第23話 撮影の日常
動画が伸びてから、撮る回数が増えた。
だから最初に増えたのは、曲でも振りでもなく、場所を探す時間だった。
「ここどう?」
放課後、陽太がスマートフォンを俺へ向ける。
画面には市内の貸しスタジオが出ていた。
「遠い」
「自転車なら行けるだろ」
「雨の日面倒」
「じゃあこっち」
別の場所。
「狭い」
「二人なら入るって」
「陽太、動いたら端に当たりそう」
「写真だけで分かる?」
「だいたい」
陽太が拡大する。
「確かに狭いな」
次。
「ここ鏡ある」
「ピアノないね」
「今回は録音した曲使うからいらないだろ」
「じゃあそこでもいい」
「でもちょい高い」
「じゃあだめ?」
「毎回使うにはなあ」
動画一本撮るために必要なのは、俺が思っていたより多かった。
場所。
時間。
機材。
服。
振り。
曲。
撮影。
撮った後の確認。
編集。
投稿。
音を作るだけなら、思いついた時に始められる。
でも陽太の動画にすると、その前後にいろいろ付いてくる。
「多目的室って楽だったね」
俺が言う。
「学校だからな。毎回動画撮るために貸してもらうのも違うだろ」
「そうだね」
「あと学校バレるようなもん映したくないし」
「父さんもそれ言ってた」
「だろ?」
陽太が画面を動かす。
「ここは?」
駅から少し離れた小さなスタジオ。
広さは十分。
鏡もある。
料金もさっきより低い。
「いいんじゃない?」
「じゃあ今度ここ見に行くか」
「見てから決めるの?」
「写真と実物違う時あるだろ」
「陽太、こういうのちゃんとしてるね」
「お前が適当すぎんだよ」
「音にはちゃんとするよ」
「動画もちゃんとしろ」
「陽太がしてるからいいじゃん」
「俺一人の動画じゃなくなってきてんの!」
そう言われた。
確かに最近は、説明欄に俺の名前もある。
生演奏の動画では顔も出た。
それでも、撮影場所を探すのは陽太の方が上手かった。
俺は条件を言えばいい。
「遠くない」
「狭くない」
「音出していい」
「できれば安い」
陽太が指を折る。
「注文多くね?」
「聞かれたから」
「はいはい」
結局、そのスタジオを一度使ってみることになった。
〓〓〓
週末。
俺と陽太は駅で待ち合わせた。
「楽、遅い」
「二分前だよ」
「俺十分前からいた」
「陽太が早いだけじゃん」
「撮影の日くらい余裕持てって」
「予約時間まで二十分あるよ」
「そうだけど」
陽太の鞄はいつもより大きい。
着替え。
スマートフォン用の固定具。
飲み物。
細かいものがいろいろ入っているらしい。
俺は普段の鞄だけだった。
「楽、曲入ってる?」
「入ってる」
「確認した?」
「昨日」
「スマホの充電は?」
「ある」
「ほんと?」
見せる。
「……あるな」
「陽太、今日細かいね」
「撮れませんでしたで帰りたくねえから」
『せっかく借りるんだから無駄にしたくない』
そのままだった。
「分かった」
「何が?」
「陽太に任せれば大丈夫そう」
「お前もやれ!」
駅から歩く。
途中で陽太がコンビニへ入った。
「飯買う」
「今?」
「撮ってたら遅くなるかもしれないし」
俺もついていく。
陽太はおにぎりとパンと飲み物。
俺はおにぎり一つと飲み物を取った。
「それだけ?」
「今そんなにお腹空いてない」
「後で腹減るぞ」
「その時買う」
「効率悪くね?」
「食べたくないのに買う方が無駄じゃん」
「それもそうか」
会計をする。
店を出る。
陽太はすぐパンを開けた。
「もう食べるの?」
「朝から動いてんだよ」
「まだ撮ってないよ」
「家で練習してきた」
「今日も?」
「今日撮るんだからするだろ」
「昨日もやってたよね」
「やった」
「同じ振り?」
「同じ」
何回やったのか聞こうとしてやめた。
たぶん本人も正確には数えていない。
以前なら、そんなに繰り返すのは面倒だと思うだけだった。
今も俺ならやりたくない。
でも陽太がそうして上手くなっているのは知っている。
「今日はうまくいくといいね」
俺が言う。
陽太が少し笑った。
「おう」
スタジオは写真より少し古かった。
でも広さは十分だった。
壁の一面が鏡。
床は踊るのに問題なさそう。
端にスピーカーがある。
今日はピアノを使わないから、それで足りる。
陽太が受付を済ませて中へ入る。
「悪くなくね?」
「うん」
俺は手を叩く。
ぱん。
音が壁へ当たる。
多目的室より少し乾いている。
動画ならその方が使いやすそうだった。
「楽」
「なに?」
「今、部屋の音確認した?」
「うん」
「ピアノないのに?」
