先生は頷き、黒板へ名称を書いた。


掛留。


それ自体は入試の準備でも確認した言葉だった。


前の和音に含まれていた音が次の和音へ残り、少し遅れて解決する。名前を知らなくても、昔から普通に使っていた音の動きだ。


ただ、その後の説明は少し細かかった。


同じように和音の外へ出ている音でも、前後の動き方や拍の位置によって分類が変わるらしい。


先生は別の譜例を出し、さっきと似た音の動きを弾いてみせた。


音としては違う。


もちろん、どこが違うのかも分かる。


でも、それぞれをどの名称で呼び分けるかについては、まだ知らないものがあった。


俺は黒板の文字をノートへ書き写した。


先生が説明を続ける。


「実際の作品では、こうした音の扱いが複雑に組み合わされます。今は基本的な分類を確認しますが、分類を覚えることだけが目的ではありません」


その言葉には納得できた。


名前が分かっても、音が変わるわけではない。


ただ、他の人と同じものについて話すなら、名前があった方が早い。


灰崎さんと最初に話した時も、俺が言葉を知らなかったせいで、何度か具体的な音を使って説明してもらった。


あれを毎回やるのは面倒だ。


先生は次の譜例を示した。


「では、こちらはどうでしょう」


さっきより少し複雑な譜面だった。


低い音が動き、その上で二つの旋律が重なっている。片方の声部が進む間に、もう片方がわずかに遅れて追いかける。


音を頭の中で鳴らす。


声部ごとの動きも、その重なり方も分かる。


先生は学生たちに考える時間を与えた。


隣の学生は譜面を見ながら、何かを小さく呟いている。


俺は新しく出てきた分類の名称を確認した。


その間に、先生が数人を指名して説明させる。


答えは少しずつ違った。


一人は和音を中心に考え、別の学生は旋律の動きから説明していた。


どちらも間違っているわけではないけれど、見ている場所が違う。


先生はそれぞれの説明を受けて、共通する部分と異なる部分を黒板へ整理していった。


なるほど。


そういう使い方もあるのか。


俺は少し面白くなってきた。


音楽を作る時、誰かに説明する必要がなければ、わざわざ言葉へ直すことはほとんどない。


でも、同じ譜面を見ても、人によって説明の始め方が違う。


その違いは、聞いているだけでも分かった。


授業の最後に短い課題が配られた。


いくつかの譜例について、音の働きを指定された名称で答えるものだった。


俺は問題を読んで、必要なところを埋めていく。


知らなかった名称は、さっきノートに書いたばかりだ。


意味は分かっているので、どの音に対応するかで困ることはない。


しばらくして書き終わり、見直す。


答える場所も間違っていない。


先生の指示に従って提出し、残りの時間は他の学生の説明を聞いていた。


音楽を知るためというより、音楽について話す方法を知る授業だった。


少なくとも、俺にはそう感じられた。





〓〓〓





別の授業では、灰崎さんが教室にいた。


以前は画面越しに話していたけれど、こうして大学の教室で会うと、ちゃんと大学の先生に見える。


もちろん、前から大学の先生だったんだけど。


「全員いるな」


灰崎さんは出席を確認すると、すぐに譜面を配り始めた。


「今日はこれを使う」


配られたのは短い旋律だった。


四小節の旋律に、簡単な和声上の条件が付いている。


「この旋律に対して別の声部を書け。ただ伴奏を付けるのではなく、それぞれの声部が独立した旋律として成立するようにすること」


学生たちが譜面を確認する。


灰崎さんは黒板へ、いくつかの注意事項を書いた。


音域。


声部の進行。


和声上の条件。


それから、提出する譜面の形式。


「まず自分で考えろ。質問は受けるが、最初から答えを聞くな」


そう言って、学生たちに作業を始めさせた。


俺も譜面を見る。


最初の旋律は、特に変わったものではなかった。


音の動きが分かれば、それに重ねられる旋律はいくつも思いつく。


ただ、今回は条件がある。


それぞれの旋律が独立して聞こえること。


声部の進行に不自然な部分を作らないこと。


指定された音域を守ること。


そうしたものを確認してから、頭の中で候補を組み合わせた。


一つ目。


成立する。


二つ目。


これも問題ない。


三つ目は途中の音が少し窮屈になるけれど、最後まで進めれば悪くない。


どれにしよう。


せっかくなら、二つの旋律を別々に聞いても面白いものがいい。


