第20話 最初の共同動画
陽太のために曲を作ることになった。
そう決まった次の日から、何か特別な勉強を始めたわけではない。
まず陽太を見た。
「楽、何すればいい?」
放課後の多目的室。
陽太が部屋の真ん中に立っている。
「普通に踊って」
「曲は?」
「いつものでいいよ」
「作る曲のために踊るんじゃねえの?」
「その前に陽太が普段どう動くか見たい」
「今まで散々見てるだろ」
「見てるけど、曲作るつもりで見るのは初めて」
「違うの?」
「違う」
陽太はよく分からなそうな顔をした。
でも、スマートフォンから曲を流す。
踊り始めた。
俺はピアノの椅子に座ったまま見る。
足を置く。
膝が入る。
腰が動く。
肩が遅れてついてくる。
腕。
止める。
また動く。
前よりずっと分かる。
陽太からダンスを教わる前なら、動いた結果を見ていただけだった。
今は身体の中で何がつながっているかもある程度分かる。
右足へ体重が乗る。
抜く。
次へ行く。
陽太は大きく移動するより、一度止めてから次の動きを強く見せる方がきれいだった。
脚はよく動く。
上半身も前より柔らかい。
ただ、細かい動きを長く続けるより、少し間があった方が次が安定する。
ターンした直後にも、ほんの少し余裕がある方がいい。
俺は聞く。
身体の動き。
服の擦れる音。
靴の音。
呼吸。
床へ体重が落ちる音。
それと、陽太自身の色や動きも全部音になって入ってくる。
今流れている曲は悪くない。
でも陽太用ではない。
陽太が曲に合わせている。
なら逆にすればいい。
曲の方を陽太へ合わせる。
途中で陽太が止まった。
「どう?」
「もう一回」
「同じの?」
「少し変えて」
「どこ?」
「好きに」
「それ一番困るんだけど」
そう言いながら、陽太はもう一度再生する。
今度は少し違う振り。
俺はまた見る。
一回目より強く使った場所。
逆に抜いた場所。
二度とも自然に同じところへ来る動き。
そこは陽太にとって使いやすいらしい。
曲が終わる。
「もういい?」
「うん」
「で?」
「だいたい分かった」
「何が?」
「陽太が踊りやすい音」
「二回で?」
「二回見たし、今までにも見てるから」
「そういうもん?」
「たぶん」
俺はピアノへ向く。
一音鳴らす。
低い。
もう少し軽くする。
次。
陽太が近づいてくる。
「もう作んの?」
「うん」
「楽譜とか書かねえの?」
「あとで必要なら」
「そういうもん?」
「俺は」
左手で拍を作る。
強くしすぎない。
陽太が足を置きやすいところに芯を作る。
右手を入れる。
これは違う。
一度やめる。
「今のダメ?」
「陽太だと上が忙しい」
「上?」
「身体の上」
「上半身な」
「そう」
音を減らす。
空いた場所を作る。
そこなら肩が動ける。
次は少し前へ進ませる。
でも長く続けない。
陽太は走り続けるような振りより、止まった後の一発が強い。
だったら音もそうする。
進む。
空ける。
落とす。
陽太が横で身体を小さく揺らし始めた。
「踊っていいよ」
「まだ途中じゃん」
「途中でも動けるでしょ」
「まあ」
陽太が少し離れる。
俺は最初から弾く。
陽太が動く。
一音。
足。
次。
肩。
少し違う。
俺はその場で音を変える。
陽太も変わる。
「あ」
「何?」
「今の方がいい」
「俺もそう思う」
続ける。
陽太の動きが大きくなる。
次に何をしたいのか、身体から先に分かる。
そこへ音を置く。
でも全部合わせすぎると、陽太が音を追う必要がなくなる。
それだとダンスとして面白くない。
少しだけ先に音を出す。
陽太がそこへ入る。
次は陽太を待つ。
身体が沈んだ瞬間に低い音。
「それ!」
陽太が声を上げる。
俺もその場所はいいと思った。
もう一度使う。
一分ほど続けて止めた。
陽太も止まる。
「……楽」
「なに?」
「これ、めちゃくちゃ踊りやすい」
「陽太用だから」
「いや、そう言ってたけどさ」
陽太が息を整えながら笑う。
「ここまで変わる?」
「曲が合わせてるから」
「俺が曲に合わせなくていい感じする」
「合わせなくていいわけじゃないよ」
「分かってる。でも」
陽太がさっきの動きをもう一度やる。
「ここで動きたいってところに音がある」
「そこに置いたから」
「これ反則じゃね?」
「何に?」
「知らんけど」
知らないなら反則ではないと思う。
「続き作る?」
俺が聞く。
「作る」
即答だった。
〓〓〓
曲はその日のうちにだいたいできた。
ただ、動画に使うなら、俺が毎回横で弾くわけにはいかない。
今回は録音することになった。
「生で弾くのじゃダメ?」
俺が聞く。
「撮る時、楽も映るだろ」
「映れば?」