「音はあるよ」
「まあ、そうか」
陽太はもう気にしない。
前なら変な顔をしていたかもしれない。
荷物を置く。
スマートフォンを固定する。
画角を見る。
陽太が中央に立つ。
「全身入ってる?」
「入ってる」
「鏡に楽映ってない?」
「端にちょっと」
「じゃあずれて」
一歩動く。
「今?」
「消えた」
「じゃあここにいる」
「撮影中動くなよ」
「分かった」
今日は俺の顔を出す動画ではない。
陽太だけ。
曲は先に作った《陽太の曲5》。
五本目だからそれだけだった。
陽太には、
「もうタイトル諦めた」
と言われている。
陽太が位置につく。
「いくぞ」
「うん」
録画。
曲を流す。
陽太が踊る。
最初はいい。
途中もいい。
前に確認した時より動きがはっきりしている。
でも後半。
着地が少しずれた。
そのまま続ける。
最後まで。
録画を止める。
「今のどう?」
陽太が聞く。
「後ろの方で一回ずれた」
「やっぱ分かる?」
「うん」
「俺も分かった」
「じゃあもう一回?」
「当然」
すぐ二回目。
今度はさっきの場所が直る。
代わりに最初の腕が少し遅い。
最後まで終える。
陽太が画面を見る前に言った。
「最初ミスった」
「うん」
「もう一回」
三回目。
四回目。
五回目。
六回目。
俺は壁際へ座った。
「陽太」
「何?」
「休まないの?」
「次一回やったら」
「さっきも言ってたよ」
「今度こそ」
七回目。
途中まで一番良かった。
最後の直前で陽太の身体が少し流れる。
撮り終わった瞬間、陽太が顔をしかめた。
「くそ」
「今の惜しかったね」
「最後だけなんだよな」
「そこまで一番よかった」
「だよな?」
「うん」
陽太が水を飲む。
汗がかなり出ている。
「十分休む」
「今度はほんと?」
「ほんと」
床へ座る。
俺も隣へ行く。
コンビニで買ったおにぎりを開ける。
「腹減った?」
「減った」
「ほらな」
「今買いに行かなくて済んだから、結果同じじゃない?」
「俺の方が先に食ってる」
「勝負だったの?」
「違うけど」
二人で食べる。
スタジオの利用時間は決まっている。
陽太は何度も時計を見る。
「気になるなら食べるの早くすれば?」
「休憩も必要なんだよ」
「じゃあ時計見なくていいじゃん」
「分かってるけど見るんだよ」
『時間もったいない』
『でも今すぐやったらまた失敗する』
二つがそのまま混ざっている。
分かりやすい。
「陽太」
「ん?」
「あと何回やる?」
「納得するまで」
「終わり分からないね」
「動画ってそういうもんだろ」
俺には分からない。
音なら一回で良ければそれで終わる。
陽太は自分の動きを何度も見て、少しずつ直す。
「暇なら帰っていいぞ」
突然言われた。
「帰ってほしい?」
「いや」
即答。
本当に帰ってほしいわけではない。
「じゃあいる」
「でもまだかかるかも」
「分かった」
「暇だろ?」
「暇」
陽太が少し申し訳なさそうになる。
『付き合わせて悪い』
それもそのまま聞こえる。
「じゃあ何か作る」
俺が言う。
「何を?」
「曲」
「今?」
「暇だから」
「俺の?」
「まだ分かんない」
陽太が笑う。
「好きにしろ」
「うん」
俺はスマートフォンを出した。
〓〓〓
陽太が撮影を再開する。
俺は邪魔にならない端へ移動した。
音はイヤホン。
陽太の曲とは別のものを考える。
スタジオに来るまでに聞いた音。
駅。
人。
コンビニの扉。
袋。
信号。
今いる部屋。
鏡へ反射する光。
陽太が同じ振りを何回も繰り返す足音。
それをそのまま陽太用の曲へする必要はない。
今は別に作る。
短い。
少し変える。
また聞く。
画面の向こうでは陽太が八回目を踊っている。
止まる。
動画確認。
首を振る。
九回目。
俺は音を足す。
十回目。
陽太が、
「今の!」
と声を出す。
俺はイヤホンを外す。
「何?」
「撮れたかも」
「見る?」
「見る」
隣へ行く。
最初から再生。
陽太は画面に集中している。
俺も見る。
最初。
いい。
真ん中。
前より自然。
失敗していた後半。
今回は合っている。
最後。
止まる。
陽太が息を吐いた。
「これじゃね?」
「いいと思う」
「楽も?」
「今日ので一番いい」
「よし」
陽太が拳を握る。
嬉しい。
十回撮ったうち、一回。
俺なら一回で終わるならそうしたい。
でも陽太は十回やって、その一回を作った。
「満足?」
「かなり」
「じゃあ終わり?」
「待って」
「まだやるの?」
「別角度一個欲しい」
「撮れたって言ったじゃん」
「編集で使うかもしれないだろ」
