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鳴海楽は努力しない  作者: 悪癖


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40/57

第40話 何をやってるんだこいつ

翌朝、スマートフォンを見ると通知が増えていた。


多い。


普段も動画を出した翌日はそれなりに来るけれど、今回は画面を動かしても終わらない。


《青瀬》のコメント。


登録。


共有。


知らないところからの反応。


寝ている間にもずっと増えていたらしい。


一番上に陽太からのメッセージがあった。


『起きたら見ろ』


その下。


『お前の青瀬やばい』


さらに下。


『海外まで行ってる』


「海外?」


動画を開く。


再生数は昨日の夜とはかなり違っていた。


正確に覚えていないから、何倍になったのかまでは分からない。ただ、増え方がいつもの動画と違うことくらいは分かる。


コメントも多い。


最初に目につくのは、一人で全部演奏していることについてだった。


『最初ピアノの人だと思ってたんだけど』


『何種類やってるの?』


『途中から楽器が増えるたびに笑えてくる』


『これ全パート本人ってどういう意味?』


『弦の人数まで一人で重ねてるの?』


『高校生って書いてあるんだけど本当?』


その間に、少し違うものも混ざっている。


『ホルン普通にうまくない?』


『オーボエ、始めたばかりの音じゃない』


『専門じゃない楽器をこの水準で録音に使えるの意味分からん』


『ヴァイオリン何テイクあるんだこれ』


そこまでは日本語だった。


下へ行くと、英語が増える。


全部を細かく読む気はないけれど、学校で習った範囲と知っている単語で、大まかな意味は分かる。


一人。


高校生。


全部演奏。


信じられない。


そういう言葉が多い。


別の言語もあった。


そっちは分からない。


「まあ、見られてるならいいか」


画面を閉じる。


学校へ行く時間だった。




教室へ入った瞬間、何人かがこっちを見た。


普段から動画を見ている人はいるので、そこまでは珍しくない。


でも今日は早かった。


「鳴海!」


鞄を置く前に呼ばれる。


「何?」


「昨日のやつ、何なんだよ」


「《青瀬》?」


「それ」


「曲だけど」


「そこじゃない」


男子がスマートフォンを見せてくる。


画面には俺がハープを弾いているところが映っていた。


次の瞬間、ホルン。


その次はヴァイオリン。


「これ全部お前なんだよな?」


「うん」


「マジで?」


「説明に書いたよ」


「書いてあるから聞いてんだよ」


近くにいた女子が笑う。


「私、途中まで何人か手伝ってると思ってた」


「一人でやるって決めたから」


「なんで?」


「一人で全部やったらどうなるか気になった」


「それで半年やる?」


「できるまでにそれくらいかかった」


「鳴海のその感覚、たまに分かんない」


別の席から声が飛んでくる。


「海外の人も動画出してるぞ」


「俺の?」


「《青瀬》見ながら解説してるやつ」


「へえ」


「へえ、じゃないだろ」


「何て言ってるの?」


「英語だから全部は分かんない」


「俺も全部は分かんないよ」


「本人がそれでいいのかよ」


別に困っていない。


動画は出せている。


聞きたい人は聞ける。


必要なら後で確認すればいい。


そこへ陽太が教室へ入ってきた。


俺を見る。


そのままこっちへ来る。


「楽」


「おはよう」


「見た?」


「何を?」


「数字」


「ちょっと」


「ちょっとって」


陽太が自分のスマートフォンを出した。


「昨日から増え方おかしいぞ」


「そうだね」


「他人事みたいに言うなよ」


「俺の動画なのは分かってるよ」


「じゃあもうちょい驚け」


「増えてるなとは思った」


陽太が息を吐く。


それから周りを見て、少し声を落とした。


「海外の音楽家が何人も取り上げてる」


「さっき聞いた」


「楽器の人たち、そこばっか見てるぞ。フルートの人はフルート見て、金管の人は金管見てる」


「そうなんだ」


「しかも曲の話してる人もいる」


そっちは少し気になった。


「何て?」


「俺に聞くなよ。なんか構成がどうとか、オーケストレーションがどうとか」


「オーケストレーション?」


「知らん。英語の動画に字幕付いてた」


たぶん楽器の組み合わせ方か何かだと思う。


俺が曲を書く時には、欲しい音を置いただけだった。


陽太が続ける。


「コメントでも、演奏より曲の方がおかしいって言ってる人いるぞ」


「曲?」


「そう」


「普通に作ったけど」


「それを言うなって」


予鈴が鳴った。


先生が来る。


話は終わる。


授業が始まれば、昨日までと同じだった。


黒板を見る。


説明を聞く。


課題をやる。


《青瀬》がどこまで広がっていても、授業の内容は変わらない。




 




