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鳴海楽は努力しない  作者: 悪癖


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19/55

第19話 陽太

相沢と話すのは、いつの間にか予定ではなくなっていた。


朝、教室へ入る。


「鳴海、おはよ」


「おはよう」


昼になれば、


「鳴海、飯どうする?」


と聞かれる。


放課後になれば、


「今日、多目的室空いてるって」


と言われる。


何も言われない日は、俺から、


「相沢、今日踊る?」


と聞くこともあった。


ダンスを教わるのはもう終わっている。


だから多目的室へ行っても、俺は自分の練習をしない。


相沢が踊る。


俺はピアノを弾く。


それだけの日もある。


相沢が同じところを何度も繰り返している横で、俺は勝手に別の曲を弾くこともある。


「鳴海、ちょっとさっきの拍もう一回」


「これ?」


「それ」


弾く。


相沢が動く。


「もうちょい遅くできる?」


遅くする。


「遅すぎ」


「どっち?」


「間」


「これくらい?」


「そう」


前なら、相沢が踊りやすいように俺の方から勝手に音を変えることが多かった。


今は頼まれたものを出すことも増えた。


相沢には練習したい動きがある。


その時は、俺が勝手に一番合う音へ変えない方がいい。


同じ条件の方が、自分の違いを確認しやすいらしい。


それもダンスを教わって分かった。


「止めて」


音を切る。


相沢がその場にしゃがみ込む。


「疲れた」


「今日は長いね」


「昨日できなかったから」


「今日もまだ少しずれてる」


「分かってる」


「最初よりはいいけど」


「それも分かってる」


怒ってはいない。


普通に疲れているだけだった。


俺はピアノの椅子に座ったまま、相沢を見る。


「休む?」


「五分」


「分かった」


相沢が床に座る。


俺は鍵盤へ指を置く。


適当に一音。


もう一音。


夕方の光。


開いた窓から入る風。


相沢の荒い呼吸。


廊下を歩く生徒。


古いピアノの少し鈍い音。


そのまま合わせる。


「それ何?」


相沢が聞いた。


「今の音」


「またそれか」


「うん」


「曲じゃない?」


「今作ってるから曲ではあるんじゃない?」


「名前は?」


「ない」


「毎回ないよな、お前のそういうの」


「必要ないし」


相沢が笑う。


「動画に使うなら名前要るけどな」


「相沢の動画?」


「例えばの話」


「何て付けるの?」


「知らん。『相沢が休んでる時の曲』とか?」


「長い」


「お前が言うなよ」


相沢が立ち上がる。


「よし。もう一回」


「五分経ってないよ」


「別にきっちり五分じゃなくていいんだよ」


「じゃあなんで五分って言ったの?」


「休むって意味!」


分かりにくい。


でも、相沢のこういうところにも慣れた。


 

 

 

〓〓〓

 

 

 