最初の旋律が上へ向かうところで、もう片方を下へ動かす。


途中で一度だけ近づけてから、また離す。


片方が長く音を伸ばしている間に、もう片方が次の音へ進む。


重ねて鳴らしてみる。


うん。これでいい。


五線紙に書き始める。


音符の位置と長さを確認しながら、最後まで書いた。


完成したものをもう一度頭の中で鳴らし、条件を確認する。


問題ない。


顔を上げると、まだ他の学生たちは作業を続けていた。


俺は譜面を机へ置き、待つことにした。


しばらくすると、灰崎さんが教室を回り始めた。


途中の学生に何かを質問し、譜面を見ながら短く助言している。


俺のところへ来ると、机の上の譜面を見た。


「鳴海、手は止まっているが」


「終わりました」


「見せろ」


譜面を渡す。


灰崎さんは最初から最後まで目を通した。


途中で一度、前の部分へ戻る。


それから俺を見る。


「なぜここで下げた」


「上の旋律が上がるので、両方一緒に上げるより離した方がいいと思ったからです」


「それだけか」


「あと、後ろで戻ってくる時に近づけやすいので」


「では、ここで一度近づけているのは」


「次の音を離すためです。ずっと離れたままだと、ちょっとつまらなかったので」


灰崎さんはもう一度譜面を見る。


「声部の独立性は保っているな」


「はい」


「和声の条件も満たしている」


「そうですね」


「この書き方を何と呼ぶか分かるか」


示されたのは、二つの声部が反対方向へ動いている部分だった。


「反行ですか?」


「そうだ。では、この部分は」


今度は片方の旋律を短い間隔で追いかけるところを指している。


「模倣ですね」


「分かっているな」


「入試の時に名前を覚えました」


「そうだったな」


灰崎さんは少し考えた。


「なら、なぜここで模倣を使った」


「先に聞こえた音を別のところから返したかったので」


「音程の関係は」


説明する。


灰崎さんがさらに質問を重ねる。


答えているうちに、俺が普段はまとめて考えている音の動きにも、いくつか別の名称があることが分かった。


それぞれの説明を聞けば、どれを指しているのかは理解できる。


ただ、同じ音楽を違う方向から分類する場合もあるらしい。


「名前が多いですね」


思わず言うと、灰崎さんがこちらを見た。


「多いな」


「同じところに何個も付いてる」


「一つの音の働きを、複数の観点から説明できるからだ」


「なるほど」


「お前はどう説明している」


「音で」


「知っている」


灰崎さんは即答した。


隣の席から、小さく笑う声が聞こえた。


「だから今、言葉で説明させているんだ」


「じゃあ、今の説明でいいですか?」


「内容はな。もう少し整理すれば、他の人間にも伝わりやすくなる」


「分かりました」


俺は言われたところをノートへ書き足した。


灰崎さんは譜面を返す。


「課題自体は終わりだ。他の学生の作業が終わるまで待っていろ」


「はい」


そのまま別の席へ移っていった。


俺は提出用の譜面を整え、他の学生の邪魔にならないように待つ。


授業を受けるのは別に嫌いではない。


知らないことがあれば覚えるし、やることがあるならやる。


ただ、今のように早く終わると少し暇だった。


窓の外を見ると、木の枝が風に揺れていた。


枝が動く音と、葉の擦れる音が重なる。


何となく、さっき書いた二つの旋律を思い出した。


あれにもう一つ声部を重ねたらどうなるだろう。


考え始めると、すぐにいくつか候補が出てきた。


でも、今は授業中だ。


帰ってから適当に試せばいい。





〓〓〓





課題を全員が提出した後、灰崎さんは何枚かの譜面を取り上げて説明を始めた。


名前を伏せた状態で、学生が書いた旋律をピアノで弾いてみせる。


最初のものは、二つの声部がよくまとまっていた。


ただ、片方だけで聞くと、少し面白みに欠ける。


次のものは、声部ごとの動きは良かったけれど、重ねた時に一部で響きが濁っていた。


三つ目は、少し変わっていた。


上の旋律が長い音を伸ばすところで、下の声部が予想とは違う方向へ動く。


そのせいで、一瞬だけ落ち着かない響きになる。


でも、次の音へ進むと、その落ち着かなさが自然に収まった。


面白い。


「今の譜面を書いた者は、自分で説明してみろ」


灰崎さんが言う。


教室の後ろの方で、一人の学生が手を挙げた。


「途中で少し違う響きにしたかったので、あそこで下の声部を動かしました」