「今回俺の動画だし。それにカメラ置く位置も変わる」
「じゃあ録音」
「そう」
陽太は以前から一人で動画を投稿している。
撮影や簡単な編集については、俺より陽太の方が慣れていた。
そこは任せる。
俺がやるのは音だった。
多目的室の古いアップライトピアノ。
録音機材も特別なものはない。
陽太のスマートフォンをピアノから少し離して置く。
試しに一度鳴らす。
録って聞く。
「近すぎる」
俺が言う。
「音割れてる?」
「それもある。あとここだと低い方が大きい」
少し動かす。
もう一度。
「今度は?」
「さっきよりいい」
「じゃあここ?」
「もうちょっと右」
「細かいな」
「録るならちゃんとした方がいいでしょ」
「それはそう」
位置を決める。
椅子へ座る。
陽太は壁際に移動した。
「一発でいける?」
「たぶん」
「失敗したら撮り直せばいいからな」
「分かった」
録音を始める。
最初の音。
部屋へ広がる。
陽太が踊る時を思い出す。
右足。
腰。
肩。
止まる。
そこに必要な時間を残す。
曲として良ければ何でもいいわけではない。
陽太が踊った時に一番良くなる音にする。
少し低い音。
上を空ける。
次。
前へ進む。
一度落とす。
静かになる。
そこから強く。
陽太の呼吸も思い出す。
途中で一度、大きく動いた後に少し戻る時間が必要だった。
そこへ細かい音を詰めない。
休めるようにするのではない。
次の動きをきれいに始めるための間を作る。
終盤。
陽太が得意な動きを続けられるよう、少し流れを長くする。
最後。
止める。
響きが消えるまで待つ。
録音を止めた。
「終わり?」
「終わり」
「聞こうぜ」
再生する。
スマートフォンのスピーカーだから、実際のピアノとは違う。
それでも必要なものは残っていた。
陽太は途中からまた身体を揺らしている。
「やっぱ踊りやすい」
「じゃあこれでいい」
「楽は?」
「何が?」
「曲として」
もう一度少し聞く。
悪くない。
陽太に合っている。
それが今回の一番大事なところだった。
「いいと思う」
「じゃあ決定」
陽太が画面を操作する。
「ファイル名どうする?」
「何でもいい」
「曲名」
「いらない」
「動画に載せる時どうすんだよ」
「オリジナル曲でいいじゃん」
「雑だな」
「必要なら陽太が決めて」
「作った本人が決めろよ」
面倒だった。
少し考える。
「陽太の曲1」
陽太が止まる。
「は?」
「一個目だから」
「そのまますぎるだろ」
「分かりやすいよ」
「二個目作ったら?」
「陽太の曲2」
「マジで言ってる?」
「うん」
陽太が笑い始めた。
「もういい。それで保存しとけ」
「陽太が聞いたんじゃん」
「俺が悪かった」
結局、俺の中ではそれで十分だった。
曲そのものを忘れることはない。
名前は探す時に分かればいい。
〓〓〓
撮影は別の日になった。
多目的室ではなく、陽太が普段使うことのある場所だった。
背景に余計なものが少なくて、身体全体を撮れる。
俺は撮影する側に回った。
「そこから全部入る?」
陽太が聞く。
「入る」
「頭切れてない?」
「切れてない」
「足は?」
「入ってる」
「ほんと?」
「画面見れば?」
「今確認してんだよ!」
陽太が来て、自分で画面を見る。
「……入ってるな」
「言ったじゃん」
「撮った後に切れてたら困るだろ」
「じゃあ確認するのは合ってる」
「だろ?」
撮影そのものは陽太の方が詳しい。
俺は言われた通りにする。
今回の曲は別に再生しながら踊る。
あとで録音した音を動画へ重ねるらしい。
「じゃ、行くぞ」
「うん」
曲を流す。
陽太が構える。
最初の音。
動く。
作った時より上手い。
録音してからも練習したらしい。
足が最初の音へ乗る。
次。
肩。
止める。
全部、狙った場所に入る。
もちろん完全に曲が陽太を動かしているわけではない。
陽太自身が練習している。
でも、音が邪魔をしない。
陽太が得意な動きでは前へ出る。
難しいつなぎでは少し場所を空ける。
強く見せたいところで音も強くなる。
前に既存の曲で踊っていた時は、ときどき陽太が曲へ身体を押し込んでいた。
今回は違う。
最初から同じ形になるように作ってある。
陽太が踊る。
曲が鳴る。
二つで一つに聞こえる。
最後。
陽太が止まる。
曲も止まる。
「どう?」
少し息を切らしながら陽太が聞く。
「よかった」
「撮れてる?」
「うん」
二人で確認する。
陽太は自分の動きを見る。
俺は音と動きが合っているかを見る。
途中、一か所だけ陽太の足が少し遅かった。
「ここ」
俺が言う。
「あー」
陽太も気づく。
「撮り直す?」
「やる」
二回目。
さっきの場所が直る。