学校生活にも慣れた。


相沢といることにも慣れた。


休み時間、気づけば近くにいる。


移動教室も、同じ授業なら一緒に行くことが多い。


一人でいたい時にまでついてくるわけではない。


俺が先に帰れば、その日はそれで終わる。


相沢に別の友達がいれば、そっちと話す。


次の日になれば、また普通に来る。


その距離は楽だった。


ある日の昼休み。


相沢が俺の机へ来て、


「鳴海、パン買いに行こうぜ」


と言った。


「弁当あるよ」


「俺が買うんだよ」


「一人で行けば?」


「ついてこい」


「なんで?」


「暇だろ」


「暇だけど」


「じゃあ決まり」


勝手だと思う。


でも、別に嫌でもない。


購買へ向かう。


廊下には人が多い。


昼休みだから急いでいる人もいる。


相沢が少し前を歩く。


途中で別のクラスの男子に呼ばれた。


「陽太!」


相沢が振り向く。


「おう」


少し話す。


俺は横で待つ。


すぐ終わった。


また歩き出す。


「相沢」


「ん?」


「さっきの誰?」


「西小の時の友達」


「ふうん」


名前は聞かなかった。


必要になったらその時でいい。


購買に着く。


相沢がパンを二つ取る。


「二個食べるの?」


「食うよ」


「昼飯持ってきてなかった?」


「足りなかった」


「よく食べるね」


「踊ってるし」


会計を済ませる。


教室へ戻る途中、相沢が片方を袋から出した。


「もう食べるの?」


「腹減った」


歩きながら食べようとする。


「先生に見つかったら怒られるんじゃない?」


「……教室まで待つ」


すぐしまった。


『怒られるの面倒』


そのままだった。


俺は少し笑う。


「何?」


「別に」


「なんか笑っただろ」


「陽太、分かりやすいね」


言ってから、少し止まった。


相沢も止まる。


「今、陽太って言った?」


「言った」


いつも相沢と呼んでいた。


でも今は、さっき別のやつが呼んだ名前がそのまま出た。


特に考えていなかった。


「嫌?」


聞く。


相沢は少し驚いている。


嫌ではない。


むしろちょっと嬉しい。


『そっちの方が友達っぽいじゃん』


「別に。いいけど」


「じゃあ陽太」


もう一度呼ぶ。


「何だよ、確認すんな」


「呼べるか確認した」


「普通に呼べるだろ」


「呼べたね」


「変なやつ」


陽太が笑う。


その音は、前と変わらない。


名字から名前へ変わっただけだった。


だから俺も、それ以上考えなかった。


教室へ戻る。


陽太は席へ着くと、すぐパンを開けた。


「いただきます」


「昼ご飯食べた後なのに?」


「これは追加」


「そう」


俺は自分の席へ戻った。


その日の放課後。


多目的室へ向かっている途中で、後ろから声がした。


「楽、待てって」


止まる。


振り返る。


陽太が走ってくる。


「先行くなよ」


「先生と話してたから先に来た」


「だからちょっと待てばいいだろ」


「すぐ来るって知らなかったし」


「まあそうだけど」


二人で歩き始める。


少ししてから気づいた。


「陽太」


「ん?」


「今、俺のこと楽って呼んだ?」


陽太も止まった。


「あ」


どうやら考えていなかったらしい。


『言われてみればそうだ』


本当にそれだけ。


「嫌?」


同じことを聞かれる。


「別に」


「じゃあいいじゃん」


「うん」


歩き出す。


それで終わった。


相沢が陽太になって。


鳴海が楽になった。


決めたわけではない。


相談もしていない。


でも、次から戻す理由もなかった。


 

 

 

〓〓〓

 

 

 


