第24話 曲の方がすごい
共同動画を出すたびに、前より見る人が増えるようになった。
最初は、陽太が前から投稿していた動画を見る人が中心だった。
そこへ俺の曲を気にする人が混ざった。
生演奏の動画が伸びてからは、それがもっと増えた。
「楽、これ見た?」
昼休み。
陽太がスマートフォンを俺の机へ置いた。
「どれ?」
「昨日の」
新しく投稿した動画だった。
今回は生演奏ではない。
陽太が先に振りを作って、俺がそれに合わせて曲を作った。
何度か撮り直して、一番いいものを投稿した。
「増えてるね」
再生数は、前までの動画より早く増えていた。
「コメント」
陽太が言う。
画面を下へ動かす。
『今回の曲好き』
『鳴海楽の曲また来た』
『音だけでもずっと聞ける』
ここまでは前にもあった。
さらに下。
『この曲だけフルで上げてほしい』
『ダンスなしで曲だけ聞きたい』
「曲だけ欲しい人いるね」
俺が言う。
「いるな」
陽太の返事は普通だった。
でも音は少し違う。
嫌ではない。
俺の曲が評価されること自体は、本当に嬉しい。
それとは別に、自分の動画なのにダンスをなくしてほしいと言われるのは少し引っかかっている。
陽太がさらに下へ動かす。
そこで指が止まった。
『曲はすごいのにダンスが普通』
その下。
『ダンスが曲に見合ってない気がする』
もう一つ。
『これ鳴海楽の曲が強すぎる。踊ってる子が負けてる』
陽太が黙る。
傷ついた。
はっきり分かった。
『分かってる』
『でもわざわざ言うなよ』
『悔しい』
いくつも混ざっている。
「陽太」
「ん?」
「嫌なら見なくていいんじゃない?」
「何を?」
「コメント」
「いや」
陽太がスマートフォンを引き寄せる。
「別に見る」
「傷ついてるよ」
「そういうのいちいち言うな」
少しだけ怒った。
「ごめん」
「……まあ、合ってるけど」
陽太は画面を消さない。
もう一度コメントを見る。
「俺より上手いやつなんて普通にいるしな」
「いるって前から言ってたね」
「いる」
「じゃあこの人たちもそう思っただけ?」
「多分」
陽太は自分から聞いたのに、少し悔しそうだった。
「でも」
指で画面を叩く。
「これ、楽のせいじゃないからな」
「俺、何も言ってないよ」
「分かってる」
「じゃあ何で?」
「なんとなく」
陽太自身にも、わざわざ言った理由はうまく説明できていない。
でも中身は分かる。
『楽が曲作るからこうなった、とは思いたくない』
ではなかった。
もっと単純だった。
『俺がもっと上手ければ言われない』
そっちだった。
「曲変える?」
俺が聞く。
陽太が顔を上げる。
「何で?」
「ダンスより目立たない曲にする」
「やめろ」
即答だった。
「だめ?」
「だめ」
「陽太用に作ればできるよ」
「そうじゃねえって」
陽太の声が少し強くなる。
怒っている。
でも俺へではない。
「楽が俺に合わせて一番いいと思った曲作ってんだろ?」
「うん」
「それ弱くして何になるんだよ」
「コメントは減るかも」
「いらねえよ、そんなの」
陽太がスマートフォンを机へ置く。
「曲が良すぎるなら、俺がそこまで上手くなればいいだろ」
「すぐ?」
「すぐは無理だよ!」
「じゃあ時間かかるね」
「かかるよ。悪いか」
「悪くない」
九条もそうだった。
負ければ練習する。
足りなければ増やす。
俺にはあまり必要のないやり方だけれど、陽太もそれを普通に選ぶ。
「俺」
陽太がもう一度コメントを見る。
「曲に負けないくらい踊れるようになる」
『悔しい』
音はまだ消えていない。
でも、その中に別のものが増えていた。
『次はもっと上手くする』
陽太はスマートフォンをしまう。
「今日、多目的室空いてたよな?」
「たぶん」
「放課後行く」
「撮る?」