「なぜその音を選んだ」


「前の和音からのつながりを考えました。少し不安定になりますけど、次の小節では収まるようにしています」


「なるほど。意図は分かった。ただ、この条件なら別の処理もある」


灰崎さんはピアノでいくつかの候補を弾き、違いを説明した。


どれも成立する。


ただ、最初の学生が書いたものが、一番特徴的だった。


教室で何人かが意見を言う。


「こっちの方が自然だと思います」


「でも、最初の方が印象に残ります」


「二つ目は声部が少し似すぎている気がします」


それぞれ見ている場所が違う。


灰崎さんは最後まで聞いてから、黒板に要点を書き出した。


「条件を満たすことと、面白い音楽を書くことは、必ずしも同じではない。今日は両方を考えてもらった」


なるほど。


だから、ただ正しい音を並べるだけでは終わらないわけか。


「鳴海」


突然名前を呼ばれた。


「はい」


「お前はどう思う」


「最初のが面白かったです」


「理由は」


「下の声部が途中で予想と違うところへ行くので。あのまま進むとちょっと窮屈ですけど、その後の音でちゃんと収まってるから、別に問題ないと思います」


「他の処理の方が自然ではないか」


「自然ですね。でも、最初のも変な音じゃないですよ」


灰崎さんは少し頷いた。


「そうだな。こういうところに、作曲した人間の判断が出る」


俺はもう一度、さっきの旋律を頭の中で鳴らした。


確かに、あの人はあの音を選んだ。


俺だったら別のものにしたかもしれない。


でも、それはどちらかが正解で、どちらかが間違いという話ではない。


指定された条件の中でも、作る人間によって選ぶ音は変わる。


それが面白かった。


授業が終わった後、さっきの譜面を書いた学生が近くを通った。


「さっきの曲、良かったよ」


声をかけると、相手は少し驚いた顔をした。


「え? ありがとう」


「あそこで下の音が変わるところ」


「ああ、そこ?」


「うん。面白かった」


彼は少し照れくさそうに笑った。


「実は、あそこは結構迷ったんだよ。普通に進めた方がいいかと思ったんだけど、何か物足りなくて」


「分かる。普通に進めても成立するもんね」


「そうなんだよ。でも、せっかくだから変えてみた」


「いいと思う」


「鳴海にそう言われると、ちょっと自信が付くな」


「何で?」


「いや、そりゃ付くだろ。お前の《青瀬》、聴いたことあるし」


「でも、あれとは別の曲だよ」


「そうだけどさ」


彼は笑った。


「鳴海って、思ったより普通に話すんだな」


「そう?」


「動画だと、もっと何考えてるか分からない人なのかと思ってた」


「別に普通だよ」


「いや、普通ではないと思うけど」


そう言いながら、彼はまた笑った。


それから、さっきの課題で別の音を選んだ理由について少し話した。


どういう音を狙ったのか。


どこで迷ったのか。


他の選択肢では何が違ったのか。


俺も思いついたことを答える。


話しているうちに、さっき先生が使っていた専門用語が何度か出てきた。


一つの言葉で、どの部分の話をしているのかが分かる。


やっぱり便利だった。


いちいち譜面を取り出して、音を全部説明する必要がない。


もちろん、細かいところまで話すなら実際に鳴らした方が早いこともある。


でも、その前の段階で言葉を使えるのは悪くなかった。


その学生と別れて廊下へ出ると、灰崎さんが資料を持って歩いていた。


「鳴海」


「はい」


「授業はどうだ」


「面白いですよ」


「そうか」


「知らない名前も結構ありますし」


「覚えられるか」


「意味が分かれば」


「そう言うと思った」


灰崎さんは立ち止まった。


「お前にとって、今の課題は簡単だっただろう」


「そうですね」


「しかし、他の学生が何を考えて書いたかは、お前にも最初から分かるわけではない」


「はい。聞けば分かりますけど」


「そこだ」


灰崎さんがこちらを見る。


「作曲科には、お前とは違う方法で音楽を考える人間がいる。その考え方を言葉にして聞けることにも意味がある」


「そうですね。さっきも面白かったです」


「ならいい」


少しだけ表情が和らいだ。


「ところで、鳴海。今日の課題は、あれ以外にもいくつか考えただろう」


「はい」


「どのくらい」


「数えてないです」


「一つも?」


「一つ決めたら、他のは要らなかったので」


灰崎さんが黙る。


しばらくして、短く息を吐いた。


