第25話 これは俺の数字じゃない
陽太は、前より明らかに上手くなった。
それは俺にも分かった。
足の置き方。
止まる時の身体。
次の動きへ移る速さ。
前なら曲の方で少し余裕を作っていた場所でも、そのまま動けるようになった。
だから新しい曲を作る時、使える音も増えた。
「ここ、前より詰めるよ」
放課後。
陽太が踊るのを見ながら言う。
「どこ?」
「この後」
俺はピアノで短く鳴らす。
今までなら一拍近く空けていたところへ、音を入れる。
陽太が動いてみる。
一回。
少し遅れる。
「もう一回」
自分から言った。
二回目。
近い。
三回目。
合う。
「いけるじゃん」
陽太が笑う。
「前は無理だった」
「そうだっけ」
「俺が空けてた」
「じゃあ上手くなったってこと?」
「うん」
「よし」
嬉しそうだった。
前にコメントを見て落ち込んでから、陽太は練習量を増やした。
それだけが理由ではない。
もともと練習するやつだった。
でも、前より明らかに長くなった。
その分、動きも変わった。
俺は新しい陽太に合わせて曲を変える。
前と同じにはしない。
できることが増えたなら、音も増やせる。
「楽」
「なに?」
「次もっと難しくしていいぞ」
「何を?」
「曲」
「陽太が踊れるなら」
「踊る」
即答だった。
『次は負けたくない』
何に、とは言わない。
曲なのか。
前の自分なのか。
コメントを書いた誰かなのか。
多分全部だった。
「じゃあ作る」
「おう」
俺もその方が面白かった。
新しい動画を投稿した。
陽太の動きは、前より良かった。
俺の曲も、それに合わせて前より複雑になった。
再生される回数はまた増えた。
コメントも。
『ダンス前よりかなり上手くなってない?』
『止め方きれいになった』
『前の動画から見てるけど陽太くん上達してる』
陽太はその辺りを何度も見ていた。
「褒められてるね」
俺が言う。
「見えてる」
嬉しい。
かなり。
でも、画面を下へ動かすと別のコメントが増える。
『新曲きた』
『鳴海楽の曲待ってた』
『今回の曲めちゃくちゃ好き』
『曲だけで上げてほしい』
『鳴海くん次いつ出る?』
『ピアノ動画またやって』
『このチャンネル来る理由ほぼ鳴海楽の新曲になってる』
陽太の指が止まった。
「最後の人、正直だね」
俺が言う。
「そうだな」
声は普通。
でも中身は違う。
傷ついた、とは少し違った。
前みたいに、
『俺が下手だから』
だけではない。
もっと嫌な感じ。
自分のものだった場所が、少しずつ別のものになっていく音だった。
「陽太」
「ん?」
「嫌?」
「何が?」
「今の」
陽太は少し黙る。
「……分かんねえ」
本当にまだ分からないらしい。
スマートフォンを伏せる。
「まあいいや。次の振り考える」
「もう?」
「せっかく今回できたし」
「うん」
その日は、それで終わった。
〓〓〓
しばらくして、陽太が一人で動画を出した。
俺の曲は使っていない。
前みたいに、陽太が自分で選んだ曲で踊った動画。
「出したんだ」
学校で気づいて言う。
「昨日な」
「見た」
「どうだった?」
「上手かったよ」
「前より?」
「前より」
「よし」
陽太は笑う。
動画自体も悪くなかった。
動きは共同動画を始める前よりかなり良くなっている。
前だったら崩れていたところも、そのまま抜けられる。
俺が音で助けなくても、ちゃんと見られる。
「コメントもいいじゃん」
俺が言う。
「まあな」
前から陽太を見ていた人たちが書いている。
『やっぱり上手くなってる』
『この感じも好き』
『久しぶりに普通の踊ってみた嬉しい』
陽太自身を見ている人も、ちゃんと残っている。
でも。
再生されている回数は、共同動画より少なかった。
かなり。
「こっちは少ないね」
言うと、
「それな」
陽太が笑った。
でもその笑いは少し硬い。
『分かってた』
『でも実際見ると結構来るな』
そんな音。
「気になる?」
俺が聞く。
「そりゃな」
「じゃあ次また一緒に撮る?」
陽太が俺を見る。
一瞬だけ嬉しくなる。
共同動画ならまた数字は伸びる。