多目的室へ入る。


陽太が音楽を流す。


今日は動画用に考えている振りを確認するらしい。


俺は壁際の椅子に座って見る。


「ピアノ使わないの?」


陽太が聞く。


「今日は動画の曲で踊るんでしょ?」


「そう」


「じゃあいらない」


「楽なら弾けるだろ」


「弾けるけど、元の音と変わるよ」


「そっか」


陽太が中央へ出る。


スマートフォンを置く。


曲が始まる。


踊る。


何度か見た振りだった。


前よりつながっている。


途中の難しかったところも、もう遅れない。


でも別のところで一度だけ身体の位置がずれた。


曲が終わる。


「どう?」


「途中一回ずれた」


「どこ?」


教える。


陽太が確認する。


「あー、そこか」


「前のところはできてた」


「マジ?」


「うん」


陽太が嬉しそうになる。


前話で俺が言い方を間違えた時とは違う。


だから今回はそのまま言う。


「かなり上手くなったね」


「だろ?」


「最初に見た時より」


「そりゃ俺も練習してるからな」


「うん」


「でもまだ全然なんだけど」


その言葉も、本当だった。


自分が上達したことは分かっている。


同時に、自分より上手い人がいることも分かっている。


どっちかを隠さない。


陽太らしいと思う。


「もう一回やる」


「どうぞ」


曲が始まる。


二回目。


今度はずれない。


その代わり、最後に少しだけバランスを崩した。


「最後」


俺が言う。


「分かってる!」


「言わなくても?」


「自分で分かるわ!」


「じゃあ言わなくてよかったね」


「そういうとこ!」


怒ってはいない。


笑っている。


俺も少し笑った。


何度か踊った後、陽太が床に座った。


俺もピアノの近くへ移動する。


「楽」


「なに?」


「これさ」


陽太が自分のスマートフォンを見せる。


投稿している動画の一覧だった。


前にも見せてもらったことがある。


少しずつ再生回数が違う。


コメントが付いているものもある。


「最近、ちょっと見てくれる人増えたんだよ」


「どれくらい?」


「ほんとちょっと。そんな大したことない」


でも嬉しい。


『もっと見てほしい』


隠していない。


「見てもらいたいんだ」


「そりゃ投稿してるし」


「有名になりたい?」


「有名っていうか……」


陽太は少し考える。


「上手くなって、いいの撮れたら、それ見てほしいじゃん」


「そうなんだ」


「楽は思わない?」


「何を?」


「ピアノ。上手いんだろ?」


「上手いよ」


「それを誰かに見てほしいとか」


考える。


コンクールでは人に聞かれた。


全国で一番にもなった。


でも、聞いてほしいから出ていたわけではない。


水原が必要だと言ったから出た。


今はもう出ていない。


「別に」


「やっぱそうか」


陽太は笑う。


「何?」


「いや、楽っぽい」


そう言われても、自分では分からない。


陽太は動画をいくつか見せてくる。


最近のもの。


少し前のもの。


「これ、曲違うね」


「当たり前だろ」


「こっちは踊りに合ってる」


「どっち?」


俺が指す。


陽太が再生する。


音楽が流れる。


陽太の動きも見る。


「この曲だと、陽太の止まるところが分かりやすい」


「そうなんだよ」


「こっちは?」


別の動画。


「こっちは曲に追いかけられてる感じ」


「……やっぱそう見える?」


「うん」


陽太が少し嫌そうな顔をする。


でも、怒ってはいない。


自分でも気になっていたらしい。


「これ、曲好きなんだけどな」


「踊りに合ってないだけじゃない?」


「簡単に言うなあ」


「曲変えれば?」


「それも考えたけど」


陽太は画面を見ながら少し黙った。


「踊りたい曲と、踊りやすい曲って違うんだよな」


「そうだね」


今なら分かる。


ダンスを教わったから。


音に合わせて身体を動かす時、どんな音でも同じではない。


拍。


速さ。


重さ。


間。


動きを置きやすい場所。


身体を止める場所。


次へ行くための時間。


陽太がどう動くかも、もうある程度知っている。


脚の使い方。


重心の移し方。


得意な動き。


少し苦手なつなぎ。


今の身体で出しやすい速さ。


それに合わせて音を作ればいい。


「じゃあ、陽太用に作ればいいんじゃない?」


「何を?」


「曲」


陽太が俺を見る。


「曲?」


「うん」


「誰が?」


「俺」


「……楽が?」


「必要なら作るよ」


陽太がしばらく黙った。


驚いている。


それから嬉しくなる。


でも、そのあと少し迷う。


「作れんの?」


「たぶん」


「ピアノ弾けるのは知ってるけど」


「音並べれば曲になるよ」


「言い方が軽い」


「難しい?」


「俺に聞くなよ」


俺もちゃんと曲を作ったことがあるかと言われれば、今みたいにその場で音を並べることは何度もしている。


楽譜にして残したこともある。


水原に習っていた頃にも、勝手に音を作って弾いた。


ただ、誰かが踊るために最初から作るのは初めてだった。


それは少し面白そうだった。


「どんな曲がいい?」


聞く。


「今?」


「分かるところだけ」


陽太が姿勢を直す。


「えっと……速すぎない方がいい」


「どれくらい?」


「それ、数字で言う?」


「言えるなら」


「待って」


陽太がスマートフォンを操作する。


曲をいくつか流す。


「これくらいは速い」


次。


「こっちはちょい遅い」


次。


「この間くらい」


分かった。


音は覚えた。


「あと?」


「低い音強い方が好き」


「好きなのと踊りやすいのは?」


「両方」


「じゃあ入れる」


「そんな簡単に?」


「入れればいいじゃん」


陽太が半信半疑のまま続ける。


「止めるとこ欲しい」


「何秒?」


「秒?」


「長さ」


「いや、踊ってみないと分かんねえ」


「じゃあ陽太見ながら決める」


陽太が俺を見る。


「俺に合わせて作るってこと?」


「そう言ってる」


「曲を?」


「うん」


「最初から?」


「その方が早いでしょ」


陽太の音が一気に明るくなった。


『それ、絶対面白い』


口に出す前から分かる。


でも待つ。


陽太が笑う。


「それ、絶対面白いじゃん」


やっぱり同じだった。


「じゃあやる?」


「やる」


即答。


俺も少し楽しくなった。


「いつ?」


「今できる?」


「ピアノだけなら」


「マジで?」


「陽太、踊って」


「いきなり?」


「動き分かんないと作れない」


陽太が立ち上がる。


「じゃあ適当に?」


「うん。好きに」


俺はピアノの前へ座る。


陽太が部屋の中央へ行く。


まだ曲はない。


だから、最初は音もない。


「どうすんの?」


「動いて」


「無音で?」


「最初だけ」


「難しいな」


陽太が苦笑する。


それでも身体を動かし始める。


小さく。


足。


重心。


肩。


俺は見る。


その動きの音を聞く。


陽太が次へ行きやすい場所。


身体が一番自然に落ちるところ。


少し強く使えるところ。


鍵盤へ指を置く。


一音。


陽太が反応する。


次。


低い音。


足が乗る。


だったら、ここ。


もう一つ。


陽太の身体が合わせて動く。


さっきまでは、曲に陽太が合わせていた。


今は少し違う。


陽太が動く。


俺が音を置く。


音を聞いて陽太が次を変える。


それを聞いてまた俺が変える。


「楽」


踊りながら陽太が言う。


「なに?」


「これ、いい」


「まだ何も決まってないよ」


「でもいい!」


嬉しそうだから、たぶんいいらしい。


俺も続ける。


まだ正式な曲でもない。


動画に使えるかも分からない。


それでも、陽太が動くための音を作るのは思ったより面白かった。


友達に曲を作る。


そんなことを考えたことはなかった。


でも、必要なら作ればいい。


その時の俺には、それくらいの話だった。


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