「練習」
「俺も?」
「楽は好きにしろ」
「じゃあ行く」
「何で?」
「暇だから」
陽太が少し笑った。
傷ついているのはまだ残っていた。
でも笑ったのも本当だった。
〓〓〓
放課後。
多目的室へ入ると、陽太はすぐ動き始めた。
撮影はしない。
スマートフォンを置いて、同じ曲を流す。
今投稿している動画の曲。
俺が作った曲だった。
一回目。
止まる。
陽太が鏡を見る。
「ここ遅い?」
「少し」
「どれくらい?」
「今のだと、音が先」
「もう一回」
二回目。
さっきより近い。
三回目。
合う。
「今」
俺が言う。
「分かった」
そのまま続ける。
曲を止めない。
陽太は汗をかき始めている。
何度か同じ部分だけを繰り返す。
俺は古いピアノの椅子に座って見ていた。
「楽」
「なに?」
「そのコメントのやつ」
「どれ?」
「ダンス普通って」
「ああ」
「お前はどう思う?」
答える前に、陽太の音を聞く。
本当に聞きたい。
でも、褒めてほしいだけではない。
「前より上手いよ」
「それは分かってる」
「かなり」
「曲と比べて」
「比べ方が分からない」
「は?」
陽太が止まる。
「曲とダンスって同じ上手さじゃないし」
「そういう意味じゃなくて」
「動画として?」
「そう」
それなら分かる。
今投稿している動画を思い出す。
「曲に助けられてるところはある」
陽太の顔が少し固くなる。
でも続ける。
「どこ?」
「止めるところとか。陽太が一番きれいに見えるところへ音を置いてるから」
「それは前から言ってたな」
「うん」
「じゃあ、曲なくしたら?」
「今より弱く見えると思う」
陽太が息を吐いた。
傷ついている。
でも聞くのをやめない。
「やっぱそうか」
「でも、それ用に作ってるから普通じゃない?」
「何が?」
「陽太をよく見せるための曲だよ」
「……ああ」
「役に立ってるなら成功でしょ」
俺にはそうだった。
陽太だけでは作れないものを、俺が足している。
俺一人ではダンス動画にはならない。
二人で作っているから、元より良くなる。
「楽はさ」
陽太が床へ座る。
「俺のダンス、下手だと思う?」
「下手ではないよ」
「上手い?」
「上手い」
「即答だな」
「前から言ってるじゃん」
「でも楽の上手いって幅広そう」
「陽太より上手い人もいるよ」
「それも知ってる」
「じゃあ何が聞きたいの?」
陽太が少し黙った。
「多分、自信なくなってるだけ」
その言葉と中身は、ほとんど同じだった。
「コメントで?」
「うん」
「じゃあ見なければ?」
「またそこに戻るのかよ」
「見て自信なくすなら見ない方が楽じゃん」
「楽はそうなんだろうな」
「陽太は違う?」
「悔しいけど、言われたら気になる」
「じゃあ見る?」
「見る」
「ならそれでいいんじゃない?」
「お前、ほんと簡単に言うな」
「難しい?」
陽太は少し考えてから首を振る。
「いや。多分俺が勝手に難しくしてる」
立ち上がる。
「もう一回」
「まだやるの?」
「やる」
曲を最初へ戻す。
また踊る。
さっきまでより、身体の使い方が少し変わった。
大きく見せようとしている。
でも力が入りすぎている。
「陽太」
「何?」
「今の前より悪い」
曲を止める。
「マジ?」
「力入りすぎ」
「……くそ」
「コメント気にしてる?」
「多分」
「じゃあ忘れた方がいい」
「簡単に言うなって」
「でも前の方がよかったよ」
陽太が鏡を見る。
一度、肩を回す。
深く息を吐く。
「もう一回」
今度は少し戻った。
「さっきよりいい」
「おう」
陽太は続けた。
一時間くらい経った。
俺は途中で暇になった。
陽太は同じところを何度もやっている。
俺はピアノを開く。
「弾くの?」
陽太が聞く。
「邪魔?」
「いや。別の曲?」
「うん」
