第三十話 刻議衆
黒羽織の男は、
静かに言った。
「来ますか」
雪弥は答えなかった。
背中の咲を見る。
咲は雪弥の羽織を握ったまま、
小さく震えている。
「……ゆき」
「……いる」
雪弥は短く返す。
それから男を見た。
「……行く」
男は頷いた。
連れて行かれたのは、
壬生の外れにある古い寺だった。
人の気配は少ない。
でも。
中へ入った瞬間、
空気が変わった。
香の匂い。
古い紙の匂い。
湿った木の匂い。
雪弥は眉をひそめる。
奥の部屋には、
黒羽織の者たちが数人いた。
誰も大声を出さない。
笑わない。
ただ静かに、
雪弥と咲を見ている。
咲が雪弥の背へ顔を埋めた。
「……いや」
雪弥は足を止める。
黒羽織の男が言う。
「無理に降ろさなくて結構です」
部屋の奥から、
老いた女が出てきた。
白髪。
細い指。
目だけが異様に鋭い。
女は咲の傷を見る。
黒く変色した左肩。
失われた右脚。
女は小さく息を吐いた。
「界骸に喰われた痕だね」
雪弥の目が細くなる。
女は続ける。
「普通なら死ぬ。
生きている方がおかしい」
咲はぼんやり笑っていた。
何を言われているのか、
分かっていない。
女は咲の額に触れる。
「精神も持っていかれてる。
それでも人の形で残ってるのは……」
そこで女は、
雪弥を見た。
「この子が傍にいるからかね」
雪弥は黙る。
黒羽織の男が静かに言った。
「侵食は遅らせます。
ですが、戻すことはできません」
雪弥は咲を見る。
咲は小さく笑った。
「……雪弥」
「……いる」
雪弥はまた答える。
女が奥へ下がる。
黒羽織の一人が、
低く呟いた。
「まだ灯っていないのか」
雪弥がそちらを見る。
「……なにが」
男たちは答えない。
ただ、
雪弥の目を見ていた。
黒い瞳。
その奥にある、
まだ形にならない何かを。
しばらくして、
咲は薬を飲まされ、
静かに眠った。
久しぶりに、
苦しそうではない寝息だった。
雪弥はその隣に座っている。
動かない。
黒羽織の男が、
背後で口を開いた。
「白河で、
何を見ました」
雪弥は少し黙る。
咲の寝顔を見る。
それから。
「……化け物」
男は静かに頷いた。
「では次に見るのは、
人の化け物です」
外では、
京の夜が始まっていた。