それは、もう二人とも分かっている。
その直後。
嫌な音が混ざった。
「……いや」
「撮らない?」
「撮るけど」
「どっち?」
「今度でいい」
よく分からない。
でも本人がそう言うなら、それでいい。
「分かった」
陽太は自分のスマートフォンを見たままだった。
〓〓〓
次の共同動画は、今までで一番早く伸びた。
投稿した翌日。
その次の日。
数字が増え続ける。
学校でも何人かに言われた。
「鳴海、次の曲いつ?」
「まだ決めてない」
「相沢の動画でまた出す?」
「陽太が撮るなら」
そんな会話が増えた。
陽太も隣にいるのに、俺へ先に聞くやつもいた。
ある時。
同じ学年の男子が俺に言った。
「相沢のチャンネル、鳴海の曲まとめて聞けるからいいよな」
陽太はすぐ横にいた。
俺は男子を見る。
「陽太のチャンネルだけど」
「あ、いや、分かってるけど」
男子は少し気まずそうに笑う。
「曲目当てで見てるって意味」
「そう」
「じゃあまたな」
去っていく。
陽太は何も言わなかった。
怒ってはいない。
その男子にも。
俺にも。
でも、
『またか』
という音がした。
「陽太」
「ん?」
「今の嫌だった?」
少し間がある。
「楽、お前そういうの普通に聞くよな」
「聞かない方がいい?」
「今回はいい」
陽太は息を吐く。
「ちょっと嫌だった」
「俺の曲目当てってところ?」
「うん」
正直だった。
「曲が嫌なんじゃないぞ」
「分かってる」
「楽が悪いとも思ってない」
「それも分かる」
「ならいい」
でも、よくはなさそうだった。
陽太自身も、それが分かっていた。
週末。
撮影用に借りたスタジオ。
動画を一本撮り終えた後、陽太は床へ座った。
今日は撮り直しが少なかった。
三回。
三回目で陽太自身が、
「これでいい」
と言った。
前なら同じ振りに十回近くかけることもあった。
「早く終わったね」
俺が言う。
「俺が上手くなったからな」
「そうだね」
陽太が笑う。
冗談みたいな言い方だけど、本気でもある。
自分が上達したことは分かっている。
俺も分かる。
今日の動画はいい。
陽太のダンスも。
曲との組み合わせも。
「これも伸びそう」
陽太が言う。
「そうなの?」
「多分」
「何で分かるの?」
「最近の流れ見てたら分かる」
再生数。
登録者数。
コメント。
そういうものを、陽太は俺よりずっと見ている。
もともと自分で動画を出していたから当然だった。
「楽」
「なに?」
「今、登録してる人どれくらいいるか知ってる?」
「知らない」
「だと思った」
陽太が数字を見せる。
最初に俺が曲を作った頃より、かなり増えていた。
「増えたね」
「増えた」
「嬉しくない?」
「嬉しいよ」
そこは本当。
「じゃあいいじゃん」
「……前ならな」
陽太は画面を見る。
指で最近の動画を順番に示す。
俺と一緒に作ったもの。
俺が生演奏したもの。
新曲を使ったもの。
どれもよく伸びている。
その間にある、陽太だけの動画。
それは低い。
「分かりやすいだろ」
「何が?」
「これ」
陽太が二つの動画を指す。
片方は共同動画。
片方は陽太だけ。
ダンス自体は、陽太だけの方が後に撮った分だけ少し上手い。
でも数字は共同動画の方が大きい。
「楽がいるかどうかで変わってる」
「そうだね」
「曲も」
「うん」
「俺さ」
陽太が一度止まる。
言いにくいらしい。
でも隠さない。
「最近、この数字見ても前みたいに嬉しくないんだよ」
その音は、ずっと聞こえていた。
「何で?」
聞く。
陽太が苦笑する。
「分かってんだろ」
「だいたい。でも陽太がどう言うかは知らない」
「そういうとこだけ律儀だよな」
少し笑う。
それから画面を見る。
「これ、俺の数字じゃない」
静かな声だった。
でも迷いは少なかった。
「俺のチャンネルだけど」
「うん」
「俺が踊ってるけど」
「うん」
「見に来てるやつのかなりの数が、楽の新曲聞きに来てる」
「そうみたいだね」
「コメントもそう」
「うん」
「俺が上手くなっても、楽の曲ない動画はそんな伸びねえ」
悔しい。