今度は別のところで少しだけ腕の位置が変わった。
でも悪くない。
むしろそっちの方が音と合った。
「今の方がいい」
俺が言う。
「俺もそう思う」
「じゃあこれ?」
「もう一回だけ」
「何で?」
「俺がやりたい」
なら止める理由はない。
三回目。
陽太が踊る。
今度は最初から最後まできれいにつながった。
「これ」
陽太が自分で言った。
「うん」
俺も同じだった。
それを使うことにした。
動画を整えるのは陽太がやった。
俺は横で見ている。
「ここに音合わせて……」
録音した曲を入れる。
最初の動きと音を合わせる。
少しずれる。
陽太が直す。
「そこもう少し前」
俺が言う。
「これくらい?」
「行きすぎ」
「細けえ」
「今」
「ここ?」
「うん」
合った。
最初が合えば、その後もほとんどずれない。
最後まで見る。
「いいじゃん」
陽太が言う。
嬉しそうだった。
自分のダンスが前より良く見える。
それをちゃんと分かっている。
「曲のこと書く?」
陽太が聞く。
「何を?」
「オリジナルって」
「別にどっちでも」
「書いとくわ。いつも使ってる曲と違うし」
「うん」
「名前は……」
陽太が俺を見る。
「陽太の曲1?」
「それ載せるの?」
「嫌なの?」
「俺は別に」
「じゃあそれで」
「ほんとに?」
「楽が付けたんだろ」
そうだった。
結局、その名前のままになった。
陽太が投稿する。
終わり。
「上げた」
「うん」
「……気にならねえの?」
「何が?」
「反応」
「今すぐ来るの?」
「来ないかもしれないけど」
「じゃあ帰ろうよ」
「お前ほんとそういうとこだよな」
陽太は笑った。
俺は動画を作ったことより、曲を作っている時間の方が面白かった。
陽太がどう動くか考えて音を置く。
それがちゃんと動きと合う。
またやるなら、それで十分だった。
〓〓〓
次の日。
教室へ入ると、陽太がすぐ来た。
「楽」
「おはよう」
「おはよう。ちょっとこれ見ろ」
スマートフォンを出す。
昨日の動画。
「見たよ」
「違う。コメント」
画面を見せられる。
陽太の動画には、前から何人かよくコメントしてくれる人がいるらしい。
その人たちの名前もあった。
『今回かなり好き』
『動き前より合ってる』
『止まるところ気持ちいい』
陽太が嬉しそうだ。
「褒められてるね」
「うん」
画面を下へ動かす。
「で、こっち」
別のコメント。
『曲もいい』
『この曲初めて聞いた。オリジナル?』
『ダンスにめちゃくちゃ合ってる』
『陽太の動きに合わせて作ったみたい』
俺は最後のを読む。
「合ってるね」
「そうだけど」
「合わせて作ったし」
「視聴者は知らないだろ」
「説明に書いてないの?」
「オリジナルとは書いた。でもお前が俺用に作ったとかまでは書いてない」
「じゃあよく分かったね」
陽太が画面を見ながら笑う。
「俺のこと前から見てる人だからじゃね?」
それはありそうだった。
前の動画と比べれば違いは分かる。
陽太のダンス自体も良くなっている。
そこに曲が合っている。
「曲褒められてどう?」
陽太が聞く。
「別に嫌じゃないよ」
「もっと喜べよ」
「陽太の動画でしょ」
「曲は楽のだろ」
「でも陽太が踊るために作ったし」
「だから?」
「合ってたなら成功じゃん」
陽太が少し黙った。
それから笑う。
「まあ、それはそう」
自分の動画が褒められたことも嬉しい。
俺の曲が褒められたことも嬉しい。
どっちも同じくらい、そのまま音になっていた。
「また作る?」
陽太が聞く。
「必要なら」
「じゃあ作って」
「次の振りあるの?」
「考える」
「できてからでいいよ」
「何か曲から作るのは?」
「できるけど、陽太用なら動きあった方がいい」
「じゃあ作るわ」
もう次の話になっている。
俺も別に嫌ではない。
陽太が違う動きをするなら、合う音も変わる。
一個目と同じにする必要はない。
「次できたら見せて」
「おう」
陽太が自分の席へ戻ろうとして止まる。
「そういや」
「なに?」
「二曲目、本当に『陽太の曲2』にすんの?」
「分かりやすいじゃん」
「もうちょい考えようぜ」
「なんで?」
「外に出すんだから!」
「曲は変わらないよ」
「タイトルの話してんの!」
朝から陽太の声が大きい。
近くのやつがこっちを見る。
陽太は少しだけ声を落とした。
「とにかく、次は相談な」
「面倒」
「そこだけはやれ」
「必要なら」
「必要だから言ってんだよ」
チャイムが鳴る。
陽太が席へ戻る。
俺は昨日作った曲の音を思い出す。
陽太が動く。
そこへ音を置く。
今度は違う動き。
違う曲。
それは、しばらく暇つぶしにはなりそうだった。




