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鳴海楽は努力しない  作者: 悪癖


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第33話 父さん、これどうすればいい?

昼休み、陽太が俺のスマートフォンを覗き込んだ。


「……楽」


「なに?」


「これ、前より増えてない?」


画面には動画の管理画面が出ている。


最近は、投稿した後に必要なところだけ確認して、数字そのものはほとんど見ていなかった。


言われて収益の欄を見る。


「増えてるね」


「いや、増えてるねじゃなくて」


陽太が少し顔を近づける。


「これ、普通に結構あるだろ」


「そう?」


「そうだよ。高校生が適当に放っといていい金額じゃなくない?」


適当に放っていたつもりはない。


入っていることは知っていたし、スタジオ代や楽器を借りる金にも使えると思っていた。


ただ、最初に見た時より増えている。


最近は新しい動画だけでなく、過去の動画まで見られているので、その分も積み重なっているらしい。


「使えばいいんじゃない?」


「そういう話じゃねえよ」


陽太が呆れた。


「税金とかあるだろ。あと未成年だし」


「税金」


「俺も詳しくないけどさ」


陽太は自分で言ってから少し考える。


「というか、そういうの楽の父さん詳しそうじゃん」


「父さん?」


「投資やってるんだろ?」


「うん」


「じゃあ聞けよ」


それは確かにそうだった。


父さんは前に収益化の手続きをした時も、規約を確認していた。


俺一人で分からない契約に同意するなとも言われている。


「聞いてみる」


「最初からそうしろよ」


「今までは困ってなかったから」


「今は困ってるだろ」


「困ってるのかな」


「その金どうすりゃいいか分かってない時点で困ってんだよ」


そう言われれば、そうかもしれない。


金が入る仕組みは分かった。


でも、入った後に何を記録して、何をすればいいかは知らない。


放っておいていいのかも分からない。


「じゃあ今日聞く」


「うん。それがいい」


陽太は満足したように自分の席へ戻った。


予鈴が鳴る。


俺も管理画面を閉じた。




 




 




〓〓〓




 




 




