第22話 生演奏で踊ってみた
生演奏で撮る日は、放課後の多目的室を使うことになった。
先生には陽太が先に話している。
動画を撮ること。
映るのは俺と陽太だけ。
学校名が分かるものは入れない。
授業や部活の邪魔はしない。
それで許可が出た。
「楽、そこ座って」
「いつもの場所じゃん」
「画角の確認」
陽太がスマートフォンを固定して、画面を見る。
古いアップライトピアノ。
その前に座る俺。
少し離れたところに、陽太が踊れる空間。
余計な机は端へ寄せてある。
「顔も入ってる?」
俺が聞く。
「入ってる。楽、ちょい右向いて」
「こう?」
「行きすぎ」
「じゃあここ」
「そう」
陽太が画面を見る。
「……普通に顔出るけど、ほんといいんだよな?」
「前も聞いたよ」
「確認だって」
「いいよ」
「後から嫌とか言うなよ」
「言わない」
俺が動画へ映ること自体には特に意味を感じない。
映って困るものでもない。
ただ、父さんに言われていることは守る。
学校名。
住所。
生活圏。
わざわざ出す必要のないものは出さない。
映像に校名が入るものもない。
他の生徒もいない。
なら問題はなかった。
「で、曲どうする?」
陽太が聞く。
「決めてない」
「マジで何も?」
「何も」
「昨日言ってたけど、本当にその場で?」
「うん」
「俺も振り決めなくていい?」
「決めてもいいよ」
「どっちがいい?」
「どっちでも」
「一番困る答えなんだよな、それ」
陽太が頭をかく。
「じゃあ、ある程度だけ決める」
「うん」
「最初はこれで入って、途中からその場で変える」
「分かった」
「楽は?」
「陽太見て弾く」
「それだけ?」
「それだけ」
陽太が俺を見る。
『ほんとにできんのか? でも多分やるんだろうな』
疑っている。
でも、それ以上に楽しみにしている。
「一回試す?」
俺が聞く。
「やる」
陽太が位置へつく。
俺は鍵盤へ手を置いた。
まだ弾かない。
陽太も動かない。
「……どっちから始めんの?」
「陽太」
「音ないのに?」
「最初だけ」
「難しいな」
陽太は笑いながら、軽く身体を揺らした。
足が床を擦る。
少し沈む。
右へ体重が乗る。
次に左へ行く。
そこ。
一音。
低い音を短く置く。
陽太の目が少し動いた。
でも踊りは止まらない。
もう一音。
今度は少し高く。
陽太の肩が入る。
なら、その動きが終わる前に次を出す。
二つ。
三つ。
拍ができる。
陽太がそれを拾った。
動きが大きくなる。
俺も左手を足す。
陽太が右足を踏む直前、身体の重さが落ちる。
そこへ低い音。
ぴったり入った。
「お」
陽太が声を出した。
「喋っていいの?」
弾きながら聞く。
「今はテスト!」
「そっか」
続ける。
陽太は少しずつ、自分から音へ仕掛けてくる。
同じ動きを二回する。
一回目と二回目で速さを変える。
俺がどうするか見ている。
二回目だけ間を短くする。
陽太が笑った。
次。
急に止まる。
止まる前に呼吸が変わっていた。
足の位置も次へ行く形ではない。
だから俺も音を切る。
陽太が完全に止まった瞬間、多目的室から音が消えた。
廊下の遠い声だけが残る。
陽太が指を一本立てる。
まだ動かない。
少しだけ重心が下がる。
俺は待つ。
次の瞬間。
陽太が強く身体を開いた。
同時に鍵盤を鳴らす。
「うわ」
今度は陽太が笑って止まった。
俺も止める。
「何?」
「いや、今の気持ちいい」
「合ってたね」
「合ってたっていうか……何で分かった?」
「動く前に動いてたから」
「何それ」
「身体」
陽太が自分を見る。
「俺、止まってたじゃん」
「完全には止まってないよ」
呼吸。
足の裏。
膝。
視線。
次に大きく動く準備はもう始まっていた。
「今のだと、次に右へ大きく行くの分かる」
「マジで?」
「うん」
「じゃあフェイントしたら?」
「やってみる?」
「やる」
もう一度。
今度は陽太がわざと紛らわしい動きをする。
右へ行くように見せる。
でも実際には左。
俺は左へ合わせる。
「え?」
またやる。
今度は途中で変えた。
それにも合わせる。
三回目。
陽太が止まった。
「無理だこれ」
「何が?」
「楽を引っかけるの」
「引っかけるために踊ってるなら分かりにくくなるよ」
「じゃあ分かんなくなる?」
「少しは」
「少しかよ」
陽太が笑う。
「でも本番は普通に踊る」
「その方がいいと思う」
「俺もそう思う」
テストは終わった。
〓〓〓
本番は、一回目から撮ることにした。
「失敗したら撮り直せばいいし」
陽太が言う。
「何を失敗にするの?」
「俺がミスるとか」
「俺は?」