適当に音を出す。
陽太の練習曲ではない。
窓の外が暗くなってきた。
廊下の音も減っている。
陽太の足音。
荒くなった呼吸。
床。
古いピアノ。
それを混ぜる。
「楽」
「なに?」
「今俺練習してんだけど」
「知ってるよ」
「その横で新しい曲作るのやめてくんね?」
「何で?」
「余計へこむ」
陽太が笑っている。
本気で怒ってはいない。
「じゃあやめる?」
「いや、弾いてていい」
「どっち?」
「俺も集中する」
また踊る。
俺も弾く。
別々のもの。
でも同じ部屋。
陽太は何度も繰り返す。
俺は同じ音を繰り返さない。
それでも、どちらも自分がやりたいからやっていた。
〓〓〓
それから陽太の練習時間は増えた。
毎日ずっと、というわけではない。
授業は普通にある。
宿題もある。
家の用事もある。
撮影の日もある。
それでも、前より少し早く多目的室へ行く。
空いていなければ別の場所を探す。
家でもできる動きはやる。
週末には借りたスタジオでも練習する。
「今日撮影じゃないよね?」
ある土曜日。
俺が聞く。
「練習」
「わざわざ借りるの?」
「広い方がやりやすい」
「お金かかるよ」
「分かってる」
陽太は自分で決めていた。
スタジオへ入る。
鏡。
床。
陽太はすぐ始める。
俺は壁際。
「楽、見てて」
「どこ?」
「全部」
「長い」
「いいから!」
見る。
前より動きがはっきりしている。
細かいところも良くなった。
一回終わる。
「どう?」
「上手くなってる」
「どこ?」
「足。あと止まる前」
「他は?」
「前より力抜けてる」
「よし」
陽太が笑う。
嬉しい。
前のコメントを忘れたわけではない。
むしろまだ残っている。
それを押し返すように練習している。
「コメントした人に見せたいの?」
俺が聞く。
「何を?」
「上手くなったって」
陽太は少し考える。
「最初はそうだったかも」
「今は?」
「自分でムカつくからやってる」
「何が?」
「曲に助けられてるって、自分でも分かるところ」
俺が言ったことでもある。
「助けるための曲だけど」
「分かってる」
陽太は笑う。
「だから楽の曲が悪いとかじゃない」
「うん」
「むしろ、こんだけ合う曲作ってもらってんだから」
陽太が鏡の中の自分を見る。
「俺がもっと上手かったら、もっといい動画になるだろ」
それはそうだった。
陽太のダンスが変われば、俺も違う曲を作れる。
今できない動きができるようになれば、使える音も増える。
「じゃあ上手くなって」
俺が言う。
陽太が振り返る。
「軽いな!」
「その方が俺も面白いし」
「……それならまあ」
嫌ではないらしい。
「次の曲、今より難しくしていい?」
「ダンスが?」
「音」
「何が難しくなるんだよ」
「陽太が動くところ増やせる」
「いいよ」
「本当に?」
「やる」
少し迷った。
でも答えは変わらない。
『やれるようになる』
自信が戻ったわけではない。
不安もある。
それでもやるらしい。
「じゃあ次、見てから作る」
「おう」
陽太がもう一度鏡へ向く。
練習を始める。
俺は壁際へ座ったまま、その動きを見る。
コメントを書いた人が次の動画をどう思うのか、俺にはあまり興味がなかった。
曲だけ欲しい人は、そう思えばいい。
ダンスが足りないと思う人もいる。
でも陽太は、それでやめなかった。
傷ついた。
悔しがった。
そのまま練習を増やした。
俺には真似したいとは思えないやり方だった。
同じ動きを何度も繰り返すのは、やっぱり面倒そうだ。
それでも、前より上手くなっていく陽太を見るのは面白かった。
なら次の曲は、今の陽太に合わせればいい。
前の陽太より、少しできることが増えた陽太へ。
俺は鏡の中で動く友達を見ながら、次に置けそうな音を考え始めた。




