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鳴海楽は努力しない  作者: 悪癖


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第36話 一人でやったらどうなるんだろう

休日の午後、特に予定はなかった。


父さんは仕事部屋にいる。


俺はリビングのソファに座って、何となく画面を見ていた。


最初は別の動画だった。


途中で関連動画に演奏会の映像が出てきた。


大きなホール。


舞台いっぱいに人がいる。


弦楽器が前。


その後ろに木管。


さらに金管。


打楽器もある。


指揮者が腕を上げる。


音が始まった。


最初に弦。


少し遅れて木管が入る。


低いところで別の音が動く。


同じ旋律を全員で弾いているわけではない。


違う音。


違う高さ。


違う音色。


違う動き。


それが同時に重なっている。


音として聞けば、それぞれ分かれる。


ヴァイオリン。


ヴィオラ。


チェロ。


コントラバス。


フルート。


オーボエ。


クラリネット。


ファゴット。


ホルン。


トランペット。


もっとある。


全部が別々に動いて、一つの曲になっていた。


「多いな」


思わず言った。


人数も多い。


音も多い。


同じ種類の楽器でも一人ではない。


弦なんて何人もいる。


その全員が完全に同じ音を出しているわけでもない。


ほんの少しずつ違う。


だから厚くなる。


面白い。


しばらくそのまま聞いた。


曲そのものもよかった。


でも、途中から別のことが気になってきた。


これ、全部別々に録ったらどうなるんだろう。


ヴァイオリンを一回。


もう一回。


必要な人数分。


ヴィオラも。


チェロも。


木管も。


金管も。


打楽器も。


一つずつ録って重ねれば、人数はいらない。


音だけなら作れる。


もちろん、同じ人間が同じ楽器を何度録っても、別の人間が弾いた時と完全に同じにはならない。


身体も癖も違う。


息も違う。


弓の動きも少しずつ違う。


でも、それも録り方を変えればいい。


同じ人間でも毎回同じ音にはならない。


少しずつ変えて重ねれば、厚さは作れる。


画面の中では、また別の楽器が入った。


俺は少し考える。


「これ、一人で全部やったらどうなるんだろう」


声に出してから、もう一度画面を見る。


かなり面白そうだった。




まず、何が必要なのか分からない。


知っている楽器は多い。


でも、オーケストラ全部となると話が違う。


動画を止めて調べる。


一般的なオーケストラの編成。


弦楽器。


木管。


金管。


打楽器。


ハープが入ることもある。


編成によって人数も楽器も変わる。


「多いな」


さっきと同じことを言う。


ヴァイオリンだけでも複数人。


ヴィオラ。


チェロ。


コントラバス。


フルート。


オーボエ。


クラリネット。


ファゴット。


ホルン。


トランペット。


トロンボーン。


チューバ。


ティンパニ。


そのほかの打楽器。


今まで触ったものもある。


触ったことがないものはもっと多い。


それ自体は別にいい。


楽器なら、触れば大体分かる。


構造を見て、音を出して、どこをどう使えば欲しい音になるか確認すればいい。


問題はそこではなかった。


「借りるのか」


調べる。


フルート。


借りられる。


クラリネット。


ある。


トランペットはもう借りたことがある。


トロンボーンもある。


ヴァイオリンもある。


チェロ。


ある。


コントラバス。


あるけど、持ち運びが面倒そうだった。


「でかいな」


写真を見る。


自分で運ぶより、置いてある場所を使った方が楽そうだ。


次。


オーボエ。


ある。


でも、どこにでもあるわけではない。


ファゴット。


さらに少ない。


ハープ。


「これもでかい」


ティンパニ。


「もっとでかい」


自宅に置くものではない。


置けたとしても、うちで鳴らすものでもない。


別に買う必要はない。


使える場所を探せばいい。


そのまま検索を続ける。


楽器ごとにレンタル店が違う。


スタジオも違う。


大型楽器は持ち込みより、設備がある場所を探した方が早い。


録音できる場所かどうかも確認がいる。


一日で全部揃うわけでもなさそうだった。


「面倒だな」


楽器を弾く方ではない。


そこまで行くまでが面倒だった。




 




 




〓〓〓




 




 




