第32話 数字が増える
昼休み、陽太が俺の机にスマートフォンを置いた。
「楽、これ見た?」
「何?」
画面には俺のチャンネルが出ている。
最近投稿したトランペットの動画だった。
「見たよ。俺のだし」
「そうじゃなくて数字」
言われてから見る。
前に確認した時より再生されていた。
「増えてるね」
「増えてるね、じゃなくて。昨日よりまた結構増えてるぞ」
「そうなんだ」
「お前、自分のチャンネル見てないの?」
「投稿した時は見るよ」
ちゃんと公開されているか確認するし、何か変なところがあれば直す。
でも、その後ずっと数字を眺める必要はない。
陽太が画面を操作した。
「これだけじゃないんだよ」
次に出たのはヴァイオリン。
その次がドラム。
さらに《透明なノイズ》。
そこまでは最近の動画だから分かる。
でも陽太がもっと下へ移動すると、中学の頃に投稿したピアノまで再生数が増えていた。
「これ、前よりだいぶ増えてる」
「古いやつ?」
「そう。あとギターも。歌の短いやつも」
自分でも画面を見る。
確かに、最近の動画だけではなかった。
トランペットから来た人がヴァイオリンを見る。
ヴァイオリンから来た人がピアノを見る。
《透明なノイズ》から来た人が歌を探して、そのままギターや即興まで見ている。
コメントにも似たような流れがあった。
『トランペットから来たけど元々ピアノの人だったの?』
『歌の人だと思ってたらギターも弾いてる』
『最初の方まで見たけど、このチャンネル何なんだ』
『過去動画掘るほど分からなくなる』
「見られてるね」
「だからそう言ってんだよ」
陽太が呆れたように笑った。
「登録者も増えてる」
「うん」
「反応薄くない?」
「増えるの嫌じゃないよ」
「嬉しくは?」
考える。
見ている人が増えれば、投稿したものを聞く人も増える。
それは悪くない。
でも、それで次に何をするかが変わるわけではなかった。
「まあ、増えたんだなって」
「それを反応薄いって言うんだよ」
陽太が自分のスマートフォンを回収する。
「俺だったら毎日見るけどな」
「陽太は見るよね」
「見る。普通に気になるし」
陽太は自分の動画でも、どれがよく見られたか確認している。
撮り方や長さを変えることもある。
俺にはそこまで必要なかった。
「でもさ」
陽太が少し笑う。
「これ、前に一緒にやってた時より分かりやすくていいわ」
「何が?」
「俺の数字と、お前の数字」
一瞬だけ意味を考えて、すぐ分かった。
中学の時は、同じチャンネルの中に陽太のダンスと俺の音楽があった。
動画が伸びても、それを誰が見たくて来た数字なのか分からなくなっていた。
今は違う。
陽太のチャンネルには陽太の動画がある。
俺のチャンネルには俺が遊んだ音がある。
「そうだね」
「お前がどれだけ増えても、俺のじゃないしな」
陽太の声に引っかかるところはなかった。
悔しさがまったくないわけではないと思う。
でも、それを俺へ向けてはいない。
「陽太のも最近伸びてるでしょ」
「ちょっとな」
少し嬉しそうだった。
「新しいやつよかったよ」
「見たの?」
「見たよ」
「お前、俺のは見るんだな」
「友達だから」
「自分の数字もそのくらい見ろよ」
「別に困ってないし」
「そういうとこだよなあ」
予鈴が鳴る。
陽太は自分の席へ戻った。
俺も教科書を出した。
数字が増えていても、午後の授業は普通に始まった。
〓〓〓
それからも投稿の仕方は変えなかった。
ピアノを弾きたくなれば、学校で使える時に弾く。
知らない楽器が気になれば借りる。
スタジオへ行って、録画を始めて、音を出す。
終われば必要なところだけ残して投稿する。
毎回何か新しいことをする必要もない。
以前触ったトランペットをまた吹く日もあれば、普通にピアノだけの日もある。
ギターを借りたのに、途中から机を叩いた音の方が面白くなって、ほとんどギターを使わないこともあった。
それでも、動画を出すたびに前より早く見られるようになった。