寂しい。
少し情けないと思っている。
でも、一番強いのは違和感だった。
『これを自分の人気だと思うのは違う』
「陽太が嫌ならやめる?」
俺が聞く。
陽太が顔を上げた。
「曲作るの?」
「共同動画」
「あ」
考える。
「楽はいいの?」
「何が?」
「結構見られてるじゃん」
「陽太が嫌なら別に」
「もったいなくね?」
「何が?」
「せっかく増えてんのに」
「俺のチャンネルじゃないし」
陽太が少し黙った。
「……そうなんだよな」
「うん」
「俺のなんだよ」
「うん」
「なのに俺が一番、俺のじゃないって思ってる」
その音は、言葉と同じだった。
「じゃあやめよう」
俺が言う。
「軽いな」
「続ける理由ある?」
陽太は画面を見る。
ないらしい。
でも、すぐには答えなかった。
一緒に撮るのは楽しい。
曲を作るのも。
踊るのも。
場所を探すのも。
撮り直すのも。
コンビニで飯を買うのも。
それをやめるのは、少し寂しい。
俺にもそれはあった。
「俺、共同動画自体は好きだけど」
陽太が言う。
「俺も」
「楽しいし」
「うん」
「楽とやんのも嫌じゃない」
「知ってる」
「でも、このままは嫌だ」
「じゃあ終わりでいいじゃん」
「……うん」
陽太が頷く。
寂しい。
でも、少し楽になった。
その音もあった。
「じゃあ今日ので最後?」
俺が聞く。
「そうするか」
「分かった」
「何かもっとないの?」
「何が?」
「最後なのに」
「今日の動画よかったよ」
「そうじゃねえ!」
陽太が笑った。
俺も少し笑う。
最後だから特別なことをする必要はない。
今日撮ったものは普通に投稿する。
それで終わり。
次から陽太は自分の動画を作る。
俺は別の音で遊ぶ。
友達をやめるわけではない。
それなら特に問題はなかった。
〓〓〓
スタジオを出る。
駅まで歩く。
途中でコンビニへ寄った。
陽太はパン。
俺は飲み物だけ。
共同動画を始めてから何度もやった流れだった。
「これも今日で最後か」
陽太が言う。
「コンビニはまた来るでしょ」
「そうじゃねえ」
「撮影の帰り?」
「そう」
「陽太は撮影続けるじゃん」
「楽がいないって意味」
「呼べば行くよ」
「何しに?」
「暇なら見る」
「それ今までとあんま変わらなくね?」
確かに。
「じゃあ変わらないね」
「いや、変わるけど」
陽太が笑う。
パンを食べながら歩く。
しばらくして、陽太が言った。
「楽」
「なに?」
「お前、自分のチャンネル作れよ」
「なんで?」
「なんでって」
陽太が呆れた顔をする。
「曲聞きたいってやつ、あんなにいるだろ」
「陽太のところにはもう出さないよ」
「だから自分で出せって」
「一人で?」
「曲作って動画にすりゃいいじゃん。ピアノでも何でも」
考える。
音で遊ぶ。
撮る。
上げる。
それだけなら、できる。
陽太へ合わせる必要もない。
その時やりたい音をそのまま出せばいい。
「そうする」
答えると、陽太が止まった。
「……早っ」
「だめ?」
「いや」
少し間。
それから、
「最初からそうしろよ」
と言った。
「陽太が曲欲しいって言ったから始めたんじゃん」
「そうだけど!」
「じゃあ最初は無理だよ」
「そういう意味じゃねえ!」
陽太が笑う。
俺も笑った。
「名前どうする?」
陽太が聞く。
「何の?」
「チャンネル」
「鳴海楽でいいんじゃない?」
「またそのままかよ」
「俺の名前だし」
「スペースくらい入れたら?」
「どこに?」
「名字と名前の間」
「じゃあそれで」
「適当だなあ」
「分かりやすいよ」
陽太はもう何も言わなかった。
共同動画は終わった。
でも陽太は隣にいる。
次に何か撮る時も、たぶん普通に話す。
学校でも。
帰り道でも。
多目的室でも。
変わるのは、動画を出す場所だけだった。
陽太は自分のチャンネルで踊る。
俺は自分の場所で音を出す。
それでいい。
駅が見えてきた。
「楽」
「なに?」
「チャンネル作ったら教えろよ」
「見るの?」
「見るに決まってんだろ」
その言葉も、中身も同じだった。
「分かった」
俺は答えた。