「……そうか」


「何かまずかったですか?」


「いや。次に機会があれば、他の案も見せろ」


「いいですよ」


「今日はもういい。帰れ」


「はい」


挨拶をして、その場を離れた。


灰崎さんの質問は、高校の頃からあまり変わっていない。


ただ、以前より話が早く終わるようになった。


名前を知った分だけ、説明が短くなったのだと思う。





〓〓〓





大学から帰ると、鞄を置いて音楽室へ入った。


壁と天井に音響施工が施された部屋は、今日もいつもどおりの響き方をしている。


机の上にはパソコンと録音機材があり、近くにはギターとベースを置いてある。ピアノも、帰ってすぐに触れる場所にあった。


俺は椅子へ座り、授業で書いた旋律を思い出した。


あの時、最初に考えたものとは別の候補もあった。


せっかくなので、それを鳴らしてみる。


最初の旋律を右手で弾き、左手に別の動きを重ねた。


途中で片方の声部を上へ動かす。


もう片方は下へ向かう。


反行。


今日も授業で使った言葉だった。


今度は片方を少し遅らせて、似た形の旋律を追いかけさせる。


模倣。


そのまま進めると、二つの旋律が近づきすぎたので、片方を少しずらした。


別の音を挟んでから戻してみる。


今度はいい感じだった。


こうして名前を考えながら弾くのも、たまには面白い。


でも、名前が変わっても音は同じだった。


俺は一度手を止める。


授業で他の学生が書いていた旋律を思い出した。


あの、途中で下の音が予想とは違う方向へ進むものだ。


そのまま弾いてみる。


やっぱり、あの部分は面白い。


最初に聞いた時より、今の部屋で鳴らすと少し印象が違った。


響きが短いので、二つの音がぶつかるところがはっきり聞こえる。


同じ音を使いながら、少し長さを変える。


今度は音を一つ増やしてみた。


うん。


これも悪くない。


ただ、元の旋律とは別のものになった。


そりゃそうだ。


音を変えたんだから。


そのまま少し遊んでいると、最初に授業で使った短い旋律は、いつの間にかまったく違う形になっていた。


途中から別の楽器を重ねたくなったので、パソコンを起動する。


まずピアノで短い音を録る。


その上に、ギターで別の動きを入れてみた。


二つを重ねて再生すると、さっきの課題とはずいぶん違う雰囲気になった。


どちらの音も単独で聞けば普通なのに、重ねると少し変わって聞こえる。


面白い。


もう一つ何か入れようかと考えたところで、スマートフォンが鳴った。


大学からの連絡だった。


次の授業で必要な資料について、案内が届いている。


内容を確認する。


指定されたものは、どれも持っているか、すぐに用意できるものだった。


ただ、一つだけ知らない名称があった。


調べてみる。


説明を読むと、何を指しているのかすぐに分かった。


「ああ、これか」


昔、何度か曲の中で使ったことがある。


どういう音だったかも覚えている。


今まで、その分類の名前を知らなかっただけだ。


俺は必要な資料を確認し、スマートフォンを机へ置いた。


大学へ通い始めてから、こういうことが何度かあった。


知らない言葉が出てくる。


意味を調べる。


知っている音とつながる。


それで終わり。


ただ、自分の曲を他の人へ説明する時には、その言葉が使えるようになる。


今日、同じ授業を受けていた学生たちとの会話もそうだった。


音楽について話す相手が増えたのは、結構便利だと思う。


それに、みんなが同じ音を選ぶわけではない。


あの学生のように、俺なら別の音にするところで、面白いものを選ぶ人もいる。


そういう曲をもっと聞けるなら、大学へ来たのも悪くない。


俺は再びピアノへ向かった。


さっきの続きでもいいし、別のものを作ってもいい。


どちらにしようか考えて、適当に鍵盤を押した。


鳴った音が気に入ったので、そこから続きを作ってみる。


授業の課題ではないから、条件は特にない。


途中で別の調に移ってもいいし、声部を増やしてもいい。


思いついたものを、好きなように重ねていく。


しばらく弾いてから、ふと気づいた。


今の動きにも、今日聞いた名前が付いている。


「ああ、そうだった」


声に出してみる。


ちゃんと覚えていた。


でも、名前を確認したところで、指は止まらなかった。


次の音が面白そうだったので、そのまま続きを弾いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。