家へ帰ると、父さんは仕事部屋にいた。


ドアは開いている。


複数の画面に数字や表が並んでいた。


「父さん」


「何だ」


「ちょっといい?」


父さんがこっちを見る。


「いい」


俺は部屋に入って、スマートフォンを渡した。


「これ、どうすればいい?」


父さんが画面を見る。


少し指を動かす。


「収益か」


「うん」


「増えたな」


「陽太に、父さんに聞けって言われた」


「正しい」


短く言って、もう一度画面を見る。


「お前、これは記録してるか?」


「何を?」


「入った金」


「画面に残ってるよ」


「そういう意味じゃない」


父さんはスマートフォンを返すと、自分のパソコンの一画面を空けた。


「収入として管理しろ。動画から入った金がいくらか。いつ入ったか。それと、活動に使った金も残しておけ」


「活動に使った金?」


「スタジオ代。楽器レンタル。録音のために使ったもの。全部がそのまま経費になるとは限らないが、何に使ったか分からない状態にするな」


「レシートいる?」


「あるなら取っておけ」


「今までのも?」


「残ってる分はな」


考える。


スタジオの利用履歴なら残っている。


楽器を借りた時も、明細はたぶんある。


全部捨てたわけではない。


「なんで分けるの?」


「金が入った額だけ見て終わりじゃないからだ」


父さんが簡単な表を作る。


収入。


支出。


日付。


内容。


それだけだった。


「お前が動画を出すために使った金と、ただ遊びに使った金は同じじゃない。少なくとも自分では区別できるようにしろ」


「分かった」


「あと税金がある」


「陽太も言ってた」


「そうか」


父さんは特に驚かなかった。


「収入が出れば、金額によっては申告や納税が必要になる。お前は未成年だから、手続きで俺が確認する部分もある」


「今すぐ何かする?」


「今は記録を始めろ。必要な時期になったら俺が見る」


「父さんがやるの?」


「最初はな。そのうち自分で分かるようにしろ」


「うん」


父さんは、全部代わりにやるとは言わなかった。


それもいつも通りだった。


必要なところは教える。


でも、最終的には自分でできるようにする。


「税金って、入った金全部にかかるの?」


「単純にそう考えるな」


父さんは画面の表を指した。


「だから収入と支出を記録する。何がどう扱われるかは条件で変わる。今のお前が細かい制度を全部覚える必要はない」


「じゃあ何を覚えればいい?」


「金が入ったら収入として残す。活動で金を使ったら記録する。分からないものは勝手に判断しない。それでいい」


分かりやすかった。


俺にはそのくらいで十分だった。




少し間を置いて、父さんが言う。


「もう一つ」


「なに?」


「契約」


「動画の?」


「動画だけじゃない。今後、お前に直接何か来る可能性がある」


「何かって?」


「演奏してほしい。曲を作ってほしい。動画で使わせてほしい。広告に出てほしい。所属しないか。そういう話だ」


「今のところ来てないよ」


「来てから慌てるな」


それはそうだった。


父さんは画面を閉じる。


「契約書や利用規約が出てきたら、内容を分からないまま同意するな」


「読むよ」


「読んで分からなかったら?」


「父さんに聞く」


「それでも分からなければ専門家に聞く」


「専門家?」


「金が大きくなれば必要になる」


今すぐ誰かを雇うという話ではないらしい。


必要になった時に、必要な人へ聞けばいい。


「契約って、何を見るの?」


「全部」


「全部?」


「最低でも、何をするのか。いくらもらうのか。いつまでか。誰が何を使えるのか。途中でやめられるのか」


父さんは少し考えて付け加える。


「特に権利は軽く渡すな」


「権利?」


「お前が作った曲や、録った演奏や、動画に関するものだ」


「俺が作ったなら俺のじゃないの?」


「基本はそうでも、契約で扱いが変わることがある」


「全部あげるって書いてあったら?」


「理由も分からず同意するな」


「分かった」


「逆も同じだ。他人の曲や映像を勝手に使うな」


「それはやってないよ」


「なら続けろ」


父さんの説明は短かった。


細かい法律の名前も出てこない。


俺が今覚えておけば困らないところだけだった。


「父さん、こういうの詳しいね」


「会社員の時に触った。今も金を扱ってる」


「なるほど」


そこで終わりかと思ったけれど、父さんは俺のスマートフォンを指した。


「それで」


「なに?」


「その金、どうするつもりだ」


「まだ決めてない」


「使う予定は?」


「スタジオとか、楽器借りるのには使う」


「それ以外は?」


「別に」


父さんが少しだけ考える。


「なら、すぐ使わない分は分けておけ」


「貯める?」


「税金で必要になる分まで全部使うな、という意味だ」


「ああ」


それは困る。


楽器を借りて全部使った後で、別に払う金が必要だと言われても面倒だった。


「じゃあ使える分と、使わない分に分ければいい?」


「最初はそれでいい」


「分かった」


父さんは必要な表の作り方だけ俺に見せた。


複雑ではなかった。


入った金を書く。


使った金を書く。


何に使ったか残す。


証拠になるものがあれば取っておく。


それだけならすぐできる。




 




 




〓〓〓




 




 




夕飯の後、自分の部屋で今までの履歴を見直した。


動画から入った収益。


スタジオの利用履歴。


楽器レンタル。


録音に使ったもの。


一覧にしてみる。


今までは全部、別々のものだと思っていた。


動画は動画。


スタジオはスタジオ。


楽器を借りる金は小遣いから払うもの。


でも、収益が出るようになると、全部が一つの流れになっている。


音で遊ぶ。


必要なら場所を借りる。


楽器を借りる。


録る。


投稿する。


誰かが見る。


金が入る。


その金でまたスタジオや楽器を使える。


「循環してるな」


少し面白かった。


別に、金を増やすために音楽をやっているわけではない。


再生数を増やすために曲を作るつもりもない。


でも、今まで俺が小遣いから出していた金を、動画から入った金で払えるなら、その方が楽だった。


管理画面を見る。


前よりまた増えている。


今までは「数字が動いてる」くらいにしか思っていなかった。


でも、父さんに言われた後だと少し見え方が違う。


これはただの数字ではない。


後で何かに使える金だ。


同時に、記録しておかないと面倒なものでもある。


「面倒だな」


思わず口に出た。


ただ、数分入力すれば終わる。


それならやった方がいい。


やらずに後で余計に面倒になる方が嫌だった。


表へ入力する。


終わる。


思ったより早い。


そのままパソコンを閉じようとして、メールに新しい通知が来ていることに気づいた。


動画に関する問い合わせだった。


内容を読む。


俺の音楽を何かに使えないか、という話らしい。


まだ具体的な契約ではない。


でも、さっき父さんが言っていた話に近かった。


少し考えて、立ち上がる。


また仕事部屋へ行く。


「父さん」


「何だ」


「なんか来た」


画面を見せる。


父さんは読む。


「返事するな」


「まだ何もしてない」


「ならいい。相手と条件を確認する」


「面白そうならやっていい?」


「条件がまともならな」


「分かった」


父さんはそれ以上止めなかった。


俺も急いで返す必要はない。


音楽を使いたい人がいるなら、別に嫌ではない。


ただ、分からないまま決めるのは面倒が増えるらしい。


なら、分かってから決めればいい。




翌日の昼休み。


陽太に昨日の話をする。


「で、どうだった?」


「記録しろって」


「それだけ?」


「税金と契約と権利の話もされた」


「やっぱ聞いて正解だったじゃん」


「うん」


陽太は少し得意そうだった。


「だから言っただろ」


「陽太、そういうの知ってたの?」


「詳しくは知らない」


「じゃあなんで言ったの?」


「知らないから親に聞けって言ったんだよ」


なるほど。


それも正しい。


「あと、問い合わせ来てた」


「何の?」


「俺の音楽使いたいって」


陽太の目が少し大きくなる。


「仕事?」


「まだ分かんない」


「返した?」


「父さんに見せた」


「お前、昨日の今日でちゃんと学んでるじゃん」


「勝手に返すなって言われたから」


「そういうのでいいんだよ」


陽太が笑う。


「なんか急にちゃんと活動してる人っぽくなってきたな」


「昨日と何も変わってないけど」


「金が動いて、仕事っぽい連絡まで来てるだろ」


「でも俺がやってるのは同じだよ」


「まあ、お前はな」


昨日までと同じように、俺は音を出す。


面白ければ録る。


気が向けば投稿する。


ただ、その後ろで、数字や金や契約まで動き始めている。


そこは俺が音を鳴らしているだけでは済まないらしい。


だったら必要なところだけ覚えればいい。


それでまた普通に音を出せるなら、その方が面倒が少なかった。

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