「楽が止まるとか?」
「陽太が止まったら止まるよ」
「そういう意味じゃねえ」
「じゃあ分かんない」
「もういい。とりあえず撮る」
陽太が録画を始める。
自分の位置へ戻る。
俺はピアノの前。
少し離れたスマートフォンのカメラが、二人を映している。
撮影だからといって、することは変わらない。
陽太を見る。
部屋を聞く。
古いピアノの状態も分かっている。
今日は少し湿気がある。
昨日より響きが短いところもある。
別に困らない。
今の音を使えばいい。
陽太が小さく息を吐いた。
始まる。
最初の一歩。
俺は音を置く。
陽太がそれを受ける。
二歩目。
今度は俺が少し先へ出す。
陽太の身体が音へ入る。
前に作った動画とは違う。
あの時は、先に曲が完成していた。
陽太はその中で一番よく見えるように踊った。
今は完成していない。
陽太が動けば、その分だけ曲ができる。
俺が音を出せば、陽太の次の動きが変わる。
右。
低い音。
陽太の腰が落ちる。
上。
短い音を三つ。
肩。
腕。
足。
陽太が一度速くなる。
俺も追う。
でも全部同じ速さにはしない。
少しだけ音を後ろへ残す。
陽太の動きに重さが出る。
それを感じたのか、次の動きが変わる。
予定していた振りではない。
たぶん今決めた。
なら俺も変える。
左手を減らす。
右手だけ残す。
陽太が身体を細く使う。
広い音はいらない。
一つ。
二つ。
そこで陽太が急に大きく踏み込む。
低音。
部屋が鳴る。
陽太の服が揺れる。
窓から入った夕方の光も変わる。
全部聞こえる。
それも少しだけ音へ入れる。
俺は曲を弾いている。
同時に陽太を見ている。
陽太の足が次に床へ着く時間。
今どこへ体重があるか。
呼吸がどこで苦しくなるか。
腕がどこまで伸びるか。
少し疲れてきた。
なら、細かい動きを続けさせない方がいい。
俺が音を広げる。
陽太も大きい動きへ変えた。
少し息が戻る。
次。
また細かくする。
陽太が笑っている。
踊りながら。
楽しいらしい。
『次、これならどうだ』
挑んでいる。
言葉にはしない。
俺も音で返す。
陽太が予想より早く入る。
だったら俺も早める。
一瞬だけ二人の間で何かがずれる。
そのずれも使う。
次の音を少し遅らせる。
陽太がそこへ身体を落とす。
合う。
最初から予定したみたいになる。
後半。
陽太の動きが強くなる。
俺も音を増やす。
でもピアノを大きく鳴らしすぎると、陽太の靴の音が消える。
それは残したい。
だから強さではなく、位置を変える。
高い音。
低い音。
間。
陽太の足音。
息。
床。
一緒に鳴る。
最後が近い。
陽太はもう最初に決めていた振りをほとんど使っていない。
俺も最初に考えていた音はない。
今だけの曲になっている。
陽太が回る。
着地。
そのまま沈む。
次に来る。
分かる。
俺も準備する。
陽太が最後に強く踏む。
同時に和音。
止まる。
余韻。
陽太は動かない。
俺も次を弾かない。
響きだけが残る。
消えた。
数秒して。
陽太が息を吐いた。
「……終わった?」
「終わった」
「撮れてる?」
「たぶん」
「確認しよう」
二人でスマートフォンへ行く。
録画は止まっていなかった。
「よかった」
陽太がその場に座り込む。
「疲れた?」
「めっちゃ疲れた」
「途中から予定と違ったね」
「楽が変えるからだろ」
「陽太も変えてたじゃん」
「だって楽が変えるから、そっち行った方が面白そうだったし」
「俺も同じ」
「何だそれ」
再生する。
最初。
陽太が動く。
俺が弾く。
画面の中だと、自分が何をしているか少し見え方が違う。
でも音は分かる。
陽太も黙って見ている。
途中。
陽太が小さく言った。
「ここ」
「うん」
「俺、予定と全然違う」
「そうだね」
「でもこっちの方がいい」
「俺もそう思う」
先へ進む。
どちらが先なのか分かりにくい。
俺の音に陽太が合わせているところ。
陽太の動きへ俺が合わせているところ。
どっちもある。
途中からは、境目がほとんどない。
陽太が動く直前に音が出る。
音が変わる直前に陽太の身体が変わる。
でも実際には、お互いがその前の相手を見て次を変えているだけだった。
最後まで見る。
陽太がしばらく黙る。
「……これ、一発目だよな?」
「本番はね」
「撮り直す?」
「どこを?」
「いや」
陽太がもう一度画面を見る。
「ないかも」
「じゃあこれでいいじゃん」
「うん」
陽太は嬉しそうだった。
『今までで一番いい』
俺もだいたい同じだった。
録音した曲へ合わせるのも面白い。
でも、こっちの方が音が増える。