一つ新しい動画を出す。
そこから何人かが前の動画へ移る。
さらに古い動画へ行く。
中学の頃に上げたものまでコメントが増える。
最初に個人チャンネルへ置いた、陽太との共同動画で使った曲の音楽だけの版まで掘り起こされていた。
『ここから今の《透明なノイズ》まで行くのか』
『昔から作曲の感じおかしい』
『本人は何も説明しないから古い順に見てる』
最後のコメントは少し面白かった。
説明した方がいいのだろうか。
でも、何を説明するのか分からない。
その時やりたかったことをやっただけだ。
順番に意味があるわけでもない。
ピアノの次にギターをやらないといけない理由もないし、歌の後にトランペットを吹いたことにも特別な理由はなかった。
見たい人が好きな順で見ればいい。
学校でも、俺の動画を見ている人は前より増えた。
「鳴海、昨日のピアノ見た」
朝、席へ着くと声をかけられる。
「ありがとう」
「久しぶりに普通にピアノだけだったな」
「弾きたかったから」
「コメントでも安心されてたぞ」
「なんで?」
「やっと知ってる楽器に戻ったって」
別の男子が笑う。
「俺、鳴海はピアノの人だと思ってたのに、最近何見ても違う楽器なんだよ」
「ピアノも弾くよ」
「それは知ってる」
「じゃあいいじゃん」
「よくない。何者なのか分かんない」
「同じクラスの鳴海でしょ」
「そういう意味じゃねえよ」
会話を聞いていた陽太が笑った。
以前なら動画の話をする時、少し遠慮していた人もいた。
今は普通だった。
授業が始まれば動画の話は終わる。
昼になれば一緒に飯を食う。
数学の答えを聞かれることもある。
俺が動画投稿者でも、学校の中でやることは大きく変わらなかった。
ある日、家でチャンネルを開くと、今まで見たことのない表示が出ていた。
収益化に関する案内だった。
少し読む。
一定の条件を満たしたらしい。
動画に広告などが付いて、条件に応じて収益が発生する。
「へえ」
もう少し読む。
今まで投稿するだけだった場所から、金が入るようになるらしい。
俺は父さんのところへ行った。
リビングでパソコンを見ている。
「父さん」
「何だ」
「動画、金入るようにできるみたい」
父さんが画面から目を上げる。
「収益化か」
「たぶん」
「条件を満たしたのか?」
「そう書いてある」
「見せろ」
スマートフォンを渡す。
父さんは表示を確認した。
必要な項目を順番に見る。
「やるのか?」
「やっていいなら」
「理由は?」
「同じ動画上げるだけなら、入る方がよくない?」
父さんは少しだけ口元を動かした。
笑ったらしい。
「まあ、そうだな」
「駄目?」
「駄目ではない。ただ、お前は未成年だ。必要な手続きは確認する」
「分かった」
「勝手に規約へ同意する前に、一度見せろ」
「うん」
父さんはスマートフォンを返した。
「それと、金が入るようになっても学校や住所を出すな。そこは今までと同じだ」
「分かってる」
「ならいい」
それ以上は何も言わなかった。
動画をやめろとも、稼ぐなとも言わない。
必要なところだけ確認する。
いつもと同じだった。
〓〓〓
必要な手続きが終わってからも、何かが急に変わった感じはしなかった。
次の日も学校へ行く。
授業を受ける。
帰りにスタジオへ寄る。
その日は新しい楽器ではなく、ギターを借りた。
前より指先は慣れている。
短いフレーズを何度か弾いているうちに、別の形が浮かぶ。
そこからベースを足したくなったので、途中で借りる。
最後は声まで入れた。
家へ帰って少し重ねる。
投稿する。
今までと同じだった。
違うのは、その動画が再生されると、金が発生する可能性があるということだけだった。
何日か経って、管理画面を見る。
表示が増えている。
再生数や登録者数の横に、今までなかった項目がある。
金額はまだ大きくない。
でも、ゼロではなかった。
「本当に入るんだ」
動画を上げただけだった。
誰かに曲を頼まれたわけでもない。
仕事として契約したわけでもない。