 




〓〓〓




 




 




放課後、陽太と帰りながら動画を見せてもらった。


海外の演奏家らしい人が、《青瀬》を途中で止めながら話している。


言葉は全部分からない。


ただ、楽器名は聞き取れる。


フルート。


オーボエ。


ホルン。


ヴァイオリン。


画面の端には《青瀬》の映像が出ていた。


俺が演奏している。


その人は何度か巻き戻して、特定の場所を聞き直していた。


「ここ」


陽太が字幕を指す。


『専門奏者として完成しているとは言わない。しかし、これは初心者が偶然出した音ではない』


「だって」


「そうだね」


「反応薄いなあ」


「トランペットとか前からやってたし」


「全部はやってなかっただろ」


「今回やったよ」


「知ってるよ」


次の動画。


今度は弦楽器を弾く人らしい。


同じヴァイオリンのテイクを切り替えて見ている。


『同一人物が複数奏者分を演奏しているのに、単純な複製になっていない』


字幕が出る。


さらに、


『弓の入り方、音の立ち上がり、フレーズ内部の重心を少しずつ変えている』


と続いた。


「ちゃんと見てるね」


俺が言うと、陽太がこっちを見る。


「そこは嬉しいんだ?」


「分かる人が分かってるのは面白いでしょ」


再生数そのものより、こっちの方が少し面白かった。


俺が何度も同じパートを弾いた理由を、映像だけで見つけている。


「こっちは作曲家らしい」


陽太が次を出す。


日本語の動画だった。


年齢は父さんより上に見える。


《青瀬》の中間部を流している。


画面には譜面らしいものも出ていた。


「譜面出してないよね?」


「耳で取ったんじゃね?」


全部ではない。


一部の音だけを拾って表示しているようだった。


動画の中の人が言う。


「一人で全パートを演奏したという時点で十分異常なんですが、作曲をやっている側からすると、問題はそこではありません」


陽太が俺を見る。


「問題って言われてるぞ」


「聞けば?」


続ける。


「この曲、二十分近くあるのに、分かりやすい主題一つで押し切っていない。複数の短い素材が同時に動いて、別の声部へ移って、役割を変えながら全体を作っています」


画面の譜面が動く。


「しかも楽器を増やして豪華にしただけではない。音が多いところほど、どの帯域に何を置くか整理されている。各楽器の性質も分かった上で書かれている」


少し止まる。


「これを書いたのが本当に高校生で、しかも専門的な作曲教育を受けていないという情報が正しいなら、そちらの方がよほど理解しにくい」


動画が続く。


陽太が黙っている。


俺も見る。


「だって」


「うん」


「お前、作曲の勉強してないよな?」


「学校の音楽くらい」


「だよな」


「ピアノの時に楽譜の書き方とかは習ったけど」


「いや、それでこれ作るなよ」


「できたから」


「その返し禁止にできない?」


「なんで?」


陽太が笑った。


ちょうど駅が見えてきた。


それ以上動画を見る必要もなかった。




家へ帰ると、父さんから呼ばれた。


「楽」


「何?」


「メール見ろ」


「どれ?」


「活動用の方だ」


部屋で開く。


増えている。


普段来る視聴者からのものだけではなかった。


件名に英語が混じっている。


学校らしい名称。


音楽。


大学。


プログラム。


いくつか開く。


長い。


「面倒」


「読め」


父さんが言う。


「全部英語なんだけど」


「必要なら翻訳しろ」


「それも面倒」


「なら俺が概要だけ見る。返事は勝手にするな」


「うん」


以前も言われたことだった。


分からない条件へそのまま同意しない。


相手を確認する。


必要なら父さんに見せる。


何通か一緒に確認する。


《青瀬》を見た。


音楽を学ばないか。


プログラムについて話したい。


入学や奨学制度について案内したい。


表現は違うけれど、大体そんな内容だった。


「大学?」


「大学だけじゃない。音楽教育機関もあるな」


父さんが画面を見る。


「興味あるか?」


「条件はちょっと面白い」


授業内容。


設備。


使えるスタジオ。


楽器。


そこは見る。


大きな施設や、珍しい楽器が使えるところもある。


「ここ、楽器多いね」


「そこか」


「他に何見るの?」


「普通は教育内容と進路だろ」


「それも見るよ」


いくつか読む。


悪くはなさそうだった。


ただ、場所を見る。


海外。


当然、日本語が普通に通じるところではない。


「ずっと英語?」


「授業はそういうところが多いだろうな。国によっては生活では別の言語もある」


「面倒だな」


父さんがこっちを見る。


「行くなら勉強すればいい」