「また最初から?」
「全部じゃなくていい」
終わらなかった。
俺はまた端へ戻る。
「楽、さっき何作ってた?」
陽太がカメラ位置を変えながら聞く。
「曲」
「俺のじゃないやつ?」
「うん」
「もうできた?」
「だいたい」
「俺が十回撮ってる間に?」
「暇だったから」
陽太が嫌そうな顔をする。
「お前、たまに腹立つな」
「何で?」
「俺が一本撮るのにこんだけやってんのに」
少し悔しい。
でも怒ってはいない。
「聞く?」
俺が聞く。
「聞く」
イヤホンを片方渡す。
再生。
陽太が黙る。
短い曲。
まだ少し直せる。
終わる。
「……普通にいいじゃん」
「そう?」
「これ何用?」
「何用でもない」
「またそれか」
「暇だったから作っただけ」
陽太が鏡越しに俺を見る。
「じゃあ動画に使う?」
「合うなら」
「今作った振りには?」
考える。
「合わない」
「即答かよ」
「陽太用に作ってないから」
「じゃあ別の振り作ればいいじゃん」
「使いたいの?」
「曲あるならやってみたい」
本当にそう思っている。
俺は少し笑った。
「じゃあ使えば?」
「ファイルくれ」
「まだ完成してない」
「帰ってから直す?」
「たぶん」
「今日中?」
「気が向いたら」
「そこはやれよ!」
スタジオに陽太の声が響く。
撮影より大きかった。
〓〓〓
共同動画を始めてから、こういう日が増えた。
場所を探す。
予約する。
待ち合わせる。
何か食べる。
撮る。
陽太が失敗する。
撮り直す。
また失敗する。
俺が、
「今のどこがだめ?」
と聞く。
陽太が、
「俺が気になる」
と言う。
だからもう一回撮る。
俺には違いが分かっても、それが陽太にとって許せる違いなのかまでは本人に聞かないと分からない。
逆もある。
俺が、
「今の音と動き、少しずれてた」
と言っても、
「でもこの感じ好きだからこれ使う」
と陽太が決める時もある。
動画は陽太のものだった。
俺は曲を作る。
必要なら映る。
必要なら弾く。
撮影については陽太の方が詳しい。
だから任せる。
陽太も音については俺へ任せる。
全部どちらか一人が決めるわけではない。
その方が早かった。
撮影が終わった帰り。
駅の近くで陽太が飲み物を買った。
俺も隣で水を買う。
「今日何時間いた?」
陽太が聞く。
「二時間くらい?」
「ほぼずっと撮ってたな」
「陽太がね」
「楽もいたじゃん」
「俺、途中で曲作ってた」
「知ってる」
陽太が蓋を開ける。
「疲れた」
「俺はそんなに」
「座ってただけだもんな」
「一回カメラ動かしたよ」
「それ仕事に数える?」
「数えないの?」
「数えてもいいけど」
陽太が笑う。
身体は疲れている。
でも機嫌はいい。
今日の動画が撮れた。
前より良いと思えるものが残った。
それが嬉しい。
「また来週も撮る?」
俺が聞く。
「その前に次の振り作る」
「今日の曲使う?」
「使ってみたい」
「じゃあ完成させとく」
「珍しくやる気あるじゃん」
「使うって言ったから」
誰も使わないなら、途中でも困らない。
陽太が使うなら終わらせる。
「楽」
「なに?」
「こういうの、面倒じゃねえの?」
「何が?」
「撮影。場所探したり、待ったり、俺が何回もやり直したり」
「面倒なところは面倒」
「やっぱり?」
「うん」
「じゃあ何で来るんだよ」
少し考える。
理由は簡単だった。
「面白いところもあるから」
「どこ?」
「陽太が毎回ちょっと違う」
「ダンス?」
「全部」
踊り。
その日の身体。
疲れ方。
考えている振り。
場所。
部屋の響き。
撮り直すたびに少しずつ変わる動き。
同じものを何度もやっているようで、完全には同じじゃない。
そこへ音を付ければ、また違うものになる。
「それに」
「うん」
「陽太といるの、そんなに面倒じゃないし」
言うと、陽太の歩き方が少し変わった。
嬉しい。
でも、そのまま言われると少し恥ずかしいらしい。
「……そこは普通に楽しいって言えよ」
「楽しいよ」
「今言うのかよ」
「聞かれたから」
陽太が笑う。
「俺も楽しい」
その言葉と中身は同じだった。
「じゃあ続ける?」
「当たり前だろ」
即答。
俺も異論はなかった。
動画の数字が増えるのは、陽太ほど気にならない。
撮影場所を探すのも面倒。
十回同じ振りを見るのも、途中で暇になる。
だから別の音で遊ぶ。
でも、共同動画そのものをやめたいとは思わなかった。
陽太が次の振りを作る。
俺が次の曲を作る。
一緒に撮る。
今のところ、それで十分面白かった。