翌日、昼休みに陽太へ話した。


「オーケストラって楽器多いね」


「急に何?」


陽太が箸を止める。


「昨日見てた」


「オーケストラを?」


「うん」


「珍しいな。クラシック戻るの?」


「戻るって何?」


「昔ピアノの大会出てたじゃん」


「それは終わったよ」


「じゃあ何で?」


「一人で全部やったらどうなるのかなって」


陽太が止まった。


完全に止まった。


箸も止まっている。


「……全部?」


「うん」


「何が?」


「オーケストラ」


「いや、それは聞いた」


陽太が少し顔をしかめる。


「一人で?」


「そう」


「楽器全部?」


「たぶん」


「たぶんって」


笑いそうな顔と、呆れている顔が混ざっていた。


「何でそんなこと思いつくんだよ」


「聞いてたら」


「普通聞いても思わないだろ」


「そう?」


「そうだよ」


陽太はしばらく俺を見る。


それから、少し考える。


「でも、お前ならやりそうだな」


「やろうかなと思ってる」


「もう決めたの?」


「まだ調べてる」


「何を?」


「楽器借りるところとか、スタジオとか」


「ああ」


陽太が少し納得した。


「確かに全部持ってるわけじゃないもんな」


「持ってないよ」


「というか、持ってたら怖いわ」


「家に置けないでしょ」


「そこ?」


「ティンパニとか無理じゃない?」


「そりゃ無理だろ」


二人で少し笑う。


陽太が聞く。


「曲は?」


「まだ」


「今あるオーケストラの曲やるんじゃないの?」


「別にそれでもいいけど」


「じゃあ何やるの?」


「まだ決めてない」


「先にそこ決めない?」


「楽器借りられるか分かんないと困るし」


「順番逆じゃね?」


「そうかな」


俺としては、できるかどうかを先に見た方が楽だった。


必要なものが全部用意できないなら、その時考えればいい。


陽太は少し笑ってから言った。


「で、動画にするの?」


「できたら」


「全部一人で弾いて?」


「うん」


「絶対伸びるじゃん」


「そう?」


「そうだよ」


それは別に目的ではない。


面白ければやる。


完成したら、いつも通り上げればいい。


「でも、結構時間かかるんじゃね?」


「たぶん」


「お前、途中で面倒にならない?」


「もう面倒」


「まだ始めてもないのに?」


「借りるところ探すのが」


陽太が吹き出した。


「そこかよ」


「楽器は触ればいいけど、店とか場所とか時間とか調べるの面倒」


「普通そっちより演奏の方が大変なんだよ」


「演奏も身体慣れるまで時間かかる楽器あるよ」


トランペットもそうだった。


吹き方は分かっても、唇は疲れる。


ヴァイオリンも、姿勢や腕の持久力が必要だった。


大きな編成なら、そういう楽器がいくつもあるはずだ。


「じゃあ、めちゃくちゃ時間かかるじゃん」


「かもね」


「それでもやるの?」


考える。


面倒なのは面倒だ。


でも、全部重ねた音がどうなるのかは聞いてみたい。


「たぶん」


「その『たぶん』で始める規模じゃないだろ」


「でも面白そうだし」


陽太がまた笑った。


「まあ、楽ならそう言うと思った」


予鈴が鳴る。


話はそこで終わった。




放課後。


帰りながら、必要そうなものをもう少し考える。


楽器。


場所。


録音。


時間。


同じ楽器を何回重ねるか。


一人でやるなら、全部同時には無理だ。


当然、一つずつ録る。


その後で重ねる。


弦なら同じパートを何回か録った方が厚くなる。


管は一人ずつでいいものもある。


でも、音楽を作る前から全部決める必要はない。


まず、どれくらい借りられるか。


歩きながらスマートフォンを見る。


検索。


近いところ。


少し遠いところ。


録音できる施設。


大型楽器がある施設。


思ったより選択肢はある。


でも、全部一か所ではない。


「面倒」


また言う。


隣の陽太が笑った。


「今日何回目だよ」


「だって面倒だよ」


「やめれば?」


「それは違う」


「何で?」


「聞いてみたいから」


「一人で全部やった音?」


「うん」


「じゃあ頑張れ」


「頑張るほどじゃないよ」


「いや、絶対頑張るやつだって」


「必要なことやるだけでしょ」


「それを頑張るって言うんじゃないの?」


少し考える。


でも、別に嫌なことを我慢して続けるつもりはない。


面白くなくなったらやめればいい。


今は、完成した音を聞きたい。


そのために場所を探す必要があるだけだ。


「まあいいや」


陽太が先に諦めた。


駅が見えてくる。


電車の音。


車。


足音。


信号。


普段なら、そのまま別の曲になりそうな音がいくつも聞こえる。


でも今日は、頭の中に別の音が残っていた。


弦。


木管。


金管。


打楽器。


全部別々なのに、一緒に鳴っている。


その全部を、自分で一つずつ作る。


やっぱり面白そうだった。




 




 




〓〓〓




 




 




家へ帰ってから、もう一度調べた。


今度は少し整理する。


触ったことがある楽器。


触ったことがない楽器。


近くで借りられるもの。


少し遠くまで行かないと難しいもの。


施設に置いてあるもの。


録音までできるところ。


途中で分からなくなる。


楽器の数が多すぎる。


「これ、先に一覧いるな」


メモを作る。


文字で残す。


音なら覚えているけれど、店の名前や貸出条件まで全部覚えておく必要はない。


楽器名。


場所。


料金。


使える時間。


録音できるか。


書いていく。


面倒だった。


でも、やれば終わる。


一時間ほど調べて、まだ全部ではない。


画面を見ながら椅子にもたれる。


「多いな」


それでも、できない感じはしなかった。


借りられない楽器があれば別の場所を探せばいい。


身体が慣れていない楽器なら、必要な時間を置けばいい。


一日で全部やる必要もない。


何日でも、何週間でもいい。


急ぐ理由はない。


その時、父さんが部屋の前を通った。


「何してる」


「楽器借りるところ調べてる」


父さんが画面を見る。


「多いな」


「オーケストラ全部やろうと思って」


父さんが一度だけ俺を見る。


「一人でか」


「うん」


少し間がある。


でも、止めるような感じではなかった。


「金は?」


「動画の収益ある」


「記録しろ」


「分かってる」


「大型の楽器を家に持ち込むな」


「置けないし、うるさいからやらないよ」


「ならいい」


父さんはそれだけ言って行った。


俺も検索へ戻る。


また一つ施設を見つける。


条件を見る。


予約が必要。


別のところは楽器だけ借りられる。


こっちは録音室がある。


全部まとめて借りられたら楽なのに。


「面倒だな」


でも、やめるほどではなかった。


まだ曲もない。


タイトルもない。


いつ完成するかも分からない。


そもそも、ちゃんと全部揃うかもまだ分からない。


それでも、一人で全部鳴らした時にどう聞こえるのかは気になる。


だから、もう少し調べることにした。

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