「できると思うけど、何年もそれやるの?」


「そうなる」


「じゃあいい」


「早いな」


「日本語でいいところあるでしょ」


英語そのものが嫌いなわけではない。


必要なら読む。


必要なら覚える。


でも、毎日ずっと言葉を一段変換して生活する必要があるなら、それだけ余計なことが増える。


音を出すために、わざわざ生活全体を面倒にする理由がなかった。


「断るのか?」


「全部見てからでいいよ。でも海外に何年も住むのはいいかな」


「分かった。返答が必要なものだけ後で整理する」


「ありがとう」


父さんは画面を閉じかけて、もう一度俺を見る。


「かなり広がったな」


「そうみたい」


「どうする」


「何を?」


「次」


考える。


別に決めていない。


《青瀬》は終わった。


今すぐもう一曲オーケストラを作りたいわけでもない。


「暇になったら何かやる」


父さんは少しだけ笑った。


「そうか」


それで終わった。




 




 




〓〓〓




 




 




私は最初、その動画を最後まで見るつもりはなかった。


知人から送られてきた時の文面も、そういう内容だった。


『高校生が一人でフルオーケストラをやっている。暇な時に見てください』


珍しい。


確かに珍しい。


ただ、それだけなら世の中にはいくらでもいる。


複数の楽器を演奏する人間はいるし、録音技術を使って一人で合奏を作る試み自体も新しくはない。


だから最初は、技術的な余興だと思った。


動画を開く。


タイトルは、


管弦楽曲《青瀬》。


説明を見る。


作曲、演奏、録音。


すべて同じ名前。


鳴海楽。


高校生。


「ずいぶんやったものだな」


再生する。


静かな弦から始まった。


数十秒。


木管が入る。


私は手を止めた。


そのまま聞く。


一分。


二分。


画面では同じ少年が違う楽器を演奏している。


だが、映像はどうでもよくなった。


「……待て」


少し戻す。


もう一度聞く。


短い音型。


別の声部。


受け渡し。


同じものを単純に反復していない。


役割が変わっている。


さらに進める。


音が増える。


普通なら雑然としやすい。


だが整理されている。


ただ整理されているだけでもない。


どの声部も独立している。


一つを止めれば、その部分だけ意味が変わる。


飾りとして置いた音ではない。


私は最初から再生し直した。


今度は映像ではなく、曲だけを聞く。


静かな始まり。


少しずつ増える活動。


複数の流れが同時に存在する。


中間部。


密度が高い。


それでも潰れない。


木管が持っていた形が、別の場所で変わって戻る。


低弦。


金管。


また木管。


「誰に習った?」


当然、動画は答えない。


説明欄を見る。


情報が少ない。


鳴海楽。


名前を検索する。


動画が出る。


多い。


ピアノ。


ギター。


歌。


電子音。


即興。


よく分からない日常音。


ジャンルが揃っていない。


「何だこれは」


古い順に開く。


ピアノ。


上手い。


それはすぐ分かる。


次。


ダンス動画用の曲。


また次。


歌。


声まで本人。


さらに別の楽器。


どれも投稿の体裁は妙に簡素だった。


タイトルも雑なものが多い。


だが音楽は雑ではない。


《青瀬》へ戻る。


高校生。


この年齢で、この編成を扱う。


それだけなら、早熟な作曲家として理解できなくもない。


問題は、書き方だった。


何かを覚えて、それらしく配置した感じがない。


必要な音が先にあって、その結果として管弦楽の形になっている。


少なくとも私にはそう聞こえる。


もし正式に管弦楽法を学んでいるなら、相当な水準だ。


学んでいないなら、もっとおかしい。


プロフィールを探す。


専門の音楽高校ではない。


少なくとも公開されている経歴からは、現在どこかの音楽大学に所属しているわけでもない。


高校生なのだから当然だ。


過去にはピアノコンクールの記録がある。


しかし、それも小学生時代で途切れている。


その後は動画。


「何をやってるんだ、こいつ」


気づけば声に出していた。


もう一度《青瀬》の中間部を再生する。


演奏技術の話ではない。


一人で全楽器を演奏したことでもない。


そんなものは、この作品の入口にすぎない。


知りたいのは一つだった。


この少年は、どうやってこれを書いた。


私は動画を止める。


鳴海楽の名前をもう一度確認した。


それから、公開されている過去作品を最初から調べ始めた。

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