陽太がその場で変わるから、俺も変えられる。
同じものをもう一回やっても、たぶん同じにはならない。
「これ、曲名どうする?」
陽太が聞く。
「ない」
「また?」
「即興だから保存するファイルもないよ」
「動画が残るだろ」
「じゃあ生演奏でいいんじゃない?」
「そのままだなあ」
「分かりやすい」
「まあ今回は動画の題名で何とかする」
それは陽太に任せた。
〓〓〓
投稿したのは、その日の夜だった。
俺は家で夕飯を食べていた。
父さんが向かいにいる。
「今日、動画撮った」
「そうか」
「顔出てる」
父さんが箸を止めた。
「学校は映ってないな」
「分からないようにした」
「他人は?」
「陽太だけ」
「本人が出してるならいい」
「うん」
「住所は出すな」
「分かってる」
それで終わった。
父さんは俺が動画に出ること自体には何も言わない。
余計な問題が起きなければいいらしい。
俺も同じだった。
食べ終わる。
風呂。
自分の部屋へ戻る。
陽太からメッセージが来ていた。
『上げた』
その後にもう一つ。
『今までより反応早い』
俺は動画を開く。
さっき見たものと同じだった。
当然だ。
コメントがいくつか付いている。
『え、これ生演奏?』
『ダンサーが曲に合わせてるんじゃなくてピアノもダンスに合わせてない?』
『途中からどっちが先か分からない』
『ピアノの子が鳴海楽?』
『この二人どうなってるの』
『これ即興ってこと?』
陽太が説明欄に、
演奏・作曲 鳴海楽
と書いていた。
「作曲?」
今回のはその場で作ったから間違いではない。
でも少し変な感じもする。
気にするほどではない。
俺は画面を閉じた。
次にすることもない。
少し音で遊んでから寝た。
〓〓〓
次の日の朝。
教室へ入った瞬間、陽太が来た。
「楽!」
「おはよう」
「おはようじゃなくて」
「朝だからおはようだよ」
「見た?」
「何を?」
「動画!」
「昨日見た」
「今の数字!」
「見てない」
「見ろ!」
スマートフォンを目の前に出される。
昨日までとは違った。
再生されている回数が、前の動画よりかなり多い。
コメントも増えている。
俺が見ている間にも、画面の数字が動く。
「増えたね」
「それだけ?」
「他に何?」
「今までの動画、とっくに抜いた」
「早いね」
「早いどころじゃねえって」
陽太はかなり興奮している。
嬉しい。
驚いている。
少し怖いくらい増えている。
でも一番強いのは嬉しさだった。
「ほら、コメント」
見せられる。
『何回も見てる』
『ピアノがダンス見ながら変わってるのやばい』
『0:42の止まり方と音が同時なの気持ちよすぎる』
『これ打ち合わせで合わせたんじゃないの?』
『一発撮りなら意味分からん』
『鳴海楽って誰?』
『他の演奏も見たい』
『ピアノだけでも聞きたい』
俺の名前がかなり増えている。
「楽のこと聞いてるやつめっちゃいる」
陽太が言う。
「そうだね」
「顔も出たし」
「出たね」
「なんかないの?」
「昨日と顔同じだよ」
「そういう意味じゃねえ!」
陽太が笑う。
近くのクラスメイトも来る。
「相沢、昨日の見たぞ」
「マジ?」
「何あれ。鳴海が全部即興で弾いてんの?」
俺を見る。
「うん」
「相沢も即興?」
陽太が答える。
「最初だけ決めてたけど途中からほぼその場」
「どうやって合わせてんの?」
「俺が聞きたいわ」
「陽太も知らないの?」
「楽が勝手に合わせてくるんだよ」
「陽太も俺に合わせてたじゃん」
「そうだけど」
別のやつも混ざる。
「もう一回やってよ」
「今?」
「いや、動画」
陽太が俺を見る。
楽しそうだった。
『次はもっとやれる』
もう考えている。
「楽」
「なに?」
「また撮ろうぜ」
「いいよ」
「今度、もっとちゃんと場所探すか?」
「多目的室じゃだめ?」
「ずっと学校で撮るわけにもいかねえだろ」
確かに。
許可も毎回必要になる。
他の人が使う日もある。
「じゃあ探せば?」
「一緒に探せよ」
「何で?」
「二人で撮るんだから!」
「分かった」
次の授業の先生が教室へ入ってきた。
集まっていたやつらが席へ戻る。
陽太も自分の席へ行く。
その途中でも、まだスマートフォンを見ていた。
動画は伸び続けていた。
俺には数字そのものはあまり面白くない。
でも、昨日の演奏は面白かった。
陽太がその場で動く。
俺がその場で音を変える。
次は昨日とは違う場所。
違うピアノ。
違う動き。
それなら、また違う音になる。
授業が始まる。
俺は教科書を開いた。
撮影場所を探すのは少し面倒そうだったけれど、それくらいならやってもよかった。