俺が勝手に音で遊んで、それを置いておいた。
それを誰かが見た。
それだけで金が発生している。
仕組みとして少し変だった。
翌日、陽太に話す。
「収益化した」
「マジで?」
「うん」
「いつ?」
「この前」
「なんでそんな普通に言うんだよ」
昼休み。
陽太が箸を止める。
「もっと早く言えよ」
「昨日まで忘れてた」
「忘れるなよ!」
「手続きはしたよ」
「そういう話じゃねえ」
陽太が少し身を乗り出す。
「で、どう?」
「どうって?」
「金入った?」
「少し」
「うわ、いいな」
陽太は普通に羨ましそうだった。
「お前の方もそのうちできるんじゃない?」
「条件届けばな。俺はまだもうちょい」
「そっか」
「いくら?」
「知らない」
「知らない?」
「正確には見てない」
「見ろよ!」
周りにいたクラスメイトがこっちを見る。
陽太が少し声を落とした。
「普通見るだろ」
「ゼロじゃないのは見た」
「そこまで見たなら数字も見えるだろ」
「見えたけど覚えてない」
金額の数字を覚えておく必要があると思わなかった。
増えたり減ったりするものなら、また見ればいい。
「お前、金にも興味薄いんだな」
「使う時はいるよ」
「じゃあ何に興味あんの?」
少し考える。
「仕組み」
「仕組み?」
「だって変じゃない?」
「何が?」
「俺が遊んで投稿するだけで、金入るんでしょ」
陽太が止まる。
「まあ……そういうもんだけど」
「誰かに頼まれてないのに」
「広告とかあるからだろ」
「それは分かる」
仕組みとしては理解できる。
見ている人がいて、その視聴へ価値が付く。
そこから投稿した側へ一部が来る。
でも、自分の行動だけを見ると不思議だった。
俺は金をもらうために曲を作っていない。
再生されやすい動画を考えてもいない。
ただ、面白そうな音を出している。
それなのに、後から数字が付いて、その数字の一部が金になる。
「便利だね」
俺が言うと、陽太が変な顔をした。
「便利?」
「スタジオ代とか楽器借りる金になるじゃん」
今までは小遣いから出していた。
収益がそこへ回るなら、その分だけ別の楽器も借りやすい。
「お前、そこに戻るのかよ」
「何が?」
「金入って最初に考えるのが、また楽器借りられるってこと?」
「他に何かある?」
「服買うとか、遊びに行くとか」
「それは小遣いでもできるし」
「じゃあ貯める?」
「余ったら」
陽太がしばらく俺を見る。
『こいつ、本当に金そのものはどうでもいいんだな』
そんな音だった。
「まあ、お前らしいけど」
「陽太なら何に使うの?」
「機材かな。あと服とか。撮影で使うのも欲しいし」
「じゃあ同じようなもんじゃん」
「……言われてみればそうか」
陽太が笑った。
昼休みが終わるまで、収益化の話はそれで終わった。
それからも、数字は増えた。
新しい動画を出せば見られる。
新しい楽器を触れば、その楽器をやっている人が来る。
《透明なノイズ》から入った人は歌を探す。
ピアノから知った人が最近の動画を見て、まだ知らない楽器まで弾いていることに驚く。
その逆もある。
昔の動画がまた動く。
コメントが付く。
登録者が増える。
そして、その全部に少しずつ金額まで付くようになった。
俺がやることは変わらない。
学校へ行く。
授業を受ける。
暇になれば音を探す。
弾きたくなれば弾く。
吹きたくなれば借りる。
録っていたら投稿する。
でも、画面の向こうでは数字だけが前より速く増えていった。
ある夜、パソコンで動画を投稿した後、管理画面を開く。
今日も何か増えている。
再生数。
登録者。
収益。
全部、俺が見ていない間にも動いていた。
変なの。
遊んだものを置いておくだけで、人が見て、数字になって、今度は金にまでなる。
今のところ、その金で何をするかは特に決めていない。
でも、使えるなら困らない。
次に借りたい楽器はいくつかあった。
俺は管理画面を閉じた。
数字を見るより、そっちを調べる方が面